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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第一章 裁判開始 〜さばくものとさばかれるもの〜
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チャプター6

〜ルーヴェンライヒ邸 エルザの私室〜



「思いついたこととは、なんですか?」

「それは、統率者、指揮官の存在です。これほどの大群を動かすとなったら、それなりの指揮官がいるのはまず間違いありません。だから、そいつを早々に叩いてしまえば、その分だけ早く戦いが終わります」

 指揮官を倒せばそれで戦いが終わる。これは人も魔物共通の戦のルールのようなものだった。だから、今回もそれで終わるだろう。問題は、その指揮官がどんな魔物なのか、ということだ。

「それでは、その指揮官を倒してしまえばいいんですね!?」

「ええ、セオリーでは。ただ、どんな魔物なのかがさっぱりわからないので、私たちの10倍くらい大きな巨人かもしれないですし、全身が炎に包まれている魔物かもしれないですし、想像もつかないですよね。だから、指揮官によっては、とても難しくなってしまいます」

 そう考えると、単一の種族で争う人間同士の戦いのなんと気楽なことか。魔物や魔族は多種多様な分、どんな相手が出てくるかがわからない。そして、戦略や戦術というものは相手によって変わるので、とても立案しづらい。

「それでは、どうしたら?」

「まずは、なんとかして指揮官を引きずり出すことが重要です。相手の姿がわかれば、それだけ作戦も立てやすいですから。もちろん、今は高みで見物しているでしょうから、それを引き出すとなったら、今街を襲っている魔物の大半がやられるような事態にならないといけないんですけどね」

 今期待できるとしたら、お城の兵士とギルドの戦士たちに活躍してもらうことだけだ。王城でも最も強い部隊である親衛隊は国王を守るために存在しているので、残念ながらこういう局面であれば尚のこと前線には出てこないだろう。歯がゆいが、これは仕方ない。

「今、街はどんな状況なのでしょう。できそうでしょうか」

「お城の兵士たちは、正直あまり期待できません。実戦経験もないですしね。だから、ギルドの戦士たちに期待するしかさそうです。彼らは実戦経験も豊富ですし、魔物といえど相手の命を奪うことにも躊躇がありません。でも、それもそんなに数はいないので、どこまで対抗できるか……」

 ありのままを話しているだけなのだが、どんどん形勢不利なのではないかと思えてきた。いやさ、そういう戦力差になるように図って攻めてきているのは事実なのだが。

 とはいえ、この街でエルリッヒが戦うのは、本当に最後の手段にとっておきたいと考えていた。とにかく、個別に倒してもらうしかないだろう。

「だから、エルザさんは祈っていてください。今、街のみんなを守るために戦ってる人たちのことを。勝利を」

「はい!」

 窓から空を見ると、まだ街の北部に向かって魔物が飛んでいる。だが、よくよく見ていると、先ほどよりは減っているようだった。これは、少しずつ戦力を消耗させることができていると見るべきだろうか、外壁や石畳を破って襲ってくる魔物の準備ができているということだろうか。

 とにかく、今は状況を確認しなくては。

「エルザさん、私行きますね」

「え、もう少しゆっくりしていっても……」

 引きとめようとして、さすがのエルザもそれが野暮であると気づいた。そして、せめてここから動けない自分の思いを託そう、そう決めた。

 握ったままの手を強く握り返し、「ご無事を乗ります」と伝えた。

「ありがとうございます。必ず無事に乗り切りましょうね。あ……と……そうだ。ちょっと失礼します」

 握った手を離すと、エルザのこと強く抱きしめた。直接伝わってくる感触が、柔らかくて温かい。

「えっ、えぇっ??」

「……どうしても、もっとしっかり触れ合っておきたくて。ありがとうございます。それじゃ、今度こそ行きますね」

 少しだけ名残惜しそうな表情のまま、体を離す。そして、その足で部屋を後にする。残されたエルザの体にも、エルリッヒの感触は強く残っていた。手を繋ぐよりも強く温かい感触が。

「エルリッヒさん……」

 その感触が今生の形見にならないことを願うばかりだった。

「神様、エルリッヒさんを守りたまえ」

 小さな祈りが室内にこだました。




〜エッセン通り〜



 エルザと別れ、ルーヴェンライヒ邸に戻ってきたエルリッヒが見たのは、相も変わらず魔物に苦戦している兵士と、余裕がありそうなのに決定打を与えられないまま上空で応戦している魔物の姿だった。

 どちらの側に立っても、とてつもなくじれったい。

「あの! それ貸して!」

 一瞬の隙が命取りになる。兵士の一人に声をかけると、返事を待たないままその手から槍を奪い取った。片手ではフライパンを握ったままだったから心配だったが、槍自体が軽いこともあり、さほどの影響はない。

「こういう魔物は、こうやって、退治……するんです!」

 何が起こったのかと首を傾げているのは何もこの兵士だけではない。周囲の兵士や、それと戦う魔物たちまでもが、突如現れて槍を奪ったエルリッヒの存在に戸惑っている。

 だが、エルリッヒが躊躇なく魔物の心臓を一突きにしたことで、辺りの空気が変わった。他の兵士も、同じように真似をし始めたのだ。

「お、俺も!」

「負けてられるか!」

「民間人の女の子にできて、俺にできないことなんかあるか!」

 エルリッヒが「見るからに民間人」の「女の子」だったことで、発奮したのだろう。思わぬ効果が出ていた。気づけばこのあたりの魔物は全て絶命して通りに横たわっている。

 一斉に響いた断末魔も、もう聞こえない。

「お嬢ちゃん、ありがとう。お陰で勝てたよ。でも、なんでこんな技術を?」

 先ほど槍を奪ってしまった兵士が話しかけてきた。いきなり槍を強奪したため、少し気まずい。

「えっと、あの、私、外から来た移民なんです。街の外には、野盗も獣もいますし、時には魔物の生き残りもいましたから、用心棒の人たちが戦うのはずっとそばで見ていて……後、ちょうど通りがかった時に、魔物とはいえ殺すことに戸惑っているように見えたので、つい……あ、これはお返ししますね」

 もっともらしい説明をして、槍を返す。エルリッヒの話には、誰も疑問に思わず聞いてくれているようだった。全部が嘘ではないのだが、こんなところで疑われたくはない。

 それに、こんな非常時に「街をうろつく」「赤毛の娘」など、ものすごい特徴を持っているというのに、誰も見咎める気配がない。やはり、連行されたのは一部の独断だったのだろう。むしろその方が弁明の余地がない分不利なのだが、今は助かる。

「この通りにもまた魔物は来ると思いますけど、今は他の通りで戦ってる人たちを助けに行ってあげてください。見たところ、この魔物が殆どです」

 全身紫色をしているが、人に似た大きさで、人に似た四肢があり、そこにいかにも魔物然とした翼とツノが生えたその姿は、まさに今まで見てきたガーゴイルと呼ばれる魔物そのものだった。

 今の魔王軍んでの位置付けはわからないが、尖兵として起用されているのだろう。彼らは人の到達できぬ上空から剣をを振るい、時には魔法で炎を放ち、さらにはまるで鳥のような嘴からも炎を吐く。攻撃に関しては人間を凌駕する能力を持っていたが、来ているものは人間の、それも庶民の衣服とさして変わらないもので、防御効果も見たままだった。服飾という概念すら持たない魔物が多い中では珍しいが、その中では鎧などを着込んでいないという、戦う上でとてもありがたい特徴があった。

 そして、こんな邪悪な姿をしているが、体の耐久力も人間とさほど変わらず、心臓の位置もおよそ同じような場所にあるらしかった。だから、人間が戦う相手としては、御し易い一面も有していた。

「さっきみたいに、人間と同じような攻撃で倒せますから、炎や魔法にだけ気をつけて下さい。数もいますが、ギルドのみんなが戦ってくれているから、少しずつ減ってもいます。なんとか、追い返してください。お願いします!」

 旅慣れた者としてのアドバイスと、この街の庶民としての願い。それらを込めて、兵士を強く見つめた。

「あ、ああ。俺たちに任せてくれ。お嬢さんは、どこか安全なところに避難を! お前たち、行くぞ!」

「おう!」

「じゃあな!」

「腕の見せ所だぜ!」

 先ほどまでのためらいがちな戦いとは打って変わって、彼らは勇ましく他の場所へと駆けて行った。きっと、彼らはいく先々の仲間にも、戦い方を伝えていくだろう。それは、勝利への確実な一歩になる。

「これで、一つ波を変えられたかな……」

 「騎士」ではなく、いわゆる「兵士」と呼ばれる面々は、食扶持目当てで志願した平民と下級貴族の子息で構成されているが、皆一様に槍と剣を支給され、鉄製と思しき鎧に身を包んでいる。そして、それなりの数がいる。勝利への「確実な一歩」は、瞬く間に伝播し、掃討作戦のようになるに違いない。

 そうなれば、指揮官を引きずり出すことも夢ではない。

「さて、私は避難しなきゃだ!」

 これ以上街をうろつくのも危ないし、いつ「イカサマ裁判」の仕掛け人一派に見つかるかも知れない。できれば、コッペパン通りのみんなと同じ場所に避難したいが、叶うだろうか。まずはとばかりに、南に向かって細い路地をかけて行った。このあたりには、人っ子一人いない。

 次第に、戦いの音が遠のいて行った。




〜つづく〜

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