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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第一章 裁判開始 〜さばくものとさばかれるもの〜
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チャプター4

〜エッセン通り ルーヴェンライヒ邸〜



 エルザの様子が気になったエルリッヒは、踵を返してエッセン通りに戻り、ルーヴェンライヒ伯爵の邸宅を訪れた。屋敷は通りに面した入り口からしばらく敷地を進んだ先にあるため、街の混乱とは少しだけ距離があるように思われたが、いつもの穏やかさも感じられず、やはり「魔物に襲撃されている」という事態からは逃れられないのだとも思わせた。

 魔物たちの思惑はわからないが、住宅の密集した都市部を狙う方がいいと判断したのか、この辺りまでは襲ってこない。上空を北から襲い来る魔物を見上げ、それでも特に何も襲われないというのは、違和感すら覚える。が、今はこの屋敷を無視してくれることに感謝すべきなのかもしれない。

 いささか以上に不謹慎ではあったが。

「今はただ、お屋敷に入れてもらわないと!」

 とにかく広い敷地を奥へ奥へと進むと、お屋敷が見えてくる。その、大きな扉に据え付けられたライオンを模したノッカーを2回叩く。こんな折に来客などありえないだろうが、魔物であれば、このように律儀に合図は送らない。せめて、まともな来客であると気づいて欲しい。

 そんなことを考えながら待っていると、何者かの気配が邸宅内で動くのを感じた。エルザの気配ではないから、メイドさんだろうか。

 扉が重々しく、しかし少しだけ開いた。

「あの……どなたですか? 今、魔物が街を襲ってると思うんですけど……」

「私です! 前お邪魔してたエルリッヒです! エルザさんの無事が気になって。中に入れてもらえませんか?」

 こんな時に信じてもらえるかどうかもわからないが、信じてもらうしかない。せめて、もう少しドアを開いて顔を見てもらえればいいのだけど。

「えっと、エルリッヒさんですか? ちょっとお待ちください。お嬢様に確認を取りますので……」

 気の弱そうなその声は、非常事態を受けてのものか、生来の性格なのか。とりあえず確認してもらえば大丈夫だろう。ここはおとなしく待つしかなかった。




〜ルーヴェンライヒ邸 玄関ホール〜



「……」

 一旦ドアを閉めた後、メイドはその場で少し考えを巡らせた。エルリッヒという人の話はエルザから聞いたことがある。まだ入って日の浅いこのメイドに楽しく話してくれた友達の名前だ。それなら、そのまま入れてしまっても良かったのではないかという気もするが、一存でそんなことができる立場ではなかった。

 この時間、伯爵は夫婦でお城に上がっていていないし、執事のハインツも使用人には違いないので、判断できるのは結局エルザしかいないのである。

「お、お嬢様に確認を取らなきゃ」

 相手が本当にそのエルリッヒという人なら、あまり待たせても悪い。もし名前を騙った悪人なら、しびれを切らして暴れだすかもしれない。とりあえず、早く判断を仰がなくては。

 スカートの裾をつまむとパタパタと階段を駆け上がった。

(せっかく掃除をしたばかりなのに……)

 などということを思いながら。




〜ルーヴェンライヒ邸 二階・エルザの私室〜



 魔物が街を襲う様を、エルザは窓越しに見つめていた。今回は前回と違って、”まだ”火の手は上がっていないようだ。魔物はこの間と同じように火を吐いたり魔法を放ったり、まさにおとぎ話の悪役のような攻撃を繰り広げていることだろう。きっと、街のみんなが学習して何か対策をしているのに違いない。

「こんな時に何もできないなんて、伯爵令嬢の立場がなんにもならないことを思い知らされますね……」

 伯爵家と言っても私設の騎士団を要しているわけでなく、あったとしても統帥権や指揮権を持つことはないだろうし、魔物を追い払った後ならまだ何かできることもあるかもしれないが、今まさに魔物に襲われているこの状況では、本当に無力だと思い知らされる。

 それどころか、攻撃の激しい表通りから隔絶したこのお屋敷で行く末を見ていることしかできないだなんて。

「はぁ……」

 無力感に大きなため息がひとつ。

「あの……お嬢様?」

 空気を変えるかのようにドアが開き、メイドが現れた。

「あら、アリーツェ。どうかしましたか?」

「あの、お嬢様にお客様です。エルリッヒさんというんですが、本物かどうかわからなくて」

 そういえば、さっきノッカーが鳴ったような気がする。もし本当にエルリッヒだったとしたら、ぜひ会って話をしたい。この言いようのない無力感を吐き出して聞いてほしい。だが、「魔物が人に化けて潜入しているかもしれない」と父から聞かされていた。あくまで国政の上の方の想像だし、そもそもそんな魔物がエルリッヒの名前を騙るだろうか。火事場泥棒のような存在であっても同じだ。この街にいる数少ない凶悪犯罪者は、そこまでのことをするだろうか。それも、自分の命すら危ういこの状況下で。

「そうですね。通してちょうだい。多分、いいえ、間違いなく本人ですから」

「わかりました」

 今は自分の直感を信じよう。エルザは相変わらず窓の外を遠く眺めながら自分に言い聞かせた。そしてつぶやく。

「ここから玄関が見えたらいいのに……」




〜ルーヴェンライヒ邸 玄関〜



「あの……お待たせしました」

 ただじっと待つのも暇だと思っていると、再び扉が開いた。エルザに確認を取ってくれただろうか。待たせておいて門前払ということはないだろうが、楽観視はできない。

「お嬢様が是非お通しするようにと」

「よかった〜。ありがとうございます! 神に誓って本人ですからね!」

 腰を抜かしそうになるほどの安堵感が全身を支配した。疑われるというのは、勝手な被害妄想であってもこんなに心地悪いものなのかと実感する。

 来客を招き入れるために大きく開かれた扉を、堂々と超えていく。あぁ、今となっては少し懐かしい。

「お邪魔しまーす。エルザさんは部屋にいらっしゃるんですか?」

「あ、はい……」

 元気な娘が不慣れなのか、相変わらずこのメイドさんの態度はよそよそしい。きっと、あの頃はいなかった新しい子なのだろう。あまり気しないことにした。それよりも今はエルザに会うことが大切だ。

 こんなに何でもないこの屋敷にいる以上、無事なのは間違いないだろうが、会って話をしなくてはこちらの気が落ち着かない。

「お部屋の場所は知っているんで大丈夫ですよ。確認してくれてありがとうございます」

 軽くお礼を言うと、勝手知ったる様子で階段を上っていく。

「あ……」

 その様子を見ていたアリーツェは、いまいち苦手な「元気な娘」のエルリッヒがなんとなく典雅な所作で階段を上っていたのに気づいた。

(見るからに普通の人だけど、どこかのお嬢様なのかな。あんな人もいるんだ……)

 平民離れした所作を身につけた平民なのか平民みたいな身なりと振る舞いをする貴族の令嬢なのかはわからなかったが、珍しい人もいるものだと思った。




〜ルーヴェンライヒ邸 二階廊下〜



 相変わらずこのお屋敷の廊下はすごい。高級ホテルのような絨毯が敷かれており、足音が吸い込まれるようだ。ふわふわとした歩き心地もいつまでも慣れないし、庶民と貴族の格差を思い知ってしまう。

 そもそも、エルザが自分のことを友達だと思ってくれているのは、ひとえにその性分によるところが大きい。本来なら、下賤なものとして蔑まれても仕方ないほどの立場の差があるのだから、ありがたいというべきか、珍しいというべきか。だが、こういう人間がいるというだけでも、なんとなくこの街の社会構造に光のようなものを見出せるから不思議だった。

「身分制度とか封建主義とか、ぜーんぜん気にしてないはずなんだけどなー」

 自らの「王女」という立場が人間社会で通用しないからか、卑屈になるでもなく捉えていたが、このお屋敷に来ると、格差を感じ、その次にエルザの人柄に安心するという、落差の激しい思いを味わうのだった。

(確か、この部屋だったよね)

 長い廊下を進み、見覚えのある扉の前に立つと、努めて”お上品に”ノックをした。




〜つづく〜

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