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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第五章 光転回向 〜まちのひととまちむすめ〜
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チャプター31

〜竜の紅玉亭〜



 その日のお昼時、この日も店は繁盛していた。もうすぐ席がいっぱいになりそうだというタイミングで、店のドアが開かれた。新たな客が来たらしい。

「お久しぶり〜」

「あっ、ユーニさん! フェアハウスさん! いらっしゃい!」

 店を訪ねてきた懐かしい顔に、パッと表情をほころばせる。お昼時の店内はいつものように賑わっていて、このユーニとフェアハウスの夫妻も懐かしさに目尻を下げた。

 二人はエルリッヒがこの街に流れ着いた頃にお世話をしてくれた住人で、コッペパン通りに居を構えることになってからはあまり顔を合わせる機会がなかった。

 それが、先日の魔物襲来騒動で、なぜか住人たちの話題にその名前を聞くようになり、懐かしくなって訪ねてきたのだった。噂話自体は半信半疑どころではなかったが、まだこの街で元気にやっているようで、それだけでも嬉しかった。

「人気だとは聞いていたけど、これだけ繁盛してたら、安心かな?」

「そうだね、私たちだけではないけど、あの時面倒を見た甲斐があったってもんだよ」

 二人は適当な空いてる席に座ると、忙しく働くエルリッヒの様子を見ながら、思い出話に花を咲かせた。熟年夫婦にとっては、ちょうどいい話のタネであり、最高の思い出作りだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆


「あんまりお構いできなくてすみません。でも、来てくれて嬉しかったです」

「こちらこそ、忙しいタイミングにお邪魔しちゃって」

「ユーニ、客として来たんだから、忙しくないのはかえって悪いし、忙しくないタイミングには行けないよ」

 食後、二人を見送る最中、そんな会話になった。言われてみればその通りで、閑古鳥が鳴いていたのでは寂しいし、仕込みの時間に来たのでは、それは「食堂のお客様」ではない。だから、忙しかろうとお昼時か夜に来てくれないと、意味がなかった。

「それにしても、ますます腕をあげたみたいで、おばさん驚いちゃった。努力を続けてたのね」

「好きでやってることですから!」

「さっきの、なんと言ったかね、あの肉と野菜を独特の香辛料で炒めた料理、あれは絶品だった! それに、お酒はあんまり好きじゃないと言っている割に、安くて美味しいお酒を仕入れているんだね。おじさんはあれにも驚いたよ」

 フェアハウスは料理名などにはあまり関心がないからか、さっき注文したメニューをもう忘れてしまっていたが、それでもお世辞抜きに、その出来栄えには舌鼓を打ってくれた。お酒にしても同じで、自分が直接テイスティングしても判断できないからと、ワイナリーで話したマイスターの言葉をほとんど鵜呑みにしたような形で仕入れているが、これがなかなかに評判がいい。どうやら、この国のワイン職人は優秀なようだった。

「ありがとうございます! そう言っていただけると、励みになります!」

「あらあら、そんな大げさな。ところで、街の噂で話が出てきてたけど、あれ、なんのこと? エルちゃんの名前が街中で聞かれるみたいだけど……」

「ああ、それは私も少し気になっていたんだよ。この間の、魔物が襲ってきた時のことだろう? 私たちは屋敷の奥に避難していてまるで見ていなかったんだが、なんでもピンク色のドラゴンがこの街を救ってくれたとか。あの、頭の中に響いてきた声の主を倒してくれたんだろう? でも、そのドラゴンの正体がエルちゃんだっていうじゃないか。何が何だかさっぱりでね」

 やはり、まだ噂は残っていた。この辺りのみんなは、努めて話題に出さないようにしてくれているが、一歩外の地域に出ればまだまだ話題から消えるには早いらしい。街の復興も始まったばかりだし、仕方ないことなのか。幸いなのは、いらない尾ヒレや背ビレが付いていなさそうなことくらいだろう。

 都合よくごまかしてしまうか、はたまた正直に打ち明けてしまうか、少しの間、悩んだ。

「う〜ん……」

「あぁ、話したくないことなら無理に話さなくてもいいからね?」

「そうだよ。私たちは、何もエルちゃんを困らせたいわけじゃないんだ。ただ、少し気になっただけで」

 数年ぶりに会ったというのに、この二人は相変わらず優しい。全員が全員善良な心根の住人というわけではないだろうが、右も左も分からない頃にこのような温かい人と知り合えたのは、何よりも大きな財産だったし、何よりもいいスタートダッシュだったと思っていた。

「あの……えっと……それじゃあ、打ち明けますけど、あの噂、本当なんです。私が正体を明かして、魔物の指揮官を倒したんです。それを、友達に見られちゃって。そしたら、いつの間にか噂に」

「エルちゃんの正体がなんであれ、街を救ってくれたのなら、感謝しないとねぇ」

「まさか、この街の救世主だったなんて、思わなかったよ。これは、ますます誇らしいね」

 よかった、二人は話半分で信じていない。本当のことを話しているのに信じてもらえないというのも、それはそれで悲しいところはあるが、非難されたり石を投げられるよりはよほどいい。少しだけ乾いた笑顔になっている気がしたが、穏やかなままお見送りができそうだ。

「まぁ、そういうわけなんで、とっても珍しいドラゴンの娘が作った料理、また食べに来てくださいね!」

「もちろんだよ。今まで顔を見せなかったのが不自然なくらいだ」

「いつもね、気には掛けていたんだけど、つい、ね。でも、本当に言い訳でしかなかったんだなぁって。これからは、ちょくちょく顔を出しますからね」


 二人は笑顔のまま帰ってくれた。いくら可愛がってくれていたとはいえ、コッペパン通りの外に住んでいる人が変わらぬ態度で接してくれたことは、エルリッヒにとってはとても嬉しいことだった。

「さて、戻るか」

 きっと、今頃おかわりを求めるお客さんの不満がたまっている頃だろう。早く望みを叶えてあげなければ。




 あれから数日、初めのうちはみんなどことなく遠慮がちだったが、気を遣ってくれたのだろうか、お店にはいつも通りきてくれたし、じゃがいも通りのみんなも、いつも通りに食材を卸してくれた。結局のところ、噂を耳にしても、半信半疑なのだ。そこへ現れたエルリッヒがいつもとほとんど変わらない様子だったから、それ以上は気にすることをやめたのだろう。みんな、すぐに今まで通りの態度に戻っていった。

 そんな中、おばさんやじゃがいも通りにいた八百屋のリサおばさんはいつもとは少し違う様子に気づいたのか、笑顔が曇っていることを心配してくれた。

 どうしても、100パーセントそのままという気にはなれない。それだけ、今回明かしてしまった秘密というのは大きなものなのだ。街のみんなの内心がわからない以上、この通りの外に出ることも、少し憚られた。

 ただ、ひとつ誤算があったのは、街の子供たちだ。彼らは噂を"英雄譚"として信じきっていた。どこを歩いても、子供達は印象的な赤毛を見つけるなりエルリッヒを指さし、「街を救ってくれた英雄」としてもてはやしてくれた。初めての経験に、恥ずかしくもあり戸惑いもしたが、悪い気はしない。そんな時は、こう言ってやるのだ。

「そうだよ〜! お姉ちゃんが、悪い魔物をやっつけたんだからね!」

 もちろん、その後に、兵士やギルドの戦士たちも頑張ったことを付け加えるのは忘れない。死者こそ出ずに済んだが、彼らの身を呈した奮闘があってこそ守られた場面も数多いのだから。

 そうして子供の賞賛を背に、フォルクローレに会いに行く。彼女もまた、その後を心配してくれる一人だ。といっても、こんな時に限って、昔のような少し冷たい感じのするリアリストの一面を見せたりもして、少しばかり額から汗が流れたりするのだが。

 曰く、

「まぁ、半信半疑のまま信じる人が少なくて終わるっていうのは、予想はしてたけどね。あたしもそうだし。やっぱ、変身するところを実際に見せてもらわないと。後学のためにも、今度見せてよね!」

 だそうである。これには、

「あはは〜、機会があったらね」

 とお茶を濁さざるをえなかった。もちろん、そんな答えが余計にあれこれ想像の余地を与えてしまうのだが。

「そうだ、ゲートムントたちも、今度いろいろ聞かせて欲しいって言ってたよ。あの二人、都合3回も命を助けられてるんでしょ? やっぱ、思うところはあるんだろうねぇ」

「いいけど、面白い話はないんだけどなぁ……」

 まだまだ、この話題は引きずりそうだった。



「エルちゃ〜ん、早く戻ってきてくれ〜! 物足りないぞ〜!」

「そうだそうだ〜! おかわりさせてくれ〜!!」

「俺のところにはワインをくれ〜! 重たいやつ!」

 店内から、男性客の声が響いた。みんなも、本当にいつも通りだった。やっぱり、嬉しい。

「は〜い! 今戻るから〜!」

 元気のいい返事と共に、店内に戻るエルリッヒだった。




〜つづく〜

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