チャプター3
〜職人通り〜
「フォルちゃん!」
「エルちゃん!」
魔物の攻撃をかいくぐり、なんとか職人通りにたどり着くと、すぐさま爆弾を手に戦うフォルクローレの姿を見つけることができた。通りの他のみんなが手持ちの工具を中心に、数人がかりで一匹の魔物と戦っているのに対し、爆弾を手に一人で魔物に応戦している姿は、一種異様で、伊達ではなかった。
手持ちの爆弾は少々高いところを飛んでいる相手で手軽に攻撃することができる。前回はうっかり自分たちで引火させてしまったというが、まだ在庫があったのかと感心する。
「フォルちゃん、無事だったんだ!」
一通り近くの敵を撃退すると、一時の邂逅を果たした。煤けた顔のフォルクローレだが、表情はキラキラと輝いている。爆弾作りに定評があるものの、なかなか使う機会がないこの爆弾を遠慮なく使うことができて、楽しくてならないのだろう。
「うん、こっちはね。でも、エルちゃんこそ大丈夫なの? お城に連行されたって聞いたけど」
「あ〜、それね〜。魔物が化けた人間として死罪にされかかってるけど、緊急事態だから逃げてきたよ。魔物を撃退したら、またお裁きの続きがあるんじゃないかなぁ。儚い命だったよ。なーんて、絶対死罪になんてならないけどね。それより、ゲートムントたちがどこにいるか知らないかな。しばらく会わないうちにこんなことになっちゃって」
二人はきっとどこかで魔物たちと戦っているのだろう。だが、無事な姿を確認しなければ安心できない。なんとか消息がつかめればいいのだが。
フォルクローレも二人が今どこにいるのかを知らないのか、少し首をひねった後「ごめんね」とだけ答えた。そうであれば仕方がない。手当たり次第というわけではないが、それっぽいところを探せばいいだろう。
「この街には、ギルドに所属する腕利きの戦士たちがいっぱいいるからね。みんな街のあちこちで戦ってると思う。だから、そのどこかを当たれば、いるんじゃないかな。そういうところは戦いの派手な音がしてるだろうし」
「うん、そうだよね。私も同じこと考えてた。じゃあ、ちょっと探してみる。フォルちゃんも、くれぐれも気をつけてね。絶対に死んじゃダメだから」
祈りのような、呪いのような一言を伝えると、職人通りを後にした。
〜エッセン通り〜
貴族のお屋敷が多いこの辺りは、魔物の数も多く、いたるところでお城の兵士たちが戦っていた。当然、魔物の攻撃はエルリッヒの身にも降りかかってきたが、上空から振り下ろされる剣戟も、吐き出される炎や放たれる魔法も、すべては相手の殺気だけで回避され、手の届く魔物はすぐさま掴まれ、そのまま首をへし折られたりフライパンで殴られたりするような有り様で返り討ちにあっていた。
幸い、この混乱の中では誰も気にしておらず、見咎められる心配はなかった。誰もが皆、自分のことで手一杯なのだ。
「はぁ……はぁ……ここまでくるとエルザさんのことも心配だけど、あそこの邸宅は敷地の奥にあるから、まだ商家よりは安心かな。二人のことを確認したら、顔を見せに行かないと……」
ここは兵士が多く、思い思いの鎧を着たギルドの戦士たちは見当たらない。それに、兵士たちの動きはどうしてもぎこちなく、魔物相手に苦戦して見える。じれったいが、今は構っている場合ではない。
「次!」
ざわめきの中で意識を集中させ、戦いの激しそうな場所を探す。
「東か!」
戦いが激しそうなのは職人通りにほど近い地域だ。あまり行ったことのないエリアだから迷うかもしれないけれど、それこそそんなことを気にしている場合ではない。
エルリッヒは再び駆け出した。
〜職人通り南の通り〜
それは、エルリッヒがここに向かうより少し前のこと。
「おりゃ!」
「たぁっ!」
偶然か、はたまた必然か、エルリッヒの読み通り、ゲートムントとツァイネはこの通りで魔物と戦っていた。彼ら二人はたまたまギルド内の酒場で食事をしていたところで魔物襲来の報せを受けた。
前回の様子から、相手が上空から襲ってくること、街の北側を重点的に責めることなどを学習していたため、まずは北寄りのこの通りで応戦することにした。特になんということのない住宅街だが、それはつまり、守るべき街の人たちがいるということでもある。
幸い、槍使いのゲートムントと身軽な戦い方のツァイネは空から襲ってくる魔物との相性は比較的良好で、長いリーチを活かして一突きにしたり、屋根の上に上がらせてもらって戦ったりしていた。
他の戦士たちも、それぞれ実戦経験を活かして戦っているが、いずれも城の兵士とは比べ物にならない活躍だった。これが、安全な場所にいるだけの兵士たちとの違いなのかと自分たちですら実感していた。
「くそ、こいつら一体!」
「こないだの撤退が、あくまで一時的なものでしかなかったってことだ……ね! 俺たちは撃退できたものだと喜んだけど、ぬか喜びだったんだよ!」
会話をしながらも、的確に魔物を討ち取っていく。幸か不幸か二人はギルド所属の中でも飛び抜けて魔物との交戦経験が豊富なため、矢面に立って戦うはめになっていた。
倒しても一銭にもならないのだが、今は損得勘定で動いている場合ではないと、必死に戦っている。魔物の側でも二人の奮戦ぶりは伝わっているのか、戦っていても今ひとつ表情が苦い。
「なんだって、こんなにしつこく狙うんだろうな」
「そりゃあ、これだけ大きな街ならね、狙う価値もあるでしょ! 特にお城を中心とした北側は、見るだけで重要そうだしね! それっ!」
もう、何匹屠ったかわからない。屋根の上に立っていると気づきにくいが、辺り一面は魔物の死体で埋まりそうだった。街全体で見てもこんなに多くの魔物を倒したのは自分たちくらいなものだろうという自負心すら生まれてくる。
「よっと!」
「あ、ゲートムント下に降りるの? じゃあ俺も。とうっ!」
二人は再び大地に足をつける。足元の狭い屋根の上での戦いは、どうしても居心地が悪かった。 踏み慣れた石畳の感触を確かめると、再び上空を見上げた。
「まだまだいるなぁ……」
「何、弱音? 珍しいね。ま、数が多い割に種類は少ないし、ちょっとうんざりだけど。でも、さっき職人通りの方で爆弾の音が響いてたよ。あれフォルちゃんだよね。フォルちゃんも頑張ってるのに、ここでへばってる場合じゃないよね」
二人とも、口ではあれこれ言うものの、まだまだ体力を残しており、十分に臨戦可能だった。幸い、通りの人たちは家にこもっていて出てこない。家の中に入って屋根に上らせてもらう許可はもらっているからいいが、通りで誰かがいたら、巻き添えをくうかもしれないし気にしてうまく戦えないかもしれない。自分たちしかいない今の状況が何よりも都合良かった。
「ゲートムント! ツァイネ!」
と、そこへ聴き慣れた、いつでも一番聴きたいと思っている声が自分たちのことを呼ぶのが聞こえた。
「その声は、エルちゃん!」
「確か、里帰りしてたんだよな。いつ戻ってきたんだ? って、今はそんなことどうでもいいか。何でここに! 見ての通り、この辺は戦いが激しいんだ。できれば、安全なところに避難するか、フォルちゃんのところに行っててくれ……」
二人の姿を見つけるなり駆け寄ったエルリッヒに、二人は言いようのない嬉しさを覚えたが、同時に危険な目に遭わせてはならないという強い思いが湧き上がっていた。
街の住人を守りたいのはもちろんだが、エルリッヒが戻ってきているのならばその思いは尚更だ。何としてでも無傷で守り通さねばならない。そして、そのためにはこの場にいてもらっては困る。
「うん、戦いの邪魔になるよね。すぐ移動するから。でも、どうしても二人の無事を確認したくて、戦いの激しそうなところを探してやってきたんだよ。二人とも、無事?」
「も、もちろんだよ。俺たちはかすり傷一つ負ってないよ」
「ああ。魔物も魔法も、初めてじゃないしな。この通りだ」
心配してもらえたことは当然嬉しいが、それと同時に、魔物との交戦経験が豊富なのは、エルリッヒとの旅があってこそのものだということを思い出していた。彼女との旅があればこその経験が、今こうしてここで戦えていることの原動力になっていた。
「俺たちを心配してくれたのは嬉しいけど、本当に危ないんだ。だから……」
「うん、邪魔してごめんね。でも、絶対に無事で乗り切ってよ。約束だからね?」
「その約束、最高じゃん。それじゃ、落ち着いたら二人でお店に行くから、よろしくな!」
二人の様子は相変わらずだった。言いようのない安心感が芽生える。この二人は、絶対大丈夫だ。
「さて、後は……」
無事を確認しておきたいのは、もう一人。エッセン通りに住むお嬢様、エルザだ。先ほど来た道をそのまま引き返すべく、ゲートムントたちに背を向けて駆け出した。
〜つづく〜