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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第四章 魔女裁判 〜ただしきものとまちがったもの〜
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チャプター27

〜王城 玉座の間〜



「やはり、長年座っておるからか、ここが一番落ち着くのう」

 玉座の間に戻ってくるなり、国王は玉座に座り、気持ち良さそうな声をあげる。仕立てがいいから座り心地がいい、というレベルの話ではなく、ここが自身の居場所なのだろう。

「それで……あの……」

 玉座を前に跪いたエルリッヒは、気まずそうに話しかける。何をどう言っていいものか思案していたが、何は無くとも無事にあの場を脱することができ、無実だと信じてくれたことだけは、改めて礼を言わなくてはならない。

「この度は助けて下さり、ありがとうございます……」

「何を言うものかと思えばそのようなことか。言うたではないか。国王として、無実の罪で民が裁かれることを阻止したまでだ。これは、余の義務と言っても良い。であるからして、それほど恩義を感じずとも良い。それよりも、あのような者どもを出してしまった余の不徳ですらある。むしろ余が詫びるべきなのだ」

 あえて頭を下げるようなことはしなかったが、国王の言葉からは、しっかりと誠意が感じられた。貴族連中の暴走など、古今東西どんな治世でも聞く話なので、それ自体は驚くようなことではないのに。もっとも、自分が当事者として被害を被ってみると、決して許すべきではないという思いが一般論を超えて湧き上がってくるが。

「王様……」

「さて、そなたの話はこれまでで良いか? では、皆の者、下がってくれるか? ここからは、ちと内密な話をせねばならぬのでな」

 話が一区切りしたところで人払いをし、大臣や親衛隊の面々を下がらせる。そして、玉座の間が三人だけになると、国王はおもむろに立ち上がった。そして、一歩前に出て、エルリッヒに向かって膝をついて頭を垂れた。

「お、王様、何を!?」

「エルリッヒ女王殿下、此度は我が国の災難に際し、これを打ち払って下さった功、国王として国を代表して御礼申し上げます。叶いますれば、これからも勇者の末裔とやらが魔王を討伐するまで、どうかこの国をお護りください」

 それは、国王として諸外国の王族相手にするのと同じだけの所作だった。それも、明確な上下関係にあるような国相手のものだ。一般的に、一国の王がこれほどの態度を示すことはなかなかない。

「お、王様、やめてください! 私はそんな大層な者では!」

「何? 街の噂では、魔物どもを蹴散らしたドラゴンは竜の王女だということだが、違うというのか? ツァイネ、そなた余に偽の情報を掴ませたのか?」

 驚いたエルリッヒが謙遜してみせると、再び玉座に戻った国王がツァイネを問い詰めた。少なくとも、ツァイネは大長老やフォルクローレから聞いた話をそのまま伝えただけだった。とても偽りとは思えない。しかし、このように問い詰められてはどうしようもない。

「そんなはずは。みんな、とても嘘をつくような人物じゃないですよ。エ、エルちゃんからも何か言ってよ!」

「あの……王様……私にまつわる噂話、信じてくれるんですか? 私の口から言うのも何ですけど、あんまりにも現実離れした話だと思うんです。それをどうして」

「どうして、だと? そうさな、そこにいるツァイネと、こやつに噂をもたらした錬金術士のフォルクローレ、どちらも信頼に足る人物だからだ。そして何より、そなたは以前ここで人並み外れた戦闘能力を披露したではないか」

 それは、もうずいぶん前のことのようだったっが、確かにそんなことがあったと、口に手を当てて思い返していた。

「あっ!」

「何もなければ、ただ腕っ節の強い娘として認識しておったやもしれぬが、あのような噂を聞いた上で考えれば、合点が行くというものだ。このような乙女の細腕にあれほどの力が込められているというのは、やはり信じがたい光景であったからな」

「エルちゃん、そんなことがあったんだ。でも、それなら確かに……」

 信じてもらえて嬉しいやら、正体がばれて心臓に悪いやら、不思議な気持ちが去来する。今となっては、正体がばれてしまった方が都合がいいのかもしれない。

「それに、同じ与太話なら、魔物が化けているなどという物騒な話より、こっちの方が信じたくなるしのう。とにかく、余は国王として、この街を救ってくれたことを、心から感謝しておる。きっと、それは他の民たちも同じであろう。今回の一件が無実の罪なのは言わずもがな、国王の名において無罪放免とする。大手を振って戻るが良い」

「は、はい。あ、そ、それじゃあ、帰ってもいいですか? 通りのみんなが待ってると思いますので……」

 国王直々に「無罪放免」と言われるなど、そうそうないことだ。みんなが無実だと信じてくれているといいが、まずは顔を見せてあげなければならない。噂が広がっている以上、処遇を決めるのは通りのみんなだ。そこで、最後の裁きを受けるのだ。

「確か、コッペパン通りであったか。きっと、そなたの帰りを待ち望んでいるであろう。もし、今後の生活で何か困ることがあれば、いつなりとも訪ねてくるがよい。それと、そなたの荷物は改めて届けさせるゆえ、そのまま帰ればよかろう。それではツァイネ、しかと送り届けるようにな」

「それはもちろん。何があっても全力で守ります」

「それじゃあ、いろいろとありがとうございました。私はこれで失礼します」

 国王に見送られて、二人は玉座の間を後にする。そして、大手を振って、悠々ととまではいかなかったが、少なくとも、罪人ではなく、来賓として城を後にした。

 そばをついて歩く青い鎧を着たツァイネの存在も大きかったし、今の深紅のドレスも来賓らしさを醸し出していて、一見するとどこかの貴族の令嬢のようだった。だが、周囲の目が何よりも大きかった。女官やメイドたちは初めから疑っていなかったのかさほど変わらぬ目で見ていたが、城内を闊歩する兵士や貴族の男たちの中には、あんなでっち上げの嫌疑でも真剣に信じて罪人として扱う者もいた。それが今はすっかり気まずそうな会釈を送ってくる。首謀者たちが捕えられたことで、一部の者の暴走であったことが城中に伝わったのだ。

 この短い時間でよくもと感心するところだったが、国王は、そこまでを考慮して動いていたのだろう。

「王様はさ、最初の審議の時から胡散臭いと思って、こっそり王族用の席で見てたらしいんだよね」

「そうだったんだ……」

 ツァイネによると、審議所には自分の預かり知らぬところで不正や冤罪が行われないかを確認するために、王族用の観覧席を作ってあるらしかった。そこから、こっそり見ていたのだという。そして、すぐさま王の疑惑は確信に変わった。だから、審議が再開されるにあたり、「エルリッヒはやはり無実である」という確信をどこで突きつけるか、思案していた。そこへ、城内の情報を掴んでいたツァイネが現れたということだった。不当な裁きを覆し、城内に巣食う獅子身中の虫を一掃するいい機会となったと、喜んでいたようだ。

「っとっと、話してたらちょうど出口だね」

 城門からは、明るい光が漏れている。いったい今が何時なのか、すっかり時間の感覚を失っていたことに気づく。

「っ、まぶしっ!」

 手で陽の光を遮りながら、跳ね橋を渡る。これで、名実ともに無罪放免だ。

「エルちゃん!」

 出迎えたのは、

「フォルちゃん! それにゲートムントも! うわっ!」

 ツァイネが城内に乗り込んでから、二人はここでずっと待っていた。胃に穴が開くような思いで待っていたせいか、エルリッヒの姿を見つけると、居ても立っても居られずに強く抱きとめた。

「本っ当に心配したんだからね!」

「ありがとう。フォルちゃんのおかげで、無罪放免で出てこられたよ。ゲートムントも、いろいろ動き回ってくれたんでしょ? ありがと。ツァイネも、お礼を言ってなかったよね。ほんと、ありがとう。っ!」

 フォルクローレの体温を感じて、思わず涙がこみ上げてくる。ここにいる三人は、自分を助けるために奔走してくれて、あまつさえとても信じられないような話まで信じてくれたのだ。そして、それを踏まえてもなお、今まで通りに接してくれている。

 なんて素晴らしい友人を持ったのだろうか。

「まだ、泣くのは早いんじゃない? 待ってるのはあたしたちだけじゃないでしょ?」

「そっか、そうだったね。帰らなきゃだよね」

 つい感動に押し流されそうになったが、日常に戻れるかどうかは、まだわからない。それを、思い出した。涙をぬぐい、ゆっくりとフォルクローレの体を剥がす。

「ん、ありがとね。ここで待っててくれて嬉しかった」

「なんの。嬉しかったのは同じだよ。それにしても、お姫様みたいな格好だよね。すごいなー」

 ドレス姿はここでは目立つ。それでも、着替えを持っているわけではないし、このまま戻るしかない。エルリッヒは頑張ってすまし顔を作って見せた。

「ま、まあ、一応、本物のお姫様ですし?」

「そっか〜! そうだった! じゃあ、ご自宅まで参りましょう! 我等三人、お供しましょうぞ!」

 冗談めかしたフォルクローレがエルリッヒの手を繋ぎ、男二人をお供に歩き始めた。コッペパン通りまでの道中、絶対に目立つことになるだろうと思っていたが、それは諦めるしかないのだった。

「噂の渦中の人ってことにもなるし、できるだけ気づかれないといいけど……」

「それは大丈夫。姿形の話まではしてないから」

「ああ。それよか、通りのみんなが受け入れてくれるかどうかの方が、大事だろ?」

「うんうん。もし通りを追い出されたら、俺たちの所においでよ。俺とゲートムントの家じゃ心配だろうけど、フォルちゃんのアトリエなら、当座の居場所にはなるだろうしさ」

 三人は、いざという時の心配までしてくれる。本当に、ありがたいことだった。




〜コッペパン通り〜



「それにしても、エルちゃんは本当に今日戻ってくるのかねぇ」

「信じようじゃないか。あのツァイネ坊主が城内の人間と通じて、情報を仕入れた上で行動を起こしたというんだ」

 通りでは、おばさんをはじめ数人の住人が外をうろうろと彷徨っていた。商工会議所での話し合いも、すべてはこの時の、エルリッヒが疑いを晴らして帰ってくる時のためである。

「おばさん、あれ!」

 誰かが、中央通りの方角を指差した。そこには、赤い髪に赤いドレスを着たエルリッヒと、金色の髪をしたフォルクローレ、それに青い鎧のツァイネと漆黒のインナーウェアを着たゲートムントの姿があった。どこから見ても、目立つ四人連れである。

「エルちゃん!」

 ここでもまた、手厚い歓待を受けることになった。おばさんも、先ほどのフォルクローレと同じように居ても立っても居られず、姿を見つけるなり駆け出して行き、そのままエルリッヒを抱きしめた。

「お、おばさん?? どうしてここに? それに……みんなも……」

「今日お裁きが再開されて、無実が証明されて帰ってくるっていうから、みんなして待ってたんじゃないか! 本当に、無事でよかったよ!」

 力強い抱擁は、苦しさと同時に温かさが襲ってくる。なんとも不思議な感覚だった。

「おばさん。く、苦しい……」

「あぁ、ごめんよ。こうして無事に戻ってきたのが嬉しくって、つい。お城で何があったのか、そこのフォルちゃんから大体の計画は聞かされてたけど、教えてくれるかい? その立派なドレスも、気になるしねぇ」

 抱きしめる力を少しだけ緩めると、優しく語りかけてくれた。その声を聞いているだけで、ついつい緊張の糸が切れそうになる。

 しかし、穏やかな歓待ムードは、ここで終了だった。

「エルちゃん、おかえり」

「? ペーターさん? あ、ありがとうございます」

 最後まで不安を口にしていたペーターが現れたのだ。彼は、相変わらず神妙な面持ちを崩さないでいる。今でも自分に牙を剥くのではないか、そんな表情だ。

「ペーターさん、どうしたんですか?」

 疑問を投げかけはするものの、今この状況でこんな表情をする理由は一つしかなかった。

「エルちゃん、せっかく帰ってきたところで悪いんだけど、はっきりと答えてくれ。今、街で噂になってる話、あれは本当? それとも、ただのでっち上げ?」

「ちょっとペーター、何も今その話をしなくてもいいじゃないか。もう少し落ち着いてからでも」

「ううん、いいんです。おばさん、気を遣ってくれてありがとうございます。それは、今この場で答えます。そうしなくちゃいけないことなんです」

 おばさんの体を離すと、ペーターの前に立った。そして、軽く唇を舐めてから、口を開いた。

「ペーターさん。私は……」




〜つづく〜

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