チャプター26
〜王城 審議所〜
「陛下、なぜこのような場所に!」
「なぜ、だと? そなたらが世の国民を無実の罪で裁こうとしていたので止めに入ったまでだ! 先日の審議も、見ておったぞ? あのような下劣でいかさま同然の審議など、到底認められぬわ!」
国王は裁判長を押しのけてその席に立ち、その場の全員に話しかけた。その傍らには、見慣れた青い鎧を身に纏ったツァイネの姿があった。もしかしたら、これはツァイネの、いや自分と親しいみんなの差し金なのかもしれない。
「そなたらも、魔物を退けたピンク色のドラゴンの噂は聞き及んでおろう?」
「は、はぁ。ですが、それが何か……」
やはり噂になっているのか。目撃者がいないなどという淡い期待は、見事に裏切られたことになる。つい、絶望感から目を伏せてしまう。
「であれば、今市中でこのような噂が立っておるのを知っておるか? 先般城に連行されたエルリッヒなる娘が、そのドラゴンの正体だという。まさに、そこな娘のことだ!」
「っ!!」
「なっ! 陛下はそのような市中の噂をお信じになるのですか? 人がドラゴンに化けるなど、とてもとても。それに、この者は、魔物が化けた人間であり、先ほどの襲撃に際しても手引きを……」
貴族連中の必死の弁明を遮り、国王は言葉を続けた。それはまるで、エルリッヒの内心の動揺を見透かした上で、それを守ろうとしているかのようだった。
「そのような戯言、余が信じると思うておるのか? それこそ、信じるに値せぬわ。確たる証拠でも見つかったら、その時は余の元に持ってまいれ。ただし、家探しなどの下劣な真似はするでないぞ? もっとも、その前にそなたらを今回の件で裁かねばならぬがな」
「お、お待ち下さい! そもそも、そのような噂、どこから持ち込まれたというのですか! よもやそこの青二才では? その者は、とうに親衛隊を抜けた身、今更何の権利があってここに立ち入っているというのだ! 陛下、そのような者の言葉に耳を傾けてはなりませぬ!」
国王を少しでも説得しようとする姿勢は、どこから見ても見苦しい。それでも、下手をすれば文字どおり自分たちの首が飛ぶかもしれないのだから、無理もない。しかし、それで心が動くほど柔らかな決意でここに立っているわけではなかった。
「この者、元親衛隊のツァイネがこの鎧を着てここに立っている意味、わからぬのか! これは、余が国王の権限を持って、職を辞した後も信頼し続け、その者に親衛隊と同じだけの権限を刺し許した証。つまり、この国の一大事に際し、その権限を持って国王たる余に進言をしたということだ。これがどういう意味か、わからぬではあるまい? もう、話は終いで良いな? さあ、行くぞ? このような場、そなたには相応しくない。ついて参るが良い」
「は、はい……」
一体全体何がどうなっているのかさっぱりわからない。噂は流れてしまったものなのか、意図的に流されたものなのか。そして、街のみんなが、それをどれだけ信じているのか。何もわからないまま、とにかくこの審議所を無実のまま出ることができた。それだけは事実のようだった。
〜コッペパン通り 商工会議所・会議室〜
エルリッヒの審議が国王の闖入によって終わりを告げる頃、ペーターは少し気弱そうなトーンで話し始めた。
「な、なあ。もしエルちゃんが、本当に魔物やドラゴンが化けてたらどうするんだ? 俺たち、いつ殺されるかわかんないぞ? それに、捕まったタイミングで魔物が来たのだって、手引きしたってことも……」
言葉は気弱そうでも、そこに込められた思いは強かった。議論の根っこにあるものが、全て「もしも」の話なので、これも議論されうる内容なのだ。
「あんた……バカだねぇ。エルちゃんが魔物やドラゴンなのと人間なのと、どっちが信じられるっていうんだい。それに、本当に魔物だっていうんなら、なんで何年もここで暮らしてるのさ。それも、あんなに善良で健気に。あたしゃそれを疑うなんて、とてもできっこないよ。あんたたちもそうさ、あんな与太話、とても信じられないからこうして議論してるんじゃないのかい? 信じてるのなら、ここに帰ってくる前提じゃあ話なんかしないからね」
ここでもおばさんは力強く弁護した。もちろん、感情論ありきではない。冷静に考えても、信じろというのが無理な話なのだ。
「そ、そりゃそうだけどよ。偵察ってこともあるだろ?」
「それなら、もっと目立たない生活をするんじゃないのかい? とにかく、あたしゃこの身をかけてもいいね。エルちゃんは無実だよ!」
おばさんの言葉は、まず第一にこの場にいた女性たちと子供達の心を掴んだ。普段から接する時間が男たちより長い分、信頼に足ると判断したのだろう。
「それに、考えても見なよ。魔物だってのは置いといても、街を救ったドラゴンだって言うんなら、こんなに心強いことはないじゃないか。残念ながら、魔王は復活しちまったんだろ? 風の噂で聞いた勇者の末裔ってのがいつ倒してくれるかなんて、わかりっこないんだ。その間、また何度だって魔物は攻めてくるだろうね。その時、街を守ってくれるんじゃないのかい? あの子に任せっきりってのは心苦しいけどさ、ギルドの連中が敵わなかった指揮官を倒しちまったんだから、実力はお墨付きじゃないか!」
「ううむ、そういう見方もあるか。どうじゃな?」
おばさんにしてみても、次の襲撃に際して「おんぶに抱っこ」というのは気が進まなかったが、それでも噂が真実ならまた街を守ってくれるだろうし、噂が事実無根で、ただの娘だというのなら、そこに何の問題もない。ただそれだけの話だった。
「あと、こんなことも言ってたね。噂のドラゴンは、王女様だって言うじゃないか。どっからそんな都合のいい話が出てきたのか知らないけどさ、王女様がこの通りに住んでるだなんて、光栄なことだと思わないかい?」
「次から次から、よく出てくるぁ。負けたよ。俺だって、根っから疑ってるわけじゃないんだ。もしものことを考えた時に、ちょっと心配になっただけさ。いいよ、今はおばさんの意見に従うよ。ただ……」
せっかく和らいだ空気に水を差すように、ペーターは再び声のトーンを落とした。
「もしエルちゃんが戻ってきたら、念のため、噂の真偽について、確認させてくれ。それも、みんながいる前で。俺も、納得したいし、安心したいんだ」
「お前さん……全く、しょうがないねぇ。そんなのあたしらにどうこうできるわけないだろ? 訊きたきゃ訊けばいいさ。その結果がどんな答えであれ、あたしゃあの子を信じるって決めた言葉や気持ちを覆したりしないけどね」
「ふむ、これで議論は終了と言ったところかの。それじゃあ、今は待とうではないか。無事に濡れ衣が腫れて、この通りに戻ってくるのを」
会長は神に祈るように手を組み、静かに目を閉じた。彼もまた、エルリッヒのことを案じている一人なのだ。
〜王城 回廊〜
「エルリッヒよ、怖い思いをさせて済まなかったな。あの者たちは、余が責任を持ってしかるべき処罰を与えるゆえ、安心するがよい」
「あ、あの、ありがとうございます……」
「エルちゃん、良かったね。俺たちも奔走した甲斐があったよ」
相変わらず、何が何だかわからない。国王に連れられて向かっているのはおそらく玉座の間かこの数日を過ごしたあの賓客用の部屋だろうが、そもそも、噂のこともさっぱりなのだ。フォルクローレが安易に約束を破るとは思えないし、あの場の会話を誰かに聞かれたとも思えない。ということは、自分を助けるために動いてくれた、と考えるのが自然だった。しかし、それでも細かいところは想像の域を出ないので、じっくり話を聞きたかったし、あのような噂が流れてしまった以上、この街の住人に自分を怖がるものが出ているのではないかという不安は、一歩歩くごとに胸のうちに広がっていった。
「時に、そのドレスはどうだ? 余は初めから罪人などではないと信じておったのでな、この城内で過ごすのに相応しい格好をしてもらったのだが、さすがに一から仕立てさせるわけにもいかなかったのでな、簡単な採寸だけをさせて、既製品をあつらえさせたのだが……」
「そうですね、少しキツいですけど、お心遣い、感謝します」
気を紛らわせようとしているのか、国王はしきりに軽い話をしてくれた。それは、確かに胸中に広がる不安を少しばかり和らげてくれた。いくら面識があったからといって、一国の王が、市井の娘に対してそのように気を遣ってくれることが、とてもうれしかった。
「さあ、到着だ。入るが良い。何度か足を運んだことがあったのではないか?」
「ここは……」
うつむきがちに歩いていたため言われるまで気づかなかったが、そこは予想通り玉座の間だった。
「今一度、ここでゆっくりと話をしようではないか」
どんな不安もかき消すかのように、その言葉はどこまでも優しかった。
〜つづく〜




