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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第四章 魔女裁判 〜ただしきものとまちがったもの〜
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チャプター25

〜コッペパン通り 商工会議所・会議室〜



「まず、話を整理しようか。そもそも、エルちゃんが人間に化けた魔物って話で捕まったんだろ?」

「そうだ。そんな胡散臭い話で捕まってもなぁ、信じろっていうのが無理だと思わないか?」

「そうだそうだ。で、今度はなんだっけ? 魔物じゃなくて、ドラゴンが化けてたっていうんだろ? 話としちゃ、どっちもどっちだな」

「まったくだよ。誰か、その街を救ったっていうドラゴンを見た人はいないのかい?」

 問いかけに答えられる者は誰一人いなかった。この通りの住人は、幸いにも全員が地下室に避難していて、外に出てきたのは騒ぎが収まってからだった。その結果、街を救ったドラゴンという話すら、誰一人信じてはいなかった。そんなおとぎ話の住人がこの街の上空に現れて、ただただ魔物の指揮官を倒すだけ倒して、さっといなくなったというのだから、信じろという方が無理な話だった。

 それでも、信じられないながらも一笑に付したりしないのは、確かに他の通りの住人には目撃者がいるからだ。だが、その正体がエルリッヒだというのは、いささかにも無理がある。信じられない話が、もっと信じられなくなる。

「職人通りのフォルクローレと言ったか。その娘は、信頼に足る人物なのかね?」

「そりゃ、あたしが保証するよ。あの子は嘘をつく娘じゃないさ。でも、もしこの話がでまかせだったとしても、エルちゃんを助けたいってことだろう? それなら、あたしらは乗っかるだけじゃないのかい?」

 フォルクローレの人柄に太鼓判を押してくれたのは、ほかならぬおばさんだった。隣人として、この通りの住人でも特にエルリッヒとは仲が良かったから、お城が掛けてきた疑惑も今回の噂も、とても信じられないというのが正直なところだったし、わけのわからないでっち上げで罪人に仕立て上げられた以上、何としても助け出したいと思っていた。その思いは、この通りの住人の中でも、人一倍だ。「街を救ったドラゴン」の話や、フォルクローレの持ち込んだ噂の真偽がどうであれ、少しでも救える可能性に繋がるのなら、乗っかるしかない。

「あたしゃ、噂がどうであれ、まずはエルちゃんの無実を証明した上で助け出してからだと思うね。ま、魔物が化けてた、なんて噂が残るよりは、街を救ったドラゴンの正体だって言うんなら、その方が帰ってきた後も、暮らしやすいんじゃないかと思うけどね」

「つまり、お前さんはこのままこの通りにいてもらうって意見なんだな?」

 そんなのは当たり前だと言わんばかりに、おばさんは周囲に目配せした。

「わかった。じゃあ、他の意見があるもの、聞こうじゃないか。誰でもいい、挙手をしてくれ」

 大方の者は同意見なのか、不安そうにお互いを見回すだけで、挙手をするものは現れなかった。

「じゃあ、全会一致ということで良いか?」

「いや、ちょっと待ってくれ……」

 話し合いが終わりそうになったそのタイミングで、一人の男が小さく手を挙げた。

「なんじゃ、意見があるならさっさと手を挙げんか。聞こう。お主は確か、ペーターじゃったな」

「ああ」

 ペーターはゆっくりと立ち上がった。そして口を開く。




〜王城 審議所〜



「さて、罪人エルリッヒよ。此度の魔物の襲来は、仲間が助けに来たのではないかという話もあるが、本当か?」

「!! だったら、すでにこの場にはいないはずです。それに、私がこのお城で捕えられていると知っているのなら、お城を真っ先に狙うはずです。魔物と無関係だからこそ、お城の被害は軽微で済んだし、今こうして、改めて審議の場に引き出されています」

 いきなり罪人と呼ばれたことも納得できなかったが、結論ありきの議論に飲み込まれることだけは避けなければならないと考えていた。いざとなればどうにでもなるが、できるだけ、真っ当な流れで無実を証明したい。

「後からではなんとでも言えるわ。あのタイミングの良さ、示し合わせたのでなければなんだと言うのだ! 裁判長、これ以上の議論は不要ではないですかな? また仲間が助けに来る前に、手早く極刑に処してしまうべきと進言します」

「そうですな。次こそは、この王城が破壊されてしまうかもしれませぬ故な」

「そうと決まれば、速やかに処刑の手続きを!」

 相変わらず、野次馬のような周囲の貴族達はえげつない。これは本当に「魔物の襲撃で混乱する人心をまとめるため」の裁きなのだろうか。荒唐無稽な疑惑など、信じるものも少ないだろう。もちろん、この貴族連中に民衆からの強い支持があれば話は別だろうが、基本的に庶民と貴族はほとんど接点がない。それでは、民衆の心をまとめることなど無理なのではないだろうか。

 とすると、これはもっと別の裏があるか、単に為政者としての能力が足りていないだけ、ということになる。もちろん、この街の住人としてそれでは困るのだが、今回の件が片付けば、改めて国政の場を追われる可能性もあるだろう。今はそれを願うばかりだ。

「静粛に! 罪人エルリッヒよ、何か申し開きたいことはあるか?」

「全てです。証拠のない、こんな一方的なもののどこが審議だとと言うんですか。もっとも、でっち上げなんですから、証拠なんて出しようがありませんよね。全ての根拠はそこにいる方々の爵位が庶民の私に対して上位にある、ということだけで。でも、それで人一人を処刑しようというのですから、程度が知れます。あの場で一方的に私を槍で串刺しにでもしていたら、願いは叶ったかもしれませんけどね」

「なんだと! 貴様、この場を愚弄する気か!」

 挑発めいた言葉に、貴族の一人が激昂した。もともと怒りっぽいのか、庶民に痛いところを突かれたからなのか。それでも、エルリッヒはやめなかった。

「もし、私が本当に魔物が化けているのだとしたら、今この場でここにいる全員を、綺麗に皆殺しにできるんですよ? そんな存在が、大人しく処刑されると思いますか? 何しろ、魔物は人間の敵、人間の命など、なんとも思っていないんですから。でも、もし私がただの娘だったとしたら、どうでしょう。皆さんは、無実の女の子を、濡れ衣で処刑することになります。いくら魔物が化けていたと声高に叫んだところで、誰が信じるんです? 私なら、とても信じられませんん。こんなに綻びだらけの裁きに何の意味があるんでしょう。それとも、何か個人的な恨みでも?」

「お、おのれ!」

 言われたことは全て正論で、しかもどれ一つとってもその通りなので何も言い返せなかった。それほどまでに、この審議は大仰な舞台と薄っぺらい理屈で成り立っている。

 裁判長も、立場上この場を取り仕切ってはいるが、実際のところは貴族連中が描いたシナリオをただただなぞっているだけに過ぎない。普段とは違い、自らの意思で事の真偽を判断し、量刑を決めるということはできないのだ。

「罪人エルリッヒ、話はそれで終わりかな? 今の話には、特に無実を証明する、真実人間の娘であると証明するだけの根拠はないようだが? それでは、判決を言い渡す」

 さすがに、どれだけ弁を立てても結論ありきの裁きを覆すことはできなかった。やはり、どこかで逃げ出すしかないというのだろうか。

 諦めにも似た思いが去来して、静かに目を伏せた。その時だった。

「その裁き、判決を下してはならん!」

 何者かが、扉を押し開け入ってきた。

「お待ちください! 今は審議中です! 如何なる者も入れるなと仰せつかっています!」

「そんな命令、素直に聞く馬鹿がどこにいるのだ! それで国王すら通さぬとはなんたる不忠義! 今にも娘一人が無実の罪で裁かれようとしておるのだ! 無実の国民を守るのは、世の義務でもある! ええい、通さぬか!」

 制止しようとする兵士二人を押しのけて入ってきたのは、

「っ!! 陛下!」

「え。王様……?」

 誰あろう、国王その人だった。




〜つづく〜

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