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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第四章 魔女裁判 〜ただしきものとまちがったもの〜
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チャプター24

〜王城〜



 エルリッヒが再び城に連行されてから数日、裁判はまだ始まってはいなかった。そもそも、王都中が混乱していたはずなのに、魔族が去ってすぐに捕縛の兵を差し向けたその手際がむしろ不自然と言ってもよかった。だから、城内もまだまだ混乱しており、建物に損傷がないか確認をしたり、街の復興のための制度づくりやそのための予算確保などを行ったりと、”本来するべきこと”に人員が割かれていたため、逃げられないよう捕縛こそしたものの、審議どころではなかった。

 とは言え、審議再開までの間、てっきり牢屋に投獄されるものと思っていたのだが、あまりにも意外なことに、賓客用の部屋で過ごすよう言い渡された。自由に城内を歩き回ることはできなかったが、この部屋だけでもそれなりの広さがあり、調度品は一級品、着替えも、囚人服どころかどこであつらえたのか、既製品らしかったがそれなりに立派なドレスがメイドたちによって渡された。食事も、メイドたちのまかないと同じであろうメニューが出されていた。

 どうやら、メイドたちの噂話によると「罪人といえど現行犯などと違い罪が確定していない以上、この国の民として尊厳を持って扱わねばならない。まして若い娘ならば尚更だ」という国王直々のお達しがあったらしい。これには、さすがに今回の件の首謀者たちも逆らうことはできず、渋々命令に従っている、ということのようだった。

 おそらくは、今回の件を耳にした国王が気を遣って手を回してくれたのだろう。実際の所どう結審するかは不透明だったが、少なくとも国王だけでも信じてくれているような気がして、少しだけ気が楽になった。

「ーーとは言えどうなっちゃうのかな、わたし」

 ソファにもたれかかり、窓の外を見つめながら気弱な発言とため息がついて出る。フォルクローレに打ち明けて以来、どうしてもナーバスになっている自分がいた。

「はぁ……」

 こうして数日間軟禁されているというのも、あまりよろしくないのだろう。履きなれないヒールが半分脱げ、つま先で引っかかってゆらゆらと揺れている。

「これで歩くと踵が痛い気がするし、いくら身長合わせてあっても、ドレスも少しキツイし……」

 普段着る機会のない立派なドレスは、コルセットなど着けているはずもないエルリッヒを考慮してか、いわゆる貴婦人が着用しているものよりも太いものをあつらえてくれているようだった。それ自体は国王から指示を受けたいずれかの女官が手配してくれたはずであり、ありがたいことはありがたかったが、本来はきっちり採寸して仕立てるような類いのものであり、どうしてもキツイか緩いか、ということは出てしまう。緩いよりはマシかもしれなかったが、締め付けられている感覚は、今の気分と相まってどうにも胸が苦しい。

「やることがないっていうのも、つまんないし……」

 自分らしくないとわかってはいても、元気に動き回ろうという気は起きなかったし、代わりとばかりにため息ばかりが出ていた。窓からは城下の様子も見えず、美しい中庭だけが与えられた景色だった。

「フォルちゃん、元気にしてるかな……」

 まだ別れて数日しか経っていなかったが、フォルクローレのことがひどく懐かしく、自分の秘密を打ち明けてしまったことも、遠い昔のように感じられた。

「はぁ……」

 その何度目か分からないため息をついた時だった。不躾にドアが開いた。食事の時間はまだだし、メイドや女官であればノックをするはずだ。となれば、考えられることは一つしかなかった。

 見覚えのない男を先頭に、5人ほどの兵士が護衛する格好でついていた。身なりからすると、どこぞの貴族だろう。果たして、今かかっている嫌疑がでっち上げだと知っている側の人間か、はたまた右から左に信じているだけの人間か、それとも、可能性はとても低いけど、国王と同じく、信じてくれている側の人間か。

「罪人、コッペパン通りのエルリッヒ。またせたな、審議を開始する。ついてきたまえ」

「……はい」

 言葉尻からは、内心を隠しているようには見えない。少なくとも、自分のことを罪人としてみている側の人間だろう。そう結論づけた。

「あの、掴まれなくても暴れませんし、ちゃんと着いていきますから」

 兵士に腕を掴まれそうになったのを振りほどき、この貴族の後を着いて歩いた。どのみち、先日一度行ったきりの審議所の場所など、まるで覚えてはいなかった。ましてこの部屋からのルートなど、言わずもがなである。




〜城内 審議所〜



 事情を知らぬものから奇異の目で見られながら、エルリッヒは審議所に通された。幸い、現時点では身体を拘束しようという動きはないらしい。狙いが極刑だとすると、もはや不要ということか。

「お待たせして悪かったな」

 出迎えたのは、感じの悪い貴族の男。さすがに城内には見たことのない貴族連中がたくさんいる。庶民には縁遠い世界だ。きっと、この男は首謀者側の人間だろう。

 エルリッヒを「人間に化けた魔族」として罪を着せ、極刑に処すことで人心をまとめようといういかにもな計画だ。

「いえ、上等な部屋で過ごせましたから」

 少し反抗的かとも思いつつ、エルリッヒの口からは皮肉めいた言葉がするすると出てきた。どうせやることは決まっているのだろうから、自由に喋っても構うまい。

「国王陛下からの、せめてもの情けだ。あの部屋も、そのドレスも、罪人には勿体無いがな」

「なんとでも言ってください。私は、王様が無実だと信じてくれているからこそあんなに立派な部屋をあてがってくれたんだと信じていますから」

 着慣れない上に少しキツいドレスを身にまとい、履き慣れないヒールを履き、精一杯の武装だと言わんばかりに主張した。審議はまだ始まっていなかったが、すでに戦いは始まっていたのだ。

 燃えるような真っ赤なポニーテールが、力強く揺れる。




〜コッペパン通り 商工会議所〜



 一方その頃、コッペパン通りの一角にある商工会議所では、二階の会議室にみんなが集まっていた。本来は、この通りで商売をするものが加盟する商工会の会議室なのだが、今は通りの主立った住人が一堂に会している。議題はもちろん、エルリッヒのことだった。

 魔物が二度目の襲撃を仕掛ける少し前、彼らは井戸端での議論でエルリッヒのことを信じると決め、嫌疑は濡れ衣に違いないと結論づけた。貴族の偉い人が何と言おうと、そして真相はどうであろうと、エルリッヒがこの通りに居を構えてからずっと積み重ねてきたつながりこそが最も信用できた。それは、彼女のことを信じるに足る、かけがえのない根拠である。しかし、ここへ来て突如「エルリッヒの正体は街を救ってくれたドラゴンだ」などという荒唐無稽な噂話が飛び込んできた。他の通りの住人であれば、面白おかしく受け止め、そして広めるだけで済むが、家族同然に接してきたこの通りの面々は違った。

 まして、噂の出所がフォルクローレであればなおさらだ。彼女がこの通りに来ることもすっかり増え、二人で一緒にいる姿や、たまにお店を手伝っている光景も、今ではみんなが見慣れている。そんな相手が直接伝えてきた噂話だ。しかも、やはりエルリッヒの友人としてよく見かけるゲートムントとツァイネの二人も、噂を広げるのに奔走しているという。それがどういう意味か、この通りの住人はしっかりと議論しなければならなかった。

「それってつまり、そういうことなんだよね……」

「どういうことだい。わかるように説明しておくれよ」

「いや、だからさ、あいつらが教えてくれたってことは、本当ってことじゃないのか?」

「えぇっ? そういう受け止め方? 私はてっきり、濡れ衣を晴らすために何か作戦を立てたんじゃないかと思ったんだけど。ほら、実は魔物じゃなくて街を救ったドラゴンが人間に化けていました! てなったら、罪に問うのは難しくなるだろう?」

「ふむ、どっちの解釈も一理あるな」

「じゃあ、両方の解釈がどっちも正しいって可能性も、あるよね」

「だな」

「会長さん、このままじゃ話が進まない、仕切ってくれ」

 情報自体はシンプルだったが、考えられる可能性が複数あるとなると、すんなりと議論に持ち込むのは難しかった。彼がコッペパン通りの自治会長に仕切りを任せたのは、いい判断だった。

「そうじゃな。じゃあ、とりあえず考えられる三つの可能性について、それぞれエルちゃんの処遇を考えようではないか。今まで通りにするのか、この通りから出て行ってもらうのか、この街や、この国から出て行ってくれるようお願いをするのか。皆、自分の意見と、できればその根拠はしっかりと考えて、決めてくれ」

 この中では最年長と言ってもいい会長の声は、年のせいか艶こそ失っていたが、力強く会議室に響き渡った。そして、その言葉を聞いて動揺を隠せない住人たちを見ながら、少しの間、目を伏せた。




〜つづく〜

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