チャプター22
〜王都近くの森〜
「エ、エルちゃん、なんでこんなところにいるの?」
それはまさに青天の霹靂だった。いるはずのないフォルクローレがなぜここに? フォルクローレにしてもそれは同じで、いるはずのない人物と出会って驚いているところだった。もっとも、エルリッヒの動揺に比べればさほどのものではなかったが。
「フォ、フォルちゃんこそ、なんでこんなところにいるの? だって、さっきまで戦ってたよね。職人通りで。なんで? なんでここに?」
「いや、それはエルちゃんだって同じでしょ。なんでこんなところにいるのさ。さっき魔族の、えーと、なんて言ったっけ。ヘルツォーク? そう、ヘルツォーク。あいつがこの辺の上空で戦ってたでしょ、ピンクのドラゴンと。ほら、前にゲートムントとツァイネが興奮気味に話してた奴! そんな危ないところになんでいるわけ?」
なんとか誤魔化さなければ。うまいこと誤魔化せなければ、正体がばれてしまう危険がある。もちろん、その覚悟はしていたし、一方でそんな荒唐無稽な話を易々と信じるとは思えないのだが、それでも、もうこの街にはいられないかもしれない。そういう、危険のある問答が繰り広げられようとしていた。
「わ、私は避難のついでにこの森なら安全かなーって思って。あの魔族がこの辺で戦うなんて、わからなかったし。森でずっと隠れてたんだけど、静かになったから出てきたんだよ」
「あやしい。この非常時に、門番はいなかったの? いつも誰かしらいるけど、魔物が攻めてきてるんだよ? いつも以上にしっかり見張る人がいてもいいはずなのに。あ、でも、今はいなかったか。もしかして、エルちゃんが出てきた時もそうだったの? いや、でも、避難してたってことは、まだ魔物たちがいたんでしょ? じゃあ、やっぱりあやしい。どういうことか、教えてくれるよね?」
フォルクローレの追求はシンプルだが鋭い。確かに、ここに来るために門番の兵士を持ち場から離れさせたのは自分だ。だが、非常時に門番がいないというのは、それだけでどれだけ危険なことかは誰でもわかる。そのような特殊な事情を踏まえてもこのような場所にいるというのは、単に「避難していた」では誤魔化しきれないかもしれない。
「教えるも何も、避難してただけだし、フォルちゃんこそなんでここにいるのか教えてよ。そっちも聞きたいんだけど」
「いやー、それは、野次馬根性ってやつ? 魔物相手に戦ってたら急に雷が落ちたみたいで、そしたらあいつら急に飛んでっちゃって。で、何かと思ってそっちの方を見たら、まあ驚いたの何の! 話には聞いてたピンク色のドラゴンがいるじゃん? 多分、あれは何かの合図みたいな魔法だったんだろうね。とにかく魔物がいなくなったんで、あたしは爆弾を置いてドラゴンとヘルツォーク、だっけ? の空中戦を観戦してたんだよ! みんなは一目散に避難しちゃったんだけど、爆弾持ってれば心強いしね、一人で爆弾に座って見てたんだ」
なんと剛毅なのだろう。万が一の時には大惨事になりかねないのに、自作の爆弾を椅子代わりに観戦していたというのか。誰も見ていないとは思わなかったが、まさかフォルクローレがそのような体勢で見ていたとは、予想だにしていなかった。油断、という言葉では言い表せないほどの、想定外の出来事だった。
「それで、爆弾に座って観戦してたのが、何でここまで来ることになったの?」
「そこだよそこ! しばらく見てたら、この辺で2匹の姿が見えなくなったと思ったら急に静かになって、魔物どもも北に逃げてったから、もしかしたら戦いは終わったんじゃないかって思って見に来たんだよ。ヘルツォークが勝ったなら、また頭に直接何かを、それも自信満々に言ってきそうだけど、そういう気配はなかったし、ドラゴンが勝ったなら、飛び立った気配はないからまだその辺にいるだろうしって思ってね。人間の味方だって言うんなら危害を加えることはないだろうって踏んだし、それなら間近で見てみたかったしお礼も言いたかったし。ま、人間の言葉が理解できるとも限らないんだけどさ。とにもかくにもそうやってここまで来てみたら、いたのはドラゴンじゃなくてエルちゃんだったってわけ。で、エルちゃんは例のドラゴンは見てないの?」
さて、なんて答えようか。一筋の冷や汗が額から頬を伝う。
「うーん、見てないなぁ。森の中にいたからよく見えなかったし、森の中は特に被害はなかったみたいだし。ほら、ドラゴンは魔族と違って自然に配慮して戦ったんだよ!」
「でも、あたしは飛び立つところは見てない。あれだけの巨大なドラゴンが一瞬で姿を隠すことなんて、できないと思うんだ。だったら、いるとしたらこの森の中しかない。いくらこの森が小さいって言っても、あの巨大なドラゴンが身を隠すくらいはできるからね。中心に近いところなら、外から見てもあの目立つ色は気づきにくいし。だとしたら、この森に入った時に何かしらの物音はしたはず。木だって、何本もなぎ倒されてたっていい。エルちゃんは、本当に何も聴いてないの? 見てないの?」
完全に「何か」を隠しているという疑いを持たれてしまっただろうか。状況から言えば、どう取り繕っても不自然になってしまうのだ。飛び去ったことにすれば「フォルクローレの視界に入っていない」ことを怪しまれ、森に隠れたことにすれば「今から探そう」ということになってしまい、森にいないことがわかってしまう。もちろん、森からいなくなったとなれば、その時の物音がしないのはおかしい、となる。
エルリッヒの今の思考能力では、八方塞がりだった。
(フォルちゃんの20倍以上生きてきたっていうのに、情けないもんだ。このまま打ち明けた方が、楽になるのかな。それとも、石でも投げられるのかな……)
「??? エルちゃん? どうしたの? 何か辛そうだけど……もしかして、具合悪くなった? それとも、変に疑っちゃったから気を悪くしたかな。だとしたらごめんね。あたし、気になったら周りが見えなくなるからつい……」
こちらを覗き込むフォルクローレの表情は優しかった。先ほどまでの追求の瞳は影を潜めて、一転心配そうな顔を見せてくれる。この優しさに甘えてもいいんだろうか。それとも、せっかく培ってきた友情を壊すような真似になってしまうだろうか。頭を抱え、力なく俯いてしまった。
「ごめん、ありがとう、ううん、やっぱごめんねかな、それともありがとうかな。ごめんねフォルちゃん、返す言葉が見つからない」
「え、どうしたの? 本当に具合悪いなら帰ろうよ。ドラゴンはきっとまた会えるだろうし、今はエルちゃんの体調の方が大事だよ。それと、ごめんって、何? あたし、謝られるようなことは何もされてないんだけど……エルちゃん?」
じっと、こちらを覗き込んでくる。その青い瞳がまるで大空のようで、心が吸い込まれそうになった。
「ドラゴンには、きっといつでも会えるよ」
「それって、どういうこと? やっぱ、その辺にいるの? でも、だとしたら隠す理由なんてないよね。この街にしたら救世主も同然なんだし。何か知ってるんだったら、教えて欲しいな。もちろん体が楽になってからでいいからさ」
相変わらず気遣ってくれるフォルクローレの手を強く握ると、しっかとその目を見つめた。そして、右目から一筋の涙を流しながら、話し始めた。
「ありがとう。でも、ごめんね。こんなに心配してくれてるんだから、キチンと話さないとね。フォルちゃんがどう受け止めるかはわからないけど、落ち着いて聞いて。あのドラゴンは、ヘルツォークを倒したあのドラゴンは、わたしなんだよ。わたし、本当は人間じゃないんだ……」
〜つづく〜




