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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第三章 会者定離 〜まもるものとこわすもの〜
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チャプター20

〜王都・中央通り〜



 フォルクローレは、その光景を呆然と見上げていた。恐ろしいものを見ているのか、美しいものを見ているのか、自分では一切判断ができないでいる。

「あれ……前にゲートムントたちが話してくれたやつだよね……」

 まるで自らの性別を強く周囲にアピールするかのような桜色の体は、なるほどいかにも女性好みだ。しかし、今上空で繰り広げられているのは、そのような可愛いものではない。

 魔物の指揮官としてもったいつけて登場して、街の住人全員の頭の中に直接語りかけるという想定外の方法で存在を印象付けたヘルツォークが、まるで相手になっていない。

 魔族と竜、明らかに異質な存在同士の戦いで、もはやそこに本来の相手である人間の姿がまるで存在していないのも違和感を覚えさせるが、それよりも何よりも、あのドラゴンの強さだった。

 ヘルツォークが素早い動きで接近し、勢い良く剣を振り下ろしたかと思えば、それを何と自らの足で掴むようにして受け止め、あまつさえそのままそれをへし折った。慌てて間合いを取ろうと飛び退るヘルツォークに、今度はどこからともなく雷を落とし、その行動範囲を制限する。炎の魔法を放ったかと思えば、口から氷を吐いてそれを消し去る。街の住人の中では比較的魔物や獣との戦いに慣れているフォルクローレが見ても、明らかに異常なほどの戦闘能力だった。

「本当に、味方なのかな……」

 体の大きさとそこから繰り出されるであろう大きな力、それに多彩な攻撃手段と、所詮人間に近い体躯のヘルツォークでは、見るからに相手になっていない。もし、魔物を退けてくれるのなら、こんなに嬉しいことはないが、その後で、本当に攻撃の矛先は自分たちに向くことはないのだろうか。応援したいという気持ちと、不安な気持ちがごちゃまぜになっていた。

 フォルクローレの中では、あの”桜色の竜”はあくまでも獣なのだ。

「ゲートムントたちは、人間の味方だって言ってたし、竜の女王様だなんて言ってたけど、同じ個体とは限らないし、それに、あの二人だって、前に竜と戦って大怪我をして帰ってきたんだ、牙を向けないって、どうして保証できるの?」

 大通りに出てすぐ、そのゲートムントたちの姿を発見した。皆が皆一様に気絶していたが、全員ギルドが誇る屈強な戦士たちだ。そんな相手を一網打尽にしてしまったヘルツォークをあそこまでいいようにあしらえる相手が目の前にいて、素直に応援できないのは、むしろ当然だった。

「そういえば……エルちゃんがいなかったけど、エルちゃんならなんて言うかな……」

 エルリッヒもまた、ゲートムントたちが”桜色の竜”に助けられた時、そこにいたはずなのだ。彼女ならどう感じるのかが、気になった。おそらくはどこかに避難しているのだろう。見かけたら意見を聞いてみよう。そう、思った。

「と、とりあえず、このままなら、あいつに勝ってくれるよね。まずは、それからだね」

 桜色の竜は少し高く飛び上がったかと思うと、急降下してヘルツォークに体当たりを放つ。とっさに防御姿勢をとるものの、質量差は如何ともし難いのか、鎧だけでは防ぎきれずに大きく吹き飛ばされる。全力で翼を羽ばたかせ、なんとか地面に激突するのは免れたようだったが、無傷とは思えない。そして、そこまでを見越していたかのように、大きな火球が飛んできた。ヘルツォークが吹き飛ばされた直後に吐き出されたものだ。それを、防ぐ間もなく食らってしまう。

 地上から見ていても、よくもまあ多彩な攻撃を繰り出すものだと感心する。竜族が人に近い知能を持っていることは知っていたが、これほどの戦い方をしようとは、想像もしていなかった。

 フォルクローレの20年前後の人生において、これが初めて見る竜の姿なのだ。

「おとぎ話の中では悪者になってることも多いけど、これじゃあ無理もないよね。本当、すごい……」

 ヘルツォークを包む炎が消えると、そこには肩で息をする姿があった。地上からではよく見えないが、火傷をしているようには見えない。もしかしたら、魔法の力で防いだのかもしれない。だが、周囲を取り巻いている魔物たちの様子が、明らかに違っていた。先ほどよりも、心配そうに見える。

 地上から見てもそれが伝わるのから、よほどのことと言ってもいいだろう。つまり、炎によるダメージを防ぐために、魔法の力をはじめとした、何かしら別の力を消耗したのだ。

「すごい……」

 明らかに、勝機が近づいているように見えた。




〜上空〜



『はぁ……はぁ……』

 エルリッヒの狙い通り、ヘルツォークは火球のダメージを防ぐため、魔法の力である”反発する力”を発動させた。そして、炎によるダメージこそないものの、明らかに消耗が見て取れた。

 先ほどの急降下による体当たりはたまたま当たったようなものだが、もしかしたら彼自身、物理的な攻撃への防御として用いることを忘れかけているのかもしれない。

 もしそうなら、こんなに好都合なことはない。あの力が使えなくなるまで消耗させるのは、ある種の持久戦であり、面倒だからだ。もちろん、反発の力以外にも魔法の力を消費してくれればそれに越したことはないが、それは後から振り返った時にそういうシーンがいくらかあった、と思い返すような類いの事象で、はなから期待してはいけない。

『どうした……我はまだ戦えるぞ……はぁ……はぁ……』

 これだけ息が上がっているのに、言葉尻ではまだ余裕を見せようとしている。指揮官としての意地か、魔族としての誇りか、それとも、何か秘策を隠している? 手の内が見えないだけに、少しばかり怖かった。

(もし、奥の手を出されたら、形勢逆転されかねないな。どんな手なのかもわからないし、気をつけないと……)

 一見強大な力を持っていても、そこに慢心して油断するような性格ではなかった。相手は仮にも「魔王がいる時代の魔族」であり、その中でも指揮官を任されるような人物なのだから。

『……』

 次の手を見定めるかのように一瞥をくれてやると、再び上空高く飛び上がった。そして、正確に狙いを定め、眼下のヘルツォークめがけて炎を吐き出した。今度は、先ほどとは違い、火球を三回連続で吐き出す。一度ならどうにでもなるだろうが、攻撃を重ねれば、着実にダメージにつながるはずだ。

『その攻撃は、今防いで見せたところだ! 同じ手をそう何度も食らうか! もう小手調べは終いだ! 貴様の炎ごと吹き飛ばしてくれる! はあぁぁぁ! 喰らえぇぇっ!!』

 両手をさらに高いところにいるエルリッヒに向けて突き出し、ありったけの力を込めて魔法を放ってきた。より強大な力で放つ炎なら、火球が複数連なっていようが関係ないということか。

 しかし、まさに渾身の一撃といった趣のあるこの魔法は、見るからに巨大な火球を生み出していた。

『これで、消し炭となれぇっっ!!』

 撃ち出された火球は、ただでさえ想定外の大きさだというのに、エルリッヒの放った火球を飲み込んだ後、それをかき消すのではなく、その炎すら吸収して、ますます大きな火球となって迫ってきた。その大きさもあり、避けるのも簡単にはいかないだろう。ましてあれは自然現象としての炎ではなく、魔法だ。もしかしたら、その動きを自由自在に操れるかもしれない。

(小手調べって言ってた言葉がハッタリだろうとそうじゃなかろうと! ここは、自分の力に賭けるしかない!)

 願わくは、この一撃でヘルツォークの魔力が尽きますように! アテにならない祈りを込めて、こちらもありったけの力を込め、吹雪を放った。

 直後、炎と吹雪がぶつかり合い、真っ白い爆発が起こった。




〜つづく〜

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