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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第三章 会者定離 〜まもるものとこわすもの〜
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チャプター19

〜中央通り上空〜



 ヘルツォークは激しい炎に包まれていた。さっきまで戦っていた人間の戦士たちは軒並み大ダメージを受けて意識を失っていたが、魔物たちはエルリッヒとヘルツォークの戦いをじっと見ていた。誰もが一様に動揺を隠せないでいる。

 彼らには、炎の魔法を使うものとしての自負や、人間や獣たちよりも高位の種族であるという高いプライドがあった。それが、今目の前で自分たちの指揮官を包んでいる炎はどうだ。とてもじゃないが、こんな強力な炎を放つことなどできやしない。それを、強制的に自然の法則を発生させる魔法ではなく、野生生物が生まれ持った能力として炎を吐き出しているというのだから、果たして本当に自分たち魔族はこの世界で最も高位な生物なのか、疑わしくなってくる。

『な、なぁ、ヘルツォーク様は大丈夫かな』

『バ、バカ言うなよ。俺たちの指揮官はドラゴンごときに負けるようなお方じゃないだろ?』

『そうだぜ。あんなに強い魔法が使えるんだ。今だって、人間どもを一掃してくださったじゃねーか。今頃はきっとあの炎の中でピンピンしてるに違いねぇ!』

 誰もが皆、心配をなんとかごまかそうと必死になっている。くちばしから出てくる言葉が白々しく聞こるほどに、ヘルツォークを包んでいる炎は強大だった。



『……』

 その炎が収まるのを、エルリッヒは冷ややかな瞳で見つめていた。放った火球は確かに渾身の一撃と言ってもいいものだったが、雑魚相手なら一撃で消し炭にすることも容易いが、何しろ相手は不思議な魔法を使う魔族の指揮官、きっと今頃はあの「反発の力」を展開して防いでいるのに違いない。

(あの力だけはなんとかしないと……)

 ここへきて、かつての魔王時代のみんなのことを思い出していた。記憶力を総動員してまで思い出したかったのは、町の人たちの「魔力切れ」についての記憶だった。あの頃、魔力を使い果たしたみんなはどうしていただろうか。そして、再び魔法が使えるようになるまではどれくらいかかっていただろうか。

 人間たちの魔力が魔王の持つ強大な魔力のおこぼれだったのに比べると、魔族の魔力は生来の力に魔王の魔力のおこぼれを加えたものらしい。だからこそ、魔王が復活した今脅威になっているわけだが、それでも使い続ければ魔力は一時的にでも尽きるはずだ。本当ならそこまで粘りたくはないが、あの力に遮られてこちらの攻撃が通らないのだとしたら、作戦としては順当なものだった。

『っ!』

 作戦を考えていると、辺り一帯に力の高まりが感じられた。間違いない。これはヘルツォークのものだ。残念ながら予想通り、あの猛烈な火球に耐え切ったらしい。

『はぁっ!!』

 次の瞬間、目の前の炎は跡形もなく吹き飛ばされていた。そして、そこにいたのはあの白い魔力に包まれたヘルツォークだ。やはり、通じていなかったらしい。想定の範囲内とはいえ、あまりいい気のするものではない。

『おのれ……ドラゴン風情がこのような! この魔力があればこそ防ぎきることができたが……はぁ……はぁ……』

 息が荒い。おそらく、炎を防ぐために魔力を多く消費したのだろう。生来魔力を有し、それも指揮官を任命されるほどの力を、魔王から流れ出る魔力が増強しているようなヘルツォークだ。それが息を荒くするほどの力を放出しなければ身を守れなかった。それは、エルリッヒにとっては大きな収穫だった。身を守るほどの魔力を放てない状態まで追い込めば、勝機はいくらでもある。そして、先ほど放った炎は、エルリッヒの攻撃手段の中でも決して一番強力というわけではない。他にも攻撃の手はある。

 なんとか、なる!

(でも……)

 勝機こそ見えていたが、懸念事項は他にもあった。いくら上空にいるからといっても、眼下には街が広がっている。このままここで戦い続ければ、いずれにせよ大きな被害が出るだろう。それは何としてでも避けたかった。

(うまくいけばいいけど……)

 エルリッヒは大きく羽ばたくと、さらなる上空に飛び上がり、それに合わせて少しだけ東側に移動した。街の外には、幾つかの小さな森がある以外は基本的には平原が広がっている。その上空なら、多少攻撃が激しくなっても街への被害はない。当然、王都以外の町や村は離れており、こちらもよほどのことがなければ被害は出ない。

『逃げる……わけではなさそうだな。場所を変えようというのか、よかろう! どのみち、貴様を倒さねばこの街の攻略は適わぬようだしな』

(よし!)

 ヘルツォークは誘いに乗ってくれた。これで心置きなく戦える。どことなく、翼が軽くなったような気になった。ヘルツォークを見ていると、どこで戦おうが同じ問いうことなのだろう。街を壊そうが壊すまいが、人間を排除することが目的だし、その前にエルリッヒが立ちはだかっている、ということだ。

『ドラゴンのくせに人間の味方をしようというのか。ただの通りがかりや気まぐれではないということか。真意はどうあれ、我らの前に立ちはだかるのであれば容赦はせん! 今度はこちらから行くぞ! その大きな体で、どこまで回避しきれるかな!!』

『っ!』

 剣を構えると、まるで避けてみろと言わんばかりに飛びかかり、空中だというのに器用に振るってきた。大きな体には翼爪や尻尾など、回避しようとすると回避しきれないことのある部位がある。正確に己の体の感覚と敵の攻撃の判定を見極める必要があった。

 相手の勢いを殺すかのように強く羽ばたくと、上空に回り込んでその攻撃を回避した。ギリギリでは避けきれない可能性を考えると、はるかに安全だ。

 しかし、ヘルツォークも負けてはいない。回避されるのを見越していたのか咄嗟の機転か、背後に回ったエルリッヒの体を狙うように、右手からいくつもの火球を打ち出してきた。それは、ただ放たれて終わりではなく、緻密にコントロールされ、こちらを狙っているようだった。

『どうだ! その体勢にこの攻撃ならば避けきれまい!』

(小賢しい真似を! でも、その程度!)

 さらに次の攻撃をどう組み立ててくるのかは気になるが、今は迫り来る火球の対処が先だった。これならばと、今度は炎ではなく吹雪を吐き出した。こんな器用な芸当ができるのも、竜の王族ならではの能力だ。

 吐き出された吹雪は、視界に入るだけの火球を覆い尽くし、水蒸気とともに消し去ってしまった。炎に巻かれる姿をその目に収めようと、ヘルツォークが体をこちらに向けたちょうどそのタイミングだった。

『なん……だと? 炎だけではないというのか』

 炎がかき消されたことよりも、想定外の攻め手を持っていたことに驚きを禁じ得ないでいた。これでは、攻撃の組み立てが難しくなってしまう。少なくとも炎と氷の相反する二つの力を使ってきたのだから、その器用さに対抗するにはどうすればいいか、瞬時には判断できないでいた。

 しかし、その一瞬の驚きが、エルリッヒにとっては大きな隙だった。

「ガァァァァ!!!」

 大きな雄叫びと共にすばやく飛びかかり、強烈な体当たりを決めた。その大きな体躯から繰り出される体当たりが一体どれほどの攻撃力を持っているのか、周囲のガーゴイルたちには想像もつかない。

『ぬぅっ!!』

 ものすごい勢いで地面に叩きつけられるヘルツォーク。辺り一面が砂煙りに包まれる。

(あれしきの単純なダメージでやられるとは思えないけど……無傷でもないはず……)

 上空で様子を見守るエルリッヒは、鋭い視線を送りながらも、油断しないようにと自らを律していた。




〜王都内部〜



「はえぇぇ……なんか、すごい……」

 そんなエルリッヒとヘルツォークの戦いを、地上から見ているものの姿があった。爆弾を持ってガーゴイルと戦っていたフォルクローレである。

「いきなり魔物が退散したと思ったら……」

 上空で戦う二者の姿は、王都のどこからでも視界に入れることができた。ほとんどのものは避難して屋内にいたが、こうして中央通り以外の場所で戦っている者たちには、さながら一大ショーとなっていた。

「それにしても、あのドラゴン……」

 それはまさに、ゲートムントとツァイネが熱っぽく語っていた「北の街を救った桜色の竜」そのものだった。そんなおとぎ話のような存在が、今すぐそこで、人間の見方として戦ってくれている。

「あの二人の話……本当だったんだ……」

 つい。爆弾を持つ手を緩めてその戦いに見入っていた。ヘルツォークは未だ、土煙の中である。




〜つづく〜

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