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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第三章 会者定離 〜まもるものとこわすもの〜
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チャプター18

〜中央通り〜



 かすかに残る意識の中、ツァイネは稲妻の光を見、重々しい羽音を聞いていた。そして、薄れ行く視界に、見覚えのある桜色が飛び込んできた。

「あ……あれは……」

 そこで意識が途切れてしまった。この辺り一帯で、その姿見た者は、他には誰もいない。

『な、なんだ、こいつは!』

 周囲の戦士たちを吹き飛ばしたことで、一通りの勝利を確信したのか、ヘルツォークは戦いの緊張が緩んでいた。そこへ水を差すように、どこからともなく巨大なドラゴンが飛来していた。

 先ほどの落雷には驚いたが、まさか関係があるとは思えない。そもそも、敵なのか味方なのか、そのどちらでもないのかすらわからなかった。

 空に留まったまま、ただただ、じっとこちらを睨んでいた。

『確か……ドラゴンは他者の戦いには口を挟まぬ主義のはず! ならばなぜこのようなところに! まさか、魔王様の邪気に当てられたか? それとも、狩りのつもりか?』

 突如現れたその存在に訝しんでいると、ヘルツォークに向かい、激しい咆哮を繰り出した。

『ガァァァァァ!!!』

『なっ!』

 直感的に悟った。それは”宣戦布告”なのだと。依然として理由はわからないが、このドラゴンは人間の味方、あるいは魔族の敵なのだと。

『この、魔族の指揮官たるヘルツォークに向かい牙を剥くか! ……よかろう。我もドラゴンと戦うのはこれが初めてだが、人間どもにはもう勝機はない。じっくりと相手をしてやろうぞ』

 魔族でも高位のものは、ドラゴンが高い能力を持ち、下手に戦えば自分も傷つくと知っているため、よほど侵攻に邪魔な場合でなければ手は出さない。一方で、ドラゴンが他の社会には基本的に不干渉を貫いていることも知られているため、ドラゴンと交戦したことのある上級魔族は数少ない。まして、これほど大きな体のドラゴンともなると、存在そのものが希少だった。

 あらゆる生き物において、体の大きさが強さの全てでないことを、ヘルツォークは自らが体現し続けていた。しかし、それでもこれほどの体躯となれば、羽ばたきだけでも強力な風圧を生み出し、体当たりでもされようものなら、そして太く強靭な尻尾で薙ぎ払われでもしたら、ただでは済まないことは容易に想像できた。

『上空から一歩的に攻撃されたのでは、たまったものではないな』

 自分の勝利は疑っていなかったが、できるだけダメージは小さく抑えたかった。こちらも負けじと上空に飛び立つ。そして、正面で静止すると、より一層その大きさが実感された。

『……化け物か』

 小さく呟いた後、人間にとっては自分たちが化け物であることを思い出し、少しだけ苦笑いが出た。

『ヘルツォーク様!』

『我らも加勢します!』

 地上で戦いを見ていたガーゴイルたちが、一斉に飛び上がり後に続いた。下級魔族である彼らは、ドラゴンの恐ろしさを座学的にすら理解していないのだろう。

 ヘルツォークですらダメージを覚悟しているというのだから、ガーゴイルが参戦したところでなんとか生き残るか、命と引き換えにわずかでも一撃を与えられればせいぜいといったところだろう。

 「部下の命は、軽々しく消耗させるものではない」

 不意に、かつて誰かが語った薫陶を思い出した。まるで消耗品のように部下を送り込む作戦を指揮しているのに皮肉なものだが、人間相手には十分な正気のある彼らでも、相手が悪かった。

『その心意気だけ受け取ろう。見て分からぬか、目の前のドラゴンがいかに強大か。死にたくなければ、離れて見ているが良い』

『離れて、ですか? 一体なぜそのような……』

 ガーゴイルたちの知識は、せいぜいが「口から火を吐く」くらいのものだった。炎なら自分たちも魔法で放つことができる。空を飛ぶことができるのも同じだ。ある意味では十分に平等だとすら思っていた。当然、それが慢心だなどとは微塵も考えていない。

『分からぬか? こやつがどれほど強力な力を持っているのか。犬死したくなければ、おとなしく我の勝利を見ているが良い。三度は言わぬぞ』

 いささか信じられないことではあったが、ヘルツォークがそれほど強大だというのなら、ここはおとなしく見ているしかない。ガーゴイルたちは遠巻きに戦いを見守ることを選択した。

『これで心置きなく戦える。いかに弱小だとて、部下には違いないのでな。などと語ったところで、通じるわけではないか。行くぞ!』




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



『……』

 こんなところでこの姿になるのは初めてのことだった。初めて見下ろす住み慣れた街は、戦禍の最中にあることを除いても、違和感があった。こうしてみると半日もあれば滅ぼしてしまえるような脆弱な街なのに、自分はいつでも守りたいと思っている。

 攻め滅ぼすなどと、頭の片隅にも抱いたことはない。

(魔族の指揮官、ヘルツォーク)

 まずは敵意を相手に伝えるため、激しい雄叫びを放った。

『ガァァァァァ!!!』

 ヘルツォークの驚いたような表情が目に飛び込んでくる。さすがに人間ではないからか声量にひるむことはないが、敵意が向いていることには驚いているようだ。つまり、ドラゴンが魔族といえどその戦いには不可侵を貫いていることを知っているらしい。

 伊達に上級魔族ではない、ということか。

 そして、今から倒すべき相手をしっかりと見据える。どのような見立てかは知らないが、最終的に勝つつもりでいるらしい。実に滑稽なものだ。それとも、まだ隠し種でも持っているというのだろうか。もしそうだというのなら、人間相手の戦いでそれを披露せずに思いの外苦戦していたことになるのだから、それこそ笑いぐさだ。

(防御力は大したことはない。厄介なのは、あの魔法の力だ)

 ヘルツォークが操っていた白い魔力だけが、エルリッヒにとっての懸念事項だった。謎の力としか言いようのない力を、自在に操ってくる。今のこの大きな体では、避けきれないこともあるかもしれないし、攻撃を食らってしまった時のダメージも未知数だ。そして何より危険なのは、ツァイネの攻撃がことごとく弾かれていたことだ。あの力自体に反発の力が込められているいうみんなの見立てと、大きなズレはない。戦う以上あの力で身を守ってくるだろう。その時、どう対処するべきか、未だいい作戦を思いつけないでいた。

(力で強引にねじ伏せるか、はたまた雷でも落としてやるか。いずれにせよ、通用しなければ意味がないのだから、戦ってみるのが最短ということか)

『行くぞ!』

 ヘルツォークは勢い良く飛びかかってきた。目線を合わせるためか、空中戦を行うつもりのようだ。街にはできるだけ被害を出したくないので、好都合だった。

『っ! やはり、あの魔法!』

 全身を包む白い光は、触れただけで吹き飛ばされかねない。もちろんそれは人間相手の話だが、今の自分に対しては未知数だ。ならば、一度は回避を試みるのが定石かもしれない。

『何を言っている! 避けるだけでは勝てぬぞ!』

 向こうも小手調べのつもりか、ただただ突っ込んできたところを余裕を持って回避する。だが、その口ぶりからは積極的な交戦を望んでいるらしいことが伝わってきた。

 こちらが魔法を警戒していることは伝わっていないようだった。

『竜言語は理解できないのか?』

 エルリッヒの口から出る言葉は、意識しない限りは竜言語だ。知らなければ理解はできない。おそらくは、ただの鳴き声だと思ったのに違いない。それが戦況に有利に働くとは思えなかったが、頭の片隅に置いておくことにした。

『避けていては勝てない、まさにその通りだ。ならば、今度は私から!』

 大きく息を吸い込むと、その反動を生かすように巨大な火球を吐き出した。先ほどの雄叫びが開戦の嚆矢なら、こちらは挨拶代わりの一撃といったところだった。

『な、なんと巨大な炎なのだ!』

 驚くヘルツォークは、瞬く間に火球に包まれた。街の上空に、小さな太陽のような炎が浮かび上がるかのようだった。




〜つづく〜

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