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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第二章 深化激化 〜たたかうものとまもられるもの〜
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チャプター11

〜中央通り〜



 ゲートムントは倒れたまま動かない。ツァイネは今すぐにでも助けに行きたかったが、体が重くて動けなかった。他の戦士たちを見回すと、恐れをなしたのかこちらはこちらで身動きひとつ取れないでいるようだった。

 このままでは危ない。それはわかっているのに、どうしようもなかった。

「くそっ! くそっ!!」

 汚い言葉が口をついて出る。それが今できる精一杯の、自分への抵抗だった。ヘルツォークの様子には、明らかに焦りの色が見えていて、自分の体さえ動けばゲートムントを救い出すチャンスも作れるというのに。誰か、他に動いてくれる人はいないのか。

 期待せずもう一度見回してみたが、得られる答えは変わらなかった。

「ごめん、ゲートムント……」

 もし叶うなら、ゲートムントを救い出したい。そのために、今は回復に専念するしかなかった。



『はぁ……はぁ……ふざけた真似を……』

 土煙が晴れ、ヘルツォークは一人立っていた。息は荒いが、ダメージはさほどではなかった。それでも、威勢がいいだけだと思っていた人間が、思いの外強力な攻撃を繰り出したことには驚きを禁じえず、不意を突かれたこともあって、思い切り吹き飛ばされてしまった。

 そして、気付かれては困ることに気付かれてしまった。ヘルツォーク自身の防御力が、下級の魔物と比べてそこまで高くないということに、ついに気付かれてしまった。

 今身につけているこの鎧も、何も指揮官という立場だからということだけではなく、部下や人間に対する力の誇示ということでもなく、ただ単に自分の防御力を補う目的が一番大きかった。

 元来、ヘルツォークは魔族としてはシンプルな、それこそ今部下として従えているガーゴイルたちの延長線上にいるような種族に過ぎない。相応には上位の種族になるため、基礎的な能力はいくらも高かったが、彼が指揮官を務めていられるのは、その中でも傑出した能力の持ち主、いわば突然変異に当たるような存在だったからに過ぎない。図体が大きくて力が強い代わりに知能が低い種族や、大きくて丈夫な体を持っているが致命的に動きの遅い種族、それに魔法の力は抜きん出ているが、体力や腕力がまるで足りない種族など、長所と短所がはっきりと分かれている種族よりはよほどバランスのよい能力を有していたが、それでも致命的になるのは、この身の守りだった。

 幸い、魔族の中でもそれなりの地位を与えられ、立派な鎧をあつらえることができたので、それを着込んで戦っているが、重厚な鎧をものともしない身のこなしはできても、それだけのことに過ぎなかった。だから、剣で受けたり避けたりといった消極的な方法で攻撃を防いでいた。

(他の連中には気付かれてはおるまいな……)

 最初にハインツと呼ばれた戦士の攻撃を防ぐことができたのは、その攻撃がさほど強くはなく、手にした武器が鋭さよりも重さで叩き伏せるタイプの大剣だと気付いたからだ。もし、あれが鋭さを兼ね備えていたなら、今頃は隻腕になっていたかもしれない。

 兎にも角にも、文字どおり鋼のような体を持ち合わせているような種族とは、系統が違うのだった。同僚の魔族や部下はもちろん、これまで攻め滅ぼしてきた人間相手にも気付かれないように振る舞ってきたこの事実を、まさかこんなところで気付かれようとは。

(迂闊であった。もう少し、気をつけねばならぬということか……)

 確かに、直接防御することを避けた戦い方には、気付かれかねない糸口があるも同然だった。あれほどの攻撃を繰り出す戦士が残った中にいるとは思えなかったが、戦い方を見直す必要があるのは事実だった。

『さて、咄嗟のことゆえ手加減などできなかったが、よもや死んでしまったわけではあるまいな』

 一歩ずつ、倒れている相手の元へと歩み寄って行く。この男は、ゲートムントと呼ばれていた。明らかに人間社会で市販されているとは思えない竜殺しの力を秘めた漆黒の槍と、赤い鱗に覆われた鎧。この鱗は、大空を舞う火竜のものだろうか。となれば、竜を屠らなければ素材を手に入れることができない鎧ということになる。

 火竜を相手に戦うのは、魔族でも骨の折れることで、まして勝利するなどと、人間の中で並大抵のものではなし得ないだろう。そして、この槍も、竜殺しの力を秘めた鉱石はそう簡単には手に入らないはずだ。

『このように見事な武具に身を包んでいるのだから、あの程度の攻撃で死なれては困る。もっと絶望に身を震わせながら死んでもらわなくてはな! さあ、その面を見せるがいい。決して死に顔など見せるでないぞ?』

 その場に倒れて動かない様子に、生死の判断はつけられなかった。髪をつかみ、体を持ち上げる。

「クソ……体が……」

 ようやくひねり出した言葉。それは、彼がまだ生きていることの証であり、意識があることの証でもあった。力なく、持ち上げられるがままになっているが、それでもまだ、生きてはいた。

『それでいい。思った以上に弱っているようだが、人間の耐久力など、所詮その程度か。どれほど上等な鎧を身に纏っていても、己の脆弱さを覆い切ることはできぬということだ』

 まるで自嘲しているかのようだったが、人間なら尚更だろう。いかに強力な武器防具を手にしたと言っても、種族そのものの違いは超えられない。

『さあ、どんな死に方をしたい? 貴様は我の秘密を知った。これは万死に値するが、同時に栄誉でもある。死に方を選ばせてやろう』

「クソが……」

 悪態を付くのが、今のゲートムントの精一杯だった。



 一方、ゲートムントの戦いを物陰で見守っていたエルリッヒは、動揺を隠せないでいた。

(ゲートムントがやられちゃった! ツァイネもやられてるし、まずいよこれ!)

 何とかしなきゃという思いと、まだその時ではないという思いがぶつかり合う。いざとなったら正体がばれてでもみんなを守りたい。その気持ちに偽りはない、はずだった。それが、今ここへきて躊躇を生んでいる。出来れば、全員が気絶していてくれると一番嬉しいのだが。

「う〜ん……」

 幸い、ヘルツォークは無差別に蹂躙するのが好きなタイプではないようで、最終的にこの街を滅ぼすことが目的だったとしても、本来ならばあっという間に勝てるだろう相手にも、今は手を出さずにいる。これならば、漬け入る隙もあるのではないだろうか。

 それに、ヘルツォークは何か考え事をしているようだった。吹き飛ばされたそこから動いていない。先ほどゲートムントに反撃したように、必要とあらば魔法の力で十分に攻撃できる、ということもあるのだろうが、何か、熟考させるだけのことをしたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、攻撃の糸口になる情報のはずだ。一体何に気付いたのだろうか。いや、今はそれよりもゲートムントを助けることが先決だ。大きくかぶりを振って思考を切り替える。

「あっ!」

 ヘルツォークがゆっくりとゲートムントの元に歩み寄ると、何か芝居がかったことを言っている。そして、倒れているゲートムントの髪をつかんで持ち上げた。今まさに止めを刺そうというのか。

「ゲートムント!」

 いい加減危険だ。躊躇している余裕はない。助けに駆け出そうと踏み込んだその瞬間だった。



『答える力も残っていないか。期待外れだな。ならば、せめてもの褒美だ、一思いにやってやろう』

 ヘルツォークはゲートムントの心臓部に狙いを定め、剣を突き立てた。

『死ねぇ!』

 しかし、その一撃がゲートムントを貫くことはなかった。大きな金属音と共に、軌道は大きく逸れ、ゲートムントの髪を数本刻んだだけで終わった。

『なっ! 一体何があったというのだ!』

 辺りには、陽の光を受けてキラキラと輝く金属片が舞っており、足元には、折れて真っ二つになった一振りの剣が落ちていた。誰かが己の武器を犠牲にして、助けたのだ。

「よかった、助かった……今の俺は、これが精一杯だけど……なんとか……なった!」

 それは、わずかでも体力の回復をと体を休めていたはずのツァイネだった。犠牲になった剣は、城で拝領したあの剣だった。使用されている金属から製法まで、一切が謎に包まれているあの剣は、並の剣よりはるかに丈夫だというのに。

『そうまでしてこの人間を助けたいか。先ほど我に敗れた貴様が、このような手を用いてくるとは、意外だったがな』

「それは俺も同じだ。咄嗟に体が動いただけだよ。剣がどうなるかなんて、考えもしなかったよ。でも、十分だ……」

 その瞳は何かに吹っ切れたように、明るい瞳を宿していた。

「いい加減、反撃させてもらおうかな」




〜つづく〜

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