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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第一章 裁判開始 〜さばくものとさばかれるもの〜
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チャプター1

〜王城〜



 兵士に連れられて、エルリッヒが入ったのは審議所だった。お城に入ると言っても普段の正門からではなく、脇にある出入り口からで、それだけでも自分が「罪人扱いされているのだなぁ」という実感が湧いてきて、緊張が高まっていく。お城の中も、立ち入ったことのない区画を進んだので、どこをどういったのか、外観上のどの辺りにあるのかもわからない。

 ただ一つ、どうやらこの審議所は地下にあるらしかった。

(薄暗い……)

 知り得る罪人と裁きの知識では、牢屋に数日間拘留されてから裁かれるものだと思っていたが、すぐにこのような場所に通された。なんとなく、"焦り"の表れのようなものを感じる。

(罪の有無に関わらず、早く裁きたいのかも……)

 審議所の中央に立たされ、周囲をぐるりと囲う席に査問官らしき男たちが立っている。もしかしたら、釈明の余地すら与えられないのかもしれない。そんな嫌な予感がしていた。

 表れたエルリッヒの姿に、ざわめきが聞こえる。もしかしたら、詳細は聞かされていなかったのかもしれない。そうでなかったとしても、いよいよとなって若い娘を裁くことに罪悪感でも覚えているのかもしれない。

(考えすぎならいいんだけど……)

 そうであってほしいと思いながらじっと待っていると、奥から黒いローブを身にまとったおじいさんが出てきた。この人が裁判長か。

「静粛に。これより裁判を開始する!」

 宣言と共に、辺り一面は静まり返った。

「被告人エルリッヒ。汝の罪は国王命令による封鎖を強行突破したことによる国王命令への違反、そして入り口の封鎖の破壊、間違いはないか?」

「はい、間違いありません」

 その声は凛と響き、周囲に雑音を出させない力強さを持っていた。正直裁きの結果がどうであれ構わないのだが、いわれのない罪を着せられることだけは看過できなかった。あくまでも、可能性の話ではあるのだが。

「ふむ、罪状は認めるということか。それでは、なぜそのようなことをしたのかね?」

「長旅を終えてこの街に戻ってきたらあのような有様になっていて、中の様子やみんなのことが気にならない者がどこにいるんですか。王様のお触れはわかります。外からの侵入者に疑心暗鬼になるのもわかります。けれど、私はこの街の住人として、近隣の町や村まで引き返すような真似はできませんでした」

 おそらくは、ここにいる査問官には通じまい。どんなに立派な王様が治めていても、保身のことや既得権益のことしか頭にない官吏は後を絶たない。この国にだって、相応にいるはずだ。まして、この裁判はあらかじめ結論ありきで行われている可能性すらある。だが、それでも嘘をつく気にはなれなかった。いや、どれだけ言葉を取り繕っても、何も結果は変わらないかもしれないのだが。

「ふむ。しかし、今回の封鎖は国王の勅命、それを破るということの重さは、わかっていたのかね?」

「わかっています。けれど、私は所詮一介の町娘です。何の力もなければ、国の要人でもありません。今大事なのは、疑わしいものを罰するよりも前に、次に魔物が攻めて来た時の対策を練ること、そして親しい人たちの安否確認です」

 街の封鎖は、食料の仕入れすら滞るような状況を生み出していたのだから、まともな判断と焦りによる考えの浅い指示との間にあったのだろう。それほどまでに想定外の事態だったとも言えるのだが、裏を返せば今のこの状態も、何も考えずに疑っているということに他ならない。

 ただでさえ秘密を抱えて生きている身の上、疑われるというのは、いい気はしなかった。

「……」

「重罪を犯しただけでなく、この街に入るということは、人に化けた魔物であるという疑いをかけられることを、認めたということにもなる。そこまでのことは、考えたのかね?」

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。何を言われてもやましいことは一切なかったが、「人に化けた」という言葉が耳に入って来た時、一瞬だけ鼓動が強くなった。彼らの、いや国からかけられている疑いと、本当の秘密とでは全く別物なのだが、まるで看破されてしまったかのような気持ちになる。

 これはいけない。早く終わらせなければ。どんな結果であろうとも。

 またしても、一筋の汗が額から流れるのを感じた。




〜コッペパン通り〜



 エルリッヒが連行された後、残った住人たちの間には動揺が走っていた。

「な、なあ。何が起こったんだ?」

「エルちゃんが連れて行かれちまった」

「一体何やったってんだ。くそ!」

 皆一様に、エルリッヒが「何か悪いことをしでかした」とは信じられない様子だった。その同様と戸惑いの矛先は、自然と先ほどの兵士たちに向いていく。

 言いがかり同然の理由で通りの看板娘を連れて行ったとなれば、何としてでも無罪放免にしてもらわなければならない。数が足りるかはわからないが、嘆願書を出そう。そんなことを言い出すものまで現れた。

「でもね……」

 と、声をあげたのはおばさんだった。

「エルちゃん、街の入り口を強行突破して帰ってきたって言ってたじゃないか。ありゃあ、ちょっとやそっとじゃどうにもならないかもしれないよ?」

「あー、そういえば、そんなこと言ってたな。じゃあ何か、お咎めは免れないってことなのか?」

「そうだなぁ。あれ、確か王様直々のお触れなんだろ? この時期じゃ無理もねーけど、それを破ったとなりゃ、いくらエルちゃんでも……」

 もしかしたら嘆願しても無罪放免や減刑に繋がらないかもしれない。そんな空気が漂い始めていた。それほどまでに、「国王直々」という言葉は重かった。

 唯一の望みがあるとすれば、エルリッヒが善良なこのコッペパン通りの住人であるという証を立てることだけだ。お触れの目的が「魔物が人に化けて潜り込むかもしれないから」というものなのだから、それさえ証明できれば、罪が軽くなる可能性は出てくる。

 しかし、すべては推測の域を出ていなかった。

「なあ、俺たちに出来ることはないのかな」

「そうだよな。いくら王様のお触れを破ったからって、この街の人間がこの街に帰ってくることの何が悪いってんだ。そんなの、当たり前じゃないか」

「とりあえず、この通りで嘆願をまとめて訴えるか?」

「ああ、それくらいはやらないとだよな。この際、通りの連中全員が捕まっても、面白いかもな!」

 次第に、空気が明るくなってきた。悪いことをしてしまったのが事実だとしても、重罪にならないだけの材料は自分たちがもっているはずだ。そんな論調である。もちろん、それが通用する保証はどこにもなく、ましてすぐに裁判が行われようとは、誰も知る由も無いのだが。

「あ、そういえば、友達に捕まったのを伝えてくれって言ってたよな」

「あー、なんか言ってたな。職人通りの金髪の女の子だっけ?」

「あ、俺その子見たことある。よくお店にも来てた子だよ」

「顔を知ってるなら早いよ。ちょっと行ってきてくれる? 私たちに託された伝言だからね、早く伝えてあげたいじゃないか」

 その言伝が、ただ己の状況を伝えるためのものなのか、事態の打開に意味のあることなのか、多くの住人は計りかねていた。しかし、そんなことはどうでもよかった。大切なのは、頼まれた依頼を果たす、ということなのだから。

 男はすぐさま職人通りに向かって駆け出していった。幸か不幸か、職人通りはひときわしぶとく煙が立ち上っており、遠くからでも方角がすぐにわかる。

「よし、あとは嘆願の準備だな」

「そうだねぇ。エルちゃん、何もされてないといいけど」

 心配そうに呟いたおばさんは、家々の隙間から少しだけ顔を覗かせるお城を見つめた。夕日に染まるこの時間、本来ならばとても壮麗な建物なのに、今は敵の本拠地のように思えて仕方がなかった。




〜王城 審議所〜



 審議所では、エルリッヒへの裁判が続いていた。裁判と言っても、「封鎖を突破した」ことへの回りくどい質問が続くばかりで、量刑についての話もなく、それどころか先ほど出ていた「魔物かもしれない」という疑いの話すら出なくなっていた。

 それは、先ほどの質問に対する答えのせいだった。

「重罪を犯しただけでなく、この街に入るということは、人に化けた魔物であるという疑いをかけられることを、認めたということにもなる。そこまでのことは、考えたのかね?」

「街の、みんなの一大事に、そんなことを考える余裕はありませんでした。それに、人に化けた魔物ではないということについて言えば、身の潔白に自信があるからこそ居住区と名前を名乗ったんです。魔物のことには詳しくありませんが、人に化けるなら、具体的な個人に化けるより、誰とも知らない人に化けるのが筋です。これだけの大きな街であれば、顔も名前も知らない人なんて、何人いるかわからないんですから。あぁ、あと、もし私が魔物だったとしたら、この場で元の姿に戻って、皆さんを殺した上で、素知らぬ顔をして別の誰かに化けてお城から出ますね。そういうことをしないのも、私が人に化けた魔物ではない証拠だとお考えください」

 回答はいちいち尤もで、裁判長は言葉を濁すしか無くなっていた。おそらくは、罪の方向性を「人に化けた魔物の裁き」から、「国王のお触れを破ったこと」に傾けることにしたのだろう。真実人に化けた魔物であれば、何を言っても正体を現したり真意を語ったりということはなく、証明しようがなくなってしまう。しかし、「国王のお触れ」を破ったということについては、すでに事実として提示されており、その罪の重さについてもお墨付きがある。国民感情を考えれば、「人に化けた魔物を裁いた」ことの方が支持を得やすいが、そこまで考えていないのか、そこは諦めたかのどちらかなのだろう。

 兎にも角にも、その手の疑いから論点がずれたことで、緊張は一気にほぐれた。

「さて、お集まりの皆様、聞いてのとおり、被告人エルリッヒはその罪の重さをわかっていて入り口を突破しました。これは明らかな重罪です。そして、入り口の封鎖は国王陛下の勅命でもあります。いかに人に化けた魔物でないとしても、国王陛下の勅命を破った罪は決して軽くありません。よって、彼女の罪は死罪とします。意義のある者は挙手をお願いします」

 裁判長の声が、冷たく響いた。結論ありきの裁きなら、まあこんなものだろう。本当の意味での人間なら、絶望して血の気が引くか、錯乱するかのどちらかだろうが、幸いなことに、エルリッヒはただの人間ではないため、そのように悲観する必要はなかった。もちろん、いい気はしなかったが。

 そして、こちらも当然のごとく、意義を訴える者は誰一人としておらず、「異議なし」の声が一部から聞こえてくるだけだった。おそらく、沈黙も「異議なし」と同義なのだろう。

「異議なしということで、若い身空には気の毒なことだとは思うが、それほどまでの重罪を犯したのは事実、せいぜい、神の前で許しを請うことだ」

 とりあえず、これで終わったのかと胸を撫で下ろそうとした次の瞬間、 激しい衝撃が城内を襲った。

「っ!! 何!?」

 ざわめく場内に、一人の兵士が駆け込んできた。

「何事だ! 只今国王陛下の名の下に裁判中であるぞ! それとも、今の揺れの正体でも」

 その言葉を遮るように、兵士は叫ぶ。

「敵襲です!」

 エルリッヒの胸に、何かが動き出すような、嫌な予感がした。




〜つづく〜

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