だるま女
都市伝説のだるま女を元にしました。
窓の外を見つめ、美穂は溜息を吐いた。
平日の昼間。外は良い天気だ。
食材の買い出しに行きたいのに、どうしても気が進まない。
宅配便を利用していた事もあるが、お腹の子のためにも少しは外に出て運動しなければならない。
けど、お腹の子のために、と外に出て、あの未だ捕まらない猟奇事件の犯人に出くわしてしまっては、元も子もない。
つけっぱなしのテレビから「妊婦ばかりを狙った……」とアナウンサーの声がして、目を向ける。
最近世間を騒がせている「だるま事件」だ。
妊婦の両手足と舌を切断し、だるまのような模様を体に描くという猟奇的な事件で、妊娠7ヶ月の美穂もこの事が心配で、外に出るのを躊躇われている。
不安な時期に夫は仕事が忙しくなりほとんど話せないし、疲れた様子の夫に買い物など頼めない。
もう一度窓の外を見つめる。とても平和そうに見える。
こんな明るい時間帯に襲われる訳無い、と自分に言い聞かせ、美穂はバッグを手に取った。
今日は何も起こらなかった。けれど、これから何かが起こるかもしれない。
やっぱり、相談するべき。
そう思って、夜遅くに帰って来た夫に話しかけようとしたが、疲れた様子の夫を前にすると相談出来なかった。
相談どころか、美穂が気を使って色々声を掛けると優しい夫は無理して笑うから、「お疲れ様」くらいしか言えない。
夫は元々画家を目指していたくらい芸術思考で、温厚だしマイペースだ。
しかし、生きていくために画家の夢を諦め、ちゃんとした会社に就き、優しい性格故にたくさんの仕事を引き受け、マイペースさを殺して必死に仕事をしているのだ。
おかげで夫にはそれなりの人望と収入がある。
美穂は家事以外に特にやっている事は無いので、家族のために働いてくれてる夫に迷惑はかけられない。
「私、先に寝るね。おやすみ」とだけ声を掛け、寝室のベッドに横になった。
だるま事件の犯人は未だに捕まらない。手がかりすら見つからないようだ。
美穂を含む全国の妊婦が不安に思っている。
「犯人を早く捕まえろ」と警察たちを急かす声は少なくなり、「警察は役立たず」と失望する声が増えた。
被害者は増え続けていて、東京都を中心に周りの都道府県でも被害者は出ている。
一番仲の良い友人も、美穂を心配してメールを送ってくれた。
『少しでもおかしいと思ったら、すぐにうちの家に来るように』
普段は心配性のように見えないが、今回ばかりはかなり心配しているのだろう。
少しおかしい事があったくらいじゃわざわざ家に上がるなんて出来ないと思ったが、何かあったらそうする、と返しておいた。
昨日買い物に行ったから、今日は一日外出しなくても大丈夫。
そう思うだけで、気が楽になる。
昼食を食べ終わり、コーヒーを飲みながらテレビ番組を眺めていた。
だるま事件のニュースも、家の中にいれば他人事のようだ。
緊張が緩んだ時、次に流れたニュースを見て顔が強張った。
芸能人の不倫。
芸能人の男には妻がいて、しかも妊娠が発覚したばかりだったそうだ。
まさかね、と一人でクスリと笑ってみたが、穏やかだった心がモヤモヤし始めた。
ありえない事なのにモヤモヤは一日中続き、なかなか話しかけられずにいた夫についに声を掛けた。
「今忙しいのって、本当に仕事だよね……」
夫は一瞬眉を顰めたが、すぐに笑った。
「そうだけど?どうしたの」
「……いや、もしかしたら、他の女の人と遊んでるんじゃないかって……心配で……」
「…………」
美穂は胸を締め付けられたように苦しくなった。
笑みは曖昧な表情になり、やがて面倒そうに溜息を吐いた。そんな夫は見た事無かった。
「どうして……私、何かした?相手してないから?働いてないから?」
夫は黙ったまま。
「何か言ってよ。言わないと分からないでしょ」
夫は二回目の溜息を吐いて、怠そうに玄関へ向かった。
ガチャンとドアを開け外に出て行く音がし、だんだんと怒りが湧いて、悲しみは潰されていった。
足早に夫の部屋へ向かい、乱暴にドアを開けると、部屋の物を取り出し放り投げた。
何か浮気の証拠になるような物があるかもしれない。
が、見つかったのは浮気の証拠より見たくないものだった。
たくさんの血がこびりついて固まったエプロンや、見ているだけで恐ろしい見た目の刃物。
血のついた物は他にもある。
理解出来ずにふと机に目をやると、机の引き出しからはみ出ている紙があった。
赤い何かが描いてある。
震える手で引き出しを開ける。
その紙はノートに挟まっていた。
表紙をめくると、ひっ、と思わず声が出た。
両手足と舌を切断され、体に模様を描かれ、腹を膨らませた女の絵が描いてあった。
まるでだるま事件の被害者だ。
妙な生々しさに吐き気がした。
どういうこと?
考えようとする前に、ガチャンと家のドアを開ける音がした。
背筋が凍る。
血のついた物は床に転がりっぱなしだ。
急いでノートを引き出しにしまい、血のついた物を手に持った時、終わりの音がした。
背中に感じる視線。
首筋を伝う汗。
「美穂」
名前を呼ばれたが、体が固まって動けない。
瞬間、強引に押し倒された。
すぐ目の前にある夫の顔は、涙で濡れていた。
ポタポタと美穂の顔にも落ちる。
「ごめん、美穂」
硬い物を拾い上げる音がした。
友人がついに被害を受けた。
今までの被害者より丁寧に手当がされていて通報も早かったので、息もあったし苦しみも少ない方だったそうだ。
犯人も捕まった。と言うより、犯人が自ら通報をし、自首をした。
「だから言ったのに……」
勘付いていたのに、友人の気持ちを気遣って、遠回しなメールを送るだけだった。
元気になって欲しい。けれど、最低な私の元には戻らないで。
ここ数週間、生きている意味が見つからない。
前はそんなこと考える事も無かった。
今、きっと私は、死にたいのだ。
愛していた夫がたくさんの妊婦に暴行を加えた犯人で、最後には私も同じ目に遭わされた。
ただ夫を失ったのとは訳が違う。
愛する夫も、愛そのものも、夫への信用も失った。ついでに、両手足も失った。
これでは死ぬまで誰かに介護されなくてはならない。
誰に?
死ぬまで介護してくれるほど、私を愛してくれている人はいるのだろうか。
両親。もうすぐ50歳。ずっと介護をしてもらうなんて出来ない。
勘付いていた友人。ただの友人。私などお荷物。
あとは?誰がいるの?
よく考えたら、私に親しい仲の人など、あまりいない。
夫がいれば、それで良かったから。
それだけで充実してて、幸せだったから。
一体、私はどうすれば良いの?
死にたい。死にたい。死にたい。
死んで、誰にも迷惑をかける事無く、楽になってしまいたい。
誰か殺して!お願いだから、私を殺して!早く殺して!
ああ、舌があれば。今すぐ噛み切ることが出来るのに。
口をパクパク開けたり閉じたりしても、歯ぎしりしても、そこには何もない。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
喋れない。誰にも伝わらない。
こんなの生き地獄。
叫び声を聞いた看護師たちがバタバタと駆けつけて来て、体を拘束される。
看護師も医者も私の面倒を見るのが大変なら、殺して。
私は死にたくて泣いてるの。殺してほしくて叫んでるの。
どんなに、どんなに強く思っても、願っても、伝わらない。
ふと、夫のあの時の顔が思い浮かんだ。
涙で顔を濡らした夫の顔が。
なぜ、泣いていたのだろう。なぜ、今思い出したのだろう。
私自身、小説を読んでいて深読みしたり考察するのが苦手なので、ネタバレ(?)のような、文章にしていない部分をここに書きます。
夫は体を切断したり体に絵を描いたりする事に興奮する体質。
本当はその行為を美穂(妻)にしたかったが、傷付けてはならないと思い、美穂と同じ妊婦を美穂に見立て、切断したり絵を描いたりした。
手当をしていたのは、殺す事には罪悪感を感じるから。
文章力が無いので、まず考察出来るような内容では無いと思います。