異世界で便利屋始めました。
建物など一切ないどこまでも続く広大な草原に、若草色の長い髪を持つ美しい女性がただ一人立っていた。
そして何と言っても目を引くのが、エルフの特徴であるその長い耳。
目を閉じていた彼女は耳をひくひく動かす。
「やっと来た…」
パチッと蜂蜜を連想させる黄色い瞳を開き正面を見つめた。
やがて、視線の先に砂埃を巻き上げながら何かがこちらに向かってくるのが見えた。
その砂埃こそ彼女が待っていたもの。
こちらに近づくにつれ地面が大きく揺れ、砂埃の正体も確認出来るほど近づく。
それは、一つの頭に首を三つ持つ十メートルはある巨大な犬の獣ケルベロスだった。
三つの口からは「ハッハッ」と涎を涎をまき散らしている。
「ニコー!生きてる!?」
彼女は自分の前を走り去っていくケルベロスに…正確にはその首輪から伸びる宙に舞うリードにしがみつく人間の男に向かって声をかけた。
「あああああああああっ!無理!死ぬ!た、助け、助けろ!ラグリシア!!!」
ラグリシアと呼ばれたエルフはため息をつく。
「後、もうちょっと頑張って!!」
「このくそババァァァァァァァァァァ!」
「誰がババアよ!たった二百歳でしょう!!…って聞こえてないわね」
ラグリシアは肩を竦めると走り去っていったケルベロスを見送った。
「本当に死ぬ…!こんな依頼受けるんじゃ無かったあああっ!」
激しく揺れるリードに振り落とされまいと、しがみつく男の名前は二階堂小陽。
つい半年前までは、首が三つもある犬や二百歳を迎えるエルフ達なんていないいない世界に住んでいた。
小陽にとってここは異世界。
何故小陽が異世界でケルベロスにしがみつく羽目になったのかは、彼がここに来た半年前にまで遡る。