第1編 ラクリモーサ 1話 エマの朝
「帝都気象台より、本日の天気をお知らせします。首都近郊は、一日中快晴の予報です。ですが、夜から朝にかけて風が強まり、西寄りの風が雨雲を運んでくるでしょう。西部地域に向かわれる方は、傘のご準備を……」
ノイズ混じりの女性の声がラジオから流れていた。
「ん~~~~」
窓際に置かれたベッドから、一人の少女が大きく伸びをして起き上がった。
乳白色の壁紙に、木製の家具や調度品がいくつか置かれている、小さな部屋だ。そして、当の部屋の主は、起き上がるやいなや、慌てた様子で枕元の時計を覗き込んだ。まだ起きたばかりでぼやけた視界に、容赦なく時計の針が時間を指し示す。
「7時半! 」
セットしていたアラームは今より20分前。ラジオもその時間からついていたはずなのに、全く気づかなかった。まぁ、昨日は遅かったから仕方ないか、と彼女、エマ・L・ストリックランドは自分に言い訳して、一瞬落ち着きを取り戻した。
だが、かといって時間が止まってくれるわけでもない。ここから会社までは、自転車で20分。出社時刻は9時だが、エマはいつもそれより1時間は前に出社して、色々と準備をしているのだ。
だから、いつも通りの時間に会社につくには、あと10分で部屋を出ないと行けないのだ。頭の中で計算をしていると、再び眠気が襲ってきた。ベッドの誘惑は簡単には逃れられない。エマは自分に気合を入れる為に、頬を両手で挟むように軽く叩く。
「エマ。ボーッとしてる場合じゃない」
自分の名前を呼んで意識を覚醒させると、今度はベッドからすくっと立ち上がり、そそくさと着替え始めた。
もちろんその間にコーヒーを淹れるのは忘れない。
ベージュのパンツに、ブラウス・シャツ。それに青色のネクタイをキュッと締める。
そうこうしているうちに、やかんから湯気が上がった。
空きっ腹にコーヒーを流し込むと、体がびっくりしたのが分かった。それと同時に、意識もスッキリとして、ようやく全身が眠りから覚めた気がした。半分になったコーヒーを傍らに置いて、チーズとパンをナイフで薄く切り取る。いつもの朝ごはんは、これにプラスして卵焼きや野菜も食べるのだが、今日はそれを準備している時間はない。
パンとチーズを口に挟んで、時計を見ると、時刻は丁度7時45分。自転車を猛スピードで走らせれば、いつもどおりの時間に到着するはずだ。
エマは勢い良くドアを開ける。
外の空気は暖かい。春先の陽気だ。
出勤時間にはまだまだ早いけれど、外を歩く人影は決して少なくはない。
帝都に来て3年。
この賑やかな街で、一番好きな時間はまさに今だ。
「よっしゃー! 今日も頑張るぞ! 」
誰にともなく声を放って、エマもまたその喧騒の中に飛び出した。