危険な恋の四重奏(カルテット)~ 3 ~
しかし、一時はどうなることかと思ったが本当に、色々とバレなくて良かった。あの子たちが頼むからこれ以上こちらに干渉してこないことを願う。
その後、可能な限り三色娘達との接触を少なくするため、中心街での軽い買い物を済ませた後は、人通りの多い場所を抜け、緑に囲まれたおしゃれなカフェで一息つくことにした。
茶色い木目を生かしたロッジ風の内装の店内には、カウンターが4席と、店の窓際に沿って四人掛けのテーブル席が6か所備え付けられおり、冬場になれば使われるのであろう店の奥の壁に備え付けられた暖炉の前には、真っ白なピレネー犬が気持ちよさそうに寝そべっている。
森側に面した窓際の四人掛けテーブルに腰を下ろした私たちは、『今日のおすすめケーキセット』を前に、それぞれ満面の笑みを浮かべていた。
「さっきのジェラートも良かったけど、このケーキも最高!こっち来てから、ひっきりなしに食べてる気がするのって、私だけ?」
「ハハ、リリってば、そんなこと言わないでよ。私だって帰ってから体重計乗るのが怖いんだから。」
「ねぇ、二人ともぉ。ほらほらぁ、あっち、あっちぃ~!」
と、向かいに座っていた早苗が、私の後ろの席を斜め後にあるテーブル席を指差しながら、そっと声を潜める。
「どうしたの?何か珍しい物でも...おぉ..。」
「こらこら、二人とも。あんまり他のお客さんをじろじろ見たら失れ...ひぃっ!?」
早苗が指し示す方を、笑いながら振り返る美穂と私。そして同時に、正反対の反応を上げる。
普段、学園ではオールバックにセットしている色素の薄い髪を今はふんわりと下ろし、見慣れたスーツ姿ではなく、体にフィットした緑のシャツの上に薄手のジャケット、ヴィンテージ物だろうか、色あせたジーンズを履いた長い脚は優雅に組まれている。
カウンター席のひとつで、学園の騎士さま(笑)が、女性と優雅にティータイムをとっておられました。
「すごい男前。撮影に来たモデルかな!?」
「でしょでしょぉ~!?向かいに座ってる女の人はぁ、恋人かなぁ?..って、リリちゃん?いきなりぃ帽子なんか被ってぇ、どうしたのぉ?」
小声でキャッキャと騒ぐ二人とは逆に、私は傍らにあった帽子を目深にかぶり、出来るだけ気配を殺しながら体をちぢこませる。
「あ、ううん。ちょっとクーラーに当たりすぎちゃって..頭が冷えてきたから..。」
「は?」
別に、仕事をずる休みして遊びに来ているとか言う訳ではないため、堂々としていて構わないのだが、休暇中に職場の人間と同じ場所に居合わせるのは..。
しかも、相手はなんかデートっぽい雰囲気で、居たたまれない事、山の如しだ。
何より、今彼の目の前に座っている女性は、私の見間違いでなければ、騎星理事の女性秘書。
この秘書、他部署の女性職員が理事に話しかけたり食事に誘おうものなら、必ずと言って良いほど邪魔しに行くという、騎星理事を狙っている狩人筆頭にあげられる人物なのだ。
只でさえ、普段から何かと騎星理事から話かけられるせいで、この秘書には邪魔者扱いされているのに。こんな所で下手に見つかってたら、帰ってから職場でどんな噂を流されるか分かったもんではない。
せっかく落ち着いた人間関係と静かな図書館に勤めているといううのに、あの男前の為に肩身の狭い思いをするのは勘弁願いたい。
「ご苦労様、ではその方法で進めてくれ。」
「お休みのところ、お騒がせいたしました。」
「あれ?仕事関係?」「彼女じゃないのかな?」などとコソコソと話す美穂と早苗の会話に適当に相槌を打ち、できる限り身を縮めながらカウンター席の会話に耳を傾けていると、カチャカチャと言うティーカップが置かれる音などで、そろそろ席を立ちそうな雰囲気が伝わってくる。
よしよし、その調子で二人してさっさとこの場を立ち去るが良い!っていうか、お願いだからこちらに気が付かないまま消えてくれ。
しかし、そんな私の願いもむなしく、秘書さんは席を立とうとした相手を引き留め、会話を続行する。
「あの、騎星理事は連休はこちらで過されますの?」
「ああ。当初の予定通り連休いっぱい滞在する予定をしているからね。いつも忙しくしているから、ここでは目いっぱい羽を伸ばそうかと思っているんだよ。」
しかも、お水を追加しに来た店員に、追加でコーヒー注文する。
どうやら、まだまだ居座るらしい。
「まぁ、綺麗なところですものね。私もこんな素敵なところだなんて初めて知りましたわ。きっと素敵な別荘をお持ちなんでしょうね。是非お邪魔したいですわ。」
「ハハ、友人からログハウスの別荘を借りているだけだよ。男一人だからお招きしても何のおもてなしもできない。この後も街をぶらついて良いレストランがあれば簡単に済ませてしまおうかと思っている位だからね。」
「まぁ、そう言えば、ここに来るまでに新鮮なお野菜なんかを売ってるお店を見ましたわ。やっぱり新鮮だからかしら、とっても美味しそうでしたわ。」
「そう言えば、チーズや肉も美味しいって言われてたな。でも自炊か..。最近やって無いからなぁ。」
あれ、もしかして、このままその店に言ってくれるパターン!?と喜んだとたん。
ガタンっ!!
秘書さんが立てたのだろうか。突然の音に、ビクリと身縮む。
「そうですの!?でしたら、丁度良いですわね。恥ずかしながら私料理の腕前には自信がありますのよ。この後の急ぎの予定はございませんし、是非この腕前、騎星理事の前で披露させていただけません?」
よかった、聞き耳を立てていたのがバレたとかじゃなくて、秘書さんが身を乗り出しただけのようだ。
「いやいや、結婚前の女性を部屋にあげるなんてできないよ。それに、帰りの電車の時間だってあるだろう?」
「もう、騎星理事ってば相変わらず紳士ですわね。私そんなこと全く気にしませんわ。それに、まだ帰りのチケットは取っておりませんし。」
うっとりとした様子で、いかにもこの後別荘まで付いてゆくと言わんばかりの秘書さんがの様子に、盗み聞きしていたのは私たちだけではないらしく、周囲のテーブルから「肉食獣」「狩人」と言った言葉がヒソヒソと聞こえてくる。
頼む、周りの空気を気にしてくれ凄腕ハンター。
「凄いわね...連休の観光地に宿の予約なしで来るなんて、最初から泊まってやろうという感情を隠すどころか、前面に押し出してる、超・背水の陣!?」
「しかもぉ、相手は遠回しなニュアンスで断ってるっぽいのにぃ、気付かないふりで全く諦めてないわよぉ。あれこそ勇者の称号にふさわしい食いつきっぷりだわぁ。真似したくないけど尊敬しちゃう...。」
秘書さんのあまりの肉食獣っぷりに慄く私の横でも、早苗は興奮冷めやらぬ顔で後ろの席を伺い、コイバナに興味のない美穂までもが、チラチラと後ろの席の二人を観察している。
いつもあの秘書さんが『騎星理事とショッピングをご一緒して~』とか『わざわざ同じホテルで部屋をとってくださって~』とか話してたのは、この背水の陣を敷いた賜物だったわけか。
本当に、あの秘書さんの根性には脱帽しました。
しかし、あの二人全く席を離れる気配無いよね。アイツらがいると、ここでゆっくりお茶もできないし...。
いや待てよ?これは逆にチャンスかもしれない。あの二人は、っていうか、騎星理事の位置から私のいる席は死角になっているし、秘書さんは完全に騎星理事に注意を向けている。ということは、私がこのまま席を離れることが出来たら...。
我ながらナイスな閃き。となればこうしてはおれない、さっさと二人を連れて、目立たない様にこの場を離れようではないか。
「ほ、ほら...。あんまり他のテーブルを盗み聞きしてても仕方ないしさ。私たちも晩御飯どうする?宿で食べても良いらしいけど...。」
「リリちゃん、シー!もうちょっと待ってぇ。これからが面白くなるんだからぁ。」
「宿で食べるから、もう少し居させて。」
........ですよね。
あの二人が出て行ってくれないのなら、私たちの方がこの場を離れられるよう、何とか話を逸らせようと出した私の提案は、早苗によってあっさりとさえぎられ、普段は私と一緒に早苗の暴走を止める立場の美穂までもが、秘書&騎星理事達の会話に釘付けになっている。
あっちの二人がどうにかなってくれないと、こちらの二人もどうにもならないらしい。
完全に打つ手なしか...と水を口に含みながら窓の外に目をやった瞬間。
窓ガラスの向こう。木の蔦に巻きつかれ、頭や手足に枯れ枝や葉っぱを張り付けて死んだ魚の様な眼をした耳の長いウサハムが森に続く小路を引きずり込まれて行く姿が目に飛び込んで来た。
「ッグぶはぁっっ!!」
思わず窓ガラスに向かって盛大に水を吹きした私に罪はないと思う。
「どうしたの、リリちゃん!?」
「リリ、大丈夫!?」
「ゴフッ・・ご、ごめ・・・・ガフッ!・・と・トイレっ・・行ってく・・・。」
盛大にむせる私の背中を撫でたり擦ったりしながら、心配そうに介抱してくれる二人に断り、あわててトイレに駆け込む。
ザーザーと勢いよく流れる水道水で口を濯ぎ、トイレに併設された化粧室のきれいに磨かれた鏡の前で首回りに汚れが飛んでいないかをチェックする。
「っふう...危うくコップ一杯の水で溺れ死ぬところだったわ。それにしても、さっきの。」
咳も収まり酸素が回ってきた頭で、先ほど変な蔦にグルグル巻きにされて森の中に消えて行った耳の長いウサハムをもう一度思い返してみる。
あれはどう考えてもミームだった。
しかも、あのグルグル巻きにしてた蔦っぽいのって、さっき妖精使徒達がズバズバ切り倒してた魔痕の一部っぽかったし。
なに?つまり、ミームってば魔痕に捕まったってこと?自称☆フェアリーデンの戦士弱っっ!!
なに簡単に敵に捕まってんの!?あんたは英雄戦記のヒロインか!!
っていうか、これって助けに行かなきゃいけないパターン?
はぁ...せっかくの旅行だっていうのに、なんだってあのウサハムもどきのせいで振り回されなきゃいけないのよ...。
美穂と早苗の二人に、何て言い訳で別行動をとろうかと言い訳を考え始めた私の脳裏に、ある考えがひらめく。
あれ、これってチャンス?
このまま気付かなかったって事にして、ミームの事をそっとしておけば、今後、あの変なコスプレ衣装とも変態騎士や三色娘達の脅威ともおさらば出来るってことよね。
これこそ、私にとっても魔痕にとってもWINWINの解決策じゃない。
いつの間にか、成り行きで受け入れてたけど、伝説の妖精乙女ってのをやるにしても、肉体的にも精神的にもツライ状況なわけだし。そうと決まれば、残り一日の旅行を楽しまなければ。
と、化粧室から出ようとした私の胸に、チクリっと痛みが走る。
「っ・・!」
痛みに一瞬足を止めた私の頭の中に
――――― 本当に、これでいいの? ミームが殺されちゃっても ――――――
という綺麗な声が響く。
心の声って、結構ハッキリ聞こえるんだね。
でも大丈夫でしょ。あのウザハムは滅し方の方が難しそうだし。
今頃、連れ去った相手の魔痕からもウザがられてそうじゃない。逆に、魔痕に、ご苦労様と言いたいわ。
しかし、心の声|(?)は一向に止まるようすがない。
――――― 本当に、このままミームを見殺しにして、後悔しない?なぜあの時私は可愛いミームを助けに行かなかったのだろう。と、後悔で悪夢に魘される覚悟はできているの? ――――――
いやいや、『可愛いミーム』!?
本当にこれ私の心の声!?
私ってば、奴の事そんな風に思ってたっけ!?
アイツの顔を見る度のイライラは、むかつきからのイライラじゃなくて、ムネアツからの行き過ぎたドキドキだったとでもいうの!?
こめかみを軽く揉みながら、先ほど頭をよぎった自分でも信じられないような考えを振り払う。
基本ユーレイなんか信じてないけど、ミームに魘される夜があったりしたら、ソッチの方が問題よね....。
あのウサハムへの思いが、ムネアツでもむかつきでもどっちでも良いけど、気になったままほっといて、夢にまで出てこられるなんて、ソッチの方が全力で阻止しなければ。
それに、考えてみれば魔痕がミームを人間界から連れ去ってくれる、もしくはきちんと息の根を止めてくれるなんて保証はないわよね。
万が一、ミームが魔痕に私の個人情報流してくれちゃったり、もしくは魔痕の手先になって、見殺しにしようとした事を恨んで私の日常に表れでもしたら、確実に今まで以上に時間やこっちの都合も考えずに現れた上、恨み言言いながら付きまとわれること請け合い。
そうね、このままじゃいけないわね。きちんと最期を見届けるか、自分でとどめを刺さない限り、今後の人生に一瞬の安らぎさえ望めないじゃない。
魔痕任せにしている場合じゃないわ。今すぐにミームを追わなければ。
苛立ちまぎれに、ポケットからスマホを取出し、席に残る二人に手早く戻れないことの詫びメールを入れると、私はトイレ脇にあった通用口から外に飛び出した。