危険な恋の四重奏(カルテット)~ 12 ~
紺色の夜空に、湯船から立ち上がる白い湯気が、ゆらゆらと立ち上ってゆく。
「ふわぁ~温泉気持ちいい~幸せぇ~。」
湯船の縁の岩にもたれ掛かりながら早苗が幸せそうに息を吐くきだす。
「本当、気持ちいいよね。ここのお風呂、源泉掛け流しの温泉らしいよ。」
「へ~そう聞くと更に気持ちよさアップしたわ。永久氷壁並みの肩こりが消えたかも。」
その隣で肩まで湯船に浸かった美穂がコキコキと肩を鳴らす。
「もぉ~ミホちゃんったらぁ~。」
「はは、肩こり解消への即効性は知らないけど、飲料水としては、体内改善と美肌に効果有りらしいよ。」
壁に貼ってあった看板に書かれている効能を読み上げる。
「体内改善と...」
「美肌...。」
私の言葉に、二人が風呂の湯に視線を落として、ゴクリと喉を鳴らす。
おいおい、待て待て。ちゃんと外に飲料用のあるから。
「や、いくら美肌効果あっても、湯船のお湯飲んだりしないわ!ね、サナ!」
いや、長い付き合いだからわかる。あのまま放っておいたら、ソコの給湯口から、がぶ飲みしてたよね、二人共。まぁ、気持ちも分からなくは無いよ...私だって最近、気合いを入れとかないと、朝と夕では色々と肌の疲れの度合いが顕著に..。いや、今は止めて置こう。
「分かった。まぁ飲むつもりだったかどうかは置いておいて。早苗、お湯の中から顔を上げなさい。そろそろ空気吸わないと死ぬわよ?」
美穂との会話中、湯船に顔を浸けたままの早苗の肩をポンポンっと叩く。
「っぷはぁっ、どう!?潤い率アップしたかな!?」
ザバッ!と湯船から顔を上げ、満面の笑顔でびしょびしょの自分の顔を指差す。
...うん、アップした。びしょびしょだから潤い率100%かな。でも、温泉成分が目にしみてるみたいだから、擦らないで、早めに顔拭った方が良いよ。
「はいはい、潤ってる潤ってる。潤いすぎてポトポト滴ってるよ」
「も~、りりちゃん、そうじゃないよぉ~分かってる癖にぃ、意地悪ぅ。」
「はいはい、外にちゃんと飲料用があるから。それより、せっかく空いてるんだから、今は大人しく浸かるだけにしなさい。」
夕食の時間を早めたおかげか、露天風呂は私達三人以外誰も居らず、貸し切り気分だ。
「時間早めるの勧めてくれた仲居さんには感謝だよね。ジンギスカンもチーズホンデュも美味しかったし、流石は人気宿ね。」
「この宿探してくれた~リリちゃんに感謝だよ~。」
「まあね~。なぁんて、本当は古い旅行雑誌の除籍作業中に見つけたんだけどね。」
あれは2ヶ月前。学校の書庫で資料点検をしていた時の事。
ミームと、鶏に犬耳のついたミームサイズの生き物が取っ組み合いしながら暴れたのだ。
突き飛ばされた犬耳ニワトリが突っ込んで散らばった雑誌の中に、丁度この情報が載っていたのだ。
因みに、件の二匹は仲良くぶん殴ってから外に放り投げておきました。
「学校図書館って、旅行雑誌までおいてるの?」
「旅行雑誌は無いけど、普通の雑誌なら数点あるよ。それに載ってたの。」
「あ、学校といえばぁ、リリちゃんの学校の理事さん男前だったねぇ~。ほかにもぉ、仲良しの男前先生とかいるのぉ?」
「まぁ、仲良しじゃないけど、格好いい先生なら他にも数人居るには居るけど..。やっぱり『先生』って名が付く人は変わり者多いわよ。いくら美形でも、観賞用で充分かな。」
「で、どうなの?あの男前筆頭の理事さんとは、どこまでの仲?」
「いや、どこまでと聞かれましても...顔見知り以上知人未満かな。」
何故だろう、早苗と違い、恋バナに普段興味を示さない美穂が、ガンガン食いついてくる。
「あの年で理事だなんて、凄い出世頭じゃないの!?それに、あんなに親身になってくれるだなんて、リリの事、結構気に入ってるみたいだし?」
「うんうん、あの位レベルの男前になると、追いかけられるより追いかけたい願望ありそう~。リリちゃんお得意の、焦らしプレイが有効かも!?」
なに、その身に覚えのないマニアックプレイと願望?
「いや、焦らしプレイとか無いから。それに、学園じゃ、教員、事務員、果ては学生にまでファンが居る様な人なのよ。言うなれば、雲上人?」
「そんな所でぇ、引いてちゃ駄目だよぉ。恋は押してなんぼだよぉ。傷つくのを恐れちゃ駄目なのよぉ~。」
駄目だ。早苗の恋する助言者スイッチまで押されてる...。
「だから、傷付くとか傷つかない以前に、好みの問題があるのよ。二人共知ってるだろうけど。」
「あぁ...リリって昔からオヤジ好きだもんね...。」
「う~ん、小2の時にもぉ、りりちゃんがぁ二組の担任(37才)にラブレター書いた時はぁ、二人で握り潰したねぇ~。」
美穂と早苗がやれやれと言わんばかりに溜め息をつく。
失礼な。オヤジ好きじゃなくて渋好きです!!
そして、やっと自分の年齢にやっと、好みの年齢に自分の年齢が 追いついたんです!!
後、佐渡先生(37才渋い系)から返事が来なかった理由が今判明した。
「リリ、産まれた時から渋い人間なんかいないのよ。男は探すモノじゃない、育てるモノなのよ!!」
はい、美穂さんの名(迷?)言頂きました。
「そうよぉ。りりちゃんのタイプの男に育ってる頃にはぁ、大半は売れちゃてるのぉ。恋は早い者勝ちなんだからぁ~。」
「はいはい。分かった分かった。じゃあそろそろ上がろう。」
いかん、2対1じゃ分が悪い。
投げやりに答え、湯船から立ち上がる。
「え~もうちょっと良いでしょ~」
「そうそう、もう少しココで話して行きましょ。」
「いやいや、あんまり長く入り過ぎると湯あたりするよ。それに、なんだかお湯の温度も上がって来た様な。」
露天風呂に入って、結構な時間が経過している。
証拠に、湯から出ている二人の上半身が真っ赤になっている。
「せっかくぅ、貸切状態なのにぃ~」
「気持ちいいんだし、ゆっくりしようよ。」
しかし、二人は全く動こうとしない。
本気でのぼせてしまいかねない。先ほどよりも熱い風呂温度を少しでも下げるため、温度調節用の蛇口を探してキョロキョロとしていた視界の角に、湯船の中をゆらゆらと泳ぐワカメが写る。
『コケケケケ。良いぞ良いぞ。少しづつ水温を上げ、眠りに誘う我がエキス風呂の気持ちよさにグダグダになって、そのままのぼせてしまうがいい。』
...何カ出タ....。
『我が身から染み出る魔素の中に、人間たちを残らず沈めてやるぞ。コケケケケ。まず手始めに、この三人からだ。』
台詞を聞くに、あのワカメッぽいモノから出てる出汁が、2人を『風呂から出たくない』状態にしてるようだ。
ああ、なんだ、ミーム関係者か。となると。
目の前に流れてきた来たワカメをヒョイと掴み上げると塀の向こうに放り投げる。
『コケケケケ、魔素よ、もっともっと滲み出せ~人間達を魔素に沈め..に゛ゃッ!?』
ジュッ。
「あれ?何か良い匂いしてきた。」
「ホントだ~。どっかで磯焼きのバーベキューしてるのかな?」
周囲に漂ってきた芳ばしい磯の香りに、早苗と美穂がフンフンと鼻をならす。
「う、うん、かもね。」
ゴメン、ワカメ。塀に掛けてあった松明に引っかかっちゃった。
黒く焦げ、干からびたワカメだった存在に、心の中でソッと手を合わせたのだった。
部屋のドアが勢い良く開き、ワイングラスとコルク抜きを持った早苗がバタバタと駆け込んでくる。
「お待たせ二人共~。借りてきたよ~。」
「おかえりー。よ~し、じゃあ、幻の貴腐ワインから行くわよ!?」
「お帰り~、待ってました~。」
コルク抜きでコキュコキュと折れない様に慎重にコルクを抜き取る。
ポンッとコルクが抜けたとたん、部屋の中にワイン独特の香りが広がった。
「早く早く!!」
「ミホちゃん~せかしちゃダメだよ~。」
三つのグラスにワインが注がれ、
『乾~杯』
の合唱で酒盛りが始まった。
「だ~からぁ~、アタシ言ってやったわよぉ~。『てめぇのハゲ野広げてやろうかぁ~』ってぇ~。」
「もう、ミホちゃんってば。そういう時は私に言ってよ。結構な確率でヒットしてるのよ、私の『禿げろ』の呪い。」
「アハハハハ、サナん家って巫女さんの家系だもんね~。」
「ウフフ~効果は絶大よぉ、私の~。」
「はいはい、二人共。グラス持ったまま寝たら零れるって!寝るならグラス離しなさい。」
ベロンべロンに酔っ払っているため、面白い位に口調が入れ替わっている美穂と早苗。
二人は、ワイングラスをしっかりと握りしめたまま、布団の上にぐたーっと伸びている。
「やだ~い。今度はリリの恋バナさせるのぉ~。さぁ、いっぱい語るが良いわ!!」
グラスに残っていたワインをグイッと空け、マイクの様に私の前に突き出してくる美穂。
「語れ語れ~。」
その隣に寝転がりながら、早苗までが、近くに転がっていた、今、巷で人気の変身ヒロインの変身マイクをこちらに向けてくる。
なんでも、ワイングラスを借りてくる時に廊下で拾ったらしい。
うん、後で責任持ってフロントに預けて来よう。
早苗が大きなハート型の飾りが付いた、マイクの持ち手に付けられたらピンクのボタンを押すと、アニメ中に頻繁に使われている決めゼリフらしい言葉が可愛らしい声でマイクから発せられる。
『聞かせて心のご注文!!悪い子ちゃん達、ラストオーダーの時間よ!!』
「キャハハハ、リリちゃん聞かせて聞かせて~。」
「ラストオーダーの時間よぉ~。」
その変身ヒロインの決めゼリフに、早苗と美穂が布団の上でパタパタと身を捩りながら、ケラケラと笑う。
クッ!楽しそうに出来上がりおって、酔っ払い達め。
「はいはい。他のお客さんの迷惑になるから、大人しく寝なさい。」
二人の手からワイングラスを取り上げ、布団をかける。
「む~。分かったわよぉ。おやすみなさ~い。」
「ぐう....。」
「はぁ、やれやれ...やっと眠った...。」
聞こえてくる安らかな二人の寝息に、安堵のため息を吐き、早苗の手から変身マイクを取り上げる。
窓から見える真っ暗な森。人気の無いはずのソコから、チカリチカリと妖精乙女に救援を求める光が発せられている。
「行かなくちゃ。みんな、あそこで戦ってるのね。さあ、待ってない魔痕、この妖精乙女の底力、とくとその身に刻み付けてあげるわ!!」
私は不敵に笑い、静かに部屋を後にした。
ちなみに リムリムも、ぐでんぐでんに酔っ払ってます。
何時もだったら助けに行ったりしません。




