危険な恋の四重奏(カルテット)~ 1 ~
土や落ち葉の香りのする爽やかな空気が胸いっぱいに広がる。
青々とした葉をつけた木々は、照りつける真夏の太陽をさえぎり、心地よい光が林の中に差し込んでいる。
都会の喧騒を離れ、穏やかな非日常を味わう為、友人二人と共に緑豊かな避暑地へとやって来た。
「さあリムリン、早く妖精乙女に変身だミュー!!」
なのに、なぜ耳の長いウサギだかハムスターだかわからない自称☆フェアリーデンの戦士が私の足元で騒いでいるのだろう。
そして視線の先では、赤・黄・青のフリフリのロリータファッションにそれぞれ身を包んだ、妖精使徒という名の少女たちと、蔦のオバケのような魔痕が戦いを繰り広げているんだろう。
「ねぇ、なんで?なんであんたに続いて、この子達までここにいるの。」
神様どうか、こいつらの存在を消し去る能力を私にお与えください。
待ちに待ったゴールデンウィーク。
私は鈴木鈴夢は、小学生からの友人である、高梨美穂・藤森早苗の二人と、最近じわじわ人気となっている避暑地へとやってきていた。
着物姿の仲居さんに案内された和室で友人たちと歓談しながら、旅行鞄のふたを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは。
口の周りにスナック菓子の粉をいっぱいにつけ、「んみゅう...?到着したミュー?」と寝ぼけ眼を擦る、ウサギ×ハムスターを二倍にした自称☆フェアリーデンの戦士・ミーム。
「テメェはどうやって入り込んだぁっ!?」
問答無用で部屋の窓(三階)から放り投げたのは、条件反射と言って良いだろう。
『ミュキュゥウゥゥゥ―――――――――・・・・・』
「り..リリちゃん..?い、いきなりどうしたのぉ?」
「な、なんか放り投げたように見えたんだけど..?」
汚い悲鳴を上げながら、宿の裏手にある林の中に文字通り弧を描きながら飛んでいミーム。
その姿を、肩を怒らせながら見送っている私の背後で、困惑した友人の声が遠慮がちにかけられる。
やばいっ!
でも、以前、フェアリーデンの住人の姿は普通の人間には見えないとか言ってたから、ミームの姿は見えないはず。って事は、セーフ?ギリギリセーフよね?
第三者から見た今の私の状態は、荷物整理をしていたら意味不明な言葉を叫び、突然見えない何かを外にブン投げ、怒りの表情で肩を怒らせている。だけだよね?
...うん、今の状況もアウトかもしんないね。確実に情緒不安定なやつじゃないか。
二人ともお願い、そんな心配そうな目で見ないで。
その後、職場での軋轢やストレス等を心配してくる友人たちを何とかごまかし、近くにある森林公園に散策に出かけた私達3人の前に、先ほど窓から放り出したはずのミームが再度現れ、無理やり引っ張ってこられた所で、上記のセリフに戻る。
「さぁ、リムリン!早く妖精乙女に変身して、魔痕を封印するミュー! 魔痕の後ろからこそっとやったら、きっと妖精使途達にも見られないミュー!」
迷惑顔の私の隣で、こちらの事情を全く理解しようともしないミームが、うれしそうにピコピコ揺らしながら、以前の騒ぎで妖精樹の雫がめり込み、見た目凶悪度が跳ね上がった妖精樹杖をこちらに差し出してくる。
ああ、毎度のことながら、魔痕じゃなくてコイツの顔面にこそ、妖精樹杖をめり込ませてやりたい。
二人をごまかしながら抜け出してきたから、さっさと片付いてもらって、早く戻らないとヤバいのだ。しかし、ここはゴールデンウィーク真正中の観光地。この場所に来るまでにも数人の旅行者ともすれ違っている。
妖精乙女に変身したら一般人からは見えないかもしれないが、こんな真っ昼間に妖精乙女姿をあの子達に見られたら、一発で私の正体がばれて、日常の平和が絶たれる。でも、変身せずに変な植物や、普通の人間には姿の見えないミーム相手に一人で怒鳴りながら、見えない何かに向かって棍棒を振り回している姿を見られでもしたら、完全に情緒と頭がイカレてる人間として警察のお世話になり、社会的死が与えられそうだ。
因みに、あの女王様が用意してくれたパチンコ屋のネオンのように発光する布は以ての外である。
件の事件(前話参照)の後、住宅地のあちこちから、『あの日、公園からUFOが降りてきたかのような光が』等の目撃情報が飛び出し、余計に騒ぎが大きくなった。
そう、あの発光する布の光は一般人にも見えてしまうのだ。
つまり、変身後の姿を光の布で隠そうとすると、余計に超常現象として騒ぎになるという危険が追加される。
「ねぇ頼むから、今回だけは、アンタと彼女たちとで解決してくんない?普段でさえ、目を背けたくなるあの衣装姿を、顔見知りにでも見られたら、魔痕に変わって、私が世界滅ぼすわよ。」
「みゅふふ、そんなジョーク言ちゃって、リムリンってば旅行先でちょっと気分がハイになっちゃってるミューね☆」
何とかこの旅行の間だけでも、引っ込んでもらえないだろうかと真剣に頼み込む私の願いを、ミームは全く取り合ってくれようともしない。
ああ、笑っているがいいさ。私、やるときはやる女ですからね。
もし今回の事が原因で、私の日常生活に支障をきたすようなことがあれば、あんたもフェアリーデンも只じゃ済まさないわよ。
「ほらほらリムリン。こないだ取り返した炎の妖精樹の雫がでパワーアップした、この妖精樹杖で、魔痕の蔦を焼き払うミューよ!」
「アンタ、あの看板が見えないわけ?こんな植物が生い茂ってる中で、下手な火炎放射器より威力の有る物を振り回させるつもりなの!?」
私が指さした先には、「火気厳禁」の立て看板。
そう、ここは森の中なのだ。こんな所で、以前の事件の時みたいな炎なんか出した日には、魔痕の蔦だけではなく、普通の木々も燃やしたい放題。山火事大発生である。
何故、景色と空気のきれいな場所に来たのに、わざわざ焼け野原を作って濃厚な二酸化炭素を吸わねばならないのか。
「大丈夫、大丈夫。炎の精霊樹の雫から放たれる聖なる炎は、木々を燃やさないはずだミュー。だから、多分あの炎が燃やすのは、魔痕の魔素だけだミュー。」
「だから、あんたの『大丈夫』は、信用できないって言ってるでしょ。それに、あの時の公園でも、その聖なる炎とやらで、魔痕がこっちを攻撃してきたじゃないの。あの後、公園の木やら地面やらが焦げてて、かなり騒ぎになったそうなのよ。」
そう、以前に公園でやらかしちゃった事件の後、炎の精霊樹の雫によって焦がされ、ぼろぼろになった大型ジャングルジムや、滑り台、焼け落ちたシーソーなどが後に残り、警察が「UFO」などの存在を認めるわけもなく、翌日からしばらく、パトカーや警察の周辺巡回などで、閑静だった住宅街に、一時かなり物々しい厳戒態勢が敷かれたのである。
ちなみに、公園の近くに立てられた、『不審なモノを見かけたら、警察まで』の看板に、ミームを縛り上げて突き出そうかと考えたのは、一度や二度ではなかった。
まぁ、フェアリーデンの住人の姿が普通の人間には見えないことを思い出し、思いとどまったのだが。
「それは、きっと魔痕が精霊樹の雫を悪用していたからだミュー!邪悪な心を持たない妖精乙女であるリムリンが使えば、きっと精霊樹の雫はその優しさに答えてくれるはずなんだミュー!」
うん、そんなに自信満々で言ってきても、私が使っても山火事になると思う。
勝手に美化されても困るが、30年以上生きてるのだ。
ピュアな心じゃ世の中渡っていけないと分かる程には、酸いも甘いも噛み分けてきている。
因みに、現在進行形でもアンタに対しても、その存在を地上から抹消してやりたいくらいの邪悪な心を燃やしてるんだけどね。
「アンタのその、『きっと』とか『たぶん』とか『はず』とかいう言葉に乗せられて、放火犯になるのは私なのよ!?『学校職員、旅行先で森林放火。』とかの文言で新聞の一面飾る事になったらどうしてくれるのよ。」
「その時はフェアリーデンに移住してこれば、リムリンも警察から逃げられるし、フェアリーデンも妖精乙女を迎えられるし、双方とも、WIN・WINだミュー☆」
『WIN・WINだミュー☆』じゃねぇよ。どう考えても、アンタたちフェアリーデンの一人勝ちじゃないか。
「そんな危ない橋渡れるわけないでしょ!そもそも、なんであんたがここにいるわけ?」
「もう、ボケるには早いミューよ。さっき起こして出してくれたのはリムリンだミュー」
ぶんっ殴りたいっ!!!!!!!!!
駄目だ、コイツには私の話す日本語が通じないらしい。
「だ・か・ら、いつの間にあんたは、私の荷物に紛れ込んだんだって、聞いてるのよ!」
ドヤ顔のまま鼻で笑うミームの後ろ頭をグリグリ踏みつけながら、ウサギ耳の様な毛(前回判明)を引っ張り上げる。
「だって、だってぇ!リムリンの気配が遠くに行っちゃって、思わず飛び込んじゃったミュー。もし、またリムリンの気配を見失ったら、今度こそ世界は魔痕の手に落ちちゃうミュー!!」
頭を踏みつけられながらも、わざとらしく目をうるうるとさせ、つぶらな瞳をこちらにむけてくる。
いや、アンタの本性知ってる身からすると、全然萌えないから。逆にイラッとするから。
今なら、その棍棒からあの時の魔痕が出した以上の邪悪な炎が出せそうだ。
「へぇ...。思わず飛び込んだ割に、入れた覚えのないお菓子の袋やカスがいっぱい荷物の中から出てきたのはどうしてなんだろうね。どう考えても事前に用意していた量だったんだけど。」
あの後大変だったのだ。
二人への言い訳もそうだが、コイツを放り出して改めて荷物を開けると、持ってきた着替えや化粧道具に、スナック菓子の粉や飴の袋の切れ端、さらにはチョコレートのシミまでついていたのだ。
「みゅふ....雄には、雌にはない袋を持ってるんだミュー」
「黙れ、齧歯類。」
自分で思う中で最上級のニヒルなドヤ顔をかますミームの横っ面に、問答無用で足の裏を押し付ける。
「愛流奈っ!魔痕が逃げるわっ!!」
そうこうしてるうちに、妖精使徒達の攻撃で、蔦の多くを切り落とされた植物魔痕が、ざわざわと音を立てながら後退してゆく。
「逃がすもんですかっ!ミラクル、バーストアターーーックっ!!!」
「くらいなさいっ!ラブリーシューット!!!」
妖精使徒達が、ゴテゴテブーメランやナックルを振りかぶりながら逃げてゆく魔痕を追いかけて森の奥へと消えてゆく。
「さあ早く!ミームたちも妖精使徒達を追いかけるミュー!!」
「だから一匹で行ってこいっ!!」
私までつき合せようとするミームの耳を掴み、今度こそ二度と出会わない事を祈りながら、力の限り遠くへ投げ飛ばす。
「リムリンもーーーー・・・」
ミームが森の中へ消えて行った、その直後
「リリーちゃーん!どこ~!?」
「あー、見つけたっ!こんな所で何してたの?何か面白い物でも見つけた?」
森の中から宿へと続いている入り組んだ小路から、早苗と由美が姿を現す。
ギリギリセ――――――――――フッ!!?
あっぶなぁっ!もう少し遅かったら、あの植物魔痕と鉢合わせしてたんじゃないのっ!?
「リリってば、探したんだからね?こんな所で何してたの?」
「そうだよぉ、一人で先に行っちゃうからぁ、びっくりしちゃったよぉ。早く戻って、お店見よぉ?」
「あ~..」
先を歩く二人に続き、怪しまれずに納得してもらえる言い訳に頭を絞る。
ヤバい。どうしよう...。魔痕 (ヴォルグ)がいたなんて、間違っても言えない...。
珍しい植物が~とか可愛い動物が~とか言って、万が一、二人が興味持って探されて、運悪く魔痕と鉢合わせしたら、二人の身も、私の社会的生命も危険に侵される。
「えっと..知り合いに似た人を見かけて...。」
「もしかして、職場関係?」
それだっ!
「あ、うん。そんな所かな。でも見間違いだったみたい。連休だからってこんな離れた所で会うなんてありえないよね。」
「もしもイケメンだったらぁ、絶対運命感じちゃうシチュエーションだけどねぇ。」
3人の中で一番の乙女思考の持ち主な早苗が、目をキラキラさせる。
ウン、ワタシもアレニハ運命感ジチャッテルヨ。
疫病神っていう神様に祝福された運命だけどね。
「お店と言えば、宿の近くに地元フルーツを使ったジェラートの店があるらしいんだけど、行ってみない?」
美穂がパンフレットの伏せんが挟まれたページを開き、フルーツが綺麗にトッピングされたジェラートの写真を指差す。
「いいね、二人とも行こうっ!」
何とか森から離れさせたい一心で、二人を急かしながら、私たちはその場を後にしたのだった。
今回は短編ではなく、続きモノになりました。
恋の四重奏とか書いてますが、多分、少ししか恋要素有りません。
毎日19時に更新です。
あと、本当に前話参照です。