婚約破棄した筈なのに、なぜ?
私には、カッコよくて優しい婚約者がいる(いわゆる政略的な婚約者)。私が、自分から望んで婚約にこぎつけたの。
家柄的にうちの方が格上だったこともありスムーズに婚約できた(お披露目はまだだけど)。
学校も同じで、何時も彼の傍にいるんだ。
彼は、そんな私を苦笑し、仕方がないって顔をして、私を見る(呆れてるんだろうけど)。
だけどね。
私気付いたの。
彼が、私以外の女の子を見つめているのを・・・。それも、とても愛しそうな眼で・・・。
そっか、あなたは彼女の事が・・・。
その娘は、誰もを魅了するこで、その娘がいるだけで日溜まりのような暖かさを持つ場所となる。
そんな娘に私は、敵う筈もなく見てるだけしかできない。
彼も、そんなあの娘に夢中なんだろう。
彼とあの娘が一緒に居るところを何度も見て、彼が私に見せた事のない顔で彼女に接しているのを見れば嫌でもわかる。
私には、あんな愛しそうな眼差しで見詰められた事は、一度もないのだから……。
私には、彼を引き留めるような魅力何て持ち合わせてなんかいない。あるのは、後ろ楯だけ。
そんな脆い繋がりなんて、直ぐに消えてしまいそうで怖い。
私達の婚約発表は、今度の土曜日。
私の誕生日の日に行われる。
その時に、無かったことにすればいい。
だから、それまでは彼に甘えさせて……、隣に居させて……。
「……どうした?」
隣に居る彼が、優しい声で囁き顔を覗き込んできた。
いきなりのドアップに顔を逸らせ。
「う、うん。なんでもないよ」
そう言って、ぎこちない笑顔を張り付かせた。
「そう。ならいいけど」
少し怪訝そうな顔をして、離れた彼。
ごめんね、今だけだから・・・。
言葉にせずに胸の内で謝った。
今はまだ、悟られるわけにはいかない。
今度の土曜日には、あなたの事を必ず解放するから、それまでは……。
私は、胸の中に秘めた思いを隠し続けた。
気付けばあっという間に、私の誕生日&婚約披露の日。
時間までまだ余裕があるが私は緊張の中にいた。
今日で、彼のことを解放できるんだと……。
好きな人と幸せになって欲しいから……。だから、私から最後のプレゼント。
そう思うのに、胸にチクリと痛みが指す。
知らずに胸に手を持っていっていた。
「どうした、るり?」
お父様が、私に声をかけてきた。
「少し、緊張してるだけです」
そう、今はまだ悟られるわけにはいかない。
隠し通さないと・・・。
「るりでも、緊張することがあるんだな」
可笑しそうに口許を上げて笑うお父様。
「お父様。私はロボットはないのですよ」
口を尖らせてそう言うと。
「悪い。全て整ってる。心配するな」
お父様が、真顔で言った。
それが、申し訳なくて、胸が痛む。
今日の婚約発表、私の一存で、台無しになるのだから……。
「どうしたんだ?あんなに待ちどうしそうにしてたのに、嬉しくないのか?」
お父様が、怪訝そうに私を見てくる。
「嬉しいですよ、とても……」
上部だけの喜びをあげた。
私は、笑みを浮かべて、気付かれないようにしていた。
ホテル会場には、大勢の人で溢れかえっていた。
それも仕方ないこと。
大手企業同士の婚約だもの。
ステージ横には、既に彼の姿があった。
彼は、紺色の上下のスーツを着ている。中のシャツは、白で、青色のネクタイを締めていた。
制服とはまた違って、大人の雰囲気を醸し出している。
そんな彼にお父様が、近付いていき。
「智哉くん。るりをよろしく頼むな」
って、声をかけてる。
「あ、はい」
彼も、どことなしか緊張してるみたいだ。
「智哉くんまで、緊張してるのかい?」
お父様が、要らないことを言う。
彼は、少し首を傾けた。
「なんでもないの……」
私は、取って付けたように言葉に出した。
「さて、そろそろ幕を開けようか」
お父様の言葉に両家の両親が、舞台に出て行った。
私は、緊張しながら、その後ろ姿を見送った。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。我が娘の誕生日、列びに婚約発表をさせて頂きます。るり」
お父様に呼ばれ、彼にエスコートされながら舞台に立つ。
「娘のるりと婚約者の一条智哉くんです」
お父様の紹介で、頭を下げると拍手が起こる。
「本日は、私の誕生日にお集まりいただき有難うございます」
私は、そこで言葉を区切って会場を見渡した。
そして、あの娘を見つけたのだ。
彼女は、俯いていて、顔の表情はわからないけど、きっと青くなってるんだろうと思えた。
それに横に居る彼は、平然とした顔で居るが、胸の内では悔しいんだろうと思う。
想いあってる二人を私の一言で、引き離すことなんて、私にはできない。
「婚約の話は、白紙にさせていただきます」
私は、隣に居る彼の方を向いてそう告げると彼は私を凝視して口許を歪めた。
会場内は、騒がしくなった。
当たり前だ。
婚約発表と伝えてたのに白紙にしたんだから・・・。
「るり・・・、何を言って・・・」
両家の親は、狼狽えだす。
隣に居る彼も同様だ。
ただ違うのは、会場に居るあの娘だけ。
「私の我が儘で申し訳ないのですが、この婚約は、無かったことにしてください。智哉さんには、もっと相応しい相手が居ますから」
私の言葉に彼女は一瞬驚いたが、直ぐに嬉しそうな顔をした。
その顔を見たら。
あぁ、やっぱりな。
表向きは、私という婚約者を立てていたが、裏では彼女を溺愛してたんだ。
そう思えた。
「るり。良いのか?」
お父様の言葉にゆっくり大きく頷き。
「今日まで、私の我が儘に付き合ってくれてありがとうございます。智哉さんの幸せを願っています」
私は、彼にそれだけ告げると踵を返し逃げるように舞台袖に引き上げた。
そして、自身の誕生日パーティーだというのに早々と会場を後にした。
主役の自分がいないと成り立たない場所だという事も忘れて。
自分の部屋に戻り、着替えもせずにベッドにダイブした。
今まで我慢してきたものが込み上げてきて、ポロポロと枕を濡らしていく。
私は、本当に彼の事が好きだった。
だからこそ私は、身を退いた。
彼が、誰かのモノになったら、心が締め付けられる程苦しいのに私が束縛しても良いわけではない。
彼が、幸せであるならそれが一番良いと思ったから・・・。
傍に居て、辛い想いをするならば居ない方がいいと・・・。
私は、泣きながら眠りについた。
翌日、お昼近くに目が覚めた。
昨晩の事を思いだし、あれは現実だったんだなと思いながら、ゆっくりとベッドから起き上がった。
「遅い目覚めだな」
って聞き覚えのある低い声で、一気に頭が覚醒した。
そこには、居る筈のない人が、私の部屋に居るんだもの。
しかも、心なしか怒ってるように感じるのは、気のせいかしら?
「な、何で、ここに、居るんですか?」
私の目の前に居るのは、昨日婚約を白紙にした彼で・・・。
「なんでって、昨日勝手に婚約を破棄したお前に言われたくないけど?」
って、何時もと口調が違いませんか?
「なんか。昨日、滅茶苦茶勘違いされてたんだが? どうして、俺がお前以外の奴と幸せにならなきゃいけないんだ? お前が居なきゃ、幸せなんてありえないだろうが?」
はう?
えっ、だって彼女・・・。
何が、間違ってるの?
「るり、話せ。何を勘違いしてるんだ?」
彼はそう言って、ベッドの上に乗ってきて、覆い被さりその長い腕で私の顔の横を囲い、逃げ場を無くす。
「・・・智哉は、彼女の事が好きなんでしょ?だから・・・」
彼の顔が見れず視線を逸らしたじたじになりながら言葉を紡ぐ私。
彼は少し考える素振りを見せた。
「彼女って・・・あいつの事か?あれは、向こうから言い寄ってきたから、少しだけ相手にしたら本気にされたんだよ。まぁ、それを見て嫉妬してるるりを見るのも悪くないかと思ったりしたが・・・」
って、悪びる事もなく淡々と言う。
へっ。
「じゃ、じゃあ、何で、あんなに優しい眼をしてたの?」
「ん?あぁ、あの時の窓が丁度鏡みたいになっててな、お前が泣きそうな顔をしてたのが見えてな。そんな顔も可愛いな・・・って」
少し顔を赤くして言う彼。
えっ。何……それ。
「ってことで、婚約の白紙は、撤回だな」
顔が近付いてくる。
顔が近い、息がかかって、ドキドキが止まらない。
「大体、お前は、俺の何を見てたんだよ。俺は、お前が想ってる以上に想ってるんだよ。お前が、婚約の申し込みをする前に俺からしてるんだ。今さら、白紙されてたまるかよ」
って、悪戯っ子のように言ってくる。
「えーっ。それじゃあ・・・」
私が戸惑っていると。
「お前ほど俺の傍に居て欲しいって思う奴は居ない」
そうきっぱりと言うと、彼は私の頬に唇を軽く押し充てた。
突然の不意打ちに、赤くなっているであろう顔を両手で隠した。