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夢追人  作者: 飴川 壱
2/10

夢追人の魅せた夢

彼と出会って、僕には変わったことが3つある。

1つ目は、彼のバイトのある月水金曜日はガソリンスタンドから50m先にある図書館で21時まで勉強してから、彼と共に歩いて帰るようになった事。

中学の学区が違っていて気づかなかったが、彼と僕の家は小さな川を挟んでごくごく近くに建っていたのだ。川の両側を繋ぐ三船橋で僕らは互いの事を少しずつ話すことを繰り返した。家族、夢、進路、彼との会話は僕に色々な感情を与えた。

水嶋奏は大変熱い男だった。


2つ目は、人と話せるようになった事。水嶋くんと出会って以来、水嶋くんを通して 誰かと話す機会が増えた。最初はぎこちなかった会話も、少しずつ淀みなくなってきたようで、彼にはこの前の帰りに


「お前がどんどん人気者になって焼けちゃうな。」


と言われる程だ。意味はあんまり理解出来なかったけど。でも、その後、


「お前さ、目を見て話せるようになってきたな。」


真面目な顔でじっと俺の目を見てそう言う彼がひどく寂しそうに見えたのがとても気になって。

何処か潤んだ焦げ茶の瞳がとても印象的な夜だった。


そして3つ目は、ライブハウスに行くようになった事だ。二駅離れた街の高層ビルの間にある 小さなライブハウス<夢追人>が彼らの活動拠点だった。

トレードマークの黒のスーツに色違いの中折れハットがとても決まっていて、彼らの生み出すジャズ調の音楽はとても高校生とは思えないほど洗練されていた。彼らの音に僕は一瞬で心を奪われた。

そういえば、1度だけ楽屋に行ったことがある。水嶋くんが僕を招待してくれだのだ。するとそこには、確かに学校で見た事ある男の子達が思い思いに寛いでいて、それが、ステージ上のシビアな雰囲気とは大違いで最初はぽかんと口を開けて呆けてしまったものだ。


作曲担当は一つ年上の頭脳明晰な玉澤羽月先輩で、編曲担当は隣のクラスの九条詠丞くん。

2人の紡ぎ出す音楽は、夜のライブハウスを温かく包む、緩やかなものが多かった。だからこそ、数の少ない攻め入るようなアップテンポな曲や、ひたすらに胸を焦がす切ないラブソングが引き立ち、どの曲でも魅力的なバンドとなっていた。


「ここに来たら俺らの事はコードネームで呼んでな。その方が俺らもバンドマンになりきれるからさ。」


小さく口を開けて立ち竦む僕の肩を叩きながら、水嶋くん…紅玉がにやりと笑った。

紅玉となった彼は楽屋でも、眩しいくらいに輝いて見えた。


それから少しだけ話をして、僕は楽屋を出てライブ会場に向かった。

会場に続く廊下を歩きながら彼らの事を考えた。

コードネーム藍玉らんぎょく

こと、玉澤羽月先輩。ピアノ担当で、作曲の才能を持っている頭脳派、クールかつ冷静な観察眼を持っている人。

コードネーム翠玉すいぎょく

こと、九条詠丞くん。中学時代、吹奏楽部で養ったウッドベースの技術でゲストを魅了する 物静かな文学青年、編曲も担当する強者。

コードネーム瑪瑙めのう

こと、森遥大先輩。

詠丞くんと同じく、中学時代 吹奏楽部での経験を生かして主にテナーサックスを豪快に吹き鳴らす明るく、人なっつこい人、<Shiny Stones>の現リーダー。

そして、コードネーム紅玉こうぎょく

こと、水嶋奏くん。ハスキーな甘い声と圧倒的な肺活量でゲストの心を掴むボーカル、バンドに懸ける思いは熱く、常にゲストの事を考えていて、一生懸命な彼に皆が引っ張られていく。


眩しいくらいに輝く彼らに、ゲストは夢を見せられる。ゲストは彼らの作り出す世界に酔いしれ、惹きつけられそして引っ張られてゆく。

その事実に気づき、素直に凄いと思った。彼らが自分と変わらない年なのに、自分達の新たな音楽を、世界を展開させ、誰かに夢を与え満たしているという現状に尊敬せずにはいられなかった。


それから何度か、バンド<Shiny Stones>のライブに足を運んだ。

大体月に2回のライブ。

足元の証明は落とし、オレンジのライトを上から少し付けただけのアットホームなステージだ。始めの頃のゲストは僕を含めた20人弱、それが来る度に1人、また1人と増えていく様子は自分の事じゃないのにとても誇らしく思えた。

彼らの世界は洗練されていて、1度聴くと耳から離れないフレーズはとても高校生が作ったとは思えないものだ。


ウッドベースの緩やかな刻みとピアノの重和音が絡み合うjazz特有のイントロに、ハスキーな紅玉がふんわりと声を重ねる。後を追うような瑪瑙、森先輩の鮮やかな旋律が紅玉の声を更に引き立たせていて、とても心地よかった。

そして、伸びやかな紅玉のロングトーンの後に僅かに残るウッドベースの低い響きで1曲目【a nifty blow】は幕を閉じる。

穏やかな拍手の音に、紅玉の目がとろりと和らぐ。


「本日はお越しいただきありがとうございます。それでは恒例の自己紹介タイムと行きましょうか。」


瑪瑙の滑らかで中性的な声が会場に響く。この自己紹介を心待ちにしていたのか、ゲストからの拍手は1曲目終了後よりも数段大きい。

僕も少し痛いくらいに手を叩き、待ちに待ったの時間を促した。


拍手の音量とゲストの顔つきに満足げに頷いて、瑪瑙が勢いよく合図の旋律を吹き上げる。そこに視線を軽く投げて合わさるのはピアノの藍玉、羽月先輩だ。

証明は眩い白へ変化し、藍玉だけを明るく照らし出す。冷静な視線の運びでミスタッチが少なく、技術の高さにいつ聴いても驚かされる。 早いパッセージを軽やかに紡ぎ出すその様子はまるで 海中を泳ぐイルカのように滑らかで、知らぬ間に目が引き付けられた。


そして、力強いグリッサンドから引き継ぐのはウッドベースの翠玉、詠丞くん。

焦げ茶の楽器が照明で照らされて少し赤の混じった茶に色を変えた。

4本の弦を自在に押さえ、華麗にピチカートしてみせる翠玉にゲストからも感嘆の声が上がる。地を這うような響きが安定したリズムと和音を生み出してゆく。そして、最後に勢いよく楽器を一回転してから MC瑪瑙のサックスへと主役を渡す。

待ってましたとばかりに高く駆け上がり伸びる音に、ゲストの息が一気に張り詰まる。

まるでジェットコースターのような勢いの旋律がひっきりなしにゲストを振り回す。

目が回りそうで、でもそんな事も楽しくて会場のボルテージが最高潮に達したその瞬間、紅玉のハイトーンが会場を支配した。


圧倒的な音量と音圧にゲストの目は紅玉に釘付けられる。張り詰めた空気感にもうゲストは何も言えない。

しん、と静まり返る会場、小さく響き出すのはウッドベース、ピアノ。それを合図に次第と大きくなるフィンガースナップ。僕らもいつの間にかそこに加わるように指を鳴らしていて、会場が一つになった時、また彼らの音楽は再開する。

それが、jazzバンド<Shiny Stones>の自己紹介【the sound of quartetto】と呼ばれるものだ。

それぞれの名前を言う訳では無い、各々の今出来る最高の技術を披露する、それが彼らにとっての自己紹介だった。

ゲストは1度これを見ると、Shiny Stones…通称SSのファンとなる確率は99.8%と噂されていた。


乳白色のライトに照らされた彼らはとても輝いていて、学校での日々よりも生き生きとして見えた。

このバンドを愛している、そういう想いが頭にガンガン流れ込むような音楽だった。

皆をこんなに夢中にさせられるなんて、やっぱり彼らは凄い。

喉に血管を浮き上がらせ、頬を上気させ声を張り上げる紅玉をじっと見つめる。

1曲目とは打って代わりゲストを煽るような、ロックの混じるjazzに会場が熱気を帯びてゆく。後列で周りに紛れて、彼らの音楽に身を任す。

もっと前で観るべきだったな。後から思っても仕方ない事だけど、それだけ彼らの世界に僕自身も酔っていた。


音楽は好きだ、音楽は心に数え切れないほどの感情を与えてくれる。

そんな世界にかつての、二年前の僕も心を奪われてあんな風に必死で生きていた。

上手いものだけが生き残りことのできるステージの上で長く、一秒でも長く輝きを放ちたくて。

どんなに短い間でもステージに立ちたくて。

ただひたすらに打ち込んだ事もあった。

じっとステージに目を凝らす。照明のせいじゃない、彼ら自身の輝きが 確かにそこにはあった。

それは過去の記憶を抉るように思い出させた。今の夢を諦めた僕とは、弱い僕とは違ってやりたい事をやる為頑張る彼らはとても眩しかった。


また、僕も…。

そんな考えが一瞬頭をよぎるがもう遅い。僕は小さく頭を振った。

僕の視線に気がついたのか、紅玉が僕の姿を捉える。燃えるような熱を持つ瞳に思わず息を呑んだ。彼のライブ中の目はいつも遠くに向いていた。本人には自覚がない。

でも、彼の目はライブ会場の最後列のその先、壁を越えた空の果てをいつも見ているって僕は思う。

でも、今日は少し違った。何処かもっともっと先を、僕の手が届かないくらい先に彼が行ってしまいそうなほど、彼の目は先を見据えていた。

ねぇ、君は何処まで行くの。

今でさえ眩いくらいに高く駆け上がっているというのに、君は何処を目指して進んでいるんだ。

そう今すぐにでも問いかけてやりたくなった。


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