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夢追人  作者: 飴川 壱
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夢追人と出会った僕

金曜日の午後6時、家から二駅離れた街の 高層ビルに囲まれた とある路地裏の小さなライブハウス<夢追人>では、小規模なライブが行われる。

大体5団体前後がライブに参加していて、その大半が社会人グループだ。

派手な衣装と濃い化粧が特徴的な教師4人のバンド <PLAY BOYS>や、アットホームな雰囲気でボサノバを歌う壮年の男性3人組 <カナリヤ>。そんな熱気のこもった大ホールで、個性あるバンドが毎週代わる代わるライブを行っている。

そんな大人達に混じって、桁外れにハイクオリティな演奏を提供する学生バンドが1つあった。


ジャズバンド<Shiny Stones>


初めてこの学生バンドを見たのは僕が高校1年生の冬。

引っ込み思案で人と話すことが苦手な僕はクラスに馴染めていなくて、仲の良い人なんて1人も居なかった。何の面白味もない学校生活を何となくやり過ごして、家に帰るとテレビを見て風呂に入って寝る、そんな単調な生活を繰り返していた。

退屈な日々に何もかもを諦めていた。


けれど暫くして、1人の男の子に話しかけられて。それから、何人かの眩しいくらいに輝く男の子達と出会って。

自分自身を変えたい、彼らのように明るく楽しげに笑いたい、そんな諦めかけた心の奥で密かに願い続けていた事に、彼らは気づいてくれたのかもしれない。


「あのさっ……時間あったら、見に来てよ。」


癖のある黒髪の男の子が 後頭部に髪を撫で付けながら、少し照れくさそうに僕に差し出したのは、1枚のライブチケット。

あまり話したことのないクラスメイトからの提案、断ろうかとその時は頭の片隅で思っていた。でも、その時の僕は何を思ったのか 無意識に小さく首を動かしていた。

普段の、クラス会とかに誘われた時の恐怖感はなかった……むしろ、その時の僕は彼に対して親しみの念すら持ち合わせていた。

少し前に噂で聞いた彼らのことが頭をよぎる。そして、夢を追う彼らの応援を少しでもしたくて、僕はチケットの端をちょこんと掴んだ。

それが彼との、バンドマン水嶋奏との出会いだ。



常にクラスの中心にいる彼が他クラスの奴と、飛んで上級生ともバンドを組んでいるのは有名な話だった。

学校内でも有名な秀才の先輩や、はたまた他クラスの物静かな男子生徒と彼が話しているのは少し見慣れなかった。


あのチケット貰ってから約束の日までの間、にそういえば1度だけ、彼がガソリンスタンドでバイトしているのを見た事がある。声を張り上げて一生懸命に働く彼の背中に目が離せなかったからよく覚えている。

僕に話しかけてきた時の照れ臭そうな表情とは違う、その顔つきに その時は思わず立ち止まった。きらりと輝く笑顔をお客に向けて爽やかに対応する、それは同じ高校生とは思えないくらい大人びていていた。普段のおちゃらけた彼とは全くの別人に、思わず見入ってしまう程に。


どれくらいそこにいただろうか、しばらくしてから きまりが悪い表情の彼と目が合った。


「…こっち来いよ。」


視線を斜め下に逸らし、僕を手招きする彼は悪戯が見つかった子どものようで何だか少し可笑しくて、目を見開いて笑ってしまった。

細長の眉が僅かに眉間へ皺を作る。

咄嗟に笑った事を謝っても彼の眉間の皺は消えなかった。

その後彼はそのまま怪訝な顔で僕を見て、手を引いて建物の裏に連れて行った。

お互い無言のまま少しの間に立ち尽くす。何を話せばいいのやら、話し慣れないクラスメイトとの会話はとても不穏な空気を纏っているような気がした。


「あぁ〜っ……何も聞かねぇのかよ。」


急に彼が唸り声を上げて頭をかきむしる、そして僕をじっと見つめた。彼の 固い芯のある焦げ茶の瞳がじっと心を捉える。射抜くような真っ直ぐな視線が僕の心をむき出しにしていくような、そんな気恥ずかしさが体を巡った。固い視線は何を聞いて欲しいのか、考えたけれど答えは一向に出なかった。

風に煽られた髪が頬を撫でる感覚で、やっと乱れた思考が正常に動き出す。


「どうして、バイトなんか、してるの。」


学校の規則でバイトは禁じられている、だが破っていたとしても、ここなら見つかる確率は10%にも満たないだろう。でも彼が聞いて欲しいのはきっとこの事じゃない。

けれど、彼が縋るような色を目に含んでいたから、誰かに聞いて欲しそうに見えたから、決意のつもりでゆっくりと瞬きをした。

僕のたどたどしいその言葉を聞いて、彼の唇の端が僅かに引き上げられるのと、僕の肩が押されて近くの段差に座らされたのはほぼ同時の出来事だった。


「おっし、じゃあまずは半年前の話からしよう。」


建物の壁にぶつかった後頭部をさすりながら頭を上げた時、彼の頭上に弾むような音符が見えた気がした。

それから彼のバイトが終わるのを待って帰り道に色々なことを話した。

彼の音楽を聴いて、彼という人柄に触れて、僕は衝撃の出会いをしたのだと確信した。出会うはずのない、住む世界すら違うと思っていたら彼に出会ったことで、色鮮やかに 歯車は回りだした。


彼、水嶋 奏という1人のバンドマンは僕に新たな世界を教えてくれる、その為に神が僕に近づけた人間ではないかと後になって真剣に思うほどの強い何かを彼から感じた。

そしてその日から 僕はクラスでも少しずつ水嶋くんと話すようになった。

耳に優しく溶けてゆく水嶋くんの話し声が心地よくて、学校に行くのが、彼に会うのが楽しみになった。急激に深まる仲に不快感なんて少しも感じなかった。

水嶋くんのバイトは週に3回、授業数の少ない月水金に21時まで入れているらしかった。バイト先は厳しいが その分賃金は相応にあり、人間関係は良好、充実した日々を送っているようだ。


甘い物が好きで、人と話すことがすきで。

帰りを共にするなかで水嶋くんはそういったいろんな事を僕に教えてくれた。

それから彼はしきりにこうも話していた。

バンドでライブをする為に俺はバイトしているんだって。

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