ヨクアサ
ささやかな朝の日差しが薄い色のカーテン越しに顔にかかり、ぼくはそのあたたかさで目を覚ました。
ぼくの腕に柔らかく絡んだ真っ白なシーツを見て、ぼくはくすみひとつないのにも関わらず、どこかそれが白い色なのだと理解するのに少し時間がかかった。
その不思議な違和感を胸の内に感じながら、絡みついた布をゆっくりとほどく。するり、とその布からぼくの指が抜け出たとき、ぼくはどことなく物悲しい気持ちになった。
となりのベッドからは、寝息は聞こえなかった。
ぼくはあえてそちらを見ずとも、あいつがそこにはもういないことが分かっていた。
色あせたようにしか見えない、この白いシーツの不思議は、きっとあいつの白さになれてしまったぼくの目の錯覚でしかなくて。
夕べ、ぼくのした返答は、あやふやで曖昧。答えたとも言えないのに違いない。
あいつはこの先、ぼくとどうなりたいのだろう。
ぼくはあいつに、どこまで付き合えるのだろう。
ぼくには、分からない。
あいつは人ではない。人だった、人の形をした、人の心をもつなにか。ぼくはあいつを、人のように思っている。一人前の、女の子だと思っている。
でも、それは間違っているのかもしれない。
ぼくの自己満足でしかなくて、ぼく自身はあいつとどうなって行くのかヴィジョンがあるわけでもなくて。
だから、あいつは、ぼくが寝静まるのを待ってから、何処かへ帰ってしまったのかもしれなかった。そばにいたいのに、いたたまれなくて。
それは一体、どれほど切ないことなのだろう・・・。
考えたこともなかった、あいつの胸の内に思いを馳せるが、ぼくはすぐに闇の中に沈み込んでしまって推し量ることもできなかった。
あいつの中に広がる、広陵とした砂漠の、その夜の深さを、ぼくはまだ、知らないのだ。
知らなくていいのかも知れない。
でも知りたくないと言ったらそれは、きっと嘘になる。
ぼくは下唇をそっと舌で舐める。
関わってしまったから。
ぼくたちはもう、無関係ではないから。なんでも抱え込むなよ。
ぼくにも言えばいいんだ。
ぼくを巻き込んだんだろう。
ぼくに遠慮するなよ。
だってぼくは。
ぼくは・・・。
ぼくの舌にすっと広がってゆく、わずかな甘みを、ぼくはじっくりと味わうように瞳を閉じてその言葉を飲み込む。自分でも気づく前に。自分には分からないように。
大切に大切に、胸の中にしまいこんで、蓋を閉じて、ぼくは飾り紐でそれを縛ってしまった。
分からない、ように。
思い出さない、ように。
だって、この気持ちは、ぼくをぼくでなくしてしまうかも知れない。ぼくではない何かに、なってしまうことを暗示させる、怪しくて心地の良い、お腹の底の方から込み上げてくる熱。
ぼくは真っ白なはずのシーツをそっと手繰り寄せ、鼻元に持ってくると、おそるおそる、その香りを嗅いだ。
ぼくのにおいと、この部屋に染み付いたタバコの匂いがするばかりで、それは決して、ぼくの思ったような香りではなかった。
でも・・・。
不思議にも込み上げてくる涙が頬を伝うのも構わず、ぼくはその香りを、もう一度弱々しく、嗅いだ。
続く