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「…………ぎょ………と……………す……………」
声が聞こえる。
遠くで、微かに。
サキは何も無い、真っ暗な世界を漂っていた。
上も下も右も左も、何も無い世界。
ここには、私しか居ない。
私以外の誰も……。
まるで、液体の中に身体が溶けてしまったような感覚だった。
すると、遠くに一筋の光が生まれた。
段々と大きく広がっていく。
サキはそこに吸い込まれるように……近付いていく。
どこにいくの?
ここはどこ?
他の人達は?
……私は……誰?
サキは、心の中で、問いかけた。
しかし、答えてくれる人はどこにも居ない。
サキの身体は、光に吸い込まれるように、消えていった。
サキは目を覚ました。
何度か瞬きをすると、焦点が定まってくる。
サキは、見馴れない天井を見上げていた。
立ち上がり、辺りを見回した。
そこは、どこかの廊下だった。
廊下には部屋が並んでいた。
『3-3』
『3-2』
『3-1』
等と、プレートが部屋の壁に取り付けられている。
学校?
でも、何で?
今までの事を思い出そうと必死に考える、しかし、自分の名前以外、何も思い出せない。
私の名前はサキ。
私は女だから、多分下の名前。
覚えているのはそれだけだった。
窓から外を見た。
異常に大きな満月が出ている。
綺麗……ではなく、不気味だった。
電気はつけられていない。
月の明かりだけが頼りだった。
ふと、後ろを振り向いた。
誰かに見られているような気がした。
だか、そこには何も居なかった。
……分からない。
何もかも分からなかった。
何故、学校なのか。
何故、他の人達は居ないのか。
誰の仕業なのか。
一つ一つ考えるも、答えは一向に見えてこない。
窓が閉めきられている廊下に吹く筈の無い風が吹いた。
生暖かい、不快な風が、サキの身体を舐める様にまとわりついて、溶けていく様に通り過ぎた。
鳥肌が全身に浮かび上がる。
ここから出ないと。
サキの身体の神経がそう伝えた。
窓から外を見るからには、ここは最上階の三階だった。
一階に下りて、出口を探そう。
サキは廊下を歩いていった。
彼は見ていた。彼女を。
廊下の向こう側から。
しかし、彼女は何も気付いてない。
彼の存在も、ここが何かも、自分が誰かも。
何もかも。
彼は硬く閉じた口を不気味に吊り上げ、笑った。
全ては、この時から既に、決まっているとは、彼以外誰も知らなかった。
「くそっ……何だよ……」
サトシは、ぼそりと呟いた。
「そんな、苛々しないでよ」
横に立っているサヤカが言う。
二人は同じ教室で目を覚ました。
しかし、やはり二人は名前以外何も覚えていない。
二人は教室から一歩も動いて居なかった。
話し合った、と言うか、サトシが一方的にそう決めたのだ。
「ここに留まって助けを待っている方が安全だ」と。
そう言ったのだ。
しかし、彼も気付いている筈だった。
吹く筈の無い風と、奇妙な視線に。
敢えて言わないのだろうか?
それとも、本当に気付いていないのだろうか?
教室に、また風が吹いた。
タイキはのそりと身体を起こした。
……ここは、どこだ?
額に、汗をベットリとかいていた。
息が荒い。
廊下?
起き上がり辺りを見る。
学校の様だった。
歩き出そうとした時、何かに躓いた。
見ると、そこには男が横たわっている。
「ひっ……!」
思わず声が出た。
一歩二歩と後ずさる。
よく見ると、息をしていた。
「あの……」
近寄って、しゃがみこみ声をかける。
白くなり始めた髪の毛、恐らく四十代半ばだろう。
「大丈夫ですか?」
今度は肩をさする。
「………んんん………」
その時、男はそう唸った。
男が薄く目を開けてのそりと上半身を起こした。
「あの……えっと……」
タイキはおろおろと辺りを見回す。
男はタイキの顔を見ると少し驚いたような顔をした。
「あの、僕の名前は……」
タイキがそこまで言いかけたとき、男が言葉を遮った。
「あんた、誰だ!ここはどこだ!」
酷く混乱した様子で男が言う。
「それは……僕にも……」
「貴様、俺をはめようとしてるんだな!そうだろ!」
またしてもタイキは言葉を遮られる。
「落ち着いてください」
「落ち着いてられるか!俺は行くぞ!」
男は叫びながらフラフラと立ち上がりおぼつかない足取りで、廊下を進み始めた。
「どこに行くんですか?」
タイキが男の背中に問いかける。
「貴様の知ったことか!」
男はそう言ってどかどかと歩いていった。
マサトシは男の言うことを無視して、歩いていた。
「どこに行くんですか?」
背後で聞こえる男の問いを無視して廊下を進んでいく。
……くそっ……何なんだこれは……俺ははめられているのか?くそ………。
その時、凄まじい頭痛がマサトシを襲った。
「うっ……」
マサトシはその場にしゃがみこんだ。
「ちょっと!大丈夫ですか!?」
男が近付いてくる。
「あの……僕の名前はタイキです……」
男が自分の名前を名乗った。
「うるさい!!貴様の名前などどうでもいい!!」
異常に苛々としているマサトシはタイキを押し退け、廊下を歩いていった。
彼は見ていた。
五人の行動を。
監視していた。
月明かりの逆光を浴びて、薄気味悪く微笑みながら、彼は佇んでいた。
改名しました。
会原 夏太→会原 夏武




