よーいどん
あらすじに注意書きを書きましてすみません。
冗長になりますが、もう一度、
作品内で作家が「なんとなく続けてきた」という主旨の言葉を吐きますが、決して「作家」という職業を軽視している訳ではありませんご了承ください。また、あるジャンルに対して難色を示しますが、否定や非難を目的としている訳ではなく、単に作家自身の好き嫌いによるものとお考えください。
以降は上記に関する苦情はお受けしませんのでご了承ください。
他になにかありましたらコメント等よろしくお願いします。
『響子、君の全てを愛してる。君の強さも君の弱さも、全部、僕が受け入れよう』
『ぁ、あ、……正孝、さん』
自然と近づく二人の距離。もう、二人を邪魔するものなど何もないのだ。
正孝はそっと響子の髪に手を沿えるとゆっくりと掻き上げた。
引き寄せられる磁石のように、響子は幸せを感じながら目を……、目を………………
ヤメヤメ。
なぁ、本当ならオレに真っ当な恋愛ものなんて書ける訳がねぇんだよ。
よくもまぁ、ここまで書き続けたな。こんなの続けてもう三年か。
この連載も三回まできちまったし、大幅なプロットの書き換えは出来まい。つーか、したくねぇ。
俺はサイレントにしてあった携帯を開き、大量の不在着信を無視して受信履歴の一番上にあるそれに電話をかけた。
呼び出し音の間、古い事務椅子に両足を乗せて回ってみた。楽しくなってしばらくやっていると気持ち悪くなって足を下ろした。
……早く出ろよ。
『――――っもしもし?? 安達原さん? どうしたんですか? 原稿上がりました?』
「サキちゃん、話変えたいんだけど、いい?」
『え!? ねぇ、安達原さん。締め切り昨日だったんですよ? 分かってます!?』
「怒鳴んないでよ。書けないんだよ」
『………っ!! とにかくそっち行きますから、それまでになんとか続き書いてくださいね!』
勢いよく切られて、耳元で虚しく通話の終了を告げる電子音が鳴り響いた。あぁ、あの、ツー、ツーって奴。
カッコよく言ってみたところで所詮オレは、続きが書けなくて担当に泣きついたただのしがない物書きなのだ。
15分後、鼻息荒くサキちゃんがオレの前に仁王立ちしていた。ちなみにオレは正座だよ☆
あぁ、もう、なんでもありね。今の文学界。
「安達原さん、聞いてます? 先生に原稿落とされると僕のクビも危うくなるんですけど!」
そうそう、オレがサキちゃんなんて呼ぶから間違える人もいるかもしれないけど、サキちゃんはれっきとした男だ。
学生時代にバスケをしていたそうで、背も高い。さぞモテたのだろうな、と今の今まで彼女のいないオレはひがんでみせる。
別に必要だなんて思っちゃいない。ただのリップサービスだ。
「大丈夫。そんなことでサキちゃんがクビになることはないよ。むしろオレの方が袖にされそう」
「とにかく書いてください。手ぇ動かさなきゃ終わりません」
「やだ」
「駄々こねないでください」
「やっぱムリだよ。オレに純愛は無理」
「なに言ってんですか。今まで書いてきたじゃないですか。今回の連載もプロットは完璧だったし……」
「プロット通りの話の何が面白いというのだね!?」
「はいはい、分かりましたから。今日は原稿もらうまで帰りませんからね」
ちぃっ、ノリの悪い男め。
もそもそと机の前に座るが、響子が目を閉じてから話が進まない。
ていうか、読者任せの結末でもよくない? 結末はあなたの心の中に。みたいな。
「却下です。三ページじゃ短編にもなりません」
「ショートショートというものがあるだろうが」
「あれはあれで完結しているから成り立つんです。毎月10ページずつの連載が急に三ページになったら読者もついてきません。ていうか、なんで勝手に終わらそうとしてるんですか」
「だってこのテンションで正孝と響子の幸せラブラブ新婚生活なんて書きたくないよ」
「山あり谷ありでいいじゃないですか」
「経験ないもの」
「経験したら書けるんですか?」
「これで君とオレとのラブストーリーが始まれば一部の女子に人気が出るね」
「………からかわないでください」
一応オレに断ってサキちゃんは煙草に火を付けた。
きれいな指。見てる分にはサキちゃんはとんでもなく美形だ。
別に惚れてる訳じゃないよ。……ホントだよ。
さぁて、どうしようかね。
このまま、だらだらと響子に寄りかからせてもいいんだけど(というか、当初はその予定だった)、オレの手が動かないんじゃどうしようもない。
ここはそうか。響子にはキャリアウーマンになってもらって、正孝には献身的に響子に尽くす主夫になってもらおう。
……いや。いや、駄目だ。響子は『か弱い女性』でなくてはならない。外見は強くても良い。しかし、その強さに内包された『か弱さ』がなくてはだめなのだ。
そうでなくてはオレの話は成り立たないのだ。
結局、吐きそうになりながら、響子と正孝の結婚までの話を書いた。もう、2日っくらいご飯いらない。
「三回分ですか? 無理しなくて良かったんですよ?」
「ムリ。止まったらもう書けない。それで終わりのつもりだけど、今回の分以外はいくらでも手直しするから、今日はもう帰って」
手酷く追い立てて、ドアを閉めてうずくまる。胸焼けで吐きそう。
うー、多分トイレいってもえずくだけだから、やめやめ。気分が良くなるまで玄関に座り込んでた。けど、尻が冷たくて我慢できなかった。
錆びたブリキ人形みたいにぎこちない動きで居間に行って寝転がる。
静寂。風。外の音が遠くに聞こえて、まるで、世界に一人ぼっちみたいだ。
って、詩的なこととか似合わねぇ。
きゃあきゃあとどこからかガキの声。近くの公園からか、学校帰りのガキどもか。
淀んだ空気を吸い込んで二酸化炭素を吐き出す。何回か繰り返して空気が動かねぇか実験して、くだらなくなってやめた。意味もないし。
世間一般にいうオレの評価は「自立した女性の強さと脆さを見事に表現した文章で主に20代後半の女性の共感を得ている」らしい。
しかし、評論家に言わせれば「彼の文章はきれいにまとまっているがそれだけだ。登場人物に感情移入がしづらい」らしい。
作者でさえ、感情移入はできないのだ。それは至極当然の評価と言えた。
共感は出来るが、感情移入はできない。つまり、女性同士の会話のようなものなのだろう。
彼女たちは、あー、分かる分かる、と、登場人物と会話をしているのだ。
ともかく、オレの書く話はそれなりの評価を得ているらしい。
小説は順調に売上を伸ばし、コンスタンスに仕事が入ってくる。
予想もしなかった評価にオレだけが置いてきぼりを食らってしまった。
求められるものと書けるものの差は広がるばかりだ。
もう、ストックはない。
このままやめてしまおうか。ネガティブな考えが頭をよぎる。一人で暮らすぐらいだったらなんとかなるだろう。
「安達原さん、原稿通りましたよー。って、暗っ! 安達原さん、留守ですか?」
ドアを開けて、居間の電気を付けたサキちゃんはびっくりした顔でこっちをみた。床に寝転んだまま挨拶。行儀悪くてごめんね。
「もう帰ってって言ったじゃん」
「戻ってくるなとは言われてません。……何してるんですか」
「さぁ、なんだろ。今、何時?」
「8時半ですよ」
ふむ。であれば、4時間くらいぼぉっとしてたということか。
「寝るなら布団にしてくださいね」
「寝てないよ。起きてたよ」
のそりと身体を起こすと節々が痛い。サキちゃんが持ってきたビニール袋からこぼれるつまみとアルコールにもう一回吐き気。
「飲むの?」
「え? あ、と、原稿上がりましたし、お祝いにと思って」
「いらない。今日はもう寝る。勝手にやって」
「具合、悪いんですか?」
「分かんない。でも、吐きそう」
「っ! 具合悪いんじゃないですか! 洗面器持ってきますか?」
「いい。いらない。必要ない」
のそのそ床を這って煎餅布団にくるまった。
蓑虫。
くふくふと笑っていれば、サキちゃんから不審な目を向けられた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。問題ない」
「軽口言えるようなら大丈夫ですね」
勝手知ったる他人の家。サキちゃんは本当にオレに構わず晩酌を始めだした。
「呼び出されたりしないの?」
「ノンアルコールなんで大丈夫です」
「はぁ? あんなんで良く我慢できるな。あんなのただの苦い炭酸じゃねぇか」
「雰囲気を味わえればそれでいいんです」
「安上がりな男だな」
勝手に付けられたテレビはボリュームをギリギリにまで下げられ、微かな音はオレの眠りを妨げないためだろうか。
「早く上がった日ぐらいカノジョんとこ行けばいいのに」
「いませんよ」
「嘘だぁ。サキちゃん、モテるだろ?」
「不規則な業界ですからねぇ」
昼間の剣幕が嘘のように、オレたちはぼそぼそと会話を交わした。オレにBLを書く技術があればそれこそこれで一本書けたかもしれない。だけど残念なことにオレにそんな趣味はないし、もう無理はしたくなかった。
「安達原さん、寝ちゃっても大丈夫ですよ」
「知ってる」
重たくなった瞼を上下運動させている内にだんだんと間隔が開いていく。
あぁ、寝る。
そんなことを思いながら、オレは息を吐いた。
******
翌朝、眠りが浅くなったオレは寝返りができない息苦しさに目を覚ました。
がっちりホールドされた身体は腕を動かすこともできず、前に回ったたくましい腕も、背中にあたる体温も、腰の辺りにあたる不穏な塊も。寝ぼけた頭はパニック寸前だ。
なんとか首を回して振り返れば、案の定昨日部屋に招いた男で、それがもぞりと動いた瞬間に押し付けられたアレに背筋が凍った。
「サキっ! 崎下っ! お前、なんのつもりだ!」
めちゃくちゃに暴れるとどうにか腕の力が弱まって、オレは慌てて布団から這い出してサキから距離をとった。
「え……、安達原さん? なんで怒ってるんですか」
「怒りたくもなるわ、バカ。なんのつもりだよ。オレに男と同衾する趣味はねぇ。……てか、お前、そっちだったのか」
「安達原さん朝からよくしゃべりますねぇ」
「質問に答えろよ」
寝ぼけているのだろう。いつもより間の抜けた顔でオレを見るサキの頬をひっぱたきたい。
眠そうに目をこすりながら、サキはようやく口を開いた。
「……すみません。寝るつもりはなかったんですけど、安達原さんに言いたいことがあったので朝まで、待とうと思ったんです。隣のその板の所に寝転んだんですけどいつの間にか寝ちゃってたんですねぇ……。安達原さん、うちにある抱き枕とおんなじ大きさだったんで思わず抱きしめてたんじゃないかと思います」
「抱きしめるとか言うな。キモい。お前、ソレの言い訳はあるか?」
なんとなく、朝から口にするのははばかられてサキの下腹部を指差すと、サキは事もあろうかなんともない顔でこうのたまった。
「生理現象でしょ?」
「………………っ!!」
なんだこれは。オレがただのイタい奴みたいじゃないか。
期待してたのかと思われても仕方ない。断じてそうじゃないのにも関わらずだ! どうしてくれる崎下!
「安達原さん、ごめんなさい。いろいろと誤解を与えるような真似をして」
「いい、謝るな。オレが余計惨めになる」
沈黙。
ほっとしたら気が抜けた。
サキちゃんも目が覚めたのか、シワにならないようによけていたスーツに手を伸ばしていた。ついさっきまでサキちゃんはワイシャツにパンツ一丁だったのだ。
みるみるうちに担当の顔を取り戻していくサキちゃんに対し、オレは己の醜態を省みて気が滅入っていった。
まるで生娘のような。もうそんな年でも、まして、女でもないのに。
もう気心も知れた後輩のような、友人のようなサキちゃん相手なのに、よくもまぁあれだけ取り乱したものだ。
本当は……、本当は、もしかして? なんて、考えすぎだろ。
寝る前にBLがどうのと考えてたのがいけなかったのか。
「安達原さん。一つ、あなたの担当として言っておきたいことがあります」
オレの前に正座をして真剣な顔でそういうサキちゃんはもう、すっかり担当の顔だ。
「……なに?」
「安達原さんは、何を書きたいんですか?」
「………は?」
「昨日、恋愛はもう書けないと言っていましたよね。本当は何を書きたいんですか? それが分かれば楽になると思います。やめないでください。俺は、あなたの書く文章が好きなんです」
やめたい、という気持ちがにじみ出ていたのだろうか。
何を書きたいか、作家になってしまったオレにはすごく今更の質問のような気がした。
「売れるとか売れないとか関係なしに、あなたが心底書きたいと思った作品を見てみたいと思いました。担当が生意気な口をきいてすみません。あなたの一ファンとしての戯れ言と聞き流してください。でも、できればいつか、そんな話を読みたいと思っています」
言い切ったサキちゃんはそのまま立ち上がり、また来ますと言い残して部屋を出て行った。
言い逃げですか。
それとも、オレに考える時間を強制的に作らせるためか。
オレの本当に書きたい作品。
もごもごと呟いた声は口内の空気すら震わせることもせずに、それは嫌なしこりとなって胸のど真ん中に居着いた。