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夢の中

午前三時四十二分

作者: 夢路
掲載日:2026/04/02

少しでも、夢のような不穏さが残れば嬉しいです。


ふと、目が覚めた。


何か物音がした気がしたけれど、確信はなかった。

ただ、意識だけが急に浮かび上がってきたような、不自然な目覚めだった。


枕元に置いたスマホの画面がぼんやりと光っている。


時刻は、3:42。


……中途半端な時間だな。


部屋の中は暗く、カーテンの隙間から差し込む街灯の明かりだけが、家具の輪郭をうっすら浮かび上がらせている。


寝る前に閉めたはずのベランダ側のカーテンが、少しだけ揺れていた。


……窓、開けたままだったっけ。


実家にいた頃は、窓を開けたまま寝ることもあった。

でも一人暮らしを始める時、戸締まりだけはちゃんとしろと、親に何度も言われたのを思い出す。


ベッドから窓まではそこまで距離がある訳じゃない。

でも、今動くと微かな眠気はどこかへ消えてしまうだろう。


明日、起きてから確認しよう。


そんなことを考えていると冷たい空気が入り込んでいる気がして、私は布団を首元まで引き上げた。


起きるには早いし、このまま寝直せばまだ眠れる。


そうして私は、もう一度壁の方へ寝返りを打つ。

目を閉じる、その直前だった。


視界の端に、何か黒いものが立っている気がした。


思わず目を開く。


ベランダへ続く窓の前に、それはいた。


最初は何かの影かと思った。


けれど、違う。


輪郭は曖昧だ。煙のようにも、濃い影の塊のようにも見える。ただ一つだけ、足の形だけがやけにはっきりしていた。


あれ、人の足だ。


けれど膝から上はもやけていて、頭があるのか、腕があるのかも分からない。ただ、黒い何かがそこに立っている。それだけが、不気味なほど鮮明だった。


よく見えなくて目を凝らした次の瞬間、

それは走り出した。


ベランダの前から、玄関へ向かって。


一直線に、迷いなく。


音はしなかった。

足音も、床が鳴る気配もない。けれど確かに、走っている。


黒い足だけが、生々しく動いていた。


それは玄関の前まで行くと、そのまま扉をすり抜けて消えた。


そこでようやく、止めていた息を吐く。


なに、あれ……。

喉がひどく乾いている。


これはきっと夢だ。

変な時間に起きたせいで、脳が半分眠ったままなんだ。そう自分に言い聞かせて、私はもう一度目を閉じようとした。


その時。


また、視界の端に黒いものが映った。

反射的にベランダの方を見る。


───また、いた。


さっきと同じ場所に、同じように立っている。


心臓が大きく跳ねた。


それは何事もなかったみたいに、また走り出した。


ベランダの前から、玄関へ。

そして、扉をすり抜けて消える。


少しの間を置いて、またベランダの前に立つ。


走る。


消える。


立つ。


走る。


消える。


それが、何度も繰り返された。


数えていなかった。数えたくもなかった。


最初のうちは、ただ怖かっただけだ。


けれど同じ光景を何度も見せられているうちに、恐怖とは別の感覚が混ざってくる。


吐き気に似た不快感。


目の前で明らかにおかしいものが、おかしい動きを延々と続けている。それを止めることも、逃げることもできない。


見ないふりすら、できなかった。


何度目かのループで、違和感に気づいた。


少しずつ、近づいてきてる。


最初はベランダの窓のすぐ前に立っていたはずなのに、今はそこからほんの少しだけ部屋の内側に寄っている。


たった数歩分。


それだけなのに、背中に冷たい汗が流れた。


また現れた時、それはさらに近くにいた。


ベランダとベッドの中間あたり。


黒いもやのような輪郭の中で、足だけが異様にはっきりしている。濡れているみたいに、街灯の光を鈍く吸っていた。


また走る。


玄関へ向かう。


消える。


次はもっと近い。


また走る。


消える。


次は、ベッドまであと二、三歩の距離だった。


声が出そうになる。

けれど喉がひどく張りついて、空気がひゅっと漏れただけだった。


それは、部屋の真ん中辺りで一度止まった。

今まで一度もなかったことだった。


私は目を逸らせなかった。


黒いもやの中から、何かがこちらを向いた気がした。

顔なんて見えないはずなのに、見られているのが分かった。


ぞっとするほど、はっきりと。


見ていたのがバレた気がした。


私は服を握りしめ、息を潜める。


数秒だったのかもしれない。

けれど、永遠みたいに長かった。


やがてそれは、また走り出した。


玄関へ向かって。


扉をすり抜けて消える。


私はそのまま固まることしかできなかった。


もう二度と現れないでほしいと願いながら、それでも次の瞬間には、またベランダの前を見てしまう。



……いた。


また、いた。


ベランダの前。


今度はゆっくりとベッドへ向かって歩いてきた。


さっきまで玄関に向かっていたのに。


ベッドのすぐ脇に、それは立ち止まる。

黒い足が、私の顔のすぐそばにあった。


布団の上に影が落ちる。


息が止まった。


走らない。


玄関へ行かない。


ただ、そこに立っている。


……のぞき込まれている。


私はゆっくりと、視線を上げた。


見たくなかった。

けれど、見てしまった。


足から上は、やはり黒いもやのままだ。

けれど、その中にぼんやりと人の形があるのが分かる。


肩のようなもの。


首のようなもの。


そして顔があるはずの位置だけが、

不自然なくらい真っ黒に沈んでいた。


その暗闇の奥で、何かが動いた気がした瞬間。


ぱち、と目が覚めた。


朝だった。


アラームがけたたましく鳴っている。

私はしばらく、それがなんの音かも分からないまま息をしていた。

カーテンの隙間から白い光が差し込んでいて、部屋の中は夜の気配をすっかり失っている。


息が荒い。胸が上下して、喉が痛い。


……嫌な夢を見た。

ただそれだけだ。


そう思いながらアラームを止めるために、

私は枕元に手を伸ばした。


スマホの画面をつける。

時刻を確認しようとして、指が止まった。


画面に表示されていたのは、



3:42



通知は動いている。画面も普通につく。

なのに時計だけが、その時間で止まっている。


喉の奥がひゅっと狭くなる。

私はゆっくりと顔を上げて、部屋の中を見た。


あれが立っていたベランダの窓の前。


……ありえない。


床の上には、黒く濡れたような跡が、玄関へ向かって一直線に続いていた。


その先は、扉の下のわずかな隙間に吸い込まれるみたいに消えていた。



お読みいただき、ありがとうございました。

またどこかの夢の中で。

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