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暗殺一家の落ちこぼれ、あなたの首を頂戴します!

作者: さこ丸
掲載日:2026/02/06


 私の世界は、いつだって赤く点滅している。


 父の背中を見れば、肩甲骨の内側が真っ赤に光っている。

 母の首筋を見れば、頚椎の三番あたりが強烈に明滅している。

 執事のセバスチャンに至っては、腰全体がマグマのようにドス黒い赤色を放っている。


 それは「死点」ではない。

 暗殺者が狙うべき急所でもない。


 それは――「り」だ。


 私、メルディ・シャドウは、大陸一の暗殺一家「シャドウ家」の長女として生まれた。

 我が家は代々、闇に紛れて要人を始末することを生業としている。当然、私も物心ついた頃から、あらゆる殺人術を叩き込まれた。


 気配遮断スキルはSランク。

 体術、毒の知識、鍵開け、すべてが一流。

 しかし、私には致命的な欠陥があった。


 ――凝りを見ると、揉みほぐさずにはいられないのだ。


「そこぉぉぉ! 父様、そこ菱形筋りょうけいきんがガチガチです! 指が入らない!」

「やめろメルディ! 訓練中に背中を指圧するな! ……あぐっ、そこは効く……!」

「母様も! 屋根裏に潜みすぎでストレートネックになってます! 顎を引いて!」

「バカ娘! 標的の背後に回って、なぜ肩を揉む!? 首を掻き切れと言っただろう!」


 標的の背後に忍び寄るまでは完璧なのだ。

 だが、ナイフを突き立てようとすると、相手の首筋にある「真っ赤な凝り」が私に訴えかけてくる。

 『助けて……ここを押して……血流を流して……』と。


 その誘惑に勝てず、私はつい、ナイフを捨てて親指を突き立ててしまう。

 結果、標的は「ああ~生き返る~」と骨抜きになり、暗殺は失敗。むしろ感謝されて帰ってくる始末。


 そして、ついに。


「……出て行け」


 一族の会議室で、父がこめかみをピキピキさせながら宣告した。

 ちなみに父のこめかみには、眼精疲労を示す鮮やかな赤色が輝いている。押したい。


「我が一族の面汚しめ。貴様のような『癒やし手』は、暗殺稼業には不要だ。二度と敷居を跨ぐな」

「父様……」

「勘違いするな。これは情けだ。……貴様がいると、わしらが調子狂うのだ(主に体が軽くなって仕事への殺意が消えるから)」


 こうして私は、着の身着のまま実家を放り出された。

 持っているのは、愛用の暗殺道具一式(今はツボ押し棒として使用)と、わずかな路銀だけ。


「はぁ……。どうしよう」


 私は森の中をとぼとぼと歩いた。

 暗殺しか教わっていない私に、何ができるというのだろう。


 とりあえず、西へ向かおう。西には、我が国と敵対している軍事大国「ガルディア」がある。

 あそこなら、実家の追手もかかりにくいだろうし。

 ……あわよくば、疲れ切った兵士さんの肩でも揉んで、日銭を稼げないかなぁ。



 数日後。


 私はガルディア王国の王都にたどり着いた。

 しかし、トラブル発生。路銀が尽きた。お腹が空いた。


「うう……ひもじい……」


 フラフラと歩いていると、目の前に巨大な城壁が現れた。ガルディア王城だ。

 冷徹無比と噂される「氷の王」、クラウス陛下が住まう城。

 普通なら近寄るのも恐ろしい場所だが、極限の空腹状態にあった私の思考はショートしていた。


(お城なら……厨房に美味しいものがあるはず……)


 私は無意識に【気配遮断EX】を発動させた。

 城門の警備兵の死角をすり抜け、高い城壁を忍者のように駆け上がる。

 監視魔法の結界も、【鍵開け(物理)】の応用で魔力の結び目を「コリッ」と解して無効化した。


 城内への侵入成功。

 誰にも気づかれない。さすが私、暗殺者のサラブレッド。

 いい匂いがする方へと進んでいく。


 しかし、あまりに城が広すぎて迷子になった。

 厨房を探していたはずなのに、気づけば私は、城の最上階にある豪華な扉の前に立っていた。


「ここ……食材保管庫かな?」


 私は音もなく扉を開け、中へと滑り込んだ。

 そこは、広い部屋だった。

 月明かりが差し込む窓辺に、天蓋付きの巨大なベッドがある。

 そのベッドには一人の男が腰掛けていた。

 銀色の髪に、凍てつくような青い瞳。

 整った顔立ちだが、その表情は鬼のように険しい。

 ガルディア国王、クラウス陛下だ。

 彼は眠れぬ夜を過ごしているのか、書類の束を片手に、眉間に深い皺を寄せていた。


 ……そして。

 私の目は釘付けになった。


 (な、なにこれぇぇぇぇぇ!!??)


 王様の首から肩、背中にかけて。

 そこには、今まで見たこともないような、ドス黒く、禍々しく、もはや発光を通り越してブラックホールのように渦巻く超ド級の凝りが存在していたのだ!

 ビクンッ! と私の右手が反応した。


 あれは……岩? 鉄板? いや、ダイヤモンド級の硬度を持つ筋肉の鎧!


 慢性的な寝不足、過労、ストレス、そして常に気を張っている姿勢が生み出した、凝りの王様キング・オブ・スティッフネス


(ほ、ほぐしたい……!!)


 空腹なんて吹き飛んだ。

 暗殺者(整体師)としての本能が警鐘を鳴らす。あれを放置してはいけない。あれは人体の危機だ。今すぐ血流を流さなければ、彼は死ぬ(過労で)!


 私がツボ押し棒(暗殺用の針)を構え、無意識に一歩踏み出した、その時。


「――誰だ」


 氷点下の声が響いた。

 クラウス王が顔を上げ、私を射抜くように睨んでいた。

 さすが一国の王。私の気配遮断に気づくとは。

 王は素早く枕元の剣を抜き、私に向けた。


「その身なり、そして音もなく忍び寄る手腕……。隣国の暗殺者か」

「あ……えっと……」

「答えろ。貴様の狙いは、私の首か?」


 王様の剣先が私の喉元に向けられる。

 しかし、私の目は王様の首筋――胸鎖乳突筋のガチガチに固まった一点――にロックオンされていた。

 私はゴクリと唾を飲み込み、震える声で、しかしはっきりと宣言した。


「……はい。あなたのその首(の凝り)を、いただきに参りました」



 その言葉を聞いた瞬間、クラウス王の瞳に殺気が宿った。

「ほう……。よくぞ言った。冷酷と言われる私の寝所に忍び込み、首を獲ると宣言するとは。その度胸だけは褒めてやろう」


 王が剣を構え直す。

 すごいプレッシャーだ。でも、私には見える。彼の剣を持つ右肩が、バキバキに凝っているせいで可動域が狭まっているのが!


「だが、ここが貴様の墓場だ――!」


 王が踏み込み、剣を振り下ろす。

 速い。でも、筋肉の収縮が見える私には、軌道が読める。

 ヒュンッ。

 私は最小限の動きで剣を避け、王の懐に潜り込んだ。


「なっ……消えた!?」


 王が見失うのも無理はない。私は【縮地】を使ったのだから。

 私は王の背後に回り込み、叫んだ。


「覚悟してください! かなり……痛いですよ!」


 私は両手の親指に、全身全霊のチャクラを込めた。

 狙うは僧帽筋上部、天柱てんちゅう、そして風池ふうち


「くらえ! 暗殺奥義・双竜穿孔ダブル・サム・プレス!!」


 ズドォォォォォン!!


「がはぁっっっ!!??」


 王様の口から、聞いたことのない声が出た。

 私の親指が、岩のような筋肉に深々と突き刺さる。


「き、貴様っ……何を……ぐぁぁぁぁ!?」

「暴れないでください! 逃げると余計に痛みますよ!」

「離せ! 貴様、短剣で刺したな!? いや、これは……熱い!? 首が焼けるように熱い!?」

「血流が一気に流れてるんです! ほら、ここも! 肩甲骨の裏側!」


 私は容赦しなかった。

 実家で鍛え上げた指の力は、大木をも穿つ。ましてや、凝り固まった筋肉など、私にとっては粘土細工も同然。


 ゴリッ……ゴリゴリゴリ……


「あがががが! そこは! そこは人体の急所……!」

「いいえ、ツボです! 老廃物が溜まってますねぇぇぇ!」


 王様は剣を取り落とし、ベッドに崩れ落ちた。

 私はその背中に馬乗りになり、さらに追撃の手を緩めない。


「王様、呼吸を止めないで! 吐いてー! 息を吐いてー!」

「こ、殺せ……いっそ殺してくれ……気持ちよすぎておかしくなる……!」

「まだです! ラスボスが残ってます!」


 私は王様の腰に手を当てた。

 そこには、長時間のデスクワークによる腰痛爆弾が埋まっていた。


「ここを破壊します!」

「ひいぃぃぃ! 許してくれ! もう戦争はしない! 税も下げる! だからそこだけは!」


 ブチブチブチッ!!(筋繊維がほぐれる音)


「ほぎゃああああああああああ!!(歓喜)」


 王様の絶叫が、夜の王城に木霊した。

 警備兵たちが「敵襲か!?」と色めき立つ中、王の寝室では、一人の暗殺者が、一国の王を完全に無力化リラックスさせていたのだった。


 翌朝。

 近衛兵たちと宰相が、決死の覚悟で王の寝室に突入した。


「陛下! ご無事ですか! 曲者は……」


 彼らが見たのは、衝撃的な光景だった。


 朝日が差し込むベッドの上。

 普段は万年雪のような冷たい表情を崩さないクラウス王が、だらしなく口を開けて、泥のように爆睡していたのだ。

 その顔色はバラ色で、肌はツヤツヤ。まるで生まれ変わった赤子のよう。


 そして、その枕元には。

 完全燃焼して真っ白になった私が、正座で気絶していた。


「……すー……すー……」

「陛下が……寝ておられる……?」


 宰相が震える声で言った。

 王は重度の不眠症で、薬を使っても2時間と眠れなかったはずなのに。

 その時、王がパチリと目を開けた。

 その瞳は澄み渡り、ギラギラとした活力が漲っている。


「……おはよう、宰相。……あー、よく寝た」


 王様は大きく伸びをした。その動きには、一切の淀みがない。

 バキバキと音を立てていた関節が、油を差した機械のように滑らかに動く。


「へ、陛下? その、お体は……?」

「軽い。羽のようだ。……頭痛がない。腰も痛くない。視界がクリアだ。世界とは、こんなにも鮮やかだったのか」


 王様は自分の手を見つめ、震えた。

 そして、視線を枕元の私に移した。


「……これぞ、神の御業」


 王様は、眠っている私をそっと抱き上げた。

 え、きゃっ、なに!?

 目を覚ました私は、至近距離にある美形にパニックになった。


「あ、あの、王様? 殺さないで……」

「殺す? バカを言うな」


 王様は、とろけるような甘い笑顔(当社比1000倍)を私に向けた。


「お前は私の命の恩人だ。……いや、私の『女神』だ」

「は?」

「昨夜のあの指使い……忘れられん。私のすべてを掌握し、快楽の底に突き落としたあのテクニック……」


 言い方が誤解を招きます、陛下。

 近衛兵たちが顔を赤らめている。


「名は何という」

「メ、メルディです……」

「そうか、メルディ。……お前を、離さん」


 王様は私を強く抱きしめた。


「私の専属になれ。衣食住、すべて保証する。望むものは何でも与えよう。だから……今夜も、頼む」

「えっ」

「あと、腰のあたりをもう少し重点的に」

「あ、はい。そこは坐骨神経が圧迫されてたので、あと3回は施術が必要です」

「3回か。ならば一生そばに居てくれれば、完治するな?」


 こうして。

 暗殺者として城に忍び込んだはずの私は、なぜか「王様専属の整体師(という名の寵姫)」として、城に住まうことになったのだった。



 それからの生活は、まさに夢のようだった。

 美味しいご飯。ふかふかのベッド。

 仕事は、毎日王様や、疲れ切った宰相、騎士団長たちのマッサージをするだけ。


「おお、メルディ殿。今日の施術のおかげで、剣の振りが鋭くなりましたぞ!」

「メルディ様、胃の調子が良くて、公務が捗ります」


 城中の人々が私に感謝し、優しくしてくれる。

 父様には「面汚し」と言われた指が、ここでは「神の手」と崇められている。

 王様に至っては、「メルディ、指が疲れてないか? 私が揉んでやろうか?」と逆にマッサージしようとしてくる始末(下手だけど)。


 しかし、平和な日々は長くは続かなかった。

 私の実家――「シャドウ家」が動き出したのだ。


「……メルディがいるだと?」


 敵国の城に、追放したはずの娘がいる。しかも、王の寝所に毎晩出入りし、王を骨抜きにしているらしい。

 父はそれを聞き、こう解釈した。


「……やりおった」


 父はニヤリと笑った。


「あの落ちこぼれめ。追放された恨みで敵国に寝返ったかと思えば……まさかハニートラップで王を篭絡し、国の中枢を掌握するとはな」

「さすがあなたの子ですわ」と母も頷く。

「うむ。アレの使い道が出来た、次の依頼にピッタリた。ガルディア王を殺し、メルディを回収する」


 こうして、父様、母様、セバスチャンの最強暗殺チームが、王城に侵入した。


 ある夜。

 私が王様の寝室で、王様のふくらはぎのむくみを取っていた時だった。


「……殺気がする」


 王様が目を細めた。

 次の瞬間、天井から三つの影が舞い降りた。


「久しぶりだな、メルディ、迎えにきたぞ。」

「父様!?」


 黒装束に身を包んだ父様たちが、武器を構えて立っていた。

 王様が私を庇うように立ち上がる。


「何奴だ。……私のメルディに指一本触れさせんぞ」

「ほう。さすがだメロディ、すっかり愚王をたぶらかしたでは無いか。……下がっていろ。すぐに終わらせる」


 父様が短剣を構え、王様に飛びかかろうとした。

 その動きは速い。常人には目視できないレベルだ。

 でも。


 (……見える)


 私には見えてしまった。

 天井裏に長時間潜んでいたせいで、父様の腰が「限界突破」して赤黒く光っているのが。

 母様の肩が、緊張でガチガチになっているのが。

 セバスチャンの膝が、加齢と寒さで悲鳴を上げているのが。


「――そこだっ!!」


 私は王様の前から飛び出した。

 父様の懐に飛び込み、短剣を持つ腕の付け根――『極泉きょくせん』のツボを強打!


「ぬぐっ!?」

 父様の腕から力が抜ける。


「母様はここ! 肩井けんせい!!」

「ああんっ!?」

 母様がその場にへたり込む。


「セバスチャンは膝裏の委中いちゅう!!」

「おほぉっ……!! 若お嬢様、そこは……効きますぞぉ……!」


 電光石火の早業だった。

 最強の暗殺者たちが、床に転がってピクピクしている。

 私は仁王立ちになり、彼らを見下ろした。


「父様たち、体ボロボロじゃないですか! ちゃんとストレッチしました!? 水分とりました!?」

「うぐ……天井裏が、思いのほか狭くて……」

「これじゃ本来の力の半分も出せません! ……ちょっとそこに並んでください。まとめて施術します!」

「は? メルディ、貴様なにを……」

「いいから! 患者は黙って!」


 私は怒涛の勢いで三人を並べ、一斉にマッサージを開始した。

 王様が「……すごい」と呆然と見守る中、暗殺者たちのうめき声(歓喜)が響き渡る。


「あああ……腰が……腰が軽くなる……」

「頭痛が消えたわ……視界が明るい……」

「膝が……20代の頃のようです……」


 一時間後。

 そこには、すっかり毒気を抜かれ、ツヤツヤした顔の暗殺者たちが正座していた。


「……敗北だ」


 父様が清々しい顔で言った。


「体が軽すぎて……殺意が湧かん。こんな平和な気持ちになったのは初めてだ」

「でしょう? 父様、もう暗殺なんてやめましょうよ。体に悪いです」

「……そうだな。わしらは働きすぎたのかもしれん」


 王様が、剣を収めて言った。


「シャドウ家の当主よ。……どうだ、我が国で王立整体院を開かんか? メルディの技術を広め、国民の健康を守るのだ」

「……王よ。わしらを処刑せぬのか?」

「メルディの家族だろう? 殺せるわけがない。……それに、義父上おとうさんと呼ばせていただきたいしな」


 王様がウィンクした。

 父様と母様は顔を見合わせ、やれやれと笑った。


「フン……。娘をやるわけではないが……まあ、老後の仕事としては悪くない」


 こうして、最強の暗殺一家は、最強の整体師一家へと転職することになったのだった。



 それから数年後。

 ガルディア王国は、「癒やしの国」として世界中にその名を轟かせていた。

 王城の一角にある「メルディ整体院」には、他国の王族や要人がこぞって訪れ、外交問題もマッサージチェアの上で平和的に解決されている。


「メルディ、終わったか?」

「はい、クラウス様。お疲れ様でした」


 執務を終えた王様――私の旦那様が、部屋に入ってきた。

 彼は私の腰に手を回し、甘く囁く。


「私も公務で肩が凝ってな。……今夜は、たっぷりと頼む」

「もう、甘えん坊ですね」

「お前限定だ。……愛しているよ、私の癒やしの女神」


 王様の肩には、もうあの時の禍々しい凝りはない。

 あるのは、私への愛と、適度な疲労感だけ。

 私はニッコリと笑って、愛しい人の肩に手を置いた。


「はい。お任せください。……一生、ほぐして差し上げますから!」

肩のコリをハンマーの尖ったところで叩き割りたい、という思いを込めて書きました。

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