暗殺一家の落ちこぼれ、あなたの首を頂戴します!
私の世界は、いつだって赤く点滅している。
父の背中を見れば、肩甲骨の内側が真っ赤に光っている。
母の首筋を見れば、頚椎の三番あたりが強烈に明滅している。
執事のセバスチャンに至っては、腰全体がマグマのようにドス黒い赤色を放っている。
それは「死点」ではない。
暗殺者が狙うべき急所でもない。
それは――「凝り」だ。
私、メルディ・シャドウは、大陸一の暗殺一家「シャドウ家」の長女として生まれた。
我が家は代々、闇に紛れて要人を始末することを生業としている。当然、私も物心ついた頃から、あらゆる殺人術を叩き込まれた。
気配遮断スキルはSランク。
体術、毒の知識、鍵開け、すべてが一流。
しかし、私には致命的な欠陥があった。
――凝りを見ると、揉みほぐさずにはいられないのだ。
「そこぉぉぉ! 父様、そこ菱形筋がガチガチです! 指が入らない!」
「やめろメルディ! 訓練中に背中を指圧するな! ……あぐっ、そこは効く……!」
「母様も! 屋根裏に潜みすぎでストレートネックになってます! 顎を引いて!」
「バカ娘! 標的の背後に回って、なぜ肩を揉む!? 首を掻き切れと言っただろう!」
標的の背後に忍び寄るまでは完璧なのだ。
だが、ナイフを突き立てようとすると、相手の首筋にある「真っ赤な凝り」が私に訴えかけてくる。
『助けて……ここを押して……血流を流して……』と。
その誘惑に勝てず、私はつい、ナイフを捨てて親指を突き立ててしまう。
結果、標的は「ああ~生き返る~」と骨抜きになり、暗殺は失敗。むしろ感謝されて帰ってくる始末。
そして、ついに。
「……出て行け」
一族の会議室で、父がこめかみをピキピキさせながら宣告した。
ちなみに父のこめかみには、眼精疲労を示す鮮やかな赤色が輝いている。押したい。
「我が一族の面汚しめ。貴様のような『癒やし手』は、暗殺稼業には不要だ。二度と敷居を跨ぐな」
「父様……」
「勘違いするな。これは情けだ。……貴様がいると、わしらが調子狂うのだ(主に体が軽くなって仕事への殺意が消えるから)」
こうして私は、着の身着のまま実家を放り出された。
持っているのは、愛用の暗殺道具一式(今はツボ押し棒として使用)と、わずかな路銀だけ。
「はぁ……。どうしよう」
私は森の中をとぼとぼと歩いた。
暗殺しか教わっていない私に、何ができるというのだろう。
とりあえず、西へ向かおう。西には、我が国と敵対している軍事大国「ガルディア」がある。
あそこなら、実家の追手もかかりにくいだろうし。
……あわよくば、疲れ切った兵士さんの肩でも揉んで、日銭を稼げないかなぁ。
数日後。
私はガルディア王国の王都にたどり着いた。
しかし、トラブル発生。路銀が尽きた。お腹が空いた。
「うう……ひもじい……」
フラフラと歩いていると、目の前に巨大な城壁が現れた。ガルディア王城だ。
冷徹無比と噂される「氷の王」、クラウス陛下が住まう城。
普通なら近寄るのも恐ろしい場所だが、極限の空腹状態にあった私の思考はショートしていた。
(お城なら……厨房に美味しいものがあるはず……)
私は無意識に【気配遮断EX】を発動させた。
城門の警備兵の死角をすり抜け、高い城壁を忍者のように駆け上がる。
監視魔法の結界も、【鍵開け(物理)】の応用で魔力の結び目を「コリッ」と解して無効化した。
城内への侵入成功。
誰にも気づかれない。さすが私、暗殺者のサラブレッド。
いい匂いがする方へと進んでいく。
しかし、あまりに城が広すぎて迷子になった。
厨房を探していたはずなのに、気づけば私は、城の最上階にある豪華な扉の前に立っていた。
「ここ……食材保管庫かな?」
私は音もなく扉を開け、中へと滑り込んだ。
そこは、広い部屋だった。
月明かりが差し込む窓辺に、天蓋付きの巨大なベッドがある。
そのベッドには一人の男が腰掛けていた。
銀色の髪に、凍てつくような青い瞳。
整った顔立ちだが、その表情は鬼のように険しい。
ガルディア国王、クラウス陛下だ。
彼は眠れぬ夜を過ごしているのか、書類の束を片手に、眉間に深い皺を寄せていた。
……そして。
私の目は釘付けになった。
(な、なにこれぇぇぇぇぇ!!??)
王様の首から肩、背中にかけて。
そこには、今まで見たこともないような、ドス黒く、禍々しく、もはや発光を通り越してブラックホールのように渦巻く超ド級の凝りが存在していたのだ!
ビクンッ! と私の右手が反応した。
あれは……岩? 鉄板? いや、ダイヤモンド級の硬度を持つ筋肉の鎧!
慢性的な寝不足、過労、ストレス、そして常に気を張っている姿勢が生み出した、凝りの王様!
(ほ、ほぐしたい……!!)
空腹なんて吹き飛んだ。
暗殺者(整体師)としての本能が警鐘を鳴らす。あれを放置してはいけない。あれは人体の危機だ。今すぐ血流を流さなければ、彼は死ぬ(過労で)!
私がツボ押し棒(暗殺用の針)を構え、無意識に一歩踏み出した、その時。
「――誰だ」
氷点下の声が響いた。
クラウス王が顔を上げ、私を射抜くように睨んでいた。
さすが一国の王。私の気配遮断に気づくとは。
王は素早く枕元の剣を抜き、私に向けた。
「その身なり、そして音もなく忍び寄る手腕……。隣国の暗殺者か」
「あ……えっと……」
「答えろ。貴様の狙いは、私の首か?」
王様の剣先が私の喉元に向けられる。
しかし、私の目は王様の首筋――胸鎖乳突筋のガチガチに固まった一点――にロックオンされていた。
私はゴクリと唾を飲み込み、震える声で、しかしはっきりと宣言した。
「……はい。あなたのその首(の凝り)を、いただきに参りました」
その言葉を聞いた瞬間、クラウス王の瞳に殺気が宿った。
「ほう……。よくぞ言った。冷酷と言われる私の寝所に忍び込み、首を獲ると宣言するとは。その度胸だけは褒めてやろう」
王が剣を構え直す。
すごいプレッシャーだ。でも、私には見える。彼の剣を持つ右肩が、バキバキに凝っているせいで可動域が狭まっているのが!
「だが、ここが貴様の墓場だ――!」
王が踏み込み、剣を振り下ろす。
速い。でも、筋肉の収縮が見える私には、軌道が読める。
ヒュンッ。
私は最小限の動きで剣を避け、王の懐に潜り込んだ。
「なっ……消えた!?」
王が見失うのも無理はない。私は【縮地】を使ったのだから。
私は王の背後に回り込み、叫んだ。
「覚悟してください! かなり……痛いですよ!」
私は両手の親指に、全身全霊のチャクラを込めた。
狙うは僧帽筋上部、天柱、そして風池!
「くらえ! 暗殺奥義・双竜穿孔!!」
ズドォォォォォン!!
「がはぁっっっ!!??」
王様の口から、聞いたことのない声が出た。
私の親指が、岩のような筋肉に深々と突き刺さる。
「き、貴様っ……何を……ぐぁぁぁぁ!?」
「暴れないでください! 逃げると余計に痛みますよ!」
「離せ! 貴様、短剣で刺したな!? いや、これは……熱い!? 首が焼けるように熱い!?」
「血流が一気に流れてるんです! ほら、ここも! 肩甲骨の裏側!」
私は容赦しなかった。
実家で鍛え上げた指の力は、大木をも穿つ。ましてや、凝り固まった筋肉など、私にとっては粘土細工も同然。
ゴリッ……ゴリゴリゴリ……
「あがががが! そこは! そこは人体の急所……!」
「いいえ、ツボです! 老廃物が溜まってますねぇぇぇ!」
王様は剣を取り落とし、ベッドに崩れ落ちた。
私はその背中に馬乗りになり、さらに追撃の手を緩めない。
「王様、呼吸を止めないで! 吐いてー! 息を吐いてー!」
「こ、殺せ……いっそ殺してくれ……気持ちよすぎておかしくなる……!」
「まだです! ラスボスが残ってます!」
私は王様の腰に手を当てた。
そこには、長時間のデスクワークによる腰痛爆弾が埋まっていた。
「ここを破壊します!」
「ひいぃぃぃ! 許してくれ! もう戦争はしない! 税も下げる! だからそこだけは!」
ブチブチブチッ!!(筋繊維がほぐれる音)
「ほぎゃああああああああああ!!(歓喜)」
王様の絶叫が、夜の王城に木霊した。
警備兵たちが「敵襲か!?」と色めき立つ中、王の寝室では、一人の暗殺者が、一国の王を完全に無力化させていたのだった。
翌朝。
近衛兵たちと宰相が、決死の覚悟で王の寝室に突入した。
「陛下! ご無事ですか! 曲者は……」
彼らが見たのは、衝撃的な光景だった。
朝日が差し込むベッドの上。
普段は万年雪のような冷たい表情を崩さないクラウス王が、だらしなく口を開けて、泥のように爆睡していたのだ。
その顔色はバラ色で、肌はツヤツヤ。まるで生まれ変わった赤子のよう。
そして、その枕元には。
完全燃焼して真っ白になった私が、正座で気絶していた。
「……すー……すー……」
「陛下が……寝ておられる……?」
宰相が震える声で言った。
王は重度の不眠症で、薬を使っても2時間と眠れなかったはずなのに。
その時、王がパチリと目を開けた。
その瞳は澄み渡り、ギラギラとした活力が漲っている。
「……おはよう、宰相。……あー、よく寝た」
王様は大きく伸びをした。その動きには、一切の淀みがない。
バキバキと音を立てていた関節が、油を差した機械のように滑らかに動く。
「へ、陛下? その、お体は……?」
「軽い。羽のようだ。……頭痛がない。腰も痛くない。視界がクリアだ。世界とは、こんなにも鮮やかだったのか」
王様は自分の手を見つめ、震えた。
そして、視線を枕元の私に移した。
「……これぞ、神の御業」
王様は、眠っている私をそっと抱き上げた。
え、きゃっ、なに!?
目を覚ました私は、至近距離にある美形にパニックになった。
「あ、あの、王様? 殺さないで……」
「殺す? バカを言うな」
王様は、とろけるような甘い笑顔(当社比1000倍)を私に向けた。
「お前は私の命の恩人だ。……いや、私の『女神』だ」
「は?」
「昨夜のあの指使い……忘れられん。私のすべてを掌握し、快楽の底に突き落としたあのテクニック……」
言い方が誤解を招きます、陛下。
近衛兵たちが顔を赤らめている。
「名は何という」
「メ、メルディです……」
「そうか、メルディ。……お前を、離さん」
王様は私を強く抱きしめた。
「私の専属になれ。衣食住、すべて保証する。望むものは何でも与えよう。だから……今夜も、頼む」
「えっ」
「あと、腰のあたりをもう少し重点的に」
「あ、はい。そこは坐骨神経が圧迫されてたので、あと3回は施術が必要です」
「3回か。ならば一生そばに居てくれれば、完治するな?」
こうして。
暗殺者として城に忍び込んだはずの私は、なぜか「王様専属の整体師(という名の寵姫)」として、城に住まうことになったのだった。
それからの生活は、まさに夢のようだった。
美味しいご飯。ふかふかのベッド。
仕事は、毎日王様や、疲れ切った宰相、騎士団長たちのマッサージをするだけ。
「おお、メルディ殿。今日の施術のおかげで、剣の振りが鋭くなりましたぞ!」
「メルディ様、胃の調子が良くて、公務が捗ります」
城中の人々が私に感謝し、優しくしてくれる。
父様には「面汚し」と言われた指が、ここでは「神の手」と崇められている。
王様に至っては、「メルディ、指が疲れてないか? 私が揉んでやろうか?」と逆にマッサージしようとしてくる始末(下手だけど)。
しかし、平和な日々は長くは続かなかった。
私の実家――「シャドウ家」が動き出したのだ。
「……メルディがいるだと?」
敵国の城に、追放したはずの娘がいる。しかも、王の寝所に毎晩出入りし、王を骨抜きにしているらしい。
父はそれを聞き、こう解釈した。
「……やりおった」
父はニヤリと笑った。
「あの落ちこぼれめ。追放された恨みで敵国に寝返ったかと思えば……まさかハニートラップで王を篭絡し、国の中枢を掌握するとはな」
「さすがあなたの子ですわ」と母も頷く。
「うむ。アレの使い道が出来た、次の依頼にピッタリた。ガルディア王を殺し、メルディを回収する」
こうして、父様、母様、セバスチャンの最強暗殺チームが、王城に侵入した。
ある夜。
私が王様の寝室で、王様のふくらはぎのむくみを取っていた時だった。
「……殺気がする」
王様が目を細めた。
次の瞬間、天井から三つの影が舞い降りた。
「久しぶりだな、メルディ、迎えにきたぞ。」
「父様!?」
黒装束に身を包んだ父様たちが、武器を構えて立っていた。
王様が私を庇うように立ち上がる。
「何奴だ。……私のメルディに指一本触れさせんぞ」
「ほう。さすがだメロディ、すっかり愚王をたぶらかしたでは無いか。……下がっていろ。すぐに終わらせる」
父様が短剣を構え、王様に飛びかかろうとした。
その動きは速い。常人には目視できないレベルだ。
でも。
(……見える)
私には見えてしまった。
天井裏に長時間潜んでいたせいで、父様の腰が「限界突破」して赤黒く光っているのが。
母様の肩が、緊張でガチガチになっているのが。
セバスチャンの膝が、加齢と寒さで悲鳴を上げているのが。
「――そこだっ!!」
私は王様の前から飛び出した。
父様の懐に飛び込み、短剣を持つ腕の付け根――『極泉』のツボを強打!
「ぬぐっ!?」
父様の腕から力が抜ける。
「母様はここ! 肩井!!」
「ああんっ!?」
母様がその場にへたり込む。
「セバスチャンは膝裏の委中!!」
「おほぉっ……!! 若お嬢様、そこは……効きますぞぉ……!」
電光石火の早業だった。
最強の暗殺者たちが、床に転がってピクピクしている。
私は仁王立ちになり、彼らを見下ろした。
「父様たち、体ボロボロじゃないですか! ちゃんとストレッチしました!? 水分とりました!?」
「うぐ……天井裏が、思いのほか狭くて……」
「これじゃ本来の力の半分も出せません! ……ちょっとそこに並んでください。まとめて施術します!」
「は? メルディ、貴様なにを……」
「いいから! 患者は黙って!」
私は怒涛の勢いで三人を並べ、一斉にマッサージを開始した。
王様が「……すごい」と呆然と見守る中、暗殺者たちのうめき声(歓喜)が響き渡る。
「あああ……腰が……腰が軽くなる……」
「頭痛が消えたわ……視界が明るい……」
「膝が……20代の頃のようです……」
一時間後。
そこには、すっかり毒気を抜かれ、ツヤツヤした顔の暗殺者たちが正座していた。
「……敗北だ」
父様が清々しい顔で言った。
「体が軽すぎて……殺意が湧かん。こんな平和な気持ちになったのは初めてだ」
「でしょう? 父様、もう暗殺なんてやめましょうよ。体に悪いです」
「……そうだな。わしらは働きすぎたのかもしれん」
王様が、剣を収めて言った。
「シャドウ家の当主よ。……どうだ、我が国で王立整体院を開かんか? メルディの技術を広め、国民の健康を守るのだ」
「……王よ。わしらを処刑せぬのか?」
「メルディの家族だろう? 殺せるわけがない。……それに、義父上と呼ばせていただきたいしな」
王様がウィンクした。
父様と母様は顔を見合わせ、やれやれと笑った。
「フン……。娘をやるわけではないが……まあ、老後の仕事としては悪くない」
こうして、最強の暗殺一家は、最強の整体師一家へと転職することになったのだった。
それから数年後。
ガルディア王国は、「癒やしの国」として世界中にその名を轟かせていた。
王城の一角にある「メルディ整体院」には、他国の王族や要人がこぞって訪れ、外交問題もマッサージチェアの上で平和的に解決されている。
「メルディ、終わったか?」
「はい、クラウス様。お疲れ様でした」
執務を終えた王様――私の旦那様が、部屋に入ってきた。
彼は私の腰に手を回し、甘く囁く。
「私も公務で肩が凝ってな。……今夜は、たっぷりと頼む」
「もう、甘えん坊ですね」
「お前限定だ。……愛しているよ、私の癒やしの女神」
王様の肩には、もうあの時の禍々しい凝りはない。
あるのは、私への愛と、適度な疲労感だけ。
私はニッコリと笑って、愛しい人の肩に手を置いた。
「はい。お任せください。……一生、ほぐして差し上げますから!」
肩のコリをハンマーの尖ったところで叩き割りたい、という思いを込めて書きました。




