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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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閑話:体育祭

 朝。


 いつもより、少しだけ騒がしい。


 学院の中庭には、色とりどりの旗が立ち、簡易の観覧席まで設けられていた。


「うわ……ほんとに体育祭なんだ」


 エルナがぽつりと呟く。


 普段は静かな石畳の広場が、今日は別の場所のように見える。


 学生たちはすでに集まり始めていた。


 走り回る者。

 友人と笑い合う者。

 やたらと気合の入った者。


「なんか、こういうの久しぶりだな」


 リヒトが周囲を見渡しながら言う。


 カミラは腕を組んだまま、少しだけ口元を緩めた。


「いいじゃん、こういうの」


「単純に勝てばいいんでしょ?」


 その言い方に、エルナが苦笑する。


「競技ですからね……」


「ほどほどにですよ?」


「えー?」


 カミラが不満そうな声を出す。


「こういうのは全力でやるもんでしょ」


 その横で。


 マティルナは旗を見上げていた。


 風に揺れる布。


 普段見ない色。


 音。


 人の多さ。


 少しだけ目を細める。


「……賑やか」


 ぽつりと呟く。


 エルナがすぐに反応した。


「ですよね」


「私も、ちょっと緊張してます」


 マティルナはエルナを見る。


 少しだけ考えてから言う。


「……大丈夫」


 短い言葉。


 でも、その声は落ち着いていた。


 エルナは小さく笑う。


「はい」


 そのやり取りを見て、カミラがニヤリとする。


「なにそれ、完全に保護者じゃん」


「違う」


 マティルナが即答する。


 リヒトが小さく笑う。


「まあでも、安心するのは確かだな」


 その時。


 遠くで鐘が鳴る。


 開始の合図。


 ざわめきが一気に大きくなる。


 教員の声が響いた。


「――これより、学院体育祭を開始する!」


 歓声。


 拍手。


 一斉に空気が弾ける。


 カミラが拳を握る。


「よし」


「全部勝つ」


 リヒトが呆れたように言う。


「目的が変わってるぞ」


 エルナが慌てる。


「無理しないでくださいね!?」


 マティルナはその三人を見て、少しだけ口元を緩めた。


 ほんのわずかに。


 だが確かに。


 笑っていた。


「……うん」


 短く頷く。


 その日。


 ただ、楽しむために動き出した。


 最初の競技は、軽めの種目からだった。


「第一種目、障害物競走!」


 教員の声が響くと同時に、あちこちで歓声が上がる。


 コースは単純だが、内容は少し変わっている。


 丸太渡り。

 網くぐり。

 袋跳び。

 最後に、くじ引きで指定された相手と一緒にゴール。


「……最後、運じゃん」


 カミラが呟く。


「いいじゃないですか、楽しそうです」


 エルナは少し笑っている。


 リヒトはコース全体を見ていた。


「単純だが、無駄な動きが出ると遅れるな」


 マティルナは静かに頷く。


「……順番」


「誰からいく?」


 カミラが即答する。


「私」


 迷いがない。


「最初に流れ作る」


 リヒトが肩をすくめる。


「頼もしいな」


 エルナが少しだけ心配そうに言う。


「転ばないでくださいね……」


「転ばないって」


 カミラは軽く笑うと、スタート位置へ向かっていった。


 ――開始。


 合図と同時に、カミラが飛び出す。


 速い。


 最初の丸太。


 バランスを崩すことなく、一気に踏み抜く。


 周囲の生徒が慎重に進む中、明らかに速度が違う。


「うわ、速……」


 誰かの声。


 次の網くぐり。


 しゃがみ込みながらも、ほぼ止まらない。


 袋跳び。


 ここで少し詰まる者が多い。


 だがカミラは――


「それ、普通に跳ぶの!?」


 観客席から声が上がる。


 リズムを崩さず、前へ進む。


 そして最後。


 くじを引く。


「……は?」


 一瞬だけ止まる。


 紙を見て、苦笑する。


「リヒトって」


 観客から笑いが起きる。


「おい、当たったぞ」


 カミラが手を振る。


 リヒトは軽くため息をついた。


「行くか」


 二人で走る。


 息は合っている。


 無駄がない。


 そのままゴール。


 一位。


「よし」


 カミラが拳を握る。


 リヒトは淡々としている。


「悪くない」


 戻ってきた二人に、エルナがぱっと顔を明るくする。


「すごいです!」


「速かった……!」


 カミラが笑う。


「でしょ?」


 マティルナは小さく頷く。


「……速い」


 次はエルナの番だった。


「が、がんばります……」


 少し緊張した様子でスタート位置へ。


 合図。


 スタート。


 最初は少しぎこちない。


 丸太渡り。


 一歩一歩、確実に。


 落ちない。


 網くぐり。


 引っかからないように慎重に。


 袋跳び。


 小さく、でも確実に進む。


 派手さはない。


 でも。


「……安定してるな」


 リヒトが呟く。


 カミラも頷く。


「うん、崩れない」


 最後のくじ。


 引く。


「えっと……」


 少し焦る。


「あ、あの人です……!」


 指さした先は、見知らぬ生徒。


 戸惑いながらも、一緒に走る。


 ぎこちないが、転ばない。


 そのままゴール。


 順位は中盤。


 だが。


 戻ってきたエルナに、カミラが言う。


「いいじゃん」


「ちゃんと完走してるし」


 エルナは少し驚いた顔をする。


「そ、そうですか……?」


 リヒトが頷く。


「十分だ」


 マティルナも言う。


「……安定してた」


 エルナは少し照れながら笑った。


「ありがとうございます」


 最後。


 マティルナの番。


 周囲の視線が、自然と集まる。


 理由ははっきりしない。


 だが、何かある。


 そんな空気。


「……普通にでいい」


 マティルナが小さく呟く。


 スタート位置へ。


 合図。


 走る。


 その瞬間。


「あれ?」


 誰かが言った。


 速い。


 だが――速さだけではない。


 無駄がない。


 丸太。


 一歩で抜ける。


 網。


 止まらない。


 袋跳び。


 跳ねる回数が少ない。


 最短。


 処理。


 観客がざわつく。


「なんか……違くない?」


 最後のくじ。


 引く。


「……カミラ」


 またしても。


「またか!」


 カミラが笑う。


 二人で走る。


 カミラが気づく。


「ちょ、速――」


 合わせる前に、もうゴールしている。


 一位。


 再び。


 歓声とざわめきが混じる。


 戻ってきたマティルナに、エルナが目を丸くする。


「……すごい」


 カミラが笑う。


「いや、普通にやってそれ?」


 リヒトも少しだけ笑った。


「抑えてあれか」


 マティルナは首を傾ける。


「……普通」


 三人が同時に思う。


(普通じゃない)


 けど、それを言う空気ではなかった。


 次の競技の準備が始まる。


 ざわめき。


 笑い声。


 声援。


 四人はそんな賑やかなかにいた。


 午前の競技が進むにつれて、空気はどんどん熱を帯びていった。


 歓声。

 笑い声。

 悔しそうな叫び。


 午後の競技が終わる頃には、空は少しだけ色を変えていた。


 強かった日差しはやわらぎ、風が心地よく通り抜ける。


「……疲れた」


 カミラがその場に座り込む。


 珍しく、はっきりと疲労を口にしていた。


「さすがに動きすぎたわ」


 リヒトも近くに腰を下ろす。


「珍しいな」


「お前がそこまで言うのは」


 カミラは笑う。


「こういうのは全力でやるって決めてるからね」


 エルナが小さく水筒を差し出す。


「はい、どうぞ」


「ありがと」


 受け取って一気に飲む。


 その様子を見て、エルナも少し安心したように笑う。


 マティルナは少し離れた場所に立っていた。


 競技場。


 人の流れ。


 片付けを始める教員たち。


 少しだけ、ぼんやりと見ている。


「マティルナさん」


 エルナの声。


 振り向く。


「こっち来ませんか?」


 少し迷う。


 それから歩いていく。


 カミラが顔を上げる。


「おつかれ」


 リヒトも軽く頷く。


「よく動いたな」


 マティルナは少しだけ考える。


 それから、座る。


 三人の隣に。


「……疲れた」


 ぽつりと。


 カミラが笑う。


「でしょ?」


「まあでも」


 少しだけ空を見上げる。


「楽しかった」


 その一言に、エルナがすぐに頷く。


「はい」


「すごく」


 リヒトも静かに言う。


「悪くない時間だった」


 マティルナは少しだけ視線を落とす。


 手を見る。


 汚れている。


 少しだけ、土がついている。


 戦いの後とは違う汚れ。


「……うん」


 小さく頷く。


 その時。


 遠くで閉会の声が響いた。


「――これにて、学院体育祭を終了とする!」


 拍手。


 歓声。


 一日が終わる音。


 学生たちがゆっくりと動き出す。


 帰る者。

 話し続ける者。

 笑い合う者。


 カミラが立ち上がる。


「帰る?」


 リヒトも立つ。


「そうだな」


 エルナも続く。


 マティルナは少しだけ遅れて立ち上がる。


 四人で歩き出す。


 帰り道。


 夕方ではない、まだ明るい空。


 少しだけ長くなった影。


 カミラが言う。


「次も勝つか」


 リヒトが苦笑する。


「まだやる気か」


 エルナが笑う。


「またこういうの、あるといいですね」


 マティルナは少しだけ考える。


 それから言う。


「……あったら、行く」


 三人が笑う。


「当たり前でしょ」


 カミラが軽く言う。


 四人は並んで歩く。


 いつもと同じ距離。


 いつもと同じ空気。


 だが。


 今日だけは少し違った。


 戦わない日。


 ただ過ごす日。


 それでも――


 確かに楽しかった。


 その感覚だけが、静かに残っていた。


 やがて学院の建物が見えてくる。


 日常に戻る。


 いつもの場所へ。


 だが四人は知っている。


 この時間は、ずっと続くものではない。


 それでも。


 今日という一日は。


 確かにそこにあった。


 ただそれだけで、十分だった。


「次の種目、騎馬戦!」


 その一声で、ざわめきが一段階大きくなる。


「来たね」


 カミラが口元を上げる。


「これは勝つ」


 即答だった。


 リヒトが冷静に確認する。


「配置は?」


 カミラが当然のように言う。


「私が前」


「リヒト、防御」


「エルナ、後ろで支援」


 そして視線がマティルナへ向く。


「……マティルナ、上いける?」


 マティルナは少しだけ考える。


 騎馬戦。


 上に乗る者が狙われる。


 視線が集まる。


 状況判断。


「……いける」


 短く答える。


 エルナが少し不安そうに言う。


「無理しないでくださいね……」


 カミラが笑う。


「むしろ暴れてもらうから大丈夫」


 準備が始まる。


 各班が騎馬を組む。


 カミラが前で支え、リヒトが後方で安定させる。


 エルナが位置を整え、バランスを取る。


 その上に――マティルナが乗る。


 高い位置。


 視界が開ける。


 周囲の動きがよく見える。


「……高い」


 ぽつりと呟く。


 カミラが下から言う。


「落ちるなよ」


「……たぶん大丈夫」


 リヒトが軽く笑う。


「“たぶん”はやめてくれ」


 エルナが真剣に言う。


「支えますから」


 その言葉に、マティルナは少しだけ視線を落とす。


「……うん」


 開始の合図。


 一斉に動き出す。


 騎馬同士がぶつかる。


 押し合い。

 引き合い。


 帽子を奪い合う単純な競技。


 動きはそれだけではない。


 カミラが前へ出る。


 無理に突っ込まない。


 位置取り。


 相手の死角へ回る。


 リヒトがそれを支える。


 安定。


 崩れない。


 エルナが後ろから声を出す。


「右、来ます!」


 即座に反応。


 騎馬がわずかに傾く。


 その瞬間。


 マティルナの手が動く。


 掴む。


 一瞬。


 相手の帽子を奪う。


「……取った」


 静かな声。


 だが観客席からは声が上がる。


「え、今の!?」


「速くない!?」


 カミラが笑う。


「いいじゃん!」


 そのまま流れるように次へ。


 騎馬同士がぶつかる直前。


 わずかに角度を変える。


 正面衝突を避ける。


 横から。


 マティルナの手が伸びる。


 また一つ。


 奪う。


 リヒトが言う。


「無理はするな」


「……してない」


 本当に、その通りだった。


 無理に奪いに行かない。


 来る動きだけを処理する。


 最小限。


 最短。


 それでも、数が増えていく。


 エルナが少し驚いた声を出す。


「……もう三つ」


 カミラが笑う。


「効率いいなほんと」


 だが。


 周囲の空気が少しずつ変わる。


「あの班……」


「なんか取り方おかしくない?」


「狙ってるっていうか……」


 違和感。


 だがそれは、まだ言葉にならない。


 騎馬戦は終盤へ。


 残り数班。


 その中でも、マティルナたちはほぼ無傷。


 最後の一騎。


 正面から来る。


 勢いのある騎馬。


 カミラが言う。


「正面来る」


 リヒトが応じる。


「受けるか、流すか」


 マティルナは少しだけ視線を動かす。


 相手の動き。


 速度。


 バランス。


「……流す」


 カミラがすぐに動く。


 真正面ではなく、わずかにずらす。


 ぶつかる寸前。


 その一瞬。


 マティルナの身体が動く。


 伸びる。


 掴む。


 奪う。


 同時にすれ違う。


 決着。


 一瞬だった。


 静まり返る観客席。


 次に、歓声があがる。


「勝者、マティルナ班!」


 カミラが大きく息を吐く。


「よし!」


 リヒトも小さく頷く。


「連携は問題ないな」


 エルナがほっとしたように笑う。


「よかった……」


 マティルナは帽子を見下ろす。


「……終わった」


 静かな声。


 だがその表情は、ほんの少しだけ柔らかかった。


 騎馬を降りる。


 地面に戻る。


 カミラが肩を叩く。


「普通に強すぎ」


 リヒトが続ける。


「“普通にやって”これだからな」


 エルナが小さく笑う。


「……でも、楽しいですね」


 マティルナは少しだけ間を置いてから答える。


「……うん」


 短い返事。


 でも、確かにそうだった。


 勝つためだけでもない。


 ただ、一緒に動いて、笑って。


 それだけの時間。


 観客席の一角。


 ナクが腕を組んで見ていた。


「……まだ荒い」


 小さく呟く。


 だがその目は、どこか満足していた。


 体育祭は、まだ続く。


 午後の競技が終わる頃には、空は少しだけ色を変えていた。


 強かった日差しはやわらぎ、風が心地よく通り抜ける。


「……疲れた」


 カミラがその場に座り込む。


 珍しく、はっきりと疲労を口にしていた。


「さすがに動きすぎたわ」


 リヒトも近くに腰を下ろす。


「珍しいな」


「お前がそこまで言うのは」


 カミラは笑う。


「こういうのは全力でやるって決めてるからね」


 エルナが小さく水筒を差し出す。


「はい、どうぞ」


「ありがと」


 受け取って一気に飲む。


 その様子を見て、エルナも少し安心したように笑う。


 マティルナは少し離れた場所に立っていた。


 競技場。


 人の流れ。


 片付けを始める教員たち。


 少しだけ、ぼんやりと見ている。


「マティルナさん」


 エルナの声。


 振り向く。


「こっち来ませんか?」


 少し迷う。


 それから歩いていく。


 カミラが顔を上げる。


「おつかれ」


 リヒトも軽く頷く。


「よく動いたな」


 マティルナは少しだけ考える。


 それから、座る。


 三人の隣に。


「……疲れた」


 ぽつりと。


 カミラが笑う。


「でしょ?」


「まあでも」


 少しだけ空を見上げる。


「楽しかった」


 その一言に、エルナがすぐに頷く。


「はい」


「すごく」


 リヒトも静かに言う。


「悪くない時間だった」


 マティルナは少しだけ視線を落とす。


 手を見る。


 汚れている。


 少しだけ、土がついている。


 戦いの後とは違う汚れ。


「……うん」


 小さく頷く。


 その時。


 遠くで閉会の声が響いた。


「――これにて、学院体育祭を終了とする!」


 拍手。


 歓声。


 一日が終わる音。


 学生たちがゆっくりと動き出す。


 帰る者。

 話し続ける者。

 笑い合う者。


 カミラが立ち上がる。


「帰る?」


 リヒトも立つ。


「そうだな」


 エルナも続く。


 マティルナは少しだけ遅れて立ち上がる。


 四人で歩き出す。


 帰り道。


 夕方ではない、まだ明るい空。


 少しだけ長くなった影。


 カミラが言う。


「次も勝つか」


 リヒトが苦笑する。


「まだやる気か」


 エルナが笑う。


「またこういうの、あるといいですね」


 マティルナは少しだけ考える。


 それから言う。


「……あったら、行く」


 三人が笑う。


「当たり前でしょ」


 カミラが軽く言う。


 四人は並んで歩く。


 いつもと同じ距離。


 いつもと同じ空気。


 だが。


 今日だけは少し違った。


 戦わない日。


 ただ過ごす日。


 それでも、確かに楽しかった。


 その感覚だけが、静かに残っていた。


 やがて学院の建物が見えてくる。


 日常に戻る。


 いつもの場所へ。


 だが四人は知っている。


 この時間は、ずっと続くものではない。


 それでも。


 今日という一日は。


 確かにそこにあった。


 ただそれだけで、十分だった。

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