3 学校方針
講堂は、静かだった。
新入生全員を集めた全体講義。
高い天井と段状の座席は、声を反響させるために作られているらしい。中央の演壇に立つ講師の姿は遠く、表情までは見えない。
マティルナは、後方の席に腰掛けていた。
前の方に行く理由はないし、注目を浴びたいわけでもない。
「本校は、魔法使いを育成するための教育機関である」
講師の声は、よく通った。
それだけで、この人が優秀なのだと分かる。
「だが、同時に――」
一拍置く。
「この国に必要な魔法使いを、正しく配置するための場所でもある」
ざわめきは起きない。
誰もが、当然のこととして聞いている。
膝の上で指を組んだ。
――やっぱり、そういう話か。
才能を育てる。
未来を切り拓く。
そんな言葉は、いつも最初に来る。
でも、続きがあることも知っている。
「刻印式によって得られる召喚能力は、生涯変わらない」
「よって、早期に適性を見極め、無理のない進路を示す必要がある」
講師は、淡々と続ける。
「ランク制度は、そのための指標だ」
「優劣ではない。役割の違いに過ぎない」
前の方の席で、誰かが深く頷いていた。
安心したような顔も見える。
自分が、どこに行く人間なのか。
それが、数字で示される。
不安が減るのだろう。
少しだけ視線を落とした。
――数字が、ある人は。
「高ランクの者は、軍や王都、研究機関へ」
「中位は、各地の防衛や行政補助」
「低位は、民間支援や補助的役割に回ることになる」
講師の声に、感情はない。
善悪でも、好き嫌いでもない。
ただの分類。
昨日掲示板で見た自分の名前を思い出す。
ランクI。
測定不能。
分類の、外。
「我々は、未来を管理する責任がある」
「才能を野放しにすることは、社会にとって危険だからだ」
その言葉に、何人かの生徒が息を呑んだ。
危険。
マティルナの脳裏に、火縄銃の形が浮かぶ。
重み。
反動。
確かな破壊。
確かに、危険だ。
でも、それは銃だからではない。
魔法だって、同じだ。
「想定外は、事故を生む」
「だからこそ、我々は体系を作り、枠を定めている」
――想定外。
その言葉が、胸に引っかかった。
自分の刻印は、くしゃみ一つで生まれた。
誰も想定していなかった結果。
でも、それは本当に「間違い」なのだろうか。
講師の言葉を否定しない。
制度が必要なことも、管理が必要なことも分かる。
ただ。
測れないものは、存在しないことにされる。
その事実が、静かに横たわっているだけだ。
「本校は、才能を平等に扱う」
「感情や印象ではなく、数値と記録によって判断する」
公平。
合理的。
正しい。
そのはずなのに、ふと気づく。
この講義の中に、自分の居場所が一度も出てきていない。
高ランクでも、中位でも、低位でもない。
測定不能という項目は、存在しない。
――最初から、想定されていない。
だから、説明もされない。
怒りはない。
悲しみも、ない。
ただ、少しだけ、腑に落ちた。
この学校は、間違ってはいない。
でも、自分のための場所でもない。
講師の話は、やがて締めに入る。
「諸君らは、ここで学び、評価され、未来へ進む」
「それが、この学校の役割だ」
拍手が起こる。
整った音。
マティルナは、手を叩かなかった。
叩かない理由も、特にない。
ただ、自分の中で結論が出ていた。
――私は、評価されるためにここにいるわけじゃない。
銃を召喚したとき、体が自然に動いた。
狙い、引き金を引き、確実に当てる。
あれは、誰かに認められなくても、消えない。
制度の外にいるということは、
守られない代わりに、縛られないということでもある。
それなら、それでいい。
講堂を出る人波に混じりながら、静かに思った。
測られなくていい。
分類されなくていい。
自分は、自分の刻印で進む。
誰にも割り当てられていない未来へ。




