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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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・ 常時召集令

 初夏の気配が、学院の空気に混じり始めていた。


 中庭の木々は青を濃くし、風はどこか湿り気を帯びている。

 授業の合間、学生たちは木陰に集まり、来る暑さの話をしていた。


 そんな中――マティルナは、静かに呼び出しを受けた。


「……ギルド?」


 エルナが小さく首を傾げる。


 呼び出しは四人同時だった。

 マティルナ、エルナ、リヒト、カミラ。


 班単位での呼び出し。


 それだけで、内容の重さはわかる。


「ただの依頼じゃないな」


 リヒトが呟く。


 カミラは腕を組みながら言う。


「まあ、今までの流れ的に――普通じゃないのは確かでしょ」


 四人は学院の外へ出る。


 石畳の道を進み、見慣れた建物へ。


 冒険者ギルド。


 扉を開けた瞬間、いつものざわめきが耳に入る。


 依頼の声。

 報告のやり取り。

 装備の擦れる音。


 だが。


 受付の職員が四人を見るなり、すぐに立ち上がった。


「お待ちしていました」


 その一言で、空気が変わる。


 奥へ案内される。


 一般の依頼受付ではない。


 職員用の区画。


 さらに奥。


 扉の前で、職員が一度だけこちらを見る。


「……中へどうぞ」


 開かれる。


 部屋の中には二人。


 一人は見慣れた人物。


 ナク・レイドル。


 そしてもう一人。


 ギルドの上級職員と思われる男。


 年齢は中年。

 落ち着いた視線。

 無駄のない姿勢。


「来たか」


 ナクが短く言う。


 四人は中へ入り、並ぶ。


 扉が閉まる。


 静寂。


 先に口を開いたのは、ギルド職員だった。


「単刀直入に言います」


 一拍。


「あなた方の班に、“常時召集令”の要請が出ています」


 エルナの目がわずかに揺れる。


 カミラの眉が上がる。


 リヒトは無言で続きを待つ。


 マティルナは静かに聞いている。


 職員は続ける。


「これは通常の依頼とは異なります」


「ギルドの任務を優先し、継続的に現場へ入ること」


「つまり――」


「学生ではなく、“戦力”として扱われる立場です」


 部屋の空気が変わる。


 重くなる。


 ナクが腕を組んだまま補足する。


「学院の授業は免除になる」


「代わりに、現場での成果が単位として認められる」


 カミラが口を開く。


「……つまり、ほぼギルド所属ってこと?」


 職員が頷く。


「そう考えていただいて構いません」


 リヒトが静かに言う。


「……基準は」


「あります」


 即答だった。


「戦闘能力」


「判断力」


「継続任務への適性」


「そして――班としての完成度」


 一つ一つが重い。


 職員は四人を順に見る。


「あなた方はすでに、それらを満たしていると判断されました」


 エルナが小さく息を呑む。


「……でも、私たちまだ一年生です」


 職員はわずかに頷く。


「ええ」


「だからこそ異例です」


 一拍。


「一年生での常時召集令は、五年に一度あるかないか」


 カミラが小さく笑う。


「……とんでもない話だね」


 だがその目は真剣だ。


 ナクが口を開く。


「断ることもできる」


 四人を見る。


「今まで通り学院に残るのも選択だ」


 静かな圧。


 選択。


 強制ではない。


 だからこそ、重い。


 マティルナが一歩前に出る。


「……受けた場合」


 職員が答える。


「長期任務、危険区域への投入、討伐任務」


「難度は確実に上がります」


「ですが」


 少しだけ言葉を柔らかくする。


「得られる経験も、同様に大きい」


 リヒトが目を閉じ、少しだけ考える。


 カミラはすでに決めている顔だった。


 エルナは一瞬だけマティルナを見る。


 マティルナは――


 迷っていなかった。


 静かに言う。


「……受けます」


 間を置かず。


 カミラが笑う。


「まあ、そうなるよね」


 リヒトが肩をすくめる。


「異論なし」


 エルナも小さく頷く。


「……私も」


 四人の答えは、一つだった。


 職員はゆっくりと頷く。


「確認しました」


「マティルナ班」


「常時召集令、受諾」


 その瞬間。


 四人の立場が変わる。


 学生から。


 現場の戦力へ。


 ナクが小さく息を吐く。


「……決めたか」


 そして一言。


「後悔するなよ」


 マティルナは静かに答えた。


「……しません」


 初夏の光が、部屋の中に差し込む。


 その光の中で。


 四人は、確かに一歩先へ進んだ。


 教員室の一室の扉が閉まる。


 重い話を終えた直後の静けさが、廊下に残った。


 石の床。

 朝の光。

 遠くから聞こえる授業開始前のざわめき。


 四人はしばらく無言で歩く。


 その空気を最初に破ったのは、やはりカミラだった。


「いやー……来たね、これ」


 肩を回しながら、軽く笑う。


「まさか本当に来るとは思ってなかったけど」


 振り返り、三人を見る。


「でも正直、納得じゃない?」


 その顔は明らかに楽しそうだった。


「授業で評価されるより、現場で結果出す方が性に合ってる」


 リヒトが隣で静かに返す。


「楽ではないと思うが」


 カミラがすぐに笑う。


「楽かどうかじゃないでしょ」


 少しだけ間を置く。


「……ちゃんと戦える場所に行けるって話」


 その言葉は軽いが、芯は重い。


 リヒトはそれを否定しない。


「責任は増える」


 短く、それだけ言う。


「判断一つで、生死が変わる」


 カミラは肩をすくめる。


「今までも似たようなもんでしょ」


 だが、少しだけ視線を落とす。


「……まあ、規模は変わるけどね」


 その二人のやり取りの後ろで――


 エルナは、少しだけ歩く速度を落としていた。


 隣を歩くマティルナを見る。


「……大丈夫ですか」


 小さな声。


 いつもより、ほんの少しだけ慎重な響き。


 マティルナはその視線に気づく。


「うん」


 短く答える。


「大丈夫」


 それだけ。


 だがエルナは、まだ少し不安そうにしている。


「でも……その」


 言葉を選ぶ。


「危ない場所、増えますよね」


 正直な言葉だった。


 無理に強がらない。


 無理に明るくもしない。


 ただ、事実をそのまま置く。


 マティルナは少しだけ考える。


 それから、エルナの歩幅に合わせて歩く速度を落とした。


「……増えると思う」


 否定はしない。


「でも」


 少しだけ視線を前に向ける。


「今までと、やることは同じ」


 エルナが顔を上げる。


「やること……?」


「うん」


 マティルナは静かに言う。


「来たのを、止める」


 それだけ。


 シンプルで、変わらない。


 エルナはその言葉を聞いて、少しだけ表情を緩めた。


「……そうですね」


 小さく笑う。


「マティルナさん、変わらないですね」


 マティルナは首を少し傾ける。


「そう?」


「はい」


 エルナは頷く。


「少し安心しました」


 そのやり取りを前で聞いていたカミラが振り返る。


「いや、でもさ」


 話題を変えるように言う。


「これで完全に“現場基準”になるわけじゃん」


「ってことは」


 ニヤリと笑う。


「レベルも、ちゃんと意識しないとね」


 リヒトがわずかに頷く。


「確かに」


「学院評価とは別軸になる」


 カミラが指を折る。


「戦闘数、討伐数、貢献度」


「あと純粋な成長速度」


 そして言う。


「で、今どのくらい?」


 自然な流れでの確認だった。


 マティルナは少しだけ考える。


「……この前、上がった」


「いくつ?」


 カミラがすぐに聞く。


「一つ」


 シンプルな答え。


 カミラが笑う。


「まあ、そりゃ上がるよね」


「最近の動き見てたら」


 リヒトも静かに言う。


「俺も一つ上がっている」


「実戦頻度が増えた影響だろうな」


 エルナが少しだけ申し訳なさそうに言う。


「……私は、まだ」


「でも」


 すぐに続ける。


「少しずつ、安定してきました」


 カミラが軽く手を振る。


「いいっていいって」


「エルナは今のままで十分助かってるし」


 リヒトも頷く。


「後方の安定は重要だ」


 エルナは少しだけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「……ありがとうございます」


 マティルナはそのやり取りを静かに見ていた。


 変わらない。


 班の距離。


 役割。


 空気。


 だが。


 これから向かう先は、確実に変わる。


 廊下の先に教室が見える。


 いつもと同じ場所。


 同じ時間。


 同じ日常。


 ――けれど。


 カミラがぽつりと言う。


「これ、最後の“普通の授業”になるかもね」


 誰も否定しなかった。


 リヒトが扉に手をかける。


「だな」


 エルナが小さく息を吸う。


 マティルナは何も言わない。


 ただ。


 いつも通り、その場に立っていた。


 扉が開く。


 日常の中へ戻る。


 だが四人はもう知っている。


 この先に待っているのは――日常ではない、ということを。

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