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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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36 バレた自主練

 休日明けの朝。

 学院の空気はいつもと同じだった。


 中庭では早朝訓練をする上級生。

 講義棟からは教師の声。

 装備を調整する学生たちの金属音。


 マティルナもいつものように登校していた。


 だが――


 校門をくぐった瞬間。


 背後から、低く短い声が飛ぶ。


「マティルナ」


 振り向くまでもない。


 ナク・レイドル。


 学院教員。

 寡黙。実戦派。筋肉。

 そして――誤魔化しが効かない人物。


 ナクは腕を組んだまま立っていた。


「……来い」


 それだけ言うと歩き出す。


 理由は、聞くまでもない。


 マティルナは黙って後をついた。


 向かった先は訓練場。


 朝の時間帯でまだ人は少ない。


 中央の広い模擬戦区画。


 そこに立ち、ナクは振り返る。


「森に入ったな」


 短い一言。


 マティルナは少しだけ間を置いて答える。


「……はい」


 言い訳はしない。


 ナクは特に怒った様子もなく続ける。


「単独行動」


「許可無し」


「大型種の出る区域」


 指を一本ずつ折る。


「全部、問題だ」


 淡々としているが、事実だけが並ぶ。


 マティルナは黙って聞く。


 ナクは少しだけ視線を細めた。


「だが」


 そこで言葉を切る。


「痕跡は見た」


 森の調査は学院でも行われている。


 つまり――


 戦闘の跡も確認されている。


 折れた枝。

 血痕。

 足跡。


 ナクは続ける。


「ゴブリン三」


「オーク一」


「オーク二」


 そして。


「全部、単独処理」


 マティルナは何も言わない。


 ナクは一度息を吐く。


「力量確認をする」


 その言葉と同時に、


 訓練場の入口が開いた。


「えっ」


「もう始まるの?」


 入ってきたのは三人。


 エルナ。

 カミラ。

 リヒト。


 どうやら呼ばれていたらしい。


 カミラが小声で言う。


「なんか急に“来い”って言われてさ」


 リヒトは腕を組んで苦笑する。


「たぶん、これだろ」


 エルナはすぐ理解した。


「……森の件?」


 マティルナは小さく頷く。


 ナクが三人を見る。


「見学」


 それだけ。


 つまり――


 模擬戦。


 しかも。


 ナクがゆっくりと歩き出す。


 訓練場中央へ。


 振り返り、


 短く言う。


「一騎討ち」


 カミラが目を丸くした。


「え」


 リヒトも目を細める。


「先生と?」


 エルナは少し息を呑む。


 ナクは模擬用の長剣を拾う。


 重い鉄製。


 実戦に近い重量。


 そしてマティルナを見る。


「全力で来い」


 静かな声。


「遠慮は不要」


 マティルナは刻印を展開する。


 光が浮かぶ。


 火縄銃、形成。


 銃剣付き。


 カミラが小さくつぶやく。


「先生相手に……本気か?」


 リヒトは苦笑する。


「いや、先生なら関係ないだろ」


 エルナは静かに見ている。


 ナクは構える。


 足の位置。

 重心。

 隙がない。


 完全な実戦姿勢。


「開始は俺が言う」


 マティルナは銃を構える。


 距離、十五歩。


 装填済み。


 残弾、六。


 だが――。


 相手はナク。


 ただの教師ではない。


 実戦派。


 ダンジョン経験者。


 むしろ。


 学院内で最も戦闘慣れしている人物。


 ナクが言う。


「目的は勝敗じゃない」


 一拍。


「お前の限界を見る」


 静寂。


 朝の風が訓練場を抜ける。


 カミラが小さく息を飲む。


 リヒトは腕を組む。


 エルナはじっと見つめる。


 ナクの声。


「……始め」


 次の瞬間。


 マティルナが引き金に指をかけた。


 轟音。


 火縄銃の爆発音が訓練場に響いた。


 普通の相手なら、開始直後の一撃で終わる。

 だが――


 ナクはすでに動いていた。


 発射の瞬間、身体が半歩沈む。

 弾丸は肩の上をかすめ、背後の土壁へ突き刺さる。


 乾いた破砕音。


 カミラが目を見開いた。


「避けた……!」


 リヒトが小さく息を吐く。


「いや……」


「最初から撃つのを読んでる」


 ナクは止まらない。


 弾を避けた勢いのまま踏み込む。


 距離十五歩。


 一瞬で十歩。


 速い。


 重い。


 地面が鳴る。


 マティルナは銃を下げない。


 撃った直後、すでに動いている。


 横へ滑る。


 同時に銃を回転。


 銃剣を前へ。


 突き。


 ナクの喉元を狙う直線の一撃。


 だが――


 金属音。


 長剣が銃身を弾く。


 衝撃で銃口が逸れる。


 そのままナクの肘が振られる。


 体術。


 喉元を狙う短い打撃。


 マティルナは半歩下がる。


 頬をかすめる風。


 もし動かなければ、確実に当たっていた。


 カミラが思わず声を漏らす。


「速……!」


 だがマティルナも止まらない。


 銃を回転。


 銃剣が下から跳ね上がる。


 喉ではない。


 手首。


 武器を持つ腕。


 ナクの剣が回転する。


 刃ではなく、鍔で受ける。


 鈍い音。


 そのまま肩で体当たり。


 重い。


 体格差。


 マティルナの身体が半歩浮く。


 だが倒れない。


 着地と同時に膝蹴り。


 腹部。


 ナクが腕で受ける。


 骨の軋む音。


 観ている三人が言葉を失う。


 カミラが小声で言う。


「……これ、模擬戦?」


 リヒトが静かに答える。


「いや」


「完全に実戦だ」


 エルナは黙って見ている。


 呼吸が少し早い。


 ナクが剣を振る。


 横薙ぎ。


 重い斬撃。


 マティルナは後ろへ跳ぶ。


 髪が切れる。


 剣風。


 だが着地と同時に踏み込み。


 距離を戻す。


 銃剣突き。


 胸。


 ナクは剣を立てて受ける。


 金属が擦れる。


 そのまま足払い。


 地面すれすれの低い蹴り。


 マティルナの足が跳ぶ。


 回避。


 そのまま空中で身体を捻る。


 銃床。


 頭部へ振り下ろす。


 ナクの腕が上がる。


 防ぐ。


 衝撃。


 二人の距離が一瞬離れる。


 呼吸。


 短い。


 だが止まらない。


 ナクが言う。


「装填はどうした」


 マティルナは答えない。


 代わりに銃を回す。


 火縄を確認。


 そして。


 装填。


 火薬。


 弾丸。


 押し込む。


 動きながら。


 ナクが踏み込む。


 速い。


 だが――


 マティルナはそれを前提に動いている。


 銃剣を引き、


 半歩ずらす。


 ナクの剣が空を切る。


 そのまま肘。


 肋骨。


 ナクの腹へ。


 鈍い音。


 ナクの身体がわずかに揺れる。


 だが逆に腕を掴まれる。


 投げ。


 体術。


 マティルナの身体が回る。


 地面へ。


 だが。


 落ちる瞬間。


 銃剣を地面に突き刺す。


 支点。


 身体が回転。


 転がりながら距離を取る。


 カミラが呟く。


「……全部、先生の動き」


 リヒトが頷く。


「そうだな」


「でも」


 少しだけ笑う。


「速さが違う」


 ナクが言う。


「悪くない」


 短い評価。


 だが目は鋭い。


 本気。


 完全に。


 マティルナは装填を終える。


 火縄が揺れる。


 距離、十二歩。


 銃口が上がる。


 ナクは止まらない。


 むしろ踏み込む。


 撃たせる距離。


 マティルナの指が動く。


 引き金。


 轟音。


 火花。


 煙。


 だがナクの身体が沈む。


 弾丸が背後の木柱を砕く。


 同時に踏み込み。


 剣が振り下ろされる。


 マティルナは銃を横に。


 受ける。


 金属が軋む。


 重い。


 そのまま蹴り。


 腹部。


 マティルナが後退。


 距離、三歩。


 近い。


 銃は長い。


 だが――


 マティルナは銃を逆手に持つ。


 銃剣。


 短槍のように使う。


 突き。


 喉。


 ナクが首を逸らす。


 皮膚が薄く切れる。


 血が一筋。


 カミラが息を止める。


「……当たった」


 ナクが笑う。


 ほんの少し。


「そうだ」


 そして言う。


「それだ」


 次の瞬間。


 ナクの動きがさらに速くなる。


 本気。


 完全に。


 マティルナの瞳が細くなる。


 銃。


 剣。


 体術。


 すべて。


 ナクに教わった基礎。


 だが今、使っているのは。


 マティルナ自身が組み替えた戦い方。


 火縄銃。


 銃剣。


 体術。


 三つを一つの流れにした戦闘。


 ナクの剣が来る。


 マティルナの銃剣が動く。


 二人の距離が消える。


 訓練場に、金属音と衝撃音が連続する。


 見ている三人は、


 誰も声を出さなかった。


 それはもう、


 学生と教師の模擬戦ではない。


 完全な――戦闘だった。


 静止。


 ナクの剣。

 マティルナの銃剣。


 互いの急所を捉えたまま、ほんの数センチの距離で止まっている。


 風が訓練場を抜けた。


 誰も動かない。


 リヒトも、カミラも、エルナも――息を呑んだまま、その光景を見ていた。


 先に動いたのは、ナクだった。


 わずかに口元が上がる。


「……いい判断だ」


 その瞬間。


 剣が動いた。


 速い。


 マティルナの銃剣を弾くのではない。


 もっと鋭く、正確に。


 剣の腹が銃身を叩いた。


 金属音。


 強烈な衝撃。


 マティルナの手から火縄銃が弾き飛ぶ。


 くるくると回転しながら、地面へ転がった。


 その一瞬。


 ナクはすでに踏み込んでいる。


 剣先が伸びる。


 止まる。


 マティルナの喉元。


 ほんの指一本分の距離。


 完全な急所。


 完全な勝敗。


 訓練場が静まり返る。


 ナクが言った。


「……終わりだ」


 剣が下がる。


 模擬戦終了。


 カミラがようやく息を吐いた。


「……え、ちょっと待って」


「今の、何?」


 リヒトも額に汗を浮かべている。


「途中から……全然追えなかった」


 エルナは黙ったまま、ただマティルナを見ていた。


 ナクは剣を肩に担ぐ。


 そして、マティルナを見る。


 その視線はいつもの教師のものではない。


 戦士が戦士を見る目だった。


「……十分だ」


 短い言葉。


 だが重い。


 マティルナは地面に転がった火縄銃を見る。


 刻印が淡く光る。


 解除。


 銃は光となって消えた。


 ナクはそれを見て、鼻で小さく笑う。


「……十分だ」


 短い一言だった。


 マティルナは肩で息をしながら顔を上げる。

 その目には、まだ戦いの熱が残っていた。


「お前の実力は確認した」


「……森に入った件は」


 ナクは空を見上げながら言った。


「どうにかしておく」


 その言葉に、マティルナは驚いたように目を見開いた。


「ただし」


 ナクの視線が戻る。


「次は許さん」


「……はい」


 その時だった。


「マティルナ!」


「大丈夫!?」


「すごい音してたけど……!」


 駆け寄ってきたのはエルナ、カミラ、そしてリヒトだった。


 三人は息を切らしながらマティルナの前で止まる。


「怪我は?」


 エルナが心配そうに顔を覗き込む。


「う、うん……大丈夫」


 マティルナが答えると、カミラがじっとマティルナを見る。


「……ねえ」


「いつのまに、そんな強くなったの?」


 リヒトも腕を組みながら唸る。


「正直、ナク先生とあそこまでやれるとは思わなかった」


 三人の視線が集まる。


 戸惑い。

 驚き。

 そして、純粋な感嘆。


 マティルナは少しだけ困ったように笑った。


「……私も、よくわかんない」


 その様子を少し離れた場所からナクが見ていた。


「……ふん」


 小さく鼻を鳴らす。


 そして背を向けた。


「ほら、お前ら」


 低い声が飛ぶ。


「朝の鐘が鳴る」


 学院の建物の向こうで、ちょうど鐘が鳴り始めていた。


 ゴーン……ゴーン……


「遅刻するぞ」


 ナクは歩き出す。


 エルナたちは慌てて顔を見合わせた。


「やば!」


「教室!」


「走るぞ!」


 三人が駆け出す。


 マティルナも小さく息を整えてから走り出した。


 朝の光の中、四人は学院の教室へと向かっていく。


 その背中を、ナクはちらりと振り返り見た。


「……まあ、合格だ」


 誰にも聞こえないほどの声で呟き、ナクもゆっくりと学院へ戻っていった。

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