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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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35 指名の火力役

学院の鐘が三度鳴った直後、マティルナは職員室前に呼び出された。


理由は告げられていない。


だが、この呼び出し方には覚えがある。


指名依頼。


扉を叩く。


「失礼します」


中には、ナク先生とーー見慣れた制服の男。


冒険者ギルド職員。


灰色の外套。革製の書類筒。

学院とギルドを行き来する調整役だ。


ナク先生が顎で椅子を示す。


「座れ、マティルナ」


静かな声。


だが、目は真っ直ぐだ。


ギルド職員が口を開く。


「今回は、単独での指名依頼だ」


単独。


班ではない。


わずかに空気が変わる。


「内容を説明する」


書類が机に広げられる。


簡易地図。森林地帯。

赤い印がいくつも打たれている。


「依頼は森林調査。対象区域は北西部深林帯。ここ数か月、魔物の生息分布が変化している」


指が赤印をなぞる。


「オーク、ハイオーク、そしてトロールの目撃情報が増加。通常より深部にいるはずの個体が外縁部に現れている」


トロール。


再生能力を持つ大型種。


単純な戦力で言えば、学院生単独では厳しい相手。


だが続く。


「今回、お前はとある班の“五人目”として参加する」


ナク先生が補足する。


「その班はDランク。お前より一段上だ。主に森林探索を専門としているベテラン班だ」


Dランク。


学院基準では中堅上位。


基礎は出来ている。


無謀な突撃はしない。


「構成は前衛二人、後衛二人」


ギルド職員が淡々と続ける。


「前衛は重戦士と斧戦士。後衛は魔法使いと治癒刻印術者。だが――」


一瞬、間。


「後衛護衛が不在だ」


つまり。


前衛二枚で押さえ、後衛二枚で支える。


だが後衛を守る役がいない。


突破された場合、魔法使いと治癒術者が直接狙われる。


「そこで、お前の出番だ」


ナク先生の視線が鋭くなる。


「後衛護衛、及び火力支援」


机に置かれた指が、軽く叩かれる。


「オークは群れる。ハイオークは指揮を取る。トロールは突破力が高い」


ギルド職員が言葉を継ぐ。


「ゴブリンなどの小型種も多数出現している。調査とはいえ、戦闘は避けられない」


マティルナは静かに聞いている。


質問はまだない。


説明は続く。


「今回は調査依頼だ。討伐が主目的ではない。だが危険個体が確認されれば、戦闘になる」


「先生の同行は?」


マティルナが一言だけ問う。


ナク先生は首を振る。


「なしだ」


即答。


「相手はDランクのベテラン班だ。経験も十分。私が付く段階ではない」


試されるのは――


単独での立ち位置。


班の外で、どこまで機能できるか。


ギルド職員がさらに言う。


「お前の刻印火器は既にギルド内でも知られている。今回はその“突破阻止能力”を買っての指名だ」


突破阻止。


後衛を守る。


そして必要時の一点火力。


「弾数制限は?」


「把握済みだ。六発」


レベル上昇により増えた弾数。


既に情報は共有されている。


「再装填時間が長い点も理解している。だからこそ“撃ち所”は選べ」


ナク先生の声が低くなる。


「調子に乗るな。お前は主役ではない」


視線が刺さる。


「班の動きを崩すな。だが、撃つべき時は躊躇うな」


その両立。


簡単ではない。


ギルド職員が最後の書類を差し出す。


「出発は明朝。集合は北門前。装備は通常戦闘装備で構わない」


書類には、簡潔な文面。


・森林生態変動調査

・大型種確認および行動記録

・危険個体発見時は状況判断により交戦


「質問は?」


マティルナは一瞬考える。


「トロールの出現頻度は?」


「未確定。目撃三件。単独個体」


単独。


だが再生能力持ち。


銃で頭部を撃ち抜くか、火で焼くか。


連携が必要。


「了解しました」


短い返答。


ナク先生が立ち上がる。


「これは“試験”ではない」


そう言いながらも、目は厳しい。


「だが、学院外での評価にはなる」


ギルド職員も立ち上がる。


「Dランク班は腕は確かだ。だが誇りもある。お前は“助っ人”だ。無駄に前に出るな」


役割を守れ。


だが、必要なら撃て。


矛盾のようでいて、実戦では当然の命題。


マティルナは立ち上がり、一礼する。


「承知しました」


単独指名。


班の外。


新しい立ち位置。


森林調査。


オーク、ハイオーク、トロール。


小型種も多数。


静かな戦いにはならない。


扉を出る。


廊下の窓から見える森が、遠く揺れている。


五人目。


今回は、自分一人。


支えも、甘えもない。


ただ役割。


それだけを持って――明日、森へ入る。


翌朝。


北門前はすでに活気に満ちていた。


荷を背負う冒険者。

素材を積んだ荷車。

朝靄の向こうに広がる森。


その入口付近で、四人が静かに待っていた。


重厚な鎧を纏う大柄な男が、こちらに気付く。


分厚い盾。背に戦槌。

一目で前衛とわかる体躯。


「お前が五人目だな」


低く落ち着いた声。


「バグスだ。前衛の重戦士をやっている」


差し出された手は岩のように硬い。


握手を交わすと、隣の青年が肩に担いだ大斧を軽く揺らした。


軽装だが引き締まった身体。鋭い眼光。


「ラオル。斧戦士だ。前に出て削る役目だな」


その後ろから、長杖を持つ女性が柔らかく一礼する。


「ミホノです。攻撃魔法を担当しています」


魔力の流れが安定している。

経験者のそれだ。


最後に、小柄な少女が静かに名乗る。


「シェーラン。治癒刻印術者です。回復と支援を担当します」


胸元の刻印が淡く光る。


この四人が、Dランク森林探索班。


バグスが腕を組む。


「ギルドから話は聞いている。お前は後衛護衛と火力役だな」


ラオルが口を挟む。


「なんか、珍しい武器を使うって話だが」


ミホノが少し首を傾げる。


「刻印で……遠距離攻撃をする、と」


シェーランが続ける。


「弾数が限られている、とだけ聞きました」


どこか曖昧な空気。


説明は受けたが、具体像が掴めていない。


バグスが肩をすくめる。


「正直なところ、よくわからん」


ラオルが笑う。


「まあ、見ればわかるだろ」


疑っているわけではない。


ただ未知なだけ。


それが率直な空気だった。


マティルナは淡々と答える。


「後衛が抜かれた場合に対応します。必要なら大型にも撃ちます」


短い説明。


ミホノが頷く。


「詠唱中は動けません。守っていただければ助かります」


シェーランも小さく続ける。


「前衛が崩れた場合の支援もお願いできれば」


役割は明確。


バグスが地図を広げる。


「今日の目的は調査だ。討伐じゃない」


森の外縁から中層部へ向かう経路が示されている。


「オーク、ハイオーク、トロールの出現確認。必要なら排除」


ラオルが斧の柄を握る。


「トロールは再生する。面倒だ」


ミホノが静かに言う。


「焼き切れば止まりますが、時間がかかります」


その間を守る役目。


自然と視線がマティルナへ向く。


「再生前に止められるなら助かるが」


バグスの言葉は期待ではなく、確認。


「状況次第で」


それ以上は言わない。


ラオルが軽く笑う。


「まあ、見せてもらうさ」


出発。


森へ入ると空気が変わる。


湿り気。

重い匂い。


隊列は前衛二枚が先頭。

中距離に後衛二枚。

マティルナはその半歩後ろ。


最初の遭遇はゴブリン三体。


バグスが盾で弾き、ラオルが斧で両断。


ミホノの炎弾が一体を焼き、シェーランが軽傷を癒す。


一連の動きに無駄がない。


マティルナは動かない。


撃たない。


役割が来ない限り、静観。


さらに奥へ進む。


地面に深い足跡。


オークのものだ。


やがて茂みが揺れる。


オーク二体。


バグスが受け止め、ラオルが削る。


炎が追撃。


短時間で沈む。


その様子を見ながら、ラオルが後ろへ軽く声を投げる。


「今のは出番なしか」


「はい」


淡々。


森はさらに奥へ続く。


空気が濃くなる。


重い足音。


止まる。


バグスが低く言う。


「来るぞ」


現れたのは、ハイオーク。


通常種より大きく、武装も整っている。


後ろにオーク三体。


ラオルが斧を構える。


「調査らしくなってきたな」


バグスが盾を構え直す。


「前衛固定。後衛、準備」


ミホノが詠唱へ。

シェーランが刻印を展開。


マティルナは静かに刻印を起動する。


火縄銃が形を成す。


それを見て、ラオルが一瞬目を細める。


「……なるほど」


ミホノが小さく息を呑む。


「それが」


シェーランが囁く。


「これが……」


だが誰も余計な言葉は続けない。


見ればわかる。


今は、それでいい。


ハイオークが咆哮。


オーク三体が散開。


突破を狙う動き。


マティルナの指が、引き金にかかる。


未知は、実戦で理解される。


ハイオークが咆哮する。


低く、腹の底を震わせる音。


それに応じるように、後ろのオーク三体が散開した。


統率。


ただの力任せではない。


バグスが前へ踏み出す。


「来い!」


盾を構え、真正面から受ける構え。


ラオルが右へ回り込む。


「削るぞ!」


ハイオークが突進。


重い一撃が盾に叩きつけられる。


衝撃で地面が揺れる。


だがバグスは退かない。


横からラオルの斧が叩き込まれる。


肉を裂く音。


だが浅い。


硬い。


その間に、オーク三体が動く。


二体は前衛へ加勢。


一体が――横へ流れる。


後衛方向。


ミホノは詠唱中。


シェーランも刻印を展開している。


動けない。


マティルナは一歩前へ出る。


距離二十歩。


火縄銃を構える。


狙うは、突破してきたオーク。


呼吸を止める。


引き金。


轟音。


一発目。


弾丸が胸を穿つ。


オークがよろめく。


倒れない。


肉厚。


だが足が止まる。


「……っ」


ラオルが一瞬だけ振り向く。


見たことのない攻撃。


理解はまだ追いつかない。


だが結果は明白。


突破が止まった。


マティルナは踏み込む。


撃たない。


銃剣を突き出す。


喉元へ。


刃が沈む。


引き抜き、横薙ぎ。


オークが崩れる。


後衛、無傷。


ミホノの詠唱が完成する。


炎柱が前方を包む。


オーク二体を焼き、ラオルが追撃。


シェーランの回復光がバグスを包む。


だが、問題は中央。


ハイオーク。


炎をものともせず踏み出す。


斧が振り下ろされる。


盾が軋む。


バグスが一歩押し込まれる。


ラオルが脇腹を狙うが、腕で弾かれる。


「硬いな!」


ミホノが次の詠唱に入る。


その瞬間。


ハイオークが大きく踏み込む。


盾を押しのけ、バグスの体勢が崩れる。


隙。


一直線に後衛へ向かう軌道。


「抜ける!」


ラオルの声。


距離三十歩。


マティルナは即座に射線を確保する。


だが前衛が絡んでいる。


貫通は避けたい。


半歩、左へ。


木の隙間。


角度ができる。


装填は済んでいる。


残弾、五。


呼吸を整える。


狙うは脚。


引き金。


二発目。


轟音。


膝関節を撃ち抜く。


骨が砕ける音。


巨体が傾ぐ。


「今だ!」


ラオルが飛び込む。


斧が腿を裂く。


バグスが体勢を立て直し、盾で押し返す。


だがハイオークは止まらない。


膝を砕かれても、腕の力で前進。


咆哮。


狂気。


ミホノの炎弾が直撃する。


焦げる匂い。


それでも倒れない。


マティルナは計算する。


残弾、四。


次で止める。


距離二十五歩。


頭部は揺れている。


狙いづらい。


ならば――。


呼吸。


静止。


斧を振り上げる瞬間。


動きが止まる。


引き金。


三発目。


額を撃ち抜く。


衝撃。


頭部が仰け反る。


一瞬の沈黙。


ハイオークが膝をつく。


ラオルの斧が首へ叩き込まれる。


バグスの戦槌が側頭部を打ち砕く。


巨体が崩れ落ちる。


静寂。


焼けた匂いと、血の臭いが混ざる。


ミホノが杖を下ろす。


「……これが」


シェーランが小さく息を吐く。


「遠距離から、あの威力……」


ラオルが振り返る。


目に宿るのは警戒ではなく、純粋な評価。


「なるほどな。説明じゃわからんわけだ」


バグスが盾を担ぎ直す。


「突破は止まった。役目は果たしている」


淡々とした言葉。


だが認めている。


マティルナは銃を下げる。


残弾、三。


まだ半分。


だが装填には時間がかかる。


連続射撃は難しい。


森の奥から、低い唸り声。


重い足音。


地面が、わずかに震える。


ラオルが顔をしかめる。


「……嫌な予感がするな」


バグスが前を見る。


木々の奥。


巨大な影。


トロール。


鈍重な巨体。


だが一歩ごとに地面が沈む。


再生能力を持つ怪物。


ミホノが息を整える。


「焼きます。時間をください」


シェーランが頷く。


「前衛の維持は任せてください」


バグスが戦槌を握る。


「固定する」


ラオルが斧を構える。


「削る」


視線がマティルナへ向く。


説明はいらない。


見ればわかる。


今度は、あれを止める番だ。


森の空気が重く沈む。


トロールは、ゆっくりと姿を現した。


巨体。


歪んだ筋肉。


裂けた口元から垂れる涎。


そして、濁った目。


一歩。


地面が沈む。


「固定する」


バグスが前に出る。


盾を構え、戦槌を低く構える。


「削るぞ」


ラオルが左右へ展開。


ミホノは既に詠唱へ入っている。


シェーランの刻印光が前衛を包む。


マティルナは後衛の半歩前。


距離、四十歩。


残弾、三。


撃ち所を誤れば再生する。


装填時間は長い。


連続射撃は危険。


トロールが踏み込む。


バグスの盾に拳が叩きつけられる。


鈍い衝撃音。


盾が軋む。


ラオルが横腹を斬り裂く。


肉が裂ける。


だが――


瞬時に、蠢く。


肉が盛り上がり、傷が塞がる。


「やっぱりか」


ラオルが舌打ちする。


ミホノの炎弾が炸裂。


火が広がる。


焦げる匂い。


トロールが唸る。


再生速度が鈍る。


だが止まらない。


一歩。


また一歩。


盾を押し込む。


バグスの足が地面にめり込む。


「重い……!」


シェーランが回復を重ねる。


ミホノは次の詠唱へ。


時間がいる。


マティルナは計る。


再生が止まる瞬間。


炎が強まる。


肉が焼け、露出する骨。


頭部。


揺れる。


距離三十五歩。


風は弱い。


深呼吸。


引き金に指をかける。


撃つなら、今。


トロールが腕を振り上げる。


動きが止まる。


引き金。


四発目。


轟音が森を裂く。


弾丸が眼窩を貫く。


頭蓋を貫通。


衝撃で巨体が仰け反る。


だが、倒れない。


肉が蠢く。


再生が始まる。


「まだ動く!」


ラオルが叫ぶ。


マティルナは即座に判断する。


残弾、二。


装填は間に合わない。


二射で終わらせる。


トロールが再び踏み出す。


だが視界は揺れている。


片目が潰れ、動きが鈍る。


もう一歩。


もう少し引き付ける。


距離二十歩。


後衛に届く距離。


限界。


引き金。


五発目。


今度は眉間。


深く。


骨が砕ける音。


脳を撃ち抜く。


トロールの動きが止まる。


一瞬。


完全な静止。


そして――


巨体が崩れ落ちた。


地響き。


土煙。


沈黙。


誰も動かない。


数秒。


再生は――起きない。


ミホノがゆっくりと杖を下ろす。


「……止まった」


シェーランが刻印光を収める。


バグスが盾を外し、トロールを見下ろす。


「頭を二度抜いたか」


ラオルが振り返る。


「派手だな」


だがその声に軽さはない。


事実としての評価。


マティルナは銃を下ろす。


残弾、一。


森は再び静まり返る。


それ以上の大型反応はない。


バグスが息を吐く。


「調査はここまでだな。これ以上は深入りしない」


ミホノが記録を取る。


「出現位置、数、個体差……十分です」


シェーランが頷く。


「前衛の損傷も軽微です」


ラオルが斧を肩に担ぐ。


「五人目、悪くない」


直球の言葉。


バグスが短く言う。


「役割は果たしている」


それだけで十分だった。


帰路。


森は静か。


小型種は現れたが、前衛が処理する。


マティルナは撃たない。


無駄弾は使わない。


北門が見えてくる。


日が傾き始めている。


門前で解散。


ギルドへ報告はバグスたちが行う。


マティルナは一歩下がる。


助っ人。


五人目。


それでいい。


バグスが振り向く。


「また機会があれば頼む」


ラオルが笑う。


「次はもっと暴れてくれ」


ミホノが穏やかに微笑む。


「心強かったです」


シェーランが静かに一礼する。


「ありがとうございました」


マティルナも軽く頭を下げる。


「こちらこそ」


単独指名依頼。


試験ではない。


だが評価にはなる。


森での役割。


後衛護衛。


一点火力。


撃つべき時に撃つ。


それができた。


残弾、一。


未装填。


まだ課題はある。


装填時間。


連続射撃。


位置取り。


考えることは多い。


だが――今日の任務は成功。


五人目としての仕事は、終わった。


森の奥で倒れた巨体の余韻を背に、


マティルナは学院への道を静かに歩き出した。

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