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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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33 二度目の門番

 学園の石造りの回廊を抜け、外門へ続く坂を下ると、空気が変わる。


 都市の匂いだ。


 金属、土埃、干し肉の塩気、商人の香油。

 学園の整えられた魔力の流れとは違い、生々しい“生活”の匂いが混ざっている。


 マティルナの班――リヒト、カミラ、エルナ、そしてマティルナは、無言で歩いていた。


 門前にはすでにギルドの腕章を付けた職員と、門番数名が待機している。


 その中に、前回も顔を合わせた門番の男がいた。


 年の頃は四十代後半。日に焼けた肌と、分厚い外套。

 戦い慣れた視線。


 四人を見て、わずかに口角を上げた。


「来てくれたか」


「ご依頼、受けました」


 リヒトが代表して応じる。


 男はうなずき、視線をマティルナに向ける。


 一瞬、値踏みするような沈黙。


「……学院の中だけじゃない」


 低い声。


「噂は、もう都市側にも回ってる」


 カミラが小さく眉を上げる。


「早くないですか?」


「学園戦は見物人が多い。商人も、傭兵もな」


 男は淡々と続ける。


「四人抜き。最短決着。結界二層を貫通した一撃」


 周囲の門番たちも、さりげなく耳を傾けている。


「門を任せるには、十分すぎる評判だ」


 褒め言葉か、牽制か。


 判別はつかない。


 マティルナは表情を変えない。


「任務内容を」


 簡潔な問い。


 男は地図板を広げる。


 門の外、荒野の簡易図。


「本日の依頼は“門の防衛”だ」


 空気が引き締まる。


「ここ数日、外縁で小規模な魔物の徘徊が増えている。

 大規模侵攻ではない。だが、門への接近が確認された」


 エルナが地図に視線を落とす。


「種類は?」


「ゴブリン。偵察規模だ」


 リヒトが腕を組む。


「群れの前触れですか?」


「可能性はある。だからこそ、今日は抑える」


 男は四人を順に見る。


「門を越えさせるな。

 市民に被害を出すな。

 必要なら討伐して構わない」


 カミラが確認する。


「結界の補助は?」


「第一層は常時展開。第二層は緊急時のみ」


 エルナが小さく息を整える。


「索敵は任せてください」


 男は最後にマティルナを見る。


「前線中央、頼めるか」


「問題ありません」


 即答。


 男は満足そうに頷いた。


「配置につけ」


 四人は即座に散開する。


 マティルナは門の正面中央へ。


 石造りの段差に立ち、外界を見渡す。


 風が荒野を撫で、乾いた砂を舞い上げる。


 エルナは門のやや後方、索敵陣を展開。

 淡い光の輪が足元に広がる。


 カミラは結界制御盤の近くに位置取り、補助魔法の準備。

 リヒトは流動対応として左右どちらにも動ける位置へ。


 門の内側では、商人の荷車がゆっくりと列を作っている。


 門番が警戒態勢を敷き、市民を下がらせる。


 緊張が静かに広がる。


 その時。


 エルナの声が鋭く響いた。


「……反応、あり」


 全員の視線が外へ向く。


「距離、三百。小型。二……三体」


 荒野の向こうに、小さな影が揺れる。


 砂煙の中から姿を現す。


 緑色の肌。


 粗末な短剣。


 歪んだ背格好。


 ゴブリン。


 数は二――いや、三。


 一直線に門へ向かっている。


「速度、やや速い」


 エルナが報告する。


 リヒトが剣を抜く。


「様子見じゃなさそうだな」


 カミラが結界出力を上げる。


 淡い光が門前を覆う。


 マティルナは、まだ動かない。


 ただ、正面に立つ。


 刻印は展開していない。


 風が止む。


 ゴブリンの甲高い声が、かすかに届く。


 距離は縮まっていく。


 門の前。


 四人。


 都市を背に。


 荒野から迫る三つの影。


 ゴブリン三体。


 距離、二百。


 荒野を蹴る足音が、乾いた地面を叩く。


 甲高い喚き声が風に混ざり、門前の空気をざらつかせる。


「統率はない……でも、真っ直ぐ来る」


 エルナが低く言う。索敵陣の光がわずかに強まった。


 リヒトは半歩前に出るが、マティルナの動きはない。


「中央は任せる」


 短い言葉。


 それで十分だった。


 ゴブリンたちは結界の存在を理解していないのか、あるいは試すつもりか、減速せず突っ込んでくる。


 距離、百五十。


 カミラが結界出力を微調整する。


「第一層、安定。接触で弾く」


 門番たちが槍を構え、市民をさらに下げる。


 距離、百。


 ゴブリンの一体が奇声を上げ、地面を蹴る速度を上げた。


 先頭が跳躍する。


 ――結界に衝突。


 淡い衝撃波。


 弾かれる。


 しかし倒れない。


「……思ったより強い」


 リヒトが呟く。


 弾かれた一体がすぐに立ち上がり、結界の端へ回り込もうとする。残り二体も散開。


「分かれてくる!」


 エルナの声。


 偵察規模にしては、動きが速い。


 マティルナの瞳が細まる。


 刻印が、静かに灯る。


 淡い光が右手首に浮かび、空気が震える。


 門番の一人が思わず息を呑んだ。


「あの“変な武器”か……」


 まだ誰も何が起きるかを知らない。


 武器は顕現していない。


 だが、気配が変わる。


 二体目のゴブリンが結界を迂回しようと跳躍。


 三体目が石を投げる。


 石が結界に当たり、弾ける。


「来るよ!」


 エルナ。


 その瞬間。


 マティルナが一歩、前へ出た。


 結界の外側へ。


 門番が叫ぶ。


「待て!」


 しかし彼女は止まらない。


 第一層を一時的に通過。カミラが瞬時に出力をずらす。


 結界の縁が揺らぐ。


 外へ。


 荒野へ。


 ゴブリン三体が、目の前にいる。


 距離、十数歩。


 先頭が短剣を振りかざし、飛びかかる。


 マティルナはまだ武器を構えない。


 一瞬の静止。


 次の瞬間。


 刻印が完全展開。


 空気が裂けるような音とともに、異質な長身の武器が顕現する。


 細身の銃身。

 だが銃とは呼べぬ異形。

 先端には刃。


 門番たちの間にざわめきが走る。


「何だ、あれは……」


 ゴブリンが振り下ろす。


 マティルナは半身に避ける。


 刃が空を切る。


 そのまま柄を回し、銃剣の側面で相手の手首を打つ。


 骨の軋む音。


 短剣が落ちる。


 次の瞬間、柄頭で顎を打ち上げる。


 一体目、地面に沈む。


 二体目が背後から迫る。


 リヒトが踏み出しかけるが、止まる。


 ――任せる。


 マティルナは振り返らない。


 武器を引き、逆手に持ち替える。


 背後から迫る短剣の軌道を、刃で受け流す。


 金属と粗鉄が擦れる。


 火花。


 体を沈め、足払い。


 ゴブリンが崩れる。


 そのまま銃剣の切っ先を喉元に突き込む。


 一瞬。


 動きが止まる。


 三体目が叫びながら突進。


 石を握り、振り上げる。


 マティルナは構えない。


 銃身を横に振る。


 石が弾かれ、砕ける。


 距離、二歩。


 刃を滑らせるように、肩口へ。


 浅い。


 だが致命的。


 ゴブリンがよろめく。


 そこへ踏み込み、柄で胸を打つ。


 呼吸が止まり、倒れる。


 静寂。


 荒野に風が戻る。


 三体、沈黙。


 門前に立つのは、マティルナ一人。


 武器はまだ顕現したまま。


 血は最小限。


 無駄のない動き。


 門番たちが言葉を失う。


 カミラが結界を再調整する。


 エルナが索敵を広げる。


「……周囲に追加反応なし」


 リヒトが小さく息を吐く。


「早いな」


 マティルナは何も言わない。


 ゆっくりと刻印を解除する。


 武器が光に溶ける。


 消えるのは、この世界では常識。


 だが、その静かな消失に、門番の一人が呟いた。


「……噂以上だな」


 しかし。


 エルナの眉が、わずかに寄る。


「……待って」


 視線は荒野のさらに奥。


「遠距離に、微弱反応」


 三体だけではない。


 もっと奥。


 揺らぎ。


 観察する気配。


 マティルナの瞳が、再び遠くを見る。


 これは偵察。


 本隊ではない。


 門を“測られている”。


 風が、少しだけ冷たくなった。


 門防衛は終わっていない。


 むしろ――始まったばかりだった。


「遠距離、反応……消えない」


 エルナの声は小さいが、確信を帯びていた。


 荒野の向こう。

 三体が倒れた地点よりさらに奥、地形の起伏に紛れるような微弱な魔力の揺らぎ。


 “見ている”。


 リヒトが低く問う。

「数は?」


「はっきりしない。でも、さっきの三体とは別系統」


 偵察。

 様子見。

 門の戦力確認。


 門番の男が歯を噛む。

「群れの前触れか……」


 その瞬間。


 ――地鳴り。


 低い振動が足元を伝う。


 荒野の地平線から、砂煙がゆっくりと立ち上る。


 エルナが息を呑んだ。


「来る……今度は正面。数、増える」


 砂煙の中から、次々と小さな影が現れる。


 五。

 八。

 十。


 ゴブリンの群れ。


 先ほどの三体よりも装備がましだ。

 棍棒や盾を持つ個体も混じる。


「本隊だな」


 門番の男が短く言う。


 門内でざわめきが広がる。

 商人たちが荷車を引いて後退し、門番が隊列を組む。


 カミラが結界出力を引き上げる。

 第一層が厚みを増し、空気が震える。


「第二層、準備だけしておく」


「頼む」


 リヒトが前へ出る。

「今度は連携だ」


 マティルナは荒野を見据えたまま、静かに言う。

「門前で止める」


 ゴブリンの群れが速度を上げる。

 奇声。

 武器を振り回し、一直線に突っ込んでくる。


 距離、百五十。


 エルナが魔力を広げる。

 索敵陣が地面に幾何学模様を描き、敵の動きを可視化する。


「左に三、右に四、中央が厚い!」


 リヒトが左へ走る。

 剣を抜き、構える。


 カミラが結界の一部を“開く”。


「マティルナ、通路作る!」


「了解」


 刻印、展開。


 光が右手に宿る。

 異質な武器が顕現する。


 群れが結界に衝突する。


 衝撃。

 何体かが弾かれるが、後続が押し込む。


 棍棒が結界を叩く。

 盾が押す。


 ひびが走る。


「出力上げる!」


 カミラが叫ぶ。


 だが、数が多い。


 このままでは削られる。


「行く」


 マティルナが踏み出す。


 カミラが瞬時に結界を“裂く”。


 一点だけ、開口。


 マティルナが外へ飛び出す。


 その瞬間、開口は閉じる。


 群れの中央に、孤立。


 十を超えるゴブリンが、一斉に視線を向ける。


 奇声が重なる。


 包囲。


 リヒトが歯を食いしばる。

「無茶だ!」


「違う」


 エルナが呟く。


「誘ってる」


 ゴブリンが一斉に飛びかかる。


 マティルナは動かない。


 刃を水平に構え――


 踏み込む。


 最短距離。


 一体の喉を貫く。


 引き抜きざま、背後へ回転。


 二体目の膝裏を斬る。


 崩れたところへ柄打ち。


 三体目が棍棒を振り下ろす。


 それを銃身で受け流し、体を滑り込ませる。


 密着距離。


 刃が脇腹へ。


 血が砂を濡らす。


 しかし数が多い。


 背後から盾で押される。


 足元が揺らぐ。


 その瞬間。


「今!」


 エルナが地面に魔力を走らせる。


 足元が一瞬だけ隆起。


 ゴブリンの体勢が崩れる。


 その隙。


 マティルナが後退しながら三連の斬撃。


 三体、同時に倒れる。


 残りは六。


 だが、奥。


 砂煙の中。


 大きな影。


 門番の男が目を見開く。


「……上位種か?」


 一回り大きい個体。


 粗い鉄鎧を纏い、長柄武器を持つ。


 群れをかき分け、前に出る。


 周囲のゴブリンが道を開ける。


「指揮個体……!」


 エルナの声が震える。


 その個体が、長柄を振り上げる。


 魔力が集まる。


 地面が割れる。


 衝撃波。


 マティルナが跳ぶ。


 地面に亀裂。


 砂が舞い上がる。


 門の結界が揺れる。


「まずい……!」


 カミラが第二層を展開。


 重ねられた結界が低く唸る。


 上位種が吠える。


 残存のゴブリンが再び突撃。


 門前は混戦。


 リヒトが左翼で二体を斬り伏せるが、中央は圧が強い。


 マティルナは上位種と対峙する。


 距離、五歩。


 長柄が横薙ぎに振られる。


 重い。


 受ければ砕かれる。


 マティルナは踏み込み、懐へ。


 刃を突き上げる。


 鎧に弾かれる。


 硬い。


 上位種が膝を振り上げる。


 直撃。


 マティルナが後退。


 砂を滑る。


 門内がざわめく。


「押されてる……?」


 だが、マティルナの瞳は揺れない。


 鎧の継ぎ目。


 首の付け根。


 左脇。


 視線が走る。


 呼吸が静まる。


 刻印が、わずかに強く光る。


 上位種が再び振り上げる。


 その背後で、残りのゴブリンが結界へ体当たりを始める。


 時間がない。


 門を守るなら――ここで止めるしかない。


 マティルナが、一歩、踏み出した。


 空気が張り詰める。


 次の一撃が、この局面を決める。


 上位種が長柄武器を振り上げる。


 空気が震え、門前の砂が浮く。

 あの一撃が落ちれば、結界ごと削られる。


 リヒトは歯を食いしばる。

「来るぞ……!」


 カミラが第二層の出力をさらに引き上げる。

「正面、衝撃来る!」


 エルナの索敵が一点に収束する。

「首の付け根、魔力集中……!」


 マティルナは、動かない。


 半歩も。


 班の三人は、その構えを知っている。


 あの静止。

 あの呼吸。


 ――終わらせる構え。


 だが門番たちは違う。


「動かない!?」「避けろ!」


 叫びが飛ぶ。


 上位種が咆哮し、武器を振り下ろしかけた、その瞬間。


 マティルナの刻印が淡く光る。


 銃身が持ち上がる。


 門番の一人が眉をひそめる。

「なんだ、その武器……?」


 詠唱はない。

 魔法陣も展開しない。


 ただ、照準。


 一瞬の静寂。


 ――轟音。


 空気が裂ける。


 閃光が走る。


 何が起きたのか、門番たちには理解できない。


 上位種の動きが止まる。


 振り上げた姿勢のまま、硬直。


 首の付け根。


 小さな穿孔。


 そこから遅れて、血が噴き出す。


 巨体が崩れ落ち、地面が揺れた。


 沈黙。


 門番の誰かが、かすれた声で呟く。

「……今、何をした?」


 ゴブリンたちが一斉に後退する。


 統率を失った群れは、散り散りに逃げていく。


 門番たちは追撃の構えを取るが、マティルナは動かない。


 銃身を下ろす。


 刻印を解除。


 武器は光に溶け、空気へ消える。


 それはこの世界では常識の光景。

 刻印を解けば、武器は消える。


 だが、問題はそこではない。


「斬ってない……よな?」


「魔法……?  いや、詠唱が――」


「一瞬だったぞ……」


 門番たちは倒れた上位種を囲む。


 傷は一点。


 完璧な急所。


 リヒトは静かに剣を納める。

「最短で終わらせたな」


 カミラが小さく息を吐く。

「出力、ちゃんと抑えてた」


 エルナが頷く。

「貫通、一直線。余波ほぼゼロ」


 三人の声には驚きがない。


 確認だけ。


 いつものことのように。


 門番の隊長が振り返る。

「君たち……今のは?」


 リヒトが肩をすくめる。

「班の戦い方です」


 それ以上は言わない。


 マティルナも説明しない。


 ただ荒野を見つめる。


 門番の一人が低く呟く。

「学院の噂……本当だったのか」


「いや、噂以上だ……」


 上位種を、一撃。


 詠唱もなく。

 接触もなく。


 何もさせずに。


 カミラが結界を落とす。

 光が静かに消える。


 エルナが索敵を閉じる。

「周囲、完全にクリア」


 門番の隊長が深く頭を下げる。

「……助かった。あれを正面から受けていたら、門は危なかった」


 マティルナは短く答える。

「任務です」


 それだけ。


 四人は並び、門内へ戻る。


 背後で、門番たちのざわめきが続く。


「何の魔法だ……?」


「見えなかったぞ……」


「まだ何か隠してるな……」


 班の三人は、ちらりとマティルナを見る。


 リヒトが小さく笑う。

「噂、また広がるな」


 カミラも苦笑する。

「門番さんたち、しばらく混乱しそう」


 エルナは静かに言う。

「でも、門は守れた」


 マティルナは何も言わない。


 ただ、わずかに頷く。


 夕陽が門を赤く染める。


 荒野は静まり返っている。


 だが、今日の一撃は確実に刻まれた。


 学院の外へ。


 街へ。

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