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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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34/39

32 班対抗戦

 学院中央広場。


 石畳の中央に設けられた特設掲示台の前には、朝から異様な熱気が漂っていた。


 班対抗一対一勝ち抜き戦。


 学院最大の実力公開の場。


 そして――名を上げる場。


「今年は荒れるぞ」


「一年が記録塗り替えたって?」


「蒼刃班と当たるなら見ものだな」


 ざわめきは噂を含んで波のように広がる。


 その中心に、リヒトたち四人は静かに立っていた。


 周囲の視線は明らかに彼らへ向いている。


 羨望。


 疑念。


 警戒。


 マティルナは無言で掲示板の白布を見つめていた。


 風が揺らす。


 布の向こうにあるものを、彼女はただ待つ。


「緊張してるか?」


 リヒトが小声で問う。


「別に」


 即答。


 いつもの調子だ。


 だが、周囲の空気は違う。


 鐘が鳴る。


 学院長代理の教官が壇上へ上がる。


「これより、班対抗一対一勝ち抜き戦の組み合わせを発表する」


 静まり返る。


 風音すら止まったように感じる。


「今年は特例として――」


 その一言に、ざわめきが走る。


「模擬ダンジョン最速走破記録更新班をシードとする」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、広場が揺れた。


「は?」


「一年がシード?」


「前例ないぞ」


 蒼刃班の位置が変わる。


 視線が鋭くなる。


 マティルナは動かない。


 ただ、静かに聞いている。


 白布が落とされた。


 掲示板に刻まれた対戦表。


 最上段、右端。


 ――リヒトシード


 そして。


 反対側の山。


 ――蒼刃班。


 線は、決勝で交わる形。


「……露骨だな」


 エルナが小さく呟く。


 操作。


 意図。


 見たいのだ。


 学院は。


 一年の実力が偶然かどうかを。


 蒼刃班とぶつけて確かめたい。


「面白いじゃねえか」


 カミラが笑う。


 だがその笑みは鋭い。


 周囲の視線がさらに重くなる。


「一年はどこまでやれる?」


「蒼刃に当たる前に消えるだろ」


「いや、あの銀髪……」


 ささやきの中心は、マティルナ。


 彼女は一歩前に出た。


 掲示板を真正面から見上げる。


 対戦順も記されている。


 リヒト班・先鋒――マティルナ。


「最初から出るのか」


 リヒトが確認する。


「うん」


 迷いがない。


「大将じゃなくていいのか?」


「早いほうが楽」


 短い返答。


 だが、その言葉の意味を理解しているのは班の三人だけだ。


 彼女は。


 終わらせるつもりだ。


 ナク先生が人混みの後方に立っていた。


 腕を組み、掲示板を見上げている。


 視線が一瞬、マティルナと交わる。


 何も言わない。


 ただ、わずかに顎を引く。


 ――制御しろ。


 それだけが伝わる。


 蒼刃班の三人が歩み寄る。


「随分と優遇されてるな」


 先頭の男子。


 低い声。


「光栄ですよ」


 リヒトが答える。


 男子の視線はマティルナへ。


「先鋒か」


「はい」


「逃げないんだな」


「逃げる理由はないです」


 淡々。


 男子は一瞬、目を細めた。


「いいだろう。決勝で待ってる」


 踵を返す。


 その背中は余裕と警戒の混ざったものだった。


 広場の空気が徐々に解けていく。


 だが、どこか張り詰めたまま。


「操作だよな、あれ」


 カミラが小声で言う。


「見世物だね」


 エルナが静かに答える。


 リヒトはマティルナを見る。


「やれるか?」


 マティルナは空を見上げた。


 薄い雲が流れている。


「問題ないよ」


 それだけ。


 不安はない。


 緊張もない。


 ただ、静かな確信。


 遠くで鐘が再び鳴る。


 第一試合、三日後。


 観客席は満席になるだろう。


 蒼刃班も、教官も、上層部も。


 全員が見る。


 最速を塗り替えた一年が、本当に強いのかどうか。


 マティルナは刻印に触れる。


 魔力の感触。


 脈打つ鼓動。


 消えている銃の存在が、確かにそこにある。


 静かに、息を吐く。


「早く、始まらないかな」


 ぽつりと零れた言葉。


 その声音には、期待も焦りもない。


 ただ――。


 終わらせる者の声だった。


 広場の空気が、わずかに震える。


 蒼刃班との決勝を見たい。


 学院はそう仕組んだ。


 だが。


 その前に。


 何が起きるかまでは、誰もまだ知らない。


 マティルナは掲示板から目を離し、踵を返す。


 視線が追う。


 その背に、無言の問いが突き刺さる。


 ――どこまで強い?


 答えは、もうすぐ示される。


 静かな足音が石畳に響いた。


 試合は近い。


 そして学院はまだ知らない。


 “測る側”が、測られる側になることを。


闘技場は熱を帯びていた。


石造りの試合台の上、結界が淡く発光している。勝ち抜き戦。蒼刃班とリヒト班、事実上の決勝と噂される一戦。観客席はほぼ満席だった。


「先鋒、前へ」


教官の声が響く。


リヒト班から歩み出たのは、マティルナ。静かな足取り。感情の読めない表情。


その手が刻印に触れた瞬間、空間が歪み、武器が顕現する。


長い銃身。黒光りする金属。先端には刃。


観客席がざわつく。


「またあの武器か……」


「なんだあれ。槍? でも引き金みたいなの付いてるぞ」


「撃つのか? 斬るのか?」


分類できない。既存のどの武器系統にも当てはまらない。だからこそ、“変な武器”。


対する蒼刃班の先鋒が試合台へ上がる。


短く刈り込んだ髪。引き締まった体。両手には双短剣。刃は薄く、反りがない。実戦向きの武器だ。


男はマティルナの武器を見て、軽く鼻で笑う。


「それが噂の武器か」


マティルナは何も言わない。


男は肩を回しながら続ける。


「遠くから何か飛ばすって話は聞いた。でもな」


双短剣を構える。刃先が低く揺れる。


「ここは闘技台だ。広くない。距離はすぐ詰まる」


一歩、踏み込む。


「変わった形してても、所詮は長物だろ? 懐に入れば終わりだ」


観客席から笑いが漏れる。


マティルナは視線だけを上げる。


「入れるなら」


「入るさ」


男の目が鋭くなる。


「俺は接近戦で負けたことがない」


「そう」


短い返答。


男は眉をひそめる。


「怖くないのか?」


「何が?」


「蒼刃に挑んで、先鋒で消えること」


わずかな沈黙。


マティルナは銃身をわずかに傾ける。だが銃口は上がらない。引き金にも触れない。


「消えるのは、あなた」


空気が変わる。


男の口元が歪む。


「言うじゃないか」


開始の鐘が鳴った。


同時に、男が地を蹴る。


速い。


直線ではない。左右に揺れながら、間合いを詰める。視線は武器の先端。撃たれる瞬間を警戒している。


だが、マティルナは撃たない。


一歩、前へ。


観客席がざわつく。


「え?」


距離を取らない。


むしろ、詰める。


男の踏み込みと同時に、マティルナの足が半歩ずれる。真正面ではなく、わずかに外側。


双短剣が振るわれる。


鋭い十字。


金属音が弾ける。


銃剣が滑り込む。


受け止めたのではない。弾いたのでもない。刃の根元を正確に叩き、力の流れを逸らす。


男の目が見開かれる。


「なっ――」


間合いはもう、零距離。


銃身が回転する。刃ではない。柄尻。


腹部に打撃。


鈍い音。


男の呼吸が乱れる。


それでも反射的に肘を打ち込む。近接型の動き。速い。


だがマティルナは体を沈め、肘を空振らせる。同時に足払い。


男の体勢が一瞬崩れる。


観客席からどよめき。


「近い……!」


長物のはずなのに、完全に接近戦。


男は無理やり距離を取る。後退しながら左短剣を投げる。


一直線。


マティルナは銃身を斜めに傾ける。


甲高い音。


短剣は弾かれ、結界に当たって落ちる。


「なんだその扱い方は……!」


焦りが滲む。


男は最後の踏み込みをする。残る一本で上段から斬り下ろす。


速い。観客が息を止める。


マティルナは半歩、横へ。


最小の動き。


斬撃は空を裂く。


その瞬間。


銃剣が下から跳ね上がる。


喉元。


寸止め。


結界が強く発光する。


判定音。


静寂。


「……勝者、マティルナ」


歓声が遅れて爆発する。


「撃ってないぞ!」


「斬ってるだけじゃないか!」


「変な武器なのに、普通に強い……!」


男は固まったまま、喉元の刃を見つめる。


「……撃たないのか」


マティルナは静かに答える。


「必要なかった」


男は小さく笑う。


「変な武器だと思ってたが……」


視線を上げる。


「一番厄介なのは、お前だな」


マティルナは何も言わない。


刃を引く。


男は試合台を降りる。


蒼刃班の控え席。次鋒が立ち上がる。細い指が糸のようなものを弄んでいる。


観客の空気はもう、完全に変わっていた。


奇妙な武器。


だが扱う者は、それ以上に異質。


マティルナは中央に立つ。


呼吸は乱れていない。


銃口は、まだ下を向いたまま。


ーー


蒼刃班の控えから、細身の男がゆっくりと歩み出た。


長い外套。袖口から覗く白い指。視線は柔らかいが、笑ってはいない。


「蒼刃班、次鋒。ルヴァン」


名乗りながら、彼は軽く指を鳴らした。


空気が震える。


足元に魔法陣が浮かび上がる。淡い紫の光。


そこから現れたのは――三体の人形。


一体は槍を持つ騎士型。

一体は細身で、弓を携えている。

最後の一体は、両腕が刃になった異形。


観客席がざわめく。


「人形使いか……」


「厄介だぞ。あれは距離を詰められない」


ルヴァンは微笑む。


「先ほどは、撃たなかったね」


マティルナは無言。


銃剣を持ったまま、わずかに構えを変える。


「撃てないのかな?」


挑発。


だが、マティルナの視線はルヴァンではない。


人形の足運び。


重心。


糸の流れ。


見ている。


鐘が鳴った。


瞬間――弓人形が放つ。


光の矢。


連射。


槍人形が正面から突進する。刃腕の人形は低く回り込み、死角へ。


三方向同時。


観客が息を呑む。


マティルナは一歩、前へ。


逃げない。


銃身が横に薙がれる。


最初の矢を弾く。火花。二射目は体を傾け回避。三射目は銃剣の平で逸らす。


そのまま踏み込む。


槍が突き出される。


鋭い。


だがマティルナは穂先の外側へ滑り込み、銃身で柄を叩く。


軌道が逸れる。


刃腕の人形が横から斬り込む。


金属音。


銃剣が下から受け止める。


三体が連携する。圧力。隙がない。


ルヴァンは後方で微笑む。


「いいね。近いほうが好みかい?」


指が動く。


糸が引かれる。


槍人形が背後へ跳び、同時に弓人形が再び射撃。


距離を作られる。


これが狙い。


マティルナは止まる。


矢が降る。


弾く。逸らす。だが完全には防ぎきれない。


一射が肩を掠める。


結界が淡く光る。


観客席がどよめく。


「やっぱり距離を取られると……!」


ルヴァンの声が届く。


「君は一人。こちらは四体だ」


指が大きく振られる。


三体が一斉に広がる。


包囲。


逃げ場を削る配置。


マティルナはゆっくり息を吐く。


銃口はまだ下を向いている。


撃たない。


その代わり。


――走った。


一直線に。


だが目標は人形ではない。


左。


弓人形。


最も遠距離制圧に長けた個体。


ルヴァンの眉が動く。


「読まれていると思わないか?」


槍人形が割り込む。


突き。


速い。


マティルナは突きを“受けない”。


踏み込みをさらに加速させ、穂先の内側へ身体を滑り込ませる。


距離ゼロ。


銃身の根元で槍人形の関節を強打。


人形がわずかに硬直。


その瞬間、刃腕が背後から振り下ろされる。


観客が悲鳴を上げる。


マティルナは身体を低く沈め、回転。


刃が空を裂く。


そのまま回転の勢いで銃剣を横薙ぎ。


弓人形の脚部。


切断。


弓人形が崩れる。


ルヴァンの表情が初めて崩れる。


「……っ」


糸が乱れる。


槍人形が再び迫る。


マティルナは壊れた弓人形を蹴り上げる。


死角が生まれる。


視界が遮られた一瞬。


彼女は消える。


観客席から声。


「見えない!」


次の瞬間。


マティルナは槍人形の懐。


銃剣が関節へ突き込まれる。


魔力回路が断たれる。


槍人形、停止。


残るは刃腕。


狂ったように斬撃を放つ。


速い。だが単調。


マティルナは一歩も引かない。


刃をいなし、柄で打ち、脚を払う。


人形が崩れた瞬間。


銃剣が核心部を貫く。


静止。


三体、沈黙。


闘技場が静まり返る。


ルヴァンとマティルナの距離は、まだ十歩以上ある。


だが人形はない。


ルヴァンはゆっくりと手を下ろす。


「強引だね」


マティルナは答えない。


一歩、踏み出す。


ルヴァンが後退する。


「僕は接近戦は専門外でね」


足元に魔法陣が浮かぶ。


直接魔法。


炎弾。


氷槍。


雷撃。


連続詠唱。


だが――マティルナは止まらない。


炎を横へ逸らし、氷を銃身で砕き、雷の軌道を読み切って最小限で躱す。


距離が縮む。


八歩。


五歩。


三歩。


ルヴァンの顔から笑みが消える。


「待て――」


銃剣が喉元に突きつけられる。


寸止め。


結界が光る。


判定音。


「……勝者、マティルナ」


沈黙。


やがて歓声。


「全部近接で壊した……」


ルヴァンは息を吐く。


「遠距離型を、真正面から潰すか……」


視線を上げる。


「君は、“距離”そのものを信用していないんだね」


マティルナは静かに武器を下ろす。


「届くなら、近いほうが確実」


それだけ。


ルヴァンは苦笑し、退く。


蒼刃班の控え。


三人目――細身の女性が立ち上がる。


ーー


蒼刃班の控えから、女が静かに歩み出る。


軽装。無駄のない装備。腰には細身の短剣が二振り。足取りがやけに軽い。


観客席から声が上がる。


「回復役だろ?」


「でもあいつ、前線にも出るぞ」


彼女は試合台中央へ立つと、マティルナをまっすぐに見た。


笑っていない。


「蒼刃班、参鋒。エルシア」


澄んだ声。


「二人やられてる。正直、驚いてるわ」


マティルナは無言。


エルシアは目を細める。


「でもね」


短剣を抜く。


刃が光を弾く。


「私は、あの二人より速い」


空気が変わる。


鐘が鳴った。


――消えた。


そう見えた。


次の瞬間、マティルナの右側から斬撃。


金属音。


銃剣が間一髪で受け止める。


エルシアはすでに背後へ回っている。


二撃目。


三撃目。


速い。


踏み込みが軽い。床を蹴る音が小さい。無駄な予備動作がない。


マティルナは振り返らない。


足運びだけで軸をずらし、刃を滑らせる。


だが、エルシアは止まらない。


一度離れ、また詰める。


上下。左右。斜め。


「……っ」


観客席がざわめく。


「速い!」


「今度は押されてるぞ!」


エルシアは笑わないまま言う。


「重い武器ね」


斬撃。


「それで、私に追いつける?」


踏み込みと同時に低い蹴り。


マティルナの足を狙う。


わずかに体勢が崩れる。


その隙に喉元へ刃。


――だが。


銃身が回転する。


柄尻が短剣を弾く。


火花。


エルシアは跳ねるように後退。


「反応はいい」


息は乱れていない。


彼女の指先が淡く光る。


自分の腕の掠り傷を撫でる。


傷が閉じる。


観客席から驚きの声。


「回復……!」


「戦いながら治してるぞ」


エルシアは構え直す。


「長引けば、私が有利よ」


再び加速。


今度は真正面から。


フェイント無し。


速さだけで押す。


連撃。


上段、下段、胴、足。


間断ない。


マティルナは一歩も引かない。


受ける。


流す。


弾く。


だがエルシアはさらに加速する。


「ついてこれる?」


床を蹴る音が連続する。


残像のように位置が変わる。


マティルナの肩に浅い切り傷。


結界が淡く光る。


エルシアの目が鋭くなる。


「当たる」


踏み込む。


その瞬間。


マティルナが前へ出る。


観客席が息を呑む。


速さに対抗するのではない。


“迎えに行く”。


エルシアの懐へ。


距離ゼロ。


短剣が振り抜けない距離。


エルシアの瞳が揺れる。


「近――」


銃剣の柄が鳩尾に叩き込まれる。


鈍い音。


だが彼女は耐える。


即座に肘打ち。


マティルナの頬を掠める。


さらに膝蹴り。


接近戦もこなす。


二人の距離は腕一本。


刃が交差する。


音が連続する。


金属と金属。


呼吸と呼吸。


エルシアは後退しない。


「速さだけじゃないのよ」


回復光が瞬く。


体力が削れない。


マティルナは一瞬だけ、動きを止める。


観客席がざわつく。


「止まった?」


その刹那。


エルシアが最大加速。


一直線。


喉元を狙う突き。


勝負の一撃。


だが――マティルナは半歩、踏み込んでいた。


突きの“内側”。


刃が伸びきるより早く。


銃剣がエルシアの手首を叩く。


短剣が弾かれる。


同時に、足を払う。


重心が崩れる。


エルシアは倒れない。


片手で床を押し、跳ね上がる。


だが。


その跳躍の頂点。


銃剣が喉元へ。


寸止め。


結界が強く光る。


判定音。


静寂。


「……勝者、マティルナ」


歓声が遅れて爆発する。


エルシアは喉元の刃を見つめ、静かに息を吐く。


「速さを……迎え撃つのね」


マティルナは答える。


「速いなら、近い」


エルシアは小さく笑う。


「嫌いじゃない」


武器を収め、下がる。


蒼刃班の控え。


最後の一人。


大剣を担いだ男が、ゆっくりと立ち上がる。


空気が重くなる。


観客席が静まる。


マティルナは中央に立つ。


三連勝。


だが一発も撃っていない。


変な武器は、まだ沈黙したまま。


最後。


――エース。


ーー


蒼刃班、大将。


重い足音が石床を鳴らす。


肩に担がれた大剣は、人の背丈を超える。

刃幅は広く、重量だけで圧を放つ。


観客席がどよめく。


「来たな……」


「蒼刃の主力だ」


男は中央に立ち、マティルナを見下ろす。


「三人抜きか」


低く、腹に響く声。


「だが、ここまでだ」


マティルナは静かに立っている。


手にはあの奇妙な武器。

銃剣の形状。剣とも槍ともつかない異質さ。


観客席がざわつく。


「どう来る?」


「また近づくのか?」


「相手は大剣だぞ……」


男が大剣を構える。


空気が沈む。


「小細工は効かねえ。正面から叩き潰す」


筋肉が膨れ、踏み込みの気配が生まれる。


マティルナは動かない。


距離はある。


三戦すべて接近戦。


ならば今回も接近するはず――。


観客の視線が一点に集まる。


鐘が鳴る。


刹那。


男が踏み込もうとした、その瞬間。


空気が裂けた。


乾いた衝撃音。


短い、鋭い破裂。


同時に、大将の結界が爆発的に発光する。


閃光。


衝撃。


防御結界が最大出力で反応する。


だが、遅い。


結界の表層が砕ける。


二重層まで一気に歪む。


男の巨体が後方へ吹き飛ぶ。


踏み込む前。


振りかぶる前。


大剣はまだ上段にも上がっていない。


床に叩きつけられる。


轟音。


土煙。


沈黙。


観客席が凍る。


「……え?」


「何が起きた?」


「近づいてないよな?」


距離は変わっていない。


マティルナは一歩も動いていない。


斬っていない。


触れていない。


男は仰向けのまま、目を見開いている。


結界の残光が揺れている。


審判の声が響く。


「……勝者、マティルナ」


どよめきが一気に爆発する。


「今の何!?」


「魔法か!?」


「詠唱してないぞ!」


「飛び道具か? でも見えなかった!」


誰も“撃つ”という発想を持たない。


理解が追いつかない。


三戦は近接。


四戦目は、距離を詰める前に終わった。


大将が、かすれた声で言う。


「……見えなかった」


悔しさより困惑。


「何も……させてもらえなかった」


それが事実だった。


マティルナは静かに武器を下ろす。


刻印が淡く光る。


そして武器は霧のように消える。


それは当然の光景。


刻印魔法の解除。


誰もそこには驚かない。


問題はそこではない。


問題は――何をしたのか。


観客席のざわめきが止まらない。


「あれ、まだ何かあるのか?」


「接近戦用の武器じゃなかったのか?」


「どうやった?」


上級生席。


蒼刃班をこの位置に導いた者たちが無言で立っている。


「……近接型だと思っていた」


一人が低く言う。


「違う」


別の者が目を細める。


「距離を選ばない」


その一言が、空気を冷やす。


四連勝。


しかも最短。


蒼刃班、全滅。


歓声が遅れて巻き起こる。


だがそれは熱狂というより、混乱に近い。


理解不能へのざわめき。


マティルナは背を向ける。


歓声にも、疑念にも反応しない。


ただ班の元へ戻る。


当然のように。


だが学園の空気は、確実に変わった。


あの奇妙な武器。


あの一瞬。


――まだ、何か隠しているのではないか。


その疑念が、静かに広がる。


強さの“片鱗”。


それは十分すぎるほど示された。


そして今度は――彼女が挑まれる側になる。


ーー


試合台を降りた瞬間、空気が変わる。


さきほどまでの歓声が、今度はざわめきへと変わっていく。


マティルナは無言で歩く。


視線を集めながら。


問いかけられることも、称賛も、疑念も。


すべてを横目に流す。


その先で――。


「おかえり」


リヒトが軽く手を挙げた。


いつも通りの調子だが、声が少しだけ上ずっている。


「四人抜きって……さすがにやりすぎじゃない?」


カミラが呆れたように笑う。


けれど、その目は誇らしげだ。


「最後、何が起きたのか分からなかった」


エルナは真剣な顔で言う。


「距離、あったよね?」


マティルナは小さく頷く。


「最短で終わらせただけ」


簡潔。


それ以上は言わない。


リヒトが苦笑する。


「いやいや、“だけ”って……」


カミラが小声で囁く。


「完全に目立ったよ。上級生、顔色変わってたし」


エルナが静かに付け加える。


「次、絶対に何かある」


マティルナは肩をすくめる。


「来るなら、来ればいい」


その時。


「――ずいぶん派手にやったな」


背後から声がかかる。


振り向くと、ナク先生が立っていた。


腕を組み、細めた目でこちらを見ている。


周囲の空気がわずかに張りつめる。


リヒトたちが姿勢を正す。


「ナク先生」


「よく勝った。結果としては文句なしだ」


短く評価する。


だが、そこで終わらない。


視線がマティルナに向く。


「だが」


一歩、近づく。


「最後の一撃」


空気が静まる。


「制御がまだ甘い」


リヒトが息を呑む。


カミラの表情が引き締まる。


エルナが黙って聞く。


マティルナは動かない。


「結界の二層目まで一気に貫いたな。あれは必要以上だ」


ナク先生の声は低い。


「対人戦の結界は、安全域がある。だが、あの出力があと数%でも上振れしていれば」


そこで言葉を止める。


言外の意味は明白だ。


事故。


重傷。


あるいは――。


「威力を出せるのは分かった。だが、戦闘は破壊競争じゃない」


鋭い視線。


「必要な分だけを、正確に抜け」


沈黙。


数秒。


マティルナが静かに答える。


「……はい」


短い。


だが、その声は真剣だ。


ナク先生はじっと見つめる。


「お前は速い。判断も、間合いも、躊躇もない」


一瞬だけ、口元がわずかに緩む。


「だからこそ、制御を覚えろ。でなければ、いずれ自分が困る」


それだけ言うと、踵を返す。


「明日の講義は通常通りだ。浮かれるな」


去っていく背中。


緊張がほどける。


リヒトが大きく息を吐く。


「こわ……」


カミラが苦笑する。


「でも、褒められてたよね」


エルナが静かに言う。


「期待、されてる」


マティルナは拳を軽く握る。


最後の一撃。


確かに、少しだけ出力を上げた。


最短で終わらせるために。


無駄を削るために。


だが――まだ削れる。


もっと、正確に。


もっと、静かに。


観客席ではまだざわめきが続いている。


「何だったんだ、あれは」


「距離、関係ないのか?」


「解析、必要だろ……」


噂は広がる。


疑問は増幅する。


だが班の輪の中は静かだ。


リヒトが笑う。


「ま、今日は祝勝だな」


カミラが頷く。


「甘いの、奢って」


エルナが小さく微笑む。


マティルナも、ほんのわずかに口元を緩めた。


強さは示した。


だが、まだ未完成。


ナク先生の言葉が胸に残る。


――制御が甘い。


その課題を抱えたまま。


彼女は歩き出す。

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