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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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28 接近戦訓練

 学院が管理するダンジョンに、マティルナが足を運ぶようになってから、すでに何度かの休日が過ぎていた。


 最初は、雰囲気に慣れるため。

 次は、モンスターとの距離感。

 その次は、索敵と判断速度。


 目的は毎回違っていたが、共通していたのは――撃つことを主としない訓練だった。


 マティルナは、以前よりも引き金に指をかけなくなっていた。

 銃は手にある。

 だが、撃たない。


 刻印魔法で召喚した火縄銃は、常に出したまま。

 銃剣も装着され、いつでも使える状態で保持している。


 それでも、撃たない。


 立ち止まり、耳を澄まし、気配を探る。

 足音を聞き分け、影の揺れを見る。

 そして――「入らない」という判断を選ぶ。


 その時間は、ナク・レイドル教諭が意図的に作ったものだった。


 今日もダンジョンから戻った後、二人は学院の裏手にある訓練区画へ向かっていた。


 石畳の通路を抜けると、開けた屋外訓練場が現れる。

 地面は踏み固められ、過去の模擬戦や実戦訓練の痕跡が無数に残っている。

 刃痕、衝撃跡、焼けた跡。


 ここは「撃つ前」の場所ではない。

 詰められた後のための場所だ。


 マティルナは、足を踏み入れた瞬間、空気の違いを感じ取った。


 ダンジョンとは別種の緊張。

 閉じた通路ではなく、逃げ場のある空間。

 それでも――距離は、意図的に詰められる。


「今日は、ここだ」


 ナクが短く告げる。


「ダンジョンでは……ないんですね」


「ああ」


 説明は、それ以上ない。


 だが、マティルナには十分だった。


(次は、ここ……)


 ナクは、マティルナの正面に立つ。

 視線は真っ直ぐ、逸らさない。


 マティルナは、自然と銃を構えたまま姿勢を整える。

 引き金には触れない。

 銃身を両手で支え、銃剣の位置を意識する。


「お前は、距離を取る判断が早くなった」


「はい」


「索敵も、悪くない」


 ここまでは、いつもの評価。


 だが、ナクは続けた。


「――だが」


 その一言で、空気が締まる。


「距離を詰められた後の選択肢が、少ない」


 マティルナは、わずかに視線を落とした。


 思い当たる場面が、いくつも浮かぶ。


 不意の遭遇。

 曲がり角。

 視界の悪い空間。


 そういう状況では、どうしても――撃つしかなくなる。


「銃がある」


 ナクは言う。


「それは強みだ。否定はしない」


 一拍置き、続ける。


「だが、撃てない距離は必ず来る」


 訓練場の中央へ、歩み出る。


「詰められた時」

「弾を撃てない時」

「撃つべきでない時」


「そのとき、お前は、止まる」


 マティルナは、銃を握る指にわずかに力を込めた。


「……はい」


「だから今日は、近接だ」


 ナクの視線が、マティルナの武器へ向く。


 火縄銃。

 銃剣。


「それが、お前の近接武器だろう」


「はい」


「なら、それを使え」


 ナクは、武器を持たない。

 素手だ。


 だが、その立ち方だけで、圧がある。

 踏み込みを許さない重心。

 いつでも動ける距離感。


「一対一だ」


「模擬……ですか?」


「実戦を想定する」


 即答だった。


「当てる訓練じゃない」

「距離、重心、踏み込み」

「武器の使い方を、体で覚えろ」


 マティルナは、ゆっくりと息を吐いた。


 銃はある。

 撃てる。


 だが、今日は撃たない。


 この距離で、どう動くか。

 どう構えるか。

 どう耐えるか。


(……近い)


 それが、正直な感想だった。


「行くぞ」


 ナクの低い声が、訓練場に響く。


 合図は、それだけ。


 マティルナは銃剣を構え、重心を落とした。


 初めての、本格的な近接訓練が始まろうとしていた。


 最初の一合は、始まったという感覚すらなかった。


 ナク・レイドル教諭が、踏み込んだ。

 それだけだった。


 視界の端で、影が大きくなった。

 次の瞬間、マティルナの銃身が弾かれる。


「――っ」


 乾いた音。

 手首に、衝撃。


 銃剣を構えていたはずの火縄銃は、狙いを失い、横へ流された。

 反射的に立て直そうとした、その動きの途中で――距離が、消える。


 近い。


 近すぎる。


 胸の前に、人がいる。

 それだけで、思考が一瞬止まった。


 ナクの掌が、銃身を押さえた。

 力任せではない。

 重心を奪うような、短い圧。


 マティルナの体が、半歩、後ろへずれる。


「止まるな」


 声は低く、短い。


 次の瞬間、足払い。


 視界が傾き、地面が近づく。


 ――倒れる。


 そう思った瞬間、ナクの手がマティルナの襟元を掴み、強引に引き戻した。


「ここで死ぬ」


 そのまま、手を離される。


 マティルナは、よろめきながらも踏みとどまった。

 呼吸が乱れている。


「もう一度」


 間を置かず、ナクが言う。


 マティルナは、銃を握り直した。

 構え直す時間は、与えられない。


 次は、こちらから行こうと決める。


 踏み込む。

 銃剣を前に出す。


 だが――


「重い」


 ナクの一言と同時に、銃剣の軌道がずれる。


 銃を“突き出す”動きは、見切られていた。

 銃剣の刃先ではなく、銃身ごと、押し流される。


 そのまま、肩がぶつかる。


 衝撃。


 マティルナの体が、また半歩、後ろへ。


「距離を、武器に任せるな」


 ナクは、間合いを保ったまま言う。


「お前は、撃つ距離で戦ってきた」

「近接でも、同じ距離感で動いている」


 マティルナは、歯を食いしばる。


 言われてみれば、その通りだった。

 銃を持っている安心感が、距離の感覚を狂わせている。


 もう一合。


 今度は、下段を意識する。

 銃剣の先を下げ、突き上げる構え。


 踏み込む。


 ――だが、ナクはそこにいない。


 横。


 気づいた時には、横から腕を取られていた。


「遅い」


 次の瞬間、体が回される。


 背中から、地面へ。


 鈍い音。


 息が、一瞬、抜けた。


「……っ」


「立て」


 容赦はない。


 マティルナは、すぐに起き上がる。

 銃は離していない。


「今のは、悪くない判断だ」


 ナクは言う。


「だが、動きが大きい」

「銃剣は、槍じゃない」


 間合いを詰める。


「お前の武器は、“長い刃”じゃない」

「“重い棒の先に刃がある”だけだ」


 マティルナは、息を整えながら聞いていた。


「振るな」

「押し出せ」

「突け、じゃない」

「当てろ」


「……当てる?」


「ああ」


 ナクは、マティルナの銃身を軽く叩く。


「急所を狙うな」

「まずは、相手の動きを止めろ」


 その言葉が、胸に落ちる。


 急所。

 一撃。

 それは、マティルナの得意分野だった。


 だが、近接では違う。


 もう一度、構える。


 今度は、踏み込まない。

 相手の動きを待つ。


 ナクが、来る。


 足音。

 重心の移動。


 マティルナは、銃剣を前に出した。


 突かない。

 押し出す。


 刃が、ナクの腕に触れる。


「……」


 一瞬だけ、ナクの動きが止まった。


 その隙に、マティルナは後ろへ下がる。


 距離が、開く。


 心臓が、強く打っている。


「今のだ」


 ナクが言う。


「今の動きは、悪くない」


 マティルナは、少し驚いた。


「だが――」


 当然のように、続く。


「遅い」

「判断が、まだ銃だ」


 ナクは、再び間合いに入る。


「近接は、連続だ」

「一手で終わるな」


 何度も、何度も。


 倒され、押され、弾かれる。


 銃剣は、思った以上に扱いづらい。

 長さが、邪魔になる。

 重さが、反応を遅らせる。


 それでも――


 少しずつ。


 ほんの少しずつだが、マティルナは“立っていられる時間”が伸びていた。


 最初は、一合。

 次は、二合。

 今は、三合。


 ナクも、気づいている。


「……慣れてきたな」


 その言葉に、マティルナは息を吐いた。


「はい」

「でも、まだ……」


「分かっている」


 ナクは頷く。


「お前は、まだ“当てに行っている”」

「だが、近接は“残る”戦いだ」


 その意味を、マティルナは完全には理解できていなかった。


 だが――。


 この先に、何が足りないのか。

 それだけは、はっきりと分かり始めていた。


 撃てない距離で、生き残るための戦い。


 それが、ようやく始まったのだと。


 何度目かの対峙で、ナクはわずかに距離を取った。


「ここからだ」


 それだけ言って、構えを変える。

 腰を落とし、踏み込みを浅くする。

 今までより、遅い。


 ――いや。


(遅く“見える”だけ)


 マティルナは、直感的にそう理解した。


 来る。

 だが、さっきまでとは違う。


 ナクは、最初の一歩を出さない。

 間合いの縁で、止まっている。


「……?」


 マティルナが、わずかに前へ出た瞬間だった。


 ナクが、踏み込む。


 短い。

 鋭い。

 無駄がない。


 マティルナは、反射的に銃剣を前に出した。


 ――弾かれる。


 だが、今回は違った。


 弾かれる“前提”で、次の動きに入っていた。


 銃身が押された瞬間、手首を返す。

 刃を引くのではなく、柄で押す。


 当たる。


 刃ではない。

 銃身の側面が、ナクの前腕に触れる。


 ナクの動きが、止まる。


 ほんの一瞬。


 マティルナは、下がった。


 距離が、戻る。


「……」


 ナクは、そのまま動かずに立っていた。


 数秒。

 演習場の空気が、静まる。


「今の判断は、良い」


 短く、だがはっきりと言った。


 マティルナは、息を整えながら答える。


「撃つ距離じゃ、なかったので」


「そうだ」


 ナクは頷く。


「だが、撃てたとしても、撃つべきじゃない距離だった」


 その言葉に、マティルナは少し眉を寄せる。


「……どう違うんですか」


 ナクは、少しだけ考えてから言った。


「近すぎる」


「近接での発砲は、自分を殺す可能性がある」

「相手を倒しても、自分も終わる距離だ」


 マティルナは、黙って聞いていた。


 確かに。

 至近距離で撃てば、反動、破片、余波。

 自分が無傷でいられる保証はない。


「お前は、撃てる」

「だが、撃っていいかは別だ」


 ナクは、銃剣を指で弾く。


「近接での銃は、主武装じゃない」

「“選択肢”だ」


 マティルナは、ゆっくりと頷いた。


「……撃たない選択も、火力、ですか」


「そうだ」


 即答だった。


「撃たずに距離を作れるなら、それが最善だ」

「撃つのは、その次だ」


 再開。


 今度は、ナクが攻め続ける。


 踏み込み。

 押し。

 体当たりに近い圧。


 マティルナは、下がらない。


 下がらず、横にずれる。

 銃剣で突かない。

 当てる。

 止める。


 一度、二度、三度。


 完璧ではない。

 だが、倒されない。


「……」


 ナクの動きが、わずかに変わる。

 速度が、上がる。


 実戦域。


 マティルナは、そこで初めて“焦り”を感じた。


(このままじゃ――)


 撃てない。

 だが、押し切られる。


 その瞬間。


 ナクの肩が、わずかに沈んだ。


 踏み込みの予兆。


 マティルナは、考える前に動いた。


 銃剣を引き、体を半身に。

 刃を向けない。

 銃身を、前に出す。


 ――撃たない。


 ただ、構える。


 ナクの踏み込みが、止まった。


 完全に。


「……」


 距離、二歩。


 互いに、動かない。


「今の」


 ナクが言う。


「それが、“撃つ判断”だ」


「撃ってません」


「だからだ」


 ナクは、はっきりと言った。


「撃てる状態を作った」

「それだけで、相手の行動は制限される」


 マティルナは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 これまで。

 撃つか、撃たないか。

 その二択しか、なかった。


 だが――


「撃たないことで、支配する」


 ナクの言葉が、続く。


「それができるなら」

「お前は、近接でも火力だ」


 マティルナは、静かに息を吐いた。


「……難しいですね」


「当然だ」


 ナクは、わずかに口角を上げる。


「だから、今やっている」


 再び、構える。


 もう、最初のような恐怖はなかった。

 銃剣は、まだ重い。

 動きも、洗練されていない。


 それでも。


 “撃てない距離”で、生きる方法が。

 少しずつ、形になり始めていた。


 ナクは、それを確かに見ていた。


「次は」


 低い声。


「複数だ」

「一対一は、もう卒業だ」


 マティルナは、銃を握り直す。


 表情は、真剣だったが。

 その目には、迷いはなかった。


 ――やれる。


 撃つだけじゃない。

 近接でも、生き残れる。


 そう、初めて思えた瞬間だった。


 訓練が終わったのは、日はまだ高いままだった。


 それでも、マティルナの体ははっきりと疲労を訴えていた。

 腕は重く、脚には張りがある。

 呼吸も、完全には整っていない。


 銃剣を下ろし、構えを解く。


 ナク・レイドルは、少し距離を取った位置で立ち、マティルナを見ていた。

 腕を組み、いつもの無表情。

 だが、視線は先ほどまでよりも鋭さを失っている。


「今日は、ここまでだ」


 短い宣告。


 マティルナは、深く息を吐いた。


「……ありがとうございました」


 礼をすると、ナクは一瞬だけ頷く。


「撃たずに耐えた回数が、増えた」


 それが、最初の言葉だった。


「判断が遅い場面もあったが」

「無駄撃ちは、なかった」


 評価としては、十分だった。


 マティルナは、自分でもそれを感じていた。

 最初の頃のように、近づかれただけで“撃つしかない”とは思わなくなっている。


 距離を見る。

 相手の体重移動を見る。

 自分が下がるべきか、止まるべきかを考える。


 そのすべてが、まだ不完全だが――確実に増えていた。


「……でも」


 マティルナは、正直に口を開く。


「一対一だと、どうしても余裕がある気がします」


 ナクは、否定しなかった。


「その通りだ」


 即答だった。


「実戦は、ほとんどが複数だ」

「一対一は、例外に近い」


 それでも、とナクは続ける。


「だからこそ」

「一対一を、やる必要がある」


 マティルナは、顔を上げる。


「基本が、露骨に出る」

「癖も、判断の遅れも、全部な」


 ナクは、床を指先で軽く叩いた。


「複数戦では、勢いで誤魔化せる場面がある」

「だが、一対一では通じない」


 だから。


「たまには、一対一をしろ」

「自分が、どこで詰まるかを知れ」


 マティルナは、その言葉を胸の中で反芻した。


 確かに。

 今日も、何度か“押し切られた”場面があった。

 判断が遅れ、撃つか迷い、結局どちらも選べなかった瞬間。


 あれは、複数戦なら致命傷になっていた。


「……はい」


 自然と、返事が出た。


 ナクは、それを聞いてから少しだけ姿勢を崩す。


「お前は、火力だ」

「だが、火力は単独でも生き残れなければ意味がない」


 マティルナは、銃剣に視線を落とす。


 撃てば、倒せる。

 それは、今も変わらない。


 だが。


(撃たないで、立つ)


 その選択肢が、確かに自分の中に増えている。


「次からは」


 ナクが言った。


「複数戦と一対一、両方やる」

「逃げ場は、作らん」


「……はい」


 少しだけ、苦笑が混じる。


「嫌か?」


「いいえ」


 マティルナは、首を振った。


「必要だと思います」


 ナクは、短く息を吐いた。


「なら、問題ない」


 それで話は終わりだった。


 武器を収め、訓練場を出る準備をする。

 体は重いが、気分は不思議と軽い。


 撃つためだけの火力ではない。

 近づかれても、逃げずに立てる火力。


 そこへ、少しだけ近づいた気がした。


(……まだ足りないけど)


 それでも。


(みんなと組むなら、大丈夫)


 そう思えるだけの手応えは、確かにあった。


 たまには、一対一をする。

 逃げずに、自分の弱さを見る。


 それができるようになった時点で。

 マティルナは、もう“撃つだけの学生”ではなかった。


 次にこの銃剣を握るとき。

 きっと、今日とは違う景色が見える。


 そう確信しながら、マティルナは訓練場を後にした。

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