2 ランク評価
朝の校舎は、いつもより騒がしかった。
中庭を抜ける風の音に、重なるようにざわめきが広がっている。
理由は単純だった。
ランク試験の評価発表日だ。
掲示板の前には、すでに人だかりができていた。
自分の名前を探す者。
友人の結果を確かめる者。
期待と不安が、入り混じっている。
マティルナは、その輪から少し離れた場所で足を止めた。
――まあ、どうせ分からないんだろうな。
昨日の別室でのやり取りを思い出す。
測定不能。
評価不能。
それ以上でも、それ以下でもない。
背後で、ひそひそと声がする。
「……あの子じゃない?」
「変なものの……」
「どこに載ってる?」
視線が、自然とこちらに集まるのを感じる。
だが、誰も直接話しかけてこない。
人混みの中から、声が上がった。
「……ない」
一瞬、空気が止まる。
「名前が、ないぞ」
「最初の方にも、真ん中にも……」
ざわめきが大きくなる。
誰かが掲示板を指差し、もう一度確認する。
小さく息を吐いた。
――やっぱり。
焦りはない。
落胆も、怒りもない。
ただ、少しだけ不思議だった。
あれだけ派手にやって、
それでも、名前すら載らないものなんだ。
人だかりの隙間から、ようやく声が聞こえた。
「……あ、あった」
掲示板の、いちばん下。
追記のように書かれた一行が、朝の光に照らされていた。
マティルナ・ロウェル。
その横に、見慣れた文字が並んでいる。
ランク――I。
掲示板の前に、沈黙が落ちた。
誰もが、その一行を見つめている。
「……嘘だろ」
誰かが、思わず漏らした声だった。
「昨日のアレで?」
「爆音で、的も粉々だったのに……?」
困惑が、ざわめきに変わっていく。
掲示の横には、小さな注記が添えられていた。
――測定不能/暫定処理。
それを見て、納得した者はいない。
教師が一人、掲示板の前に立つ。
昨日、試験を監督していた講師だ。
「静粛に」
ざわめきは、すぐに収まった。
「本校のランク評価は、魔力量・属性・召喚体系に基づいて行われる」
「そのいずれにも適合しない場合、例外は認められない」
淡々とした説明。
そこに感情はない。
「よって、マティルナ・ロウェルの刻印は――」
一瞬、言葉を区切る。
「現段階では評価不能。制度上、最低ランクIとする」
誰かが息を呑んだ。
別の誰かが、納得いかない顔をする。
だが、反論の声は上がらない。
制度は、常に正しいという前提で作られている。
自分の名前をもう一度見た。
黒い文字は、驚くほどあっさりしていた。
――数字ひとつで、こうも違うんだ。
視線の温度が、変わる。
期待でも、羨望でもない。
困惑と、距離。
理解できないものに向けられる、静かな線引き。
教師は、さらに続ける。
「当面の間、実技においては安全管理の観点から制限を設ける」
「許可される召喚は、最初に召喚した物のみ」
「同時召喚は一つまで」
それは、罰のようにも聞こえたが、
マティルナにとっては、特別な違いはなかった。
元から、そうするつもりだったのだから。
説明が終わり、教師が去る。
掲示板の前は、再びざわつき始めた。
噂は、もう形を変えている。
「派手な失敗だったんだろ」
「事故刻印ってやつ?」
「結局、使い物にならないんじゃ……」
マティルナは、静かにその場を離れた。
数字は、低い。
でも――
自分の中の感触だけは、はっきりしていた。
その日の授業は、いつもより静かだった。
席に着くと、周囲の空気がわずかに変わる。
露骨に避ける者はいない。
だが、近づく者もいない。
評価は、もう行き渡っていた。
最低ランク。
測定不能。
その二つの言葉は、思った以上に強い。
実技の時間、担当講師が名簿を確認する。
「マティルナ・ロウェル」
「君は、安全管理上の理由により、召喚は最初に出した物のみ許可する」
教室の視線が集まる。
彼女は静かに頷いた。
刻印に魔力を流す。
馴染んだ感覚。
煙と共に、火縄銃が現れる。
昨日よりも、落ち着いていた。
「……的、準備」
合図とともに、射撃。
轟音。
木製の的が、中央から砕け散る。
ざわめきが起きるが、講師は眉ひとつ動かさない。
「威力は確認した」
「だが、評価には反映されない」
その一言で、空気が冷えた。
数値化できないものは、存在しないのと同じ。
それが、この学校のやり方だ。
実技が終わり、マティルナは火縄銃を消失させる。
撃ち切れば、ただの鈍器になる。
それも、誰にも評価されない。
廊下で、上級生とすれ違う。
「……あの子か」
「ランクIの」
声は小さいが、聞こえないほどではない。
だが、胸は波立たない。
――測れないなら、それでいい。
自分の力を、自分が分かっていればいい。
制度が認めなくても、
この感触が嘘でないことだけは、確かだった。
放課後、校舎の影が長く伸びていた。
中庭を抜ける生徒たちの声は、どこか浮ついている。
評価が確定した安堵と、次の目標に向けた計算。
マティルナは、その流れから外れるように歩いていた。
掲示板に貼られた数字は、もう動かない。
ランクI。
それが、学校の結論だ。
だが、今日一日の実技を思い返す。
引き金を引いたときの感触。
反動と音、そして確実な破壊。
あれは、数字で測れなくても、確かに存在している。
誰かが後ろから声をかけかけて、やめる気配がした。
振り返らず、歩き続ける。
評価されないということは、
期待も、失望も、過剰に向けられないということでもある。
それは、案外悪くなかった。
訓練場の片隅で立ち止まり、刻印にそっと意識を向ける。
火縄銃の輪郭が、脳裏に浮かぶ。
弾は有限。
同時召喚は一つ。
欠点は、はっきりしている。
だからこそ、撃つ瞬間は選ぶ。
迷いなく、確実に。
「……分かられなくていっか」
小さく呟く。
この学校は、才能を測る場所だ。
測れないものは、外に置かれる。
なら、自分はその外側を進けばいい。
夕暮れの校舎を背に歩き出した。
最低ランクのまま。
だが、自分の位置だけは、はっきりと知りながら。




