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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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25 ひとりで火力役

 朝の学院は、いつもより少しだけ騒がしかった。


 模擬訓練の日。

 校舎の前庭には、装備を確認する学生たちの姿があり、指導教官の声が行き交っている。

 いつもの授業前とは違い、緊張と期待が混じった、独特のざわめきだった。


 マティルナは、その光景を校舎の影から眺めていた。


 肩には軽装の上着。

 腰には何もない。

 銃も、銃剣も、今日は召喚していない。


 ――行き先が違う。


 それだけで、世界が少し切り離されたような感覚があった。


「本当に、別行動なんだね」


 声をかけてきたのはエルナだった。

 いつものように小さなメモ帳を手にしているが、今日は書き込む様子はない。


「うん」

 マティルナは短く頷いた。

「ギルドから直接呼ばれた」


「代理、だったっけ」


「そう。火力役が一人、急に欠けた班があるらしくて」


 言葉にすると、それだけのことだった。

 だが、エルナの表情はどこか落ち着かなかった。


「……危険じゃない?」


「訓練よりは、たぶん」


 マティルナは正直に答えた。


 学院の模擬訓練は、安全が最優先される。

 結界、制御、緊急停止――あらゆる“もしも”が用意されている。


 冒険者ギルドの依頼は、そうではない。

 最低限の管理はあるが、現場は現場だ。


 そこに、学生が一人で放り込まれる。


「私は行くよ」


 エルナはきっぱりと言った。


「……え?」


「いや、今日は班でしょ」

 エルナは小さく笑う。

「さすがに、勝手に抜けられない」


 少しだけ、残念そうに。


 そこへ、カミラとリヒトが合流した。


「やっぱり、いないと思ったらここか」

 カミラが言う。


「ギルド行き?」

 リヒトは確認するように尋ねた。


「うん」


 その返事に、二人の反応は対照的だった。


「……また、そういう役回りか」

 カミラは軽く舌打ちする。

「向こうも向こうで、よく頼むよな」


「合理的だ」

 リヒトは淡々としていた。

「火力が不足している班に、確実な一枚を補充する。学院側も了承したなら問題はない」


「問題があるかどうかって話じゃないんだよ」

 カミラは肩をすくめる。

「“慣れさせていいのか”って話」


 マティルナは、少しだけ視線を落とした。


 慣れ。

 その言葉は、どこか重かった。


 ギルド依頼。

 単独行動。

 代理参加。


 それらは確かに、ここ最近増えている。


 自分が選んだわけではない。

 だが、断ってもいない。


「大丈夫だよ」


 そう言ったのは、マティルナ自身だった。


「今回は、補助じゃない。火力役として呼ばれてる」

「役割がはっきりしてる方が、やりやすい」


 エルナが、少し困ったように笑う。


「……それ、前も言ってた」


「そうだった?」


「うん。門番の時も」


 その言葉に、マティルナは一瞬だけ言葉を失った。


 確かに、似ている。

 “一人足りないから”

 “ちょうどいいから”

 そう言われて、現場に立つ。


 違うのは、今回は冒険者たちの中に混ざるということだ。


「帰ったら、ちゃんと話聞かせて」

 エルナが言う。

「どんな人たちだったか、とか」


「わかった」


「無茶はするなよ」

 カミラが言う。

「一発で終わらせるにしても、な」


 マティルナは小さく笑った。


「できるだけ、ね」


 リヒトは、少しだけ考えるように間を置いてから言った。


「学院は、君を“例外”として扱い始めている」

「それが良いか悪いかは、まだ判断できない」


「……うん」


「だが、班は変わらない」

 リヒトは続ける。

「戻ってきたら、また一緒に訓練する」


 その言葉に、マティルナは少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとう」


 鐘が鳴る。

 模擬訓練開始の合図だ。


 班の三人は、訓練区域へ向かって歩き出す。

 マティルナは、逆方向――街へ続く道を選んだ。


 学院の門をくぐる瞬間、ふと立ち止まる。


(……また、違う場所だ)


 そう思いながらも、足は止まらなかった。


 冒険者ギルドは、街の中心部にある。

 訓練とは違う、人の匂いと生活の気配が混じる場所。


 学生証ではなく、冒険者登録証を胸に下げる。


 今日は“学院の生徒”ではなく、“一時的な火力役”として。


 マティルナは、静かに歩き出した。


 これが、いつもの日常から少しだけ外れた一日になることを、

 まだ、はっきりとは理解しないまま。


 冒険者ギルドの扉を開けると、朝の喧騒がそのまま押し寄せてきた。


 依頼掲示板の前には人だかりができ、受付には列が伸びている。

 革鎧の擦れる音、金属の軽い衝突音、低く抑えた会話。


 学院とは違う。

 ここでは全員が「仕事」として立っている。


 マティルナは一瞬だけ立ち止まり、空気を吸い込んだ。


(……切り替え)


 そう思って、受付へ向かう。


「代理参加の件で呼ばれた、マティルナ・ロウェルです」


 受付の女性は名簿を確認し、すぐに頷いた。


「はい、確認できています」

「第三訓練区画・模擬討伐。火力役の欠員補充です」

「班はこちら」


 差し出されたのは、簡易的な依頼票。

 そこに記されていた班構成は四人。


 前衛二名。

 支援一名。

 ――火力一名(代理)。


「控室で合流してください」


 案内された通路を進むと、小さな待機室があった。

 すでに三人が揃っている。


 最初に視線を向けてきたのは、体格のいい男性だった。

 年齢は二十代半ばほど。

 大剣を壁に立てかけている。


「……学生?」


 率直な一言。


「一応、冒険者登録もあります」

 マティルナはそう答えた。


 次に、ローブ姿の女性が口を挟む。


「代理って聞いてたけど……若いわね」

 視線は値踏みするようだったが、敵意はない。


 最後に、軽装の槍使いが肩をすくめる。


「火力役なら、年齢はどうでもいいさ」

「出せるかどうかだろ?」


 その言葉に、空気が少しだけ締まる。


「……問題ありません」


 マティルナは静かに言った。


 受付から改めて説明が入る。


「本来の火力役が、体調不良で離脱しました」

「討伐対象はE+相当の大型模擬個体」

「危険度は低めですが、数が多い構成です」


 模擬討伐。

 だが、ギルド主導のそれは、学院のものより実戦寄りだ。


「作戦は単純」

 大剣の男性が言う。

「前で押さえる。支援が回す。火力で削る」


 視線が、自然とマティルナに集まる。


「一発屋か?」

 槍使いが軽く聞いた。


「必要なら」


 短い答え。


「……随分、割り切ってるな」

 ローブの女性が苦笑した。


 嫌な空気ではなかった。

 だが、“馴染んでいる”とも言えない。


 それが、代理の立場だ。


 準備が整い、模擬区画へ移動する。


 通路を歩きながら、マティルナは周囲を観察していた。


 歩幅。

 装備の擦れ。

 呼吸のリズム。


(……学院より、雑音が多い)


 誰もが経験を持ち、判断を自分で下す。

 それゆえに、動きに癖がある。


 模擬フィールド前で、簡単な最終確認が行われる。


「合図は前衛が出す」

「火力は、指示がなくても撃っていい」

「ただし、巻き込みは避けろ」


「了解」


 短い返答が重なる。


 模擬フィールドの結界が起動し、地形が固定される。


 岩場と森が混ざった、典型的な低〜中難度区画。

 視界は悪くないが、死角は多い。


 ――次の瞬間だった。


 地面が震え、重い足音が二つ、同時に響く。


「来るぞ!」


 前衛の叫びとほぼ同時に、影が現れる。

 オーガ。

 しかも二体。


 その瞬間、マティルナは迷わなかった。


 刻印に触れ、魔力を流す。


 ――召喚。


 火縄銃が、彼女の手の中に現れる。

 同時に、銃口下に銃剣が固定される。


 乾いた金属音。

 火薬と魔力が混じる、独特の匂い。


「……?」


 冒険者たちが、一瞬だけ動きを止めた。


 銃という概念が、まだ一般的ではない。

 それが武器なのか、魔道具なのかすら判断がつかない。


「何だ、それ……?」


 誰かがそう呟いたが、マティルナは応えない。


 視線は、ただ一点。


 前進してくるオーガ二体。

 偶然だが――距離と位置が、重なっていた。


(……今だ)


 判断は一瞬。


 引き金を引く。


 轟音。


 爆発音と同時に、圧縮された魔力弾が放たれる。

 弾道は一直線。


 二体のオーガを、正面から貫いた。


 前の個体の胸部を穿ち、

 そのまま後ろの個体の頭部を破壊する。


 衝撃は一瞬。

 次の瞬間には、二つの巨体が同時に崩れ落ちた。


 地面が揺れ、土煙が上がる。


「……え?」


 槍使いの声が、間の抜けた音で漏れた。


「今の、一発……?」


「二体……?」


 誰も、すぐには動けなかった。


 前衛の男が、ようやく剣を下ろす。


「……仕留めた、のか?」


 マティルナは火縄銃を構えたまま、周囲を確認する。

 魔力の反応は、消えている。


「はい」


 短く答え、銃口を下げた。


 支援役の女性が、息を呑んだまま呟く。


「……火力役って、そういう意味?」


「そういう意味だ」


 前衛が、乾いた笑いを漏らした。


「当たりどころじゃないな」


 マティルナは、銃を構え直す。


 まだ終わりではない。

 この区画は、数で押してくる。


 だが、少なくとも――。


 この班は理解した。


 彼女が撃つタイミングは、

 指示ではなく、判断だということを。


 そしてその判断が、

 一瞬で戦況を変えるということを。


 火縄銃の重みを手に感じながら、

 マティルナは次の気配へと意識を向けた。


(……仕事だ)


 学院でも、ギルドでも。


 今の自分に求められているのは、

 ただ、それだけだった。


 オーガ二体の骸が地に伏したまま、数秒が過ぎた。


 誰もが次の気配を探りながら、無意識にマティルナの背中を見る。

 指示を待っているわけではない。

 だが、彼女が動けば、それが合図になる――そんな空気が出来上がっていた。


「……来るぞ」


 前衛の男が低く言う。


 今度は数だ。

 森の奥から、鈍い唸り声が複数重なって聞こえる。


 ゴブリン。

 それに、ビッグウルフが混ざっている。


「散開――」


 言いかけた指示が、途中で止まる。


 マティルナが、すでに狙いを定めていた。


 火縄銃を肩に当て、呼吸を落とす。

 視線は、群れの先頭ではない。


 奥。

 群れを制御している個体。


(……あれ)


 ビッグウルフ。

 他より一回り大きく、動きも早い。


 撃てば、群れは乱れる。


 引き金。


 再び、轟音。


 森の枝葉を吹き飛ばし、弾丸が走る。

 ウルフの胸部が弾け、巨体が前のめりに倒れた。


 次の瞬間、ゴブリンたちが一斉に動揺する。


「今だ!」


 前衛が叫び、突入する。


 マティルナは撃たない。

 あえて、撃たない。


 仲間が戦える距離に入ったのを確認してから、銃口を下げる。


 ――任せる。


 それだけで、戦い方が変わった。


 彼女が全てを片付ける必要はない。

 だが、「危険なものを先に消す」役割は、自然と彼女に集まっていく。


「右、追加!」


 誰かの声。


 マティルナは反射的にそちらを見る。

 新たに現れたオーガ一体。


 距離はある。

 だが、前衛が対応するには少し遠い。


(……撃てる)


 判断は、ほぼ同時。


 銃を上げる。

 狙いは頭部。


 轟音。

 巨体が仰向けに倒れ、動かなくなる。


「……」


 一瞬の静寂。


 前衛の男が、苦笑混じりに言った。


「判断、早すぎないか?」


「遅いよりは、いいと思って」


 マティルナは、淡々と答える。


「いや、そういう意味じゃない」

「……もう、俺たちが合わせる側だな」


 誰も反論しなかった。


 それが自然だと、全員が理解してしまったからだ。


 戦闘は続く。

 だが、被害はほとんど出ない。


 強い個体が現れれば、マティルナが撃つ。

 数が出れば、前衛と中衛が処理する。


 役割が、固定されていく。


 そしてそれは――誰かが決めたものではなかった。


「次の区画、行けそうだな」


「問題ない」


 前衛の確認に、マティルナが頷く。


 彼女自身、気づいていた。


 撃つ判断をすることに、迷いがなくなっている。

 学院の試験とも、模擬訓練とも違う。


 ここでは――失敗すれば誰かが怪我をする。


 その現実が、判断を研ぎ澄ませていた。


(……慣れちゃ、いけないんだけど)


 そう思いながらも、引き金の感触は安定している。


 戦闘が終わり、区画が静かになる。


「……助かった」


 支援役の女性が、ぽつりと言った。


「正直、あの火力がなかったら、もっと消耗してた」


「代理、って聞いてたけどさ」

 前衛が続ける。

「普通に主戦力だろ」


 マティルナは、少しだけ視線を逸らす。


「……必要な時に、撃ってるだけです」


「それが一番難しいんだ」


 その言葉に、彼女は何も返せなかった。


 火縄銃を下ろし、周囲を確認する。


 まだ敵影はある。

 だが、この班なら――問題ない。


 そう思えた。


 ギルドの依頼。

 代理の火力役。


 それは一時的な役割のはずだった。


 だが、少なくともこの場では、

 マティルナはもう――中心だった。


 それを、誰も否定しなかった。


 最後の区画を抜け、依頼完了の合図となる信号灯が点灯した。


 淡い光が洞内に広がり、張り詰めていた空気が、ようやく緩む。


「……終わったな」


 誰かが、深く息を吐いた。


 マティルナは火縄銃を下ろし、周囲を一度見渡す。

 敵影はない。

 気配も、完全に消えている。


 そこでようやく、召喚を解除した。


 武器が消えた瞬間、身体に残っていた緊張が一気に抜ける。

 少しだけ、肩が重く感じられた。


「代理とは思えない仕事ぶりだった」


 前衛の男が、苦笑混じりに言う。


「正直、火力役が変わっただけで、ここまで楽になるとはな」


「……助かりました」


 支援役の女性も、はっきりと頭を下げた。


 マティルナは、少し戸惑ってから、小さく頷く。


「いえ……私も、やりやすかったです」


 それは本心だった。


 無理に前に出る必要はなく、

 無理に抑える必要もない。


 撃つべき時だけ、撃てばいい。


 それを許される場所は、思ったよりも心地よかった。


 ギルドへの帰還は、予定よりも早かった。


 受付前に立つと、職員が目を丸くする。


「もう、戻られたんですか?」


「問題なく終了しました」


 前衛が簡潔に報告する。


 職員は一瞬言葉を失い、それから慌てて書類を確認した。


「……討伐数、被害報告、消耗具合……」

「ええと……」


 視線が、マティルナに向く。


「今回、火力役の代理は……」


「彼女だ」


 即答だった。


 職員は一拍置いてから、静かに頷いた。


「なるほど……」


 その反応は、疑念ではなく、納得に近いものだった。


 報告が終わり、簡易的な評価が口頭で伝えられる。


「今回の依頼に関しては、非常に高評価です」

「特に、危険個体への初動対応が迅速で、被害を最小限に抑えています」


 マティルナは、少しだけ目を伏せる。


「……ありがとうございます」


「こちらからも、今後同様の依頼があった場合」

「改めて指名を検討させていただきます」


 その言葉に、周囲の冒険者たちがわずかにざわついた。


 だが、誰も異を唱えない。


 今日の戦いを見ていた者なら、当然だと思えたからだ。


 依頼完了後、班は自然と解散の流れになる。


「また、縁があったらな」


「学院の訓練も頑張れよ」


 軽い挨拶が交わされ、それぞれが去っていく。


 最後に残ったのは、マティルナ一人だった。


 ギルドの扉を出る前に、彼女は一度立ち止まる。


(……学院では、まだ“生徒”で)


(ここでは、“火力役”なんだ)


 その差は、思っていた以上に大きい。


 責任の重さも、

 判断の速さも、

 結果の重みも。


 すべてが、違う。


 でも――。


(……悪くない)


 そう思ってしまった自分に、少し驚いた。


 誰かに任せるのではなく、誰かに頼られる立場。


 撃つタイミングを、自分で決める場所。


 マティルナは、ギルドの外に出る。


 夕方の光が、街を照らしていた。


 学院では、きっと今も模擬訓練が続いている。

 エルナや、カミラ、リヒトたちが、それぞれの役割を果たしているはずだ。


(……次は、あっちだね)


 班での訓練。

 大型モンスター討伐。


 そこでまた、自分は撃つ役になるだろう。


 でも今は――。


 一人で撃ち、一人で判断し、それでも成り立った、この経験を。


 胸の奥に、静かに刻んでおく。


 マティルナ・ロウェルは歩き出す。


 学院と、ギルド。

 二つの場所を行き来する、その中心に立つことを。


 まだ誰にも言葉にされていないまま、確かに理解し始めていた。

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