・ 緊急会議と評価
模擬ダンジョン演習棟、地下三階。
学生の姿が完全に消えた後、重厚な防音扉の奥で、学院側の臨時会議が始まっていた。
円卓には、実技担当教官、学科主任、魔導工学部の技術責任者、そして訓練統括官が揃っている。
空気は張り詰めているが、誰も声を荒げてはいない。
机上には、先ほどの訓練記録が並んでいた。
「まず、事実確認から入ろう」
統括官が口を開く。
「本日の模擬ダンジョン・大型モンスター討伐訓練において、想定外の模擬個体――幼体ドラゴン級が生成された」
「学生側に事前通達はなく、環境側の制御不具合が疑われる」
誰も異論を挟まない。
「制御室、報告を」
指名を受け、技術責任者が立ち上がる。
年季の入った魔導工学者だ。
「結論から申し上げます」
「生成条件に、外部からの明確な不正干渉は確認されていません」
その言葉に、数人の教官が眉を動かす。
「では、なぜドラゴンが?」
「原因は現在も調査中です」
「ただし――」
技術責任者は一拍置いた。
「模擬ダンジョンの環境生成ログに、異常な魔力スケールの入力が確認されています」
空気が、さらに静まる。
「誰かが、操作したのか?」
「いいえ」
即座に否定が入る。
「少なくとも、制御卓・補助端末・刻印操作の痕跡はありません」
代わりに、別の資料が映し出された。
「問題は、環境側が“感知した”魔力量です」
「模擬ダンジョンは、参加者の総魔力規模を参照し、危険度を調整する設計になっている」
画面には、グラフが表示される。
明らかに一本だけ、異常なピークを描いていた。
「……一人分か?」
誰かが呟く。
「はい」
技術責任者は淡々と続ける。
「マティルナ・ロウェル、刻印召喚時の魔力量推定値です」
沈黙。
だが、驚きよりも――納得が先に来た者も多かった。
「彼女のデータは、以前からおかしい」
実技教官の一人が言う。
「評価基準を振り切るのは、今回が初めてじゃない」
「だが、それでもドラゴン級を引っ張り出すのは想定外だ」
学科主任が腕を組む。
「環境が過剰反応した可能性は?」
「高いです」
「模擬ダンジョンが“高魔力脅威に対する適正試験”と誤認識した可能性がある」
つまり。
「学生が何かをした、というより」
統括官が言葉をまとめる。
「環境が、学生を誤って“高位探索者相当”と判断した」
その場にいた全員が、その意味を理解する。
重い評価だ。
「では、学生側の対応はどうだった?」
話題が切り替わる。
「班としての連携は維持されていました」
別の教官が記録を読み上げる。
「初撃で前衛二名が戦線離脱。その後、単独火力による即応判断で討伐」
「支援無し、か」
「はい」
「詠唱も短縮されており、狙点は胸部心臓相当コア」
映像が再生される。
静止画に近い一瞬。
次の瞬間、模擬ドラゴンが崩壊する。
余波で結界が砕け散る様子も、はっきり映っていた。
「……制御解除に手間取ったのは?」
「三重強化が掛かっていました」
「過去の模擬戦で結界を複数回破壊した実績に基づく安全措置です」
誰かが、苦笑する。
「自分で自分の首を絞めてるな」
「それでも、生き残った」
統括官が言った。
「誰も死んでいない。負傷も軽度」
その事実が、全てだった。
「では、結論だ」
統括官は、円卓を見渡す。
「この件は、学院側の管理不備とする」
「マティルナ・ロウェルに対する懲戒・処分は行わない」
異論は出なかった。
「ただし」
声が低くなる。
「評価は、別だ」
机上の資料が整理される。
「彼女の魔力量、出力、即応判断――」
「学生レベルを逸脱している」
「だが、制御は未完成だ」
学科主任が補足する。
「効率課題では基準未達だった」
「だからこそだ」
統括官は静かに言う。
「放置はできない」
結論は、すぐにまとまった。
「今後、マティルナ・ロウェルは――」
「単独での高危険度模擬演習を禁止する」
記録係が頷く。
「常に班、あるいは教官監督下とする」
「実技評価は上限開放、だが制御項目を重点監査対象に指定」
それは、制限であり、保護であり――期待でもあった。
「学生本人への説明は?」
「“事故であり、問題はなかった”と伝える」
「評価詳細は段階的に開示する」
過剰な自覚を持たせないためだ。
「彼女は、まだ学生だ」
誰かが言った。
「背負わせすぎると、折れる」
「だが、見ないふりもできない」
その二つの間で、学院は舵を取る。
会議は、静かに終わった。
⸻
翌日。
マティルナ・ロウェルは、呼び出しを受けていた。
小さな応接室。
向かいには、見知った実技教官が一人。
「座っていい」
「はい」
短いやり取り。
「昨日の件だが」
教官は言葉を選びながら続ける。
「事故として処理された。君に処分はない」
マティルナは、ほっと息を吐く。
「ただし」
続く言葉に、背筋が伸びる。
「評価は高い」
「そして――注意も必要だ」
叱責ではなかった。
冷静な、事実確認。
「君は、想定を超える」
「それは誇っていい。ただし、独りで抱えるな」
マティルナは、小さく頷いた。
「班がある」
教官は言う。
「それを忘れるな」
「……はい」
それだけで、話は終わった。
廊下に出たマティルナは、少しだけ立ち止まる。
(……評価、か)
怖くないと言えば嘘になる。
でも。
(みんながいれば)
昨日と同じ考えが、自然に浮かんだ。
学院は、まだ何も決めていない。
だからこそ――次がある。
マティルナは、前を向いて歩き出した。
学生として、班の一員として。
次の訓練へ向かうために。




