21 報酬と評価
ギルドの建物は、朝の門番任務を終えた翌日も変わらず人の出入りが多かった。
だがマティルナたちの足取りは、いつもより少しだけ慎重だった。
依頼が終わったあとの呼び出し。
それは「結果」を聞く場でもある。
木張りの床を踏む音が、やけに大きく感じられる。
受付窓口の前で立ち止まり、マティルナは無意識に背筋を伸ばした。腰に下げた銃剣は今日は抜かれているが、重さの感覚だけはまだ残っている。
「マティルナ班だな」
呼びかけてきたのは、少し年配のギルド職員だった。穏やかな表情だが、目はよく人を見ている。
「昨日の門番臨時交代任務、その件でだ。奥へ」
案内された小部屋は、簡素だが落ち着いた空間だった。
椅子に座るよう促され、全員が静かに腰を下ろす。
エルナはいつものように、膝の上に小さな手帳を置いている。すでにペンを持つ準備は万全だった。
「まずは結論から言おう」
職員は一度言葉を切り、紙束に目を落とした。
「任務は成功だ。問題行動なし、住民からの苦情なし。交代引き継ぎも丁寧だったと報告が上がっている」
その言葉に、室内の空気がわずかに緩む。
誰かが息を吐く音がした。
マティルナは胸の奥で、静かに安堵した。
派手な戦闘も、劇的な出来事もなかった一日。それでも「何も起きなかった」こと自体が、評価されるのだと実感する。
「報酬についてだが――」
職員は小袋を机の上に置いた。
金属の触れ合う、軽い音。
「報奨金として銅貨二十枚。班への支給だ」
エルナのペンが、さらさらと紙を走る。
カミラは短く頷き、リヒトは表情を変えずにそれを見ていた。
マティルナだけが、ほんの少し驚いたように袋を見つめていた。
門番一日。
それだけで得られる額としては、決して少なくない。
「それから――現場評価だ」
職員は顔を上げ、はっきりと告げる。
「門の詰所から、次回も指名したいとの要望が出ている。時期は未定だが、同様の依頼があれば、優先的に声がかかるだろう」
その一言に、班の全員が目を上げた。
指名依頼。
それは、冒険者としての「信頼」の始まりだ。
マティルナは思わず、背中に走る小さな緊張を感じた。
同時に、それを少しだけ誇らしくも思う。
「浮かれる必要はない」
職員は、やや柔らかいが釘を刺すような声で続ける。
「今回は初期評価だ。次も同じようにできるか、それが見られる。――以上がギルドからの話だ」
そして話題は、学校側の評価へと移る。
別の書類が差し出される。
そこには簡潔な文字で、こう記されていた。
『実務単位:取得』
「学校からの伝言だ」
職員は淡々と読み上げる。
「“冷静に任務をこなした。次も頑張れ”――以上」
それだけだった。
過度な称賛も、細かな講評もない。
だが、マティルナにはそれが、妙に胸に残った。
評価は静かで、簡潔で、淡々としている。
それでも確かに、「前に進んだ」証だった。
小袋と証明書を受け取り、班は席を立つ。
ギルドの外に出ると、昼下がりの風が頬をなでた。
特別な音楽も、祝福の声もない。
けれど、マティルナは思う。
――これでいい。
静かに始まり、静かに積み上がっていく。
それが、冒険者としての日常なのだと。
彼女は銃剣のない腰を軽く確かめるようにして、前を向いた。
余韻は、まだ続いている。
ギルドの建物を離れてしばらく、四人は特に行き先を決めずに歩いていた。
昼の街路は人が多く、荷車の軋む音や商人の呼び声が途切れることなく流れている。
「……終わったな」
ぽつりと呟いたのはカミラだった。
肩の力が抜けたような声で、どこか実感を確かめるようでもある。
「はい。無事に」
エルナがそう答え、手帳を閉じる。
書き終えたメモのページを軽く撫でる仕草は、彼女なりの区切りなのだろう。
マティルナは歩きながら、受け取った小袋の重みを思い出していた。
銅貨二十枚。
分け合えば一人あたりの額は控えめだが、それでも「任務の対価」として受け取った初めての確かな重さだった。
「派手じゃなかったけどさ」
カミラが前を見たまま続ける。
「こういう仕事が評価されるの、悪くないな」
「うん」
マティルナは短く頷いた。
門に立ち、挨拶をし、人の流れを見て、何も起こさないように気を配る。
剣を振るうわけでも、銃を撃つわけでもない。
けれど確かに、「守る」という役割がそこにあった。
「指名依頼、出るって言ってましたね」
エルナが少しだけ声を弾ませる。
「また門番……でしょうか」
「可能性は高い」
リヒトが静かに答えた。
「昨日の評価内容を見る限り、配置適性を見られている。
戦闘力より、態度と安定性だ」
その言葉に、マティルナは少し考える。
安定性。
それは、自分にとってまだ完全に自信の持てるものではない。
「……次も同じとは限らない、か」
無意識に漏れた言葉に、リヒトが視線を向ける。
「だからこそ、次がある」
淡々とした声だったが、否定でも励ましでもない、不思議な重みがあった。
通りの角を曲がると、学校の尖塔が遠くに見える。
単位修得証明書の存在を思い出し、マティルナは小さく息を吸った。
学校では、また訓練が始まる。
課題も、模擬戦も、評価も。
けれどそのすべてが、今朝よりほんの少しだけ違って見えた。
「帰ったら、どうする?」
カミラが気軽に尋ねる。
「私は……少し休んでから、次の予定を考えたいです」
エルナが答え、マティルナも同意するように頷いた。
「うん。今日は、ここまででいい」
自分でも意外なほど、穏やかな声だった。
評価は終わった。
だが、それは「区切り」ではなく、「続き」だ。
マティルナは歩きながら、胸の奥で静かに思う。
――次も、ちゃんと立てるだろうか。
問いは残る。
けれど、不安よりも先に、また一歩進めるという感覚があった。
午後の街は、変わらず賑やかだった。
その中を、四人はそれぞれの速さで歩いていく。
日常へ戻りながら、確かに何かを得たまま。




