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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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16 冒険者ギルド案内と登録

 模擬ダンジョンの最深部から戻った翌日、学院の朝はいつもと変わらず始まった。

 石畳の中庭には訓練用の掛け声が響き、掲示板の前には、いつものように生徒たちが集まっている。


 ――ただ一枚、違う紙が貼られていた。


 羊皮紙の色は少し古び、端には学院印の封蝋。

 内容は短く、しかし重かった。


 「模擬ダンジョン・ボス討伐達成班に対する通達」

 「該当班は、冒険者ギルドへの仮登録資格を得る」


「……来たわね」


 紙を読み終えたカミラが、低く呟いた。

 驚きはない。むしろ、予想通りだという顔だった。


「学院の外、ですか……」


 エルナは少し距離を取って掲示板を見上げていた。

 模擬ダンジョンの戦闘は確かに危険だった。

 だがそれは、あくまで“管理された危険”であり、監督の目がある世界だ。


 冒険者ギルドは違う。

 そこは生死も責任も、すべて自己完結の場所。


「強制ではない、か」


 リヒトが通達文を読みながら言う。


「だが、登録した者は学院外の依頼を正式に受けられる。

 つまり……半分は、もう冒険者だ」


 その言葉が、わずかに空気を変えた。


 マティルナは何も言わず、紙を見つめていた。

 胸の奥に、静かな波が立つ。


 銃という武器。

 学院の中では、訓練と研究の対象として扱われてきた。

 だが、外の世界ではどうだろうか。


 理解されるとは限らない。

 拒絶される可能性もある。


「……行くしかないわよね」


 カミラが言う。

 その声には迷いがなかった。


「ここまで来て、引き返す理由はない」


 リヒトも頷く。


 エルナは一瞬だけ視線を落とし、それから小さく息を吸った。


「……皆さんと一緒なら」


 その言葉に、マティルナはようやく顔を上げた。


 不安はある。

 けれど、それ以上に――確かめたいことがあった。


 自分の力が、学院の外で通じるのか。

 銃という選択が、間違いではなかったのか。


 通達の最後には、こう書かれていた。


 「登録は次の休日より可能」


 休日。

 それは休息の日であると同時に、境界線でもある。


 学院の外へ踏み出す者と、留まる者。

 その差は、ほんの一歩だ。


 だがその一歩が、これまでの日常を確実に変える。


 マティルナは掲示板から目を離し、仲間たちを見た。


 同じ班。

 同じ戦場を潜り抜けた四人。


「……次の休み、行こう」


 短い言葉だったが、十分だった。


 冒険者ギルド。

 それは、訓練ではなく“現実”が待つ場所。

 

 彼女たちの物語は学院の外まで広がる。


 冒険者ギルドの中は、学院とはまるで別の世界だった。


 石床に刻まれた無数の傷。

 壁に掛けられた、使い込まれた武器や防具。

 酒場のようなざわめきの奥に、張りつめた空気が混じっている。


「……空気、重いですね」


 エルナが、思わず小さな声で言った。


「生き残ってる人間しか、ここにはいないからな」


 カミラは周囲を一瞥しながら答える。

 視線を向けてくる冒険者たちの目は、好奇心よりも観察に近い。


 受付に近づくと、年配の女性が顔を上げた。


「学院からの案内だね。模擬ダンジョンのボス討伐、確認している」


 机の上に、分厚い書類が置かれる。


「まずは冒険者制度の説明からだ」


 女性は淡々と語り始めた。


「冒険者ランクは六段階。上から――S、A、B、C、D、E」


 その言葉に、エルナが小さく息をのむ。


「君たちは当然、Eランクからだ」


 説明は続く。


「Eランクの依頼は、採集、町からの雑務、村や街道の警備が中心。

 討伐依頼は原則として、脅威度の低い個体のみ」


「……ゴブリンくらい?」


 カミラが確認する。


「単体、もしくは少数ならな」


 女性は頷いた。


「そして、行動は班単位が原則。単独行動は、よほどの例外を除いて認められない」


 机の端を指で叩き、さらに続ける。


「死亡、重傷は自己責任。ギルドは補償しない」


 その言葉は、重く、しかし当たり前のように落ちた。


 だが、次の説明で空気が一段引き締まる。


「重要事項だ」


 女性は声を少しだけ低くした。


「登録したからといって、自由にダンジョンへ入れるわけじゃない」


 紙を一枚、机の中央に置く。


「依頼を伴わないダンジョン侵入、討伐行為、森などの指定区域への立ち入りは――単独・班を問わず禁止」


「……つまり」


 リヒトが口を開く。


「勝手に狩りに行くな、ということですね」


「そうだ」


 女性は即答した。


「新人が一番やらかす。力を試したくなる。だがそれで死ぬ」


 沈黙が落ちる。


 その後、女性は話題を変えた。


「次に、刻印の説明だ」


 マティルナの視線が、自然とそこに集まる。


「冒険者登録時、全員に刻印が付与される」


 女性が指さした先には、簡易的な魔法陣と水晶の装置があった。


「モンスターを討伐すると、刻印のレベルが上がる。恩恵は個人差があるが、身体強化、魔力効率、感覚補正などが多い」


「……測れるんですか?」


 エルナが恐る恐る聞く。


「測定器がある」


 女性は水晶を軽く叩いた。


「では、順番に、武装も確認するから召喚しといて」


 まずはカミラ。


 刻印が淡く光り、水晶に数値が浮かぶ。


「問題なし。Eランク相当。武装は剣と盾」


 次にエルナ。


「……少し高めだね。補助系の適性が強い」


 エルナは、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


 リヒトの番になると、水晶は安定した光を放った。


「……ほう」


 受付の女性が、わずかに目を細める。


「基礎値が高い。さすが貴族家系だ」


 そして――最後。


 マティルナ。


「次だ」


 女性の視線が、自然と銃に向いた。


「なんだいそりゃ」


「はい、銃といいます」


「正直に言おう。見たことがない」


 周囲の冒険者たちの視線が集まる。


「だが、規定上は“武装”だ。刻印測定は行う」


 マティルナは静かに、測定台の前に立った。


 刻印魔法が起動する。


 その瞬間――。


 パチッ


 小さな火花が散った。


 水晶が一瞬強く光り、次の瞬間、ひびが走る。


「……え?」


 エルナの声が漏れる。


 バチッ、バチバチッ!


 今度ははっきりとした火花。

 測定器が嫌な音を立て、沈黙した。


「……故障だな」


 女性は眉を寄せた。


「魔力量の過負荷?」


「いえ……刻印自体は正常です」


 別の職員が装置を確認しながら言う。


「数値は出ています。ただ……干渉が強すぎる」


 女性は少し考え込み、結論を出した。


「魔力量ではない。武装との相互干渉だろう」


 銃を見る。


「特殊武装による刻印反応異常――そう記録する」


 周囲がざわつく。


「……登録は?」


 マティルナが小さく聞く。


「問題ない」


 女性はきっぱりと言った。


「刻印は確認できた。装置が耐えられなかっただけだ」


 書類に判を押す音が、静かに響いた。


「これで、仮登録完了」


 金属製の簡易プレートが、四人に渡される。


 まだ軽い。

 だが、確かに“学院の外”の証だった。


 マティルナは、それを手のひらで確かめながら思う。


 ――もう、守られているだけじゃない。


 ここから先は、選択と責任の世界だ。


 登録手続きが一区切りつくと、受付の女性は机の端に一枚の札を置いた。


「――次だ」


 事務的な声だが、その一言で空気がわずかに変わる。


「Eランク向けの依頼なら、今日から受けられる」


 札には簡潔な文字が並んでいた。


 ――薬草採集

 ――町道沿いの見回り

 ――倉庫・施設の警備


 どれも危険度は低い。

 初登録者向けの、ごく一般的な内容だ。


「初回から依頼を受ける班も多い」


 そう前置きしてから、女性は顔を上げる。


「どうする?」


 問いかけは淡々としている。

 だが、その場にいる全員が、その答えを待っているのが分かった。


 マティルナは札を見つめながら、無意識に右手を握った。


 ――今、銃は出していない。


 召喚解除したまま。

 それでも、先ほどまでの出来事が、頭から離れなかった。


 測定器に触れた瞬間の、火花。

 室内に走った短い悲鳴。

 慌てて遮断された魔法回路。


「……少し、相談してもいいですか」


 リヒトが静かに申し出る。


「構わない」


 受付の女性は頷き、書類に視線を落とした。


 四人は自然と一歩、脇へ寄る。


「どうする?」


 カミラが低い声で言う。


「できなくはない」


「でも」


 リヒトが言葉を継ぐ。


「外は、学院とは違う」


 エルナは札を見てから、控えめに口を開いた。


「……私、まだ、頭が追いついてません」


 それは弱音ではなかった。

 現実を見た、正直な言葉だった。


 マティルナは少し考えてから、口を開く。


「今じゃない」


 短く、だがはっきり。


「準備が足りない」


 誰も反論しなかった。


 カミラが、軽く肩をすくめる。


「決まりだな」


 四人で受付に戻る。


「今回は、依頼は受けません」


 リヒトが代表して告げた。


 受付の女性は、一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに元に戻る。


「そうか」


 札を引き下げながら言う。


「焦らない判断だ。悪くない」


 それ以上は何も言わなかった。


 そのときだった。


 背後から、ざわりとした気配が広がる。


 視線。


 ――好奇心でも、警戒でもない。


 理解できないものを見る目。


 マティルナは振り返らない。

 だが、耳にははっきりと届いた。


「……さっきの、見たか?」


「測定器、壊れたよな?」


「いや、魔力量じゃないだろ、あれ」


「じゃあ何だ?」


 小声だが、隠す気もない。


「長い……棒みたいなの、持ってただろ」


「剣でも槍でもない」


「魔道具か?」


「いや、刻印が反応してた」


 マティルナは、何も言わず歩く。


 銃は、出していない。


 それでも、話題は自分から離れない。


「最後の子だけ、火花が飛んだ」


「測定器、止まったよな?」


「……壊れたんじゃないか?」


「何を流したら、ああなるんだ」


 好奇ではあるが、称賛ではない。


 畏怖でもない。


 ただ――分からない。


 分からないものを見る、人間の視線。


 エルナが、少し距離を詰めてくる。


「……見られてますね」


「うん」


 マティルナは頷く。


「武器じゃない」


 小さく、そう言った。


「“何か分からないもの”として」


 カミラが鼻で笑う。


「それが一番、厄介だ」


 ギルドの扉を抜けると、外の空気が流れ込んできた。


 ざわめきは、扉の向こうに置いていく。


「最初の依頼は、見送り」


 リヒトが確認するように言う。


「正解だと思う」


 マティルナは歩きながら、胸の奥で息を整えた。


 今日は、何も撃っていない。

 何も戦っていない。


 それでも――。


 この世界にないものを持っているという事実だけで、十分すぎるほどだった。


 だからこそ。


「準備、しよう」


 そう言った声は、静かだが、揺れていなかった。


 未知であることは、武器にも、足枷にもなる。


 それをどう使うかは――まだ、これからだ。


 冒険者ギルドの扉を出た瞬間、空気が変わった。


 ざわめきは遠のき、

 通りには、いつもの午後の音が戻ってくる。


 露店の呼び声。

 石畳を打つ靴音。

 子どもたちの笑い声。


 ――視線は、もう集まっていなかった。


 マティルナの手元には、何もない。

 銃はすでに召喚解除している。


「……外に出たら、普通だね」


 エルナが、ほっとしたように言う。


「そりゃそうだ」


 カミラが答えた。


「見たのは、ギルドの中にいた連中だけだ」


 受付の職員。

 登録を待っていた冒険者たち。

 測定器が壊れる瞬間を、間近で見ていた者たち。


 彼らの視線は、確かに異質だった。


 ――なんなんだ、あの長い棒は。

 ――武器? 魔道具?

 ――刻印測定器が壊れたのは、あれのせいか?


 言葉にはならなくても、

 戸惑いと警戒が、はっきりと伝わってきた。


「……やっぱり」


 マティルナは、少しだけ視線を落とす。


「分からないものは、怖いよね」


「当然だ」


 リヒトが静かに言う。


「この世界に存在しない武器だ。理解されなくて当たり前」


 責める調子はなかった。

 事実を述べているだけだ。


 カミラが、腕を組む。


「だから、使いどころは選ぼう」


 その言葉に、マティルナは顔を上げる。


「町中では出さない。ギルドでも、必要がなければ解除」


「うん」


 エルナも頷く。


「ダンジョンとか、討伐のときだけだね」


 マティルナは、少し考えてから答えた。


「……それでいく」


 隠すためじゃない。

 怖がらせないため。


 そして――


「撃つかどうかも、その時に班で決めたい」


 その言葉に、三人の足が一瞬止まる。


 リヒトが、ゆっくりと微笑んだ。


「いい判断だ」


「一人で背負う武器じゃない」


 カミラも言う。


「威力がある分、判断も重い」


 エルナが、そっと付け加えた。


「だから、みんなで考えよう」


 マティルナの胸の奥が、静かに温かくなる。


 銃は自分の武器だ。

 だが、戦うのは――四人だ。


 刻印はまだ低い。

 冒険者としては、始まったばかり。


 それでも。


 未知の武器を持ち、

 理解されない視線を受け、

 それでも扱い方を選ぶ覚悟を持った。


 それは確かな成長だった。


 午後の通りを、四人は並んで歩く。


 銃は、今は見えない。

 だが、必要なときには、必ずそこにある。


 ――ダンジョンと、討伐の場で。


 その暗黙の合意を胸に、

 マティルナ班は、静かに次の一歩へ進んでいった。

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