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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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14 班の練習③と模擬ダンジョン案内

 掲示板の前に、人だかりができていた。


 朝の講義が終わった直後。

 廊下を行き交う生徒たちが、自然と一か所に集まっている。


 ――嫌な予感がした。


 マティルナは、少し離れたところから、その様子を見ていた。

 誰かが声を上げるわけでもないのに、空気だけがざわついている。


「……また、何か来たね」


 隣で、エルナが小さく呟く。


 カミラは無言で掲示板に近づき、内容を読み取ったあと、短く息を吐いた。


「模擬ダンジョン、二回目」


 その言葉に、マティルナも一歩近づく。


 紙面には、整った文字で要点がまとめられていた。


 ――実施日:数日後

 ――内容:模擬ダンジョン演習(二回目)

 ――出現想定:ゴブリン群

 ――追加要素:ボス個体の出現


「……ボス?」


 エルナの声が、わずかに震える。


 前回は、ゴブリンのみ。

 数も少なく、動きも単純だった。


 だが、ボスが出るとなれば話は変わる。


「想定って書いてあるけど……」


「ほぼ確定だね」


 カミラが即答する。


「“出るかもしれない”じゃなくて、“出す”って意味」


 掲示板の下部には、注意事項が追記されていた。


 ――班単位での行動評価を重視

 ――個人の突出行動は減点対象

 ――ボス戦では撤退判断も評価に含む


 それを読んだ瞬間、マティルナは胸の奥が静かに引き締まるのを感じた。


 ――個人じゃない。


 完全に、班としての試験だ。


「……演習室、行こう」


 そう言ったのは、リヒトだった。


 いつの間にか、少し後ろに立っていた。

 相変わらず、気配が薄い。


「確認した方がいい」


「うん」


 マティルナは頷く。


 不安はある。

 けれど、逃げる理由にはならない。


 演習室へ向かう廊下を歩きながら、マティルナは頭の中で、前回の動きをなぞっていた。


 ゴブリン相手なら、まだいい。


 問題は――ボス。


 数が多い中で出てくるのか。

 単体で、異常に強いのか。


 どちらにせよ、銃は万能ではない。


 弾数。

 装填。

 視界。


 そして、撃つまでの時間。


 演習室の扉が開く。


 中は、いつもと変わらない白い空間。

 だが、今日はその静けさが、妙に重く感じられた。


「まずは、前回の動き」


 リヒトが、簡潔に言う。


「どこが良くて、どこが危なかったか」


 カミラが腕を組む。


「前衛がいない状況は変わらない。ボス相手だと、誰が止めるかが問題」


「……私、足止めくらいなら」


 エルナが、控えめに言う。


 風と光。

 小型精霊による補助。


 十分、役割はある。


 マティルナは、銃を演習用台に置き、ゆっくりと口を開いた。


「……撃つタイミング、もっと決めないと」


 前回は、合わせられた。


 だが、ボス相手では、一発が重くなる。


「撃てば終わり、じゃない」


 その言葉に、リヒトが頷いた。


「だから、再確認する」


 守る位置。

 下がる合図。

 撃つ前の“間”。


 今日は、戦わない。


 ただ、動きをすり合わせるだけ。


 模擬ダンジョン二回目に向けて――。

 マティルナ班は、静かに準備を始めていた。


 演習室の中央に、簡易投影の地形図が浮かび上がる。


 通路、分岐、遮蔽物。

 そして、最奥に赤く示された一点。


 ――ボス想定。


「……前回より、明らかに奥だね」


 エルナが小さく言う。


「距離も、時間もかかる」


 カミラは即座に理解していた。


「消耗戦になる。短期決戦は無理」


 リヒトは無言で投影を操作し、ゴブリン想定の配置を増やす。

 数が、前回の倍以上に広がった。


「今回の評価は、班単位」


 淡々とした声。


「つまり、“誰が倒したか”は意味がない。

 誰が生き残らせたかが見られる」


 マティルナは、銃を膝の上に置いたまま、図を見ていた。


 弾丸は、五発。


 少なくはない。

 だが――余裕とも言えない。


「……前回は、撃てば止まった」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「でも、ボスは違う」


 一発で終わらない可能性。

 外した時の隙。


 そして、撃った“あと”。


「提案がある」


 リヒトが、全員を見回す。


「弾の使い方を、先に決めておく」


 床に、五つの光点が並ぶ。


「五発あるからこそ、迷う。だから――使える場面を制限する」


 カミラが顎を引いた。


「撃たない前提、ってことだな」


「そう」


 リヒトは頷く。


「ゴブリン群では、原則撃たない。前線と補助で処理する」


 エルナが静かに手を上げる。


「その間、私が視界と減速を維持します。数を減らす時間を作る」


「助かる」


 カミラは短く答えた。


「じゃあ、撃つのは?」


 マティルナが尋ねる。


 リヒトは、光点のうち二つを残す。


「ボス戦のみ。一発目は、止め用。二発目は、決めに行くと判断した時」


「残りは?」


「撤退用」


 即答だった。


「倒すより、生き残る。それが評価対象だ」


 マティルナは、静かに息を吸う。


「……撃たない判断も、私がする」


 言葉にすると、覚悟になる。


「合図が欲しい。外から見て、危険域に入ったら教えて」


「任せて」


 リヒトは迷わなかった。


 カミラが腕を組み直す。


「つまり――私が止めて、エルナが整えて、マティルナは“撃たない時間”を作る。いつも通りか」


「うん」


 それが、班の形だった。


 派手ではない。

 だが、崩れにくい。


 演習室に、しばらく沈黙が落ちる。


 誰も、楽観はしていない。

 けれど、混乱もなかった。


「今日は、戦わない」


 リヒトが告げる。


「動きだけを確認する。撃たずに、どこまで行けるかを」


 マティルナは、銃を持ち上げ、確かめるように撫でた。


 五発ある。

 だが――。


 撃たない強さも、必要だった。


 模擬ダンジョン二回目に向けて。

 マティルナ班は、静かに“判断”を磨き始めていた。


 演習室に、簡易ゴブリンの投影が現れる。


 数は多い。

 だが、動きは単純だ。


「……来る」


 カミラが一歩前に出る。


 盾役は彼女しかいない。

 前に出る覚悟も、止める役割も。


 エルナは一歩後ろ。

 小型精霊を展開し、風の流れを絞る。


 ゴブリンの動きが、わずかに鈍る。


「今は、撃たない」


 マティルナは、自分に言い聞かせるように呟いた。


 照準は合わせられる。

 引き金も引ける。


 だが――引かない。


 数を減らせば楽になる。

 それでも、弾は温存する。


「……っ」


 一体が、想定より速く踏み込んだ。


 カミラの盾が受け止める。

 だが、衝撃は重い。


「問題ない」


 短い声。


 リヒトは、その一歩後ろで剣を構えている。

 踏み込みの角度。

 守れる距離。


 すべてを測っている。


 ゴブリン群は、次第にばらけ始めた。


 だが――


「来る」


 リヒトの声が低くなる。


 投影の奥。

 赤い影が、ゆっくりと姿を現す。


 ――ボス想定。


 周囲のゴブリンが、一斉に引く。

 空気が変わる。


 圧が、違う。


「距離、詰めてくる」


 エルナの声に、焦りが混じる。


 マティルナは、反射的に銃を上げた。


 撃てば、止まる。

 一発目――止め用。


 頭では分かっている。


 だが。


「……まだ」


 リヒトの声。


 短い。

 だが、強い。


 剣が前に出る。

 聖障壁が、瞬間的に展開された。


 ボスの一撃が、防壁に弾かれる。


 完全には止まらない。

 だが、流れは変わる。


「今、撃つと――」


 リヒトは言葉を切る。


「その後が薄くなる」


 マティルナは、歯を食いしばった。


 照準を外す。

 引き金から、指を離す。


 撃たない。


 ボスは、さらに踏み込む。

 カミラの盾が軋む。


「……下がる!」


 エルナが、風を強める。


 わずかな隙。

 それだけで、前線が持ち直す。


 マティルナの視界に、再び照準が入る。


 今なら――当たる。


 だが、撃てば弾は四。


 撤退用を削ることになる。


「……撃たない」


 自分で決めた。

 誰に言われたわけでもない。


 その瞬間、リヒトが一歩前に出た。


 剣圏防壁。


 剣の届く範囲だけを守る、最小の聖障壁。


 無駄がない。

 だが、確実。


「十分だ」


 そう言ったのは、誰だったか。


 投影が、静かに消える。


 想定演習、終了。


 演習室に、重たい沈黙が残った。


 マティルナは、ゆっくりと銃を下ろす。


 手が、少し震えていた。


 撃たなかった。


 それが――正しかったのかどうか。


 誰も、すぐには答えなかった。


 投影が完全に消え、演習室に元の静けさが戻る。


 誰も、すぐには動かなかった。


 重い沈黙。

 だが、不快ではない。


 カミラが、盾を下ろして大きく息を吐く。


「……正直、撃つと思ってた」


 率直な言葉だった。


 マティルナは、苦笑する。


「私も」


 エルナが、少し驚いたように目を瞬かせた。


「でも……撃たなかったね」


「うん」


 銃を演習台に置きながら、マティルナは続ける。


「撃てた。でも、撃ったら……その先が、見えなくなった気がした」


 弾は五発。

 まだ余裕はある。


 それでも、一発の重さは、数以上だった。


 リヒトが、ゆっくりと剣を収める。


「判断は正しい」


 短い評価。


 だが、その一言に迷いはなかった。


「撃たなかったことで、班の形が崩れなかった」


 マティルナは、そちらを見る。


「……実戦なら?」


 問いは、自然に出た。


 リヒトは、少し考える素振りを見せる。


「撃つ」


 即答だった。


「だが、それは“撃てるから”じゃない」


 演習室の中央に立ち、床を指でなぞる。


「撃ったあとも、班が動けると分かっている時だけだ」


 カミラが、低く唸る。


「要するに、撃つかどうかは――」


「一人で決めない」


 リヒトが言葉を継いだ。


 エルナが、ほっとしたように息を吐く。


「……合図、決めた方がいいね」


「うん」


 マティルナは頷いた。


「撃つ前の合図。

 撃たないって決めた時の合図も」


 撃つ。

 撃たない。


 そのどちらも、戦術だ。


 カミラが腕を組み、真剣な顔になる。


「ボス戦では、私が一歩下がったら“撃たない”でいい」


「逆に、私が踏み込んだら?」


 マティルナの問いに、リヒトが答える。


「その時は、撃っていい。守る準備はできている」


 それだけで、十分だった。


 余計な言葉はいらない。


 班として、線が一本引かれた感覚。


 マティルナは、銃に手を置く。


 万能じゃない。

 強力でもない。


 それでも――。


「……使いどころ、分かってきた」


 ぽつりと呟く。


 エルナが、にこりと笑った。


「うん。前より、怖くなくなった」


 カミラも、小さく頷く。


「次は、いける」


 リヒトは何も言わなかった。


 ただ、ほんのわずかに口元を緩める。


 模擬ダンジョン二回目。


 ゴブリンと、ボス。


 それは試練であり――。


 同時に、この班が“班になる”ための場でもあった。


 準備は、整いつつある。


 あとは、実際に踏み込むだけだった。

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