13 班の練習②
第二演習室の扉は、前回よりも軽く感じられた。
――二回目。
それだけで、足取りが変わる。
特別な準備はない。
昨日と同じ時間、同じ放課後。
それでも、四人が集まるのは自然だった。
「今日も来たな」
カミラが先に気づき、軽く手を振る。
「はい。よろしくお願いします」
エルナも、控えめに頭を下げた。
マティルナは、銃を抱え直す。
「……お願いします」
そこへ、少し遅れてリヒトが現れた。
淡い金の髪を束ね、剣を肩にかけている。
動きに無駄はなく、だが急いだ様子もない。
「待たせたな」
それだけ言って、自然に輪へ入る。
――昨日と、同じ。
それが、逆に少し不思議だった。
「二回目の演習だ」
リヒトが言う。
「今日は確認と微調整。派手なことはしない」
「派手、しないんだ」
カミラが少し残念そうに言うと、
「今日は、しない」
淡々と返された。
演習室に入る前、ふと、エルナが足を止めた。
「……あの」
三人の視線が、彼女に向く。
「リヒトさんって……」
言葉を選ぶように、一拍。
「貴族、ですよね?」
空気が、少しだけ張った。
カミラは気にしていない風を装っていたが、耳は確実に向いている。
マティルナも、無言で様子を窺った。
「そうだ」
リヒトは即答した。
否定も、誇示もない。
「やっぱり……」
エルナが小さく息を吸う。
「私たちと、こんなふうに一緒で……大丈夫なんですか?」
遠慮がちだが、真剣な問いだった。
平民。
下町。
召喚も補助寄り。
それらが、彼女の中で無意識に並んでいる。
カミラも口を開く。
「正直に聞くけどさ。後で、面倒になったりしない?」
マティルナは、何も言わなかった。
聞きたい。
でも、聞くのが怖い。
リヒトは、少し考えるように目を伏せた。
そして、静かに言う。
「問題になるなら、最初から来ていない」
短い言葉。
「誰と組むかは、家が決めることじゃない」
剣の柄に手を置き、続ける。
「それに」
一瞬、マティルナを見る。
「ここは、演習室だ。身分より、動きと判断がすべてだろう」
カミラが鼻で笑った。
「言い切るね」
「事実だ」
エルナは、少し安心したように微笑む。
「……なら、よかったです」
マティルナは、胸の奥で小さく息を吐いた。
――変わらない。
昨日と、同じ距離。
それが、ありがたかった。
「さて」
リヒトが歩き出す。
「二回目だ。今日は、“昨日できなかった動き”を見る」
演習室の中央に、標的が起動する。
昨日より、少しだけ難易度が上がっている。
「始めよう」
そう言って、彼は振り返った。
「今日も、班でな」
四人は、無言で頷いた。
階級の話は、そこまでだった。
だが――消えたわけではない。
それを理解した上で、
それでも一緒に立つ。
二回目の演習は、
そんな“選択”から始まった。
演習室の結界が起動する。
床に淡い光の線が走り、空間が区切られていく。
実戦用ではなく、訓練用。だが、油断すれば怪我はする。
「まずは軽く動く」
リヒトが言った。
「連携は考えなくていい。個々の癖を見る」
「癖、ね」
カミラが肩を回す。
「嫌な言い方」
「正確な言い方だ」
淡々と返され、カミラは苦笑した。
最初に動いたのは、マティルナだった。
銃を構え、標的に照準を合わせる。
昨日よりも距離は近い。遮蔽物もある。
引き金を引く――ことは、しない。
数秒、静止。
リヒトは、その間を逃さず見ていた。
「……撃たない判断が早い」
ぽつりと呟く。
「撃てる距離なのに、撃たない?」
エルナが小声で言う。
「弾数、少ないから」
マティルナは短く答えた。
「外したくない」
標的が動く。
マティルナは、一歩だけ位置を変える。
遮蔽物の影に銃口を隠し、また止まった。
「撃たせる間合いを、作ってない」
今度は、はっきりとした評価だった。
「銃を“振る”人間の動きじゃない」
カミラが眉を上げる。
「褒めてる?」
「事実を言っている」
リヒトは、マティルナから視線を外さずに続ける。
「撃つ前に、勝負を終わらせようとしている」
マティルナは何も言わなかったが、否定もしなかった。
次は、カミラ。
距離を詰め、武装召喚。
迷いのない踏み込み。
「攻めが速い」
リヒトが即座に判断する。
「だが、前提が一つある」
「なに?」
「相手が、正面にいること」
カミラは舌打ちする。
「……見てるな」
「見ているのが役目だ」
最後に、エルナ。
小型精霊を呼び出し、風と光で標的を攪乱する。
派手さはないが、確実。
「後方支援として、理想的だ」
リヒトの評価は高かった。
エルナが驚いたように目を丸くする。
「そ、そうですか……?」
「ああ」
一拍。
「ただし、自分が狙われない前提で組み立てている」
エルナは、言葉を失った。
図星だった。
演習は淡々と進む。
誰かが褒められ、誰かが指摘される。
だが、不思議と空気は重くならない。
リヒトの言葉には、上下も、評価の色もなかった。
ただ、「そう見える」と言っているだけだ。
カミラが、ふと口を開く。
「ねえ、リヒト」
「なんだ」
「こういうの、貴族の連中とやってた?」
一瞬、演習室の空気が止まった。
エルナが慌てて口を挟もうとするが、リヒトが先に答える。
「やっていた」
そして、続けた。
「だが、前提が違った」
「前提?」
「勝つための確認ではなく、“正しくあるか”の確認だった」
マティルナが、わずかに顔を上げる。
「……それ、違うの?」
「違う」
即答だった。
「勝つための戦術は、歪む余地がある。だが――」
一度、言葉を切る。
「君たちは、歪んだまま勝とうとする」
カミラが笑った。
「それ、褒めてる?」
「評価している」
エルナは、胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
貴族。
剣聖。
遠い存在だと思っていた相手が、
今は、同じ床に立っている。
二回目の演習は、まだ途中だ。
だが、確かに――“班”としての形が、少しずつ見え始めていた。
演習室の外側――。
透明化された結界の向こうに、人影が増えていた。
「……あれ、アルヴァインじゃない?」
「なんで平民班に?」
ひそひそとした声は、完全に遮断されてはいない。
意識しなければ聞き流せる程度だが、ゼロではない。
エルナが、少しだけ肩をすくめた。
「……見られてますね」
「いつものこと」
カミラは気にしていない様子だ。
マティルナは、ちらりと外を見ただけで、視線を戻した。
銃を構える手に、変化はない。
リヒトだけが、一瞬だけ外を見て――すぐに興味を失った。
「次だ」
床に、簡易標的が三つ展開される。
配置は、あえて歪だ。
「今度は想定変更」
リヒトの声は淡々としている。
「敵が複数。一体は前衛、二体は中距離」
「……嫌な配置」
カミラが呟いた。
演習が始まる。
カミラが前に出る。
エルナが後方から補助を入れる。
マティルナは、射線を探す。
一見、昨日までと変わらない動き。
だが――。
「止める」
リヒトの声が、はっきりと演習を遮った。
結界が反応し、標的が消える。
「今のままでは、詰む」
断言だった。
誰も、すぐには反論できない。
「理由は三つある」
リヒトは指を一本立てる。
「一つ。マティルナの射線が通るまで、時間がかかりすぎる」
マティルナは黙って聞いている。
「二つ。カミラが前に出すぎる。それを前提に、エルナが位置を固定している」
エルナが、はっと息を呑んだ。
「三つ」
一拍置く。
「俺がいない場合、誰が“止め役”になるのか決まっていない」
沈黙。
痛いほど、正確だった。
カミラが腕を組む。
「……つまり?」
「今は、偶然噛み合っているだけだ」
言葉は厳しいが、声音は変わらない。
「誰かが欠けた瞬間、瓦解する」
エルナが、小さく呟いた。
「……それって」
「班としては、未完成だ」
リヒトは、そこで初めて一息ついた。
そして、続ける。
「だが」
視線が、三人を順に見ていく。
「修正は、可能だ」
空気が、わずかに変わる。
「提案がある」
その一言で、全員の意識が集まった。
「まず、役割を固定しない」
意外な言葉だった。
「固定役は、崩れたときに弱い」
「じゃあ、どうするの?」
エルナが尋ねる。
「優先順位を決める」
リヒトは、床に簡易図を描く。
「第一優先は、“マティルナが撃てる一瞬を作ること”」
マティルナが、わずかに目を見開いた。
「第二優先。その瞬間まで、誰も落ちないこと」
「……私が前に出る?」
カミラが言う。
「違う」
即答。
「前に出るのは、状況次第だ。だが――」
リヒトは、自分の胸に手を当てた。
「その一瞬だけ、俺が前に出る」
外の生徒たちが、ざわめいた。
「アルヴァインが盾役?」
「剣聖が?」
だが、リヒトは気にしない。
「エルナは、その背中を支えろ。無理に前を見なくていい」
エルナは、ゆっくり頷いた。
「……はい」
「カミラは、止めに入れ。倒し切る必要はない」
「時間稼ぎ、ね」
「ああ」
最後に、マティルナを見る。
「君は――」
一瞬、言葉を選ぶように間があった。
「今まで通りでいい」
それが、何より意外だった。
「不安定なまま撃て。ただし、その一瞬を信じろ」
マティルナは、少し考えてから言った。
「……みんな、信用しろってこと?」
「そうだ」
短く、だが確かな答え。
教師が、外から様子を見ていた。
誰かが、小さく呟く。
「……あれ、班として成立してないか?」
二回目の演習は、
ここでようやく“本当の意味”で始まった。
衝突ではなく、
修正という名の転換点として。
再開の合図は、誰が言い出したわけでもなかった。
リヒトが一歩前に出る。
それに合わせて、カミラが半歩引き、エルナが位置を変える。
マティルナは、銃を構え直した。
――さっきまでと、配置は似ている。
だが、意味が違う。
「……来るよ」
エルナの声が、小さく告げる。
標的が再展開される。
先ほどと同じく、歪な配置。複数想定。
リヒトは、迷わず踏み込んだ。
剣は振るわない。
ただ、立つ。
それだけで、標的の動きが“止まる”。
「今だ」
その一言で、全員が理解した。
カミラが横から圧をかける。
倒し切らない。押し返すだけ。
エルナの精霊が、風を編む。
視界と足場を、わずかに歪ませる。
マティルナは――照準を合わせない。
息を吸って、吐いて。
撃つ。
乾いた音。
標的が砕け、結界が淡く光る。
一瞬の静寂。
次の標的が動き出す前に、リヒトが一歩戻った。
「十分だ」
結界が解除され、標的が消える。
完璧ではない。
連携も、洗練されてはいない。
それでも。
「……さっきより、楽でした」
エルナが、ほっとしたように言った。
「撃つまで、待ってもらえた」
「待ったんじゃない」
カミラが言う。
「信号があった」
マティルナは、銃を下ろしながら、少しだけ考えていた。
――撃てた。
でも、それ以上に。
撃つまで、守られていた。
「どうだ?」
リヒトが、三人を見る。
答えは、すぐには出ない。
けれど、カミラが肩をすくめた。
「悪くない」
「はい……怖くなかったです」
エルナが、そう続ける。
最後に、マティルナが口を開いた。
「……まだ、慣れないけど」
一瞬、言葉を探してから。
「一人より、ずっといい」
リヒトは、わずかに目を細めた。
それは、笑顔と呼ぶには控えめで。
けれど、確かに満足の色だった。
「なら、続けよう」
外のざわめきは、いつの間にか気にならなくなっていた。
貴族なのに、平民と。
剣聖なのに、盾役。
そんな疑問は、まだ消えていない。
けれど――。
この場にいる四人にとって、
それはもう、重要ではなかった。
完成していないからこそ、組める。
噛み合わないからこそ、補える。
二回目の演習は、
勝敗も、評価も残さなかった。
ただ一つ。
この班は、前に進める。
その感触だけを、確かに残して終わった。




