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刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


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12 班の練習

 翌日の放課後。

 学舎の鐘が鳴り終わり、廊下に残っていた生徒たちもそれぞれの用事へと散っていく時間帯だった。


 マティルナはいつも通り、少し遅れて教室を出た。

 教科書や資料を入れたカバンを肩に掛けながら、昨日の模擬戦の余韻をまだ頭のどこかで反芻している。


 ――やりすぎた、とは思っていない。

 でも、あの距離で撃ち抜けたのは、運もあった。


 そんなことを考えていると、廊下の向こうから規則正しい足音が近づいてきた。


「マティルナ」


 落ち着いた、張りのある声。

 振り返るまでもなく誰かは分かった。


 リヒト・アルヴァイン。

 昨日、三戦目の相手だった上級貴族の剣士。


「放課後、少し時間はあるか?」


「……ありますけど」


 いつも通りの、抑揚の少ない返事。

 それを聞いたリヒトは、どこか安心したように頷いた。


「なら、第2演習室に行きたい。模擬戦ではなく、確認だ。君の動きと――あの武器の扱いを、もう少し近くで見たい」


 “あの武器”。

 銃のことを、彼は未だにそう呼ぶ。


 昨日の戦いのあと、班に入りたいと言われたときも、理由ははっきりしていた。

 剣でも魔法でもない、異質な戦い方。

 測れないからこそ、知りたい。


「カミラとエルナも呼びますか?」


「ああ。班の話をするなら、全員いたほうがいい」


 その言葉に、マティルナは小さく頷いた。


 第2演習室は、通常の模擬戦用の部屋よりも少し広く、設備も簡素だ。

 結界は張られているが、勝敗判定用ではなく、安全確保を目的としたもの。

 実戦に近い訓練や、戦術確認に使われる場所だった。


 演習室に入ると、既にカミラとエルナが来ていた。


「お、来た来た」


 壁際で腕を組んでいたカミラが、気さくに声を上げる。


「昨日の今日で呼び出しって、なかなか積極的だねぇ、剣聖様?」


「からかうな。必要なことだ」


 リヒトは淡々と返し、演習室の中央に歩み出た。


「今日は勝負はしない。各自の戦力を“数字ではなく、感覚として”共有する」


 そう言って、床に魔力で簡易的な印を描く。


「標的を用意する。攻撃は一人ずつ。威力、射程、間合い、隙――すべて確認する」


 最初に動いたのはエルナだった。

 小型精霊を静かに呼び出し、風と光を重ねた非戦闘召喚で、標的の位置を整える。


「……こんな感じでいい?」


「ああ、十分だ」


 次に前へ出たのはカミラ。

 武装召喚で剣と盾を呼び出し、無駄のない一撃を標的へ叩き込む。


「はい、近接の基準ね」


 破壊力は抑えめだが、実戦向きの動きだった。


 最後に視線が集まる。


「……私ですね」


 マティルナはケースを開き、銃を取り出す。

 弾は五発。通常通りの数。


 演習だからといって、増やすつもりはなかった。

 この武器は、制限があるからこそ意味がある。


「一発でいい。威力の確認だ」


 リヒトの言葉に頷き、マティルナは標的との距離を測る。


 呼吸を整え、構える。

 引き金を引いた瞬間、乾いた音が演習室に響いた。


 標的は、中心から大きく抉られていた。


 沈黙。


「……なるほど」


 リヒトが静かに息を吐く。


「威力は十分すぎる。だが、装填と隙が明確だ。そこをどう補うかだな」


「だから、班で動く意味があるんだよ」


 カミラが肩をすくめる。


「前で私が圧かける。エルナが視界と位置を管理。その後ろで――」


「マティルナが決める」


 エルナが静かに言葉を継いだ。


 その配置を思い浮かべながら、マティルナは銃をケースに戻す。


 昨日は、たった一人の勝負だった。

 でも今日は違う。


 ここからは、班としての戦い方を詰めていく。


 そのための、静かな始まりだった。


 第2演習室の中央に、簡易標的がもう一つ設置された。

 先ほどよりも厚みのある、対魔法用の補強が施されたものだ。


「次は“想定戦闘”だ」


 リヒトは床の印を踏み直し、三人の立ち位置を指で示した。


「敵は一体。中距離から接近してくると仮定する。個々の強さではなく、連携を見る」


「模擬戦じゃないのに、やたら本格的だね」


 カミラはそう言いながらも、既に盾の位置を調整している。


「昨日の戦いで分かった。マティルナの攻撃は“当たれば終わる”。だからこそ、当てるまでの過程が重要だ」


 リヒトの視線が、マティルナに向けられる。


「君は、撃つ瞬間だけを考えていればいい。それ以外は、こちらで作る」


 マティルナは一瞬だけ目を伏せ、それから頷いた。


「……助かります」


 正直な言葉だった。

 撃つこと自体に迷いはない。

 だが、撃つまでの時間は、いつも孤独だった。


「配置はこうだ」


 リヒトは床に簡単な陣形を描く。


「前衛:カミラ。

 中間制御:エルナ。

 後衛火力:マティルナ。

 私は可変位置だ。状況に応じて前にも後ろにも出る」


「便利な役だね」


「剣しかないからな」


 淡々とした返答に、エルナが小さく笑った。


「じゃあ、弱点もはっきりさせよう」


 カミラが腕を組む。


「マティルナ。昨日の模擬戦、正直どうだった?」


 問いは率直だった。

 マティルナは少し考えてから、言葉を選ぶ。


「……近づかれると、何もできません」


「だよね」


「弾は五発。撃てる回数が限られているから、牽制にも使いにくい。装填中は完全に無防備です」


 それは欠点であり、同時に前提条件でもある。


「つまり」


 リヒトが続ける。


「撃たせない時間を、こちらが作る必要がある」


「逆だよ」


 カミラが指を立てる。


「撃つ“ための時間”を作る。その間、敵の意識を全部こっちに向けさせる」


 盾を構え、前に一歩出る。


「私が殴られてる間に、準備してもらう」


「……痛くないんですか?」


「痛いよ」


 即答だった。


「でも、死ぬよりマシでしょ?」


 その言葉に、マティルナは黙ってしまった。


 エルナが、そっと間に入る。


「私は視界と距離を管理する。精霊で風を動かして、敵の踏み込みをずらす。直接止めるんじゃなくて、“外す”」


「それだけで、十分だ」


 リヒトが頷く。


「剣士は、踏み込みが命だ。半歩ずれるだけで、攻撃は成立しない」


 そう言って、マティルナの方を見る。


「君は、狙う位置を“人”に限定しなくていい。足、肩、武器。当たればいい場所は、いくらでもある」


 その指摘に、マティルナは少し目を見開いた。


「……考えたこと、ありませんでした」


「銃は“決着の道具”だ。勝負を始めるものじゃない。終わらせるものだ」


 その言葉は、妙に腑に落ちた。


 標的を使った確認が始まる。


 カミラが前に出て、盾で圧をかける。

 エルナの精霊が風を流し、標的の位置を微妙にずらす。

 リヒトは横から一瞬だけ踏み込み、剣を止める動きを見せる。


「今だ」


 その声で、マティルナは構えた。


 撃たない。

 まだ撃たない。


 “撃てる状態”を、ただ維持する。


「……これが、圧か」


 リヒトが小さく呟いた。


「撃たなくても、脅威になる」


 やがて、標的が完全に動きを止めたと仮定される。


「ここで撃つ」


 マティルナは引き金に指をかけ、止めた。


「実戦なら、ですけど」


「ああ。今日はここまででいい」


 リヒトは剣を収める。


「大事なのは、全員が“同じ絵”を見ていることだ」


 演習室の空気が、少しだけ柔らいだ。


「ねえ」


 カミラがマティルナを見る。


「昨日より楽じゃない?」


 マティルナは少し考えてから、答えた。


「……はい。一人じゃないので」


 それだけで、十分だった。


 この班は、まだ完成していない。

 でも――形にはなり始めていた。


 再配置は静かに行われた。

 標的が片付けられ、代わりに魔導制御の人形が運び込まれる。


「次は、少しだけ厳しくする」


 リヒトの声には、わずかな緊張が混じっていた。


「敵は二体。一体は前から、もう一体は側面。想定は“実戦で最悪の形”だ」


「いきなり来たね」


 カミラが盾を構え直す。


「でも、必要だ」


 エルナは精霊を呼び、風の流れを整える。


 開始の合図はなかった。

 人形が、同時に動き出す。


 前方の一体が、一直線にカミラへ。

 もう一体が、弧を描くようにマティルナへ向かう。


「来る!」


 エルナが声を上げる。


 カミラは迷わず前に出た。

 盾がぶつかり、鈍い音が響く。


 だが――側面の一体が、速い。


「マティルナ!」


 距離が、詰まりすぎている。


 マティルナは構えた。

 だが、引き金に指をかけた瞬間、躊躇が生まれる。


 近すぎる。

 撃てば当たる。

 だが、弾は五発のまま。

 ここで使えば、この後がない。


 一瞬の判断遅れ。


 人形の刃が、目前まで迫った。


「――下がるな」


 低い声。


 リヒトが、マティルナの前に出た。


 聖障壁が瞬間展開され、刃を弾く。

 だが、完全ではない。

 衝撃が、防壁越しに伝わる。


「防御に寄りすぎだ!」


 カミラの声が飛ぶ。


「マティルナ、動いて!」


 足が、止まっている。

 撃つか、下がるか。

 どちらも選べない。


 それが――彼女の弱点だった。


 リヒトは一歩踏み込む。

 剣で人形の動きを止めながら、叫ぶ。


「撃つな!」


 その言葉に、マティルナは息を呑んだ。


「ここは“撃たない”選択だ。銃は、いつでも答えじゃない!」


 エルナの精霊が風を巻き起こし、人形の体勢を崩す。


「今、離れて!」


 マティルナは、ようやく一歩下がった。


 距離が戻る。

 視界が開ける。


 だが、もう一体がカミラを押している。


「……次は、そっち!」


 マティルナは照準を上げた。

 だが――。


「待て」


 リヒトの声は、落ち着いていた。


「撃たなくていい。“撃てる”と見せろ」


 マティルナは、銃を構えたまま、引き金を引かない。


 その瞬間。

 人形の動きが、わずかに止まった。


 恐怖ではない。

 計算だ。


 ――撃たれたら、終わる。


 その一瞬の迷いを、カミラが逃さない。


「もらった!」


 盾で弾き、体当たりで倒す。


 残った一体も、リヒトとエルナの連携で動きを封じられ、停止した。


 演習室に、静寂が戻る。


「……今の」


 カミラが息を整えながら言う。


「撃たなかったのが正解だったね」


 マティルナは、まだ銃を下ろせずにいた。


「私……撃てませんでした」


「違う」


 リヒトは、はっきりと言った。


「撃たなかった。それは、選択だ」


 彼は剣を収め、続ける。


「君の弱点は、弾数じゃない。“撃つか撃たないか”を一人で抱え込むことだ」


 マティルナは、ゆっくりと銃を下ろした。


「だから、前に出る。だから、風を動かす。だから、盾がある」


 リヒトの視線が、三人を順に見渡す。


「この班なら、それを分担できる」


 沈黙のあと、エルナが小さく頷いた。


「……怖くなかった?」


 マティルナに向けた、控えめな問い。


「怖かったです」


 正直な答えだった。


「でも……一人じゃなかった」


 それだけで、十分だった。


 リヒトは、その言葉を聞いて、確信する。


 ――この班は、戦える。


 剣が完成していなくても。

 銃が不完全でも。

 盾が壊れても。


 役割が、噛み合っている。


 彼は静かに息を吐いた。


「次は、実際に“決着”までやろう」


 その声には、もう試す色はなかった。


 “共に戦る”前提の声音だった。


 演習室の結界が解除され、魔導人形が完全に停止する。


 しばらくの沈黙のあと、カミラが肩を回した。


「……思ったより、疲れた」


「緊張、しましたね」


 エルナは精霊を還しながら、小さく笑う。


 マティルナは銃を分解し、布で拭いていた。

 指の動きは、いつも通り。

 だが、その目は、少しだけ考え込んでいる。


「今日のまとめをしよう」


 リヒトが切り出した。


 剣を壁に立てかけ、四人が自然と円になる。


「まず、マティルナ」


 名指しだったが、責める響きはない。


「君は“撃てる状況”を作るのが得意だ。だが、“撃たない判断”を一人で抱え込むと、動きが止まる」


 マティルナは、否定しなかった。


「だから、提案がある」


 リヒトは一呼吸置く。


「戦闘中、銃の判断は“合図制”にする」


「合図?」


 カミラが眉を上げる。


「マティルナが撃つかどうか迷った瞬間、俺かカミラが“前に出る”。それを、撃たない合図にする」


 エルナが静かに頷く。


「逆に、私が風を強めたら……?」


「それは、撃っていい合図だ」


 即答だった。


「視界と間合いが整った証拠になる」


 マティルナは、少し驚いたように目を瞬かせる。


「……そんなの、咄嗟に見られますか?」


「見る」


 リヒトは迷いなく言った。


「見る前提で動く」


 カミラが腕を組んだ。


「なるほどね。じゃあ私は?」


「前線固定役だ。押すか、止めるか。どちらかを必ず示す」


「わかりやすくて助かる」


 カミラは笑った。


 リヒトは、最後にマティルナを見る。


「君は、撃つ役でいい。それ以外は、考えなくていい」


 マティルナの手が、一瞬止まった。


「……それは、楽ですけど」


「楽でいい」


 彼は静かに続ける。


「君の銃は、不安定だ。だが、それを“前提”に組めば、戦術になる」


 エルナが、少し勇気を出すように言った。


「不安定だから……読まれにくい、ですよね」


「そうだ」


 リヒトは、初めて少しだけ表情を緩めた。


「完成していないからこそ、対策されにくい」


 マティルナは、銃を組み上げ、膝の上に置いた。


「……私、今まで」


 言葉を探す。


「一人で何とかしなきゃ、って思ってました」


「それが普通だ」


 リヒトは否定しない。


「だが、班は“普通じゃない戦い”をするためにある」


 演習室の外から、夕方の光が差し込む。


 静かな時間。


「次からは」


 マティルナは、ゆっくり顔を上げた。


「撃つか迷ったら……誰かを見るようにします」


「それでいい」


 リヒトは頷いた。


「撃たない判断を、共有しよう」


 カミラが軽く拳を鳴らす。


「よし。次はもっと派手に行こうか」


「ほどほどでお願いします……」


 エルナの声に、空気が和らぐ。


 マティルナは、銃を肩にかけた。


 まだ不完全だ。

 弾は少ない。

 失敗もある。


 それでも。


 一人じゃないなら、戦える。


 そう、思えた。


 リヒトは背を向け、出口へ向かう。


「明日も来られるか?」


「……はい」


 答えは、少しだけ早かった。


 班は、静かに形を持ち始めていた。


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