表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印式でくしゃみ事故に遭ったら、銃しか召喚できない【判定不能:ランクI】でした。  作者: 仲村千夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

0 入学刻印式

 魔法学校の入学刻印式は、祝祭というよりも裁定に近い空気を纏っていた。

 広い講堂の中央に描かれた巨大な刻印台、その周囲を取り囲むように並ぶ新入生たちは、誰一人として無駄口を叩かない。


 ――この儀式で、人生が決まる。


 そんな言葉が、誰に教えられたわけでもなく、全員の胸に沈んでいた。


 刻印式とは、生涯ただ一度きり。

 刻印士によって描かれた魔法陣に自らの魔力を流し込み、召喚体系を確定させる儀式だ。精霊か、魔獣か、武器か、それとも英霊か。何を召喚できる存在になるかは、この場で決まる。定着した刻印は二度と修正できず、覆す手段もない。


 だからこそ、刻印士は選ばれし専門家であり、刻線一本一本が慎重に刻まれる。

 失敗は許されない。許されるはずがない。


 マティルナは、自分の順番が近づいていることを示す名簿を見下ろしながら、小さく息を吐いた。


 緊張していないと言えば嘘になる。

 だが、過剰な期待もなかった。


 彼女は町人の娘だ。両親も、祖父母も、代々特別な力を持った者はいない。召喚ランクが低くても不思議ではなく、むしろそれが普通だと理解している。


 ――ランクIでも、仕事には就ける。

 ――家計の足しにも、なる。


 そんな現実的な考えが、胸の奥で静かに揺れていた。


 名前が呼ばれる。


「マティルナ・ロウェル」


 その声に応じ、彼女は刻印台へと進み出た。

 無数の視線が背中に集まるが、気にしない。刻印式では、誰もが同じように見られる。


 刻印士は白髪交じりの初老の男だった。落ち着いた手つきで、専用の刻印具を取り、マティルナの右前腕に魔法陣の下書きを施していく。複雑な線が幾重にも重なり、召喚の枠組みが形を成していく。


「動かないように」


「はい」


 短いやり取り。

 刻線は順調だった。刻印士の動きにも、迷いはない。


 やがて、最後の一本を残すのみとなる。


 講堂の空気が、さらに張り詰めた。


 刻印士が息を整え、刻印具を下ろそうとした、その瞬間――


「……っ、へっくしゅん!」


 不意に、乾いたくしゃみが響いた。


 刻印具がわずかに跳ねる。

 ほんの数ミリ。されど致命的なズレ。


 刻線は、隣の符号へと誤って接続された。


 一瞬の静寂。


 そして、誰かが小さく息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。


 刻印士の顔から血の気が引いていく。

 だが、もう遅い。


「――魔力を、流してください」


 その声は、かすかに震えていた。


 マティルナは違和感に気づきながらも、指示に従った。

 刻印式とはそういうものだ。始まってしまえば、止められない。


 彼女の魔力が、刻印へと流れ込む。


 その瞬間、魔法陣が淡く光り――

 空気が、歪んだ。


 刻印に流れ込んだマティルナの魔力は、最初こそ穏やかだった。

 淡い光が刻線をなぞり、魔法陣が完成へ向かう――はずだった。


 しかし、途中で様子が変わる。


 光が、止まらない。


 本来であれば、刻線に沿って均等に広がる魔力は、ある一点で引っかかるように滞留し、やがて逆流を始めた。まるで、完成したはずの構造そのものが、何かを拒んでいるかのように。


「……おかしい」


 刻印士が、誰に聞かせるでもなく呟いた。


 講堂に設置された魔力測定器が、甲高い警告音を鳴らす。

 数値は跳ね上がり、次の瞬間には意味をなさないほど乱れ始めた。


「測定器が……」


「いや、これは……」


 教師たちがざわめく。


 マティルナは、自分の腕を見下ろしていた。

 刻印は確かに光っている。だが、それは見慣れた召喚式の輝きではない。線が、わずかに脈打つように揺れ、描かれたはずの形が、別の形へと変わっていく。


 ――増えている。


 刻線が、自動的に書き足されていた。


 誰も刻んでいない線が、刻印の内側に浮かび上がり、既存の符号と接続していく。複雑で、しかしどこか合理的な構造。既存の召喚体系には当てはまらない、未知の回路。


「刻印が……再構築されている?」


 教師の一人が、信じられないものを見るように呟く。


 刻印士は、何も言えなかった。

 自分の失敗が引き金になったとは、口が裂けても言えない。だが、目の前で起きている現象が、通常の刻印式ではありえないことだけは理解していた。


 刻印が完成へ向かうにつれ、講堂の空気が重くなる。


 魔力が集束する。

 召喚陣が、刻印台の上に浮かび上がった。


「召喚……?」


 誰かが呟いた、その直後だった。


 轟音が、講堂を揺らした。


 ――ドンッ!


 爆ぜるような音と同時に、白い煙が立ち上る。

 反射的に悲鳴が上がり、人々が後ずさる。


「伏せろ!」


「何が起きた!?」


 視界を覆う煙の中、マティルナはその場に立ち尽くしていた。

 手の中に、確かな重みがある。


 煙が薄れ、姿を現したのは、長く、黒光りする金属と木材の塊だった。


 銃。


 それが何であるかを、この世界で正確に理解できる者はいない。

 だが、それが“武器”であることだけは、誰の目にも明らかだった。


 マティルナの頭に、情報が流れ込む。


 構造。

 火薬。

 弾丸。

 装填手順。

 引き金を引くという行為の意味。


 知らないはずの知識が、最初からそこにあったかのように理解できる。


 彼女の体は、考えるより先に動いた。

 銃を構え、刻印台の先に設けられた耐久試験用の石標へと照準を合わせる。


「ま、待て!」


 誰かの制止の声が届く前に、指が動いた。


 再び、轟音。


 閃光と衝撃。


 石標が、粉砕された。


 沈黙が落ちる。


 魔力測定器は、もはや数値を示していなかった。

 針は振り切れたまま、微動だにしない。


 教師たちは言葉を失い、刻印士は青ざめたまま立ち尽くしている。


 そして、マティルナは――


「……すごい音」


 そう呟いて、銃を見下ろした。


 恐怖も、興奮も、過剰な感情はない。

 ただ、理解している。


 ――これは、自分の刻印だ。


 煙の残る講堂で、誰もがそれを否定できなかった。


 静寂は、長くは続かなかった。


「全員、下がれ!」


 試験官の怒号が講堂に響き渡る。

 生徒たちは我に返り、ざわめきながら距離を取った。誰もが、刻印台の上に立つ少女と、その手にある“異物”から目を離せずにいる。


 教師数名が前に出て、魔力遮断の結界を展開した。

 刻印台を覆う淡い光が、ようやく安定する。


「……召喚を解除しなさい」


 そう告げられても、マティルナはすぐには動けなかった。

 解除の方法が、分からない。


 頭に流れ込んだ知識の中に、それはなかった。

 この武器は、呼び出して終わりではない。撃ち、使い切ることまで含めて、一つの召喚なのだと、直感的に理解してしまっていた。


「解除……できません」


 正直に答えると、教師たちの顔が強張る。


「魔力反応は?」


「……測定不能です。数値が安定しません」


 魔力測定器の担当者が、震える声で告げた。

 反応自体は確かに存在する。だが、その質が既存のどの召喚系統にも一致しない。精霊でも、魔獣でも、武器召喚ですらない。


 ――体系外。


 その言葉が、誰かの喉元までせり上がり、飲み込まれた。


 刻印士は、マティルナの腕に刻まれた魔法陣を凝視していた。

 自分が刻んだはずの線と、見覚えのない線が混ざり合い、ひとつの完成形を成している。


 ――私が、壊した。


 くしゃみの瞬間が、何度も脳裏をよぎる。

 だが、それを口にすれば、刻印士としての立場は終わる。彼は唇を噛み締め、苦し紛れの言葉を選んだ。


「……本人の魔力が、刻印を自動調整したものと思われます」


 一瞬の沈黙。


 教師たちは互いに視線を交わした。

 納得できる説明ではない。だが、他に言いようがなかった。


「魔力反応は……強い。極めて強いが、規格外だ」


「ランク測定が、できません」


「前例は?」


「ありません」


 結論は、すぐに出た。


「評価不能だ」


 淡々とした宣告だった。


 刻印台の魔力が収束し、銃は徐々に光を失っていく。

 やがて、それはただの重たい物体となり、マティルナの手から消えた。


「本日の刻印式は、ここまでとする」


 その言葉で、儀式は強制的に終わった。


 生徒たちはざわめきながら退場していく。

 好奇、恐怖、憐憫――様々な感情が、マティルナへと向けられる。


 彼女はそれを、正面から受け止めていた。


 怖くないわけではない。

 だが、後悔もなかった。


 ――これが、自分の刻印。


 それだけは、はっきりしている。


 刻印士は、最後まで彼女の背中を見つめていた。

 謝ることも、真実を語ることもできずに。


 講堂を出る直前、マティルナはふと立ち止まり、自分の腕を見下ろした。

 刻印は、すでに沈黙している。


「……まあ」


 小さく呟く。


「生きてはいけそう」


 誰に聞かせるでもない、その一言が。

 この“事故”が、終わりではないことを、静かに告げていた。


 家の扉を開けた瞬間、夕飯の匂いが鼻をくすぐった。


「……ただいま」


 マティルナの声に、真っ先に反応したのは妹だった。


「お姉ちゃん!」


 駆け寄ってきた小さな体が、勢いよく抱きついてくる。続いて弟が顔を出し、目を輝かせて見上げた。


「刻印式、どうだった?」


 無邪気な問いかけに、マティルナは一瞬だけ言葉を探す。


「……音が、大きかった」


「え?」


「あと、煙」


 それだけ言うと、妹と弟はきょとんとした顔で互いを見た。


 台所から、母が顔を出す。


「無事だった?」


「うん。ちゃんと終わったよ」


 その言い方に、母は何かを察したらしく、少しだけ表情を曇らせた。

 父は椅子から立ち上がり、マティルナの腕へと視線を向ける。


「刻印は?」


 マティルナは袖をまくり、前腕を見せた。

 そこに刻まれた魔法陣は、既存のどの模様とも違う、奇妙な線の集合体だった。


 父は、黙ってそれを見つめる。


「……ランクは」


「まだ、決まってない」


 正確には、評価不能だ。

 だが、そう言い直すほどの必要も感じなかった。


 母はそっと息を吐き、言った。


「……体は大丈夫?」


「うん。元気」


 嘘ではない。

 本当に、どこも痛くないし、違和感もない。


 夕食は、いつも通りだった。

 煮込みの鍋を囲み、妹と弟が学校の話をし、父が相槌を打つ。刻印式の話題は、それ以上深掘りされなかった。


 家族は、無理に聞かなかった。


 それが、ありがたかった。


 食後、マティルナは自分の部屋に戻った。

 ベッドに腰掛け、袖をまくって刻印を見つめる。


 昼間の感覚が、まだ残っている。

 手の中にあった重み。

 引き金を引いたときの反動。

 頭の中に流れ込んだ、知らないはずの知識。


 不思議と、怖くはなかった。


 ――これで、何ができるんだろう。


 考えてみるが、すぐに答えは出ない。

 そもそも、明日から学校が始まる。考えるのは、それからでいい。


 マティルナはベッドに仰向けになり、天井を見上げた。


 刻印式で人生が決まる、と皆は言う。

 確かに、それは本当かもしれない。


 けれど。


「……まあ」


 小さく、独り言をこぼす。


「なんとかなるでしょ」


 楽観でも、諦観でもない。

 ただ、自分の足で歩いていくという、当たり前の感覚。


 刻印は、もう変えられない。

 なら、受け取って使うだけだ。


 外では、夜風が窓を揺らしていた。

 静かな家の中で、マティルナは目を閉じる。


 明日から始まる魔法学校の日々が。

 この刻印を“異端”と呼ぶのか、“力”と呼ぶのか――。


 それを決めるのは、きっと、これからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ