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人の道は地上に在り

里の中心に、火の見櫓が立っている。平屋の家屋が多い里では、火の見櫓が一番高い場所だった。


木製の長い梯子を上ると、てっぺんに半鐘があった。どこかで火事が出ると、自警団の者がはしごを駆け上り、半鐘を鳴らして危険を知らせる。辺境の火事ならゆっくりと、集落の火事なら急いで打ち鳴らすことになっていた。


里が一望できるとはいえ、防災のための櫓なので、用もなく上ると叱られる。悪ふざけで半鐘を突くのはもってのほかだった。



ある夕刻のこと、年端もいかぬ少女が、火の見櫓に上ったことがある。

炊事や店じまいで大人の目がない間に、片手に竹箒を持って、空いた手で梯子を上っていた。


八分目まで上ったところで、自警団の者が気づいて、何をしているのかと後を追った。少女は箒を持ったまま、櫓を上り切り、柵に駆け寄った──ところで、腕を掴まれて引き戻された。


肩を押さえられ、足を男の膝で封じられ、少女は床に座り込む。柵の隙間からはまばらな草むらが見えた。


「何をしている」

「空を──」


空を飛ぼうと思ったの、と少女は口にした。壮年の男は、じっとしているようにと言いつけて、竹箒を櫓から投げ落とした。片腕で少女を抱きあげて、地上まで梯子を下りる。


地面に降りると、男は「死ぬつもりか」と云って、少女の頬を平手で打った。

少女は目に涙を浮かべながらも、腕で目元を拭って男を見上げた。


「死ぬのは嫌だ。……みんなが空を飛んでるから」

「おまえも飛べる、と思ったのか」

「そう」

「みんなって誰だ」


巫女も魔法使いも、鴉天狗の記者も飛んでいる。箒があれば飛べると思って、土間から竹箒を持ってきた、と返事があった。


自警団の男は、話を聞けといって、少女と目を合わせた。

あいつらは人の姿をしているが、そもそもおまえとは違う者だ。まともな人間は地べたを歩くもので、空を飛ぶのは人でなしだ。父さんや母さんも飛ばないだろう、と。


どこまで理解したのか、少女は「帰る」と踵を返そうとした。

男は倒れた箒を拾って渡した。


「箒がないと掃除に困る。おまえは身軽で足が速いから、どうしても空が好きなら、地面を走って跳びなさい。それならやり直しが利く」


少女が民家に引っ込むのを見届けて、男は屋台に向かい、物も言わずに酒を呑んだ。





これとは別に、寺子屋の古い記録には、火の見櫓から落ちた女子のことがある。


命は助かったが、妖怪のようには治らず、足を引きずって歩くようになった。今は和裁を生業にしており、里の商店の奥で暮らしている。


発見された際、柵を乗り越えて落ちたにしては不自然な場所にいた。何かに持ち上げられて手を放されたのか、自分で飛んで制御を失ったのか──櫓から少し離れた草地に倒れていた。しばらく腑抜けたようになり、話せるまで数か月を要した。


櫓に上ったことは本人も認めている。命があるだけでも幸運だが、やはり人の道は地上に在るのだろう。空に近づくと、ろくなことがないらしい。

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