竹林の爺
人間の里から見て、妖怪の山とは反対側に、竹林が広がっている。
竹は成長が早く、地面は緩やかに傾斜しており、入った者の方向感覚を狂わせる。上空には霧が立ち込め、空を飛べる妖精ですら迷うと言われている。人間を狙う妖獣も棲みついており、迷い込んで夕暮れになったら生きて帰れないと思ったほうが良い。
そんな中、謎の老人が独りで棲んでいる。質素な衣をまとった盲目の爺である。
──
あるとき、筍を採りに入った男が、帰り道を見失ったことがあった。行きしに小石を並べて目印をつけ、印をたどって帰れるようにしていたのに、足を進めるたびに同じ印が目に入る。
日が傾きかけて焦って歩き回っていると、向かいからかさかさと音が聞こえた。妖獣かと思って足を止めたが、現れたのは杖をついた老人である。
「あの──」
筍採りが口を開くより早く、老人が手招きをした。
招く腕は、筍採りのほうから少し外れた方向を指している。
「迷子が居るな。ついて来なさい」
空恐ろしく思ったが、他に頼るものもなく、坊主頭の老人に近寄った。距離を詰めてみると、老人の両目は白く濁っており、盲目なのだろうと察しがついた。
老人は背を向けて、杖で前方を探りながら歩き始める。筍採りの耳には、竹の葉が風に揺れる音と、ふたりの足音、衣擦れだけが聞こえていた。
「出口はこっちじゃ。目明きはよう迷うからの」
そんなことを云って、ほっほっ、と独りで笑った。
しばらくその背中を追っていると、竹林の出口に辿り着いた。小径をもう少し歩けば、日没までに里へ戻れるだろう。言葉もなく竹林へ戻ろうとする老人を、筍採りは呼び止めた。
「ありがとうございます。あなたは、どこから──」
「この辺りで按摩をしておる」
それだけ答えて、老人は竹林の奥に姿を消した。
──
永遠亭の薬師曰く。
永遠亭の結界が解かれ、人間や妖怪が竹林に入れるようになってから、人とも妖ともつかない者が棲みつくようになった。老人はそのひとりである。
向こうはこちらをライバル視していて、按摩の腕では負けないと言っている。竹林のどこかに庵を結んで寝泊まりしているようだが、今のところ実害がないため放置している。永琳の専門は按摩ではなく、張り合われても困るだけなので、特に取り合っていない。
夜雀のミスティアは、この老人を怖がっていて、あまり関わりたくないという。
鳥目にして襲ってやろうとしたら、能力が全く効かないうえ、たまに歌いに来てくれと要求された。意味が判らなくて怖い、と話している。
人を鳥目にして遊び、歌声で相手を狂わせる妖怪にとっては、怖がってもらえないと調子が狂うのだろう。
按摩の腕前については、施術を受けた者の話を聞いてみたいところだが、まだ証言は得られていない。里に呼ぶこともできず、庵の場所も分からないとなれば、按摩だけで食べていくのは難しそうである。食い扶持を稼ぐという概念が、この老人には存在しないのかもしれない。




