氷精を捕らえる
──願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
柳田国男『遠野物語』序文より
人里の鍛冶場では、夏場に氷精を捕らえる風習がある。
鍛冶場はたいへんな暑さなので、炉のそばに氷精を繋いでおいて、体から漂う冷気で涼むのだ。
鍛冶場の若い衆が、朝方に霧の湖に行く。氷精はたいてい湖面の一部を凍らせて寝床を作り、仰向けに寝そべっている。身を隠す気はないらしい。
そのまま里まで連れ帰るが、氷精は人間の幼子ほどの背丈で、直に触ると凍傷になる。妖精は空を飛べるので、鍛冶場まで飛んでこさせるのが良いだろう。棒でつついて目を覚まさせ、起き抜けになぞなぞを出してやると、答えを考えながら飛んでついてくる。
頭のほうも幼子ぐらいで、あまり負けが込むと不機嫌になる。時々は正解させて褒めてやると、自分は天才で最強だといって誇らしげにしている。記憶力は良くないので、なぞなぞは数日おきに使い回してもかまわない。
鍛冶場に着いたところで、足首に鎖をつけて適当な柱に繋いでおく。
氷精は怒って暴れるが、鎖を引きちぎって逃げた例はない。怒ると冷気が漂って涼しくなるので、むしろ助かる。冷気が弱まってきたら棒でつつくと良い。
半日ほどで氷の翼が溶けて動かなくなるので、涼しい木陰に返しに行く。あるとき、若い衆が遠目に眺めていたところ、氷精はじきに蘇り「もー!」と怒りながら湖のほうに飛び去ったという。
これは余談だが、氷精を捕まえに行ったとき、光の三妖精と喧嘩をしていることがある。その際は手出しをせず、喧嘩が終わるまで遠くで見物しているのが良い。氷精は妖精のなかでは喧嘩に慣れている部類らしく、七割ほどの勝率だという。