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第2話 承

 夜会の帰り道、馬車の中はひどく静かだった。


 窓の外では街灯が流れ、祝宴の名残が夜気に漂っていたが、ティーゲル家の馬車内はまるで別世界のように沈黙していた。


「……お疲れ様、ガブリエル」


 ぽつりと、母が声をかける。父も、無言のまま娘の隣に座り、手だけをそっと重ねてきた。


 ティーゲル家。貧しい、領地も小さな下級貴族。


 それでも、家族の愛情だけは、ちゃんとあった。今日のような辱めを受けても、責める者は誰もいなかった。


「よく、耐えたわね。偉かったわ」


「……」


「リサも……賢い子に育ったな。家の誇りだ。今後も娘を支えてやってくれ」


「ははっ!」


「……」


 元気良く返事するリサに対して、ガブリエルは何も答えなかった。答えられなかった。


 ただ、口の中で、言葉にならない言葉を繰り返していた。


 (エミリオ様……指示を……)


 (私は今後、どうすれば、いいんですか……?)


 その呟きが、喉の奥で渦を巻く。



 帰宅して、寝室に戻ると、リサが静かに後ろからガウンを羽織らせてくれた。


「お風呂、お湯張ってあります。……今日は、しっかり温まってください」


 リサの声は、いつもと変わらず柔らかかった。でも、ガブリエルはなぜかその言葉が耳に届かないような気がした。


「リサ」


「はい」


「……私、なにをすればいいの?」


 問いかけは、まるで迷子のようだった。


「お風呂に入りましょう。それから、ハーブティーを」


「違うの」


 震える声が、部屋に滲んだ。


「違うの。そういう事じゃなくて……」


 ガブリエルは、自分の胸に手を当てた。


 ぐらぐらと、心が傾いている。


 足場が崩れ、地面が消えていく感覚。


「……婚約者様がいなくなったの。私の、私の、主が……いなくなった……!」


 リサの手が、ぴくりと動く。


「落ち着いて、ガブリエル様。今は、お身体を休めることが――」


「嫌!」


 叫ぶようにして、ガブリエルは首を振った。


「私、自分で考えるの苦手なの。自分で選ぶの、怖いの。全部、エミリオ様が決めてくれたから……毎日、ちゃんと生きていられたのに!」


 ああ、とリサは思った。


 この子は、ずっと――依存していたのだ。エミリオという『上位存在』に。


 貧農から成り上がった家の重圧。1回のミスは即、家族や領民の破滅に繋がる。その重圧の中で育ったガブリエルは、『自分で決めること』に極度に怯えるようになってしまっていた。


 だから、エミリオが必要だった。


 彼は女性を支配する気質の男であった。それでも彼女にとっては必要だった。


 間違えもしない。選ばなくてもいい。全部、彼が命令してくれるなら、安心して「生きていられる」と信じていた。


 だが、今――その支柱が、消えた。


 鳥が飛行中に突然、翼がもがれたようなものだ。


 後は、墜落するだけ。


「エミリオ様……指示を! ……指示を……っ! 私、何をすればいいの……?」


 呆けたように座り込み、ガブリエルは自分の腕を抱きながら、繰り返した。


 リサは、そっと彼女の前に膝をついた。


「ガブリエル様。あなたは、もう誰にも命令されなくていい。あなたは、あなた自身の人生を――」


「いらないよ! 自由なんて!!」


 涙に濡れたガブリエルの顔は、あまりに無垢で、そして絶望的だった。


「そんなの、重すぎる。私には、無理だよ……。間違えて、家族が路頭に迷うの、怖いの……だから、私……」


 そのまま、ぽつりぽつりと、涙が落ちていった。


「ガブリエル様……」


 リサは、抱きしめることすらできなかった。


 この子は、誰かに支配されなければ安心して眠れないほどに、壊れてしまっている。


 ――明日、この子に新たな導き手が現れたら、きっと、笑ってすがるのだろう。


 そしてまた、従属することで安心する道を選んでしまうのだろう。


 そのことが、リサには、あまりにも哀しかった。


 ***


 その夜、ガブリエルは夢を見た。


 誰かの指示に従って笑い、服を選び、歩き方を決められ、呼吸さえも「正しく」導かれている夢。


 夢の中で彼女は、心底、安堵していた。


 (やっぱり……誰かに全部決めてもらえるのって、楽……)


 目が覚めたとき、ベッドの中で彼女はぽつりと呟いた。


「……私、籠の中の小鳥で良いのになぁ……」


あんなの(直球)でも、ガブリエルには必要な存在だった事がざまぁした後で分かるという悪趣味過ぎる構図

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