侵食
今まで学校が苦痛だと思った事はなかった。
そんな学校が今は耐え難い。
周りから美味そうな匂いがする。
喰いたい。
喰いたい!
外に出せ!
「五月蝿い・・・・・・・!」
話し掛けてくるな!
オレの中から出てけよ!
ずっと話し掛けて来るもう一人の“オレ”に、苛立ちを感じていた。
「尊・・・大丈夫?」
「千春・・・」
いつものオレと違和感を感じたのだろう。
友達の千春が心配そうな声を掛けた。
「顔色悪いよ?体調悪いの?」
普段なら心配してくれるのはありがたいが、今日に限っては近寄らないで欲しい。
何をしちまうか分からない。
「ん・・・大丈夫・・・・。何ともないから」
体が怠いのは、単に血が欲しいからだろう。
分かっているさ。
アイツが騒ぎ立てるから。
嫌でも思い知る。
そして思い出す。
『お前は人間じゃない』
未だに心配そうにオレの周りを彷徨いている千春を退けると、屋上へ走った。
人が居ない所へ行きたい。
匂いが敏感過ぎる嗅覚を刺激して、目覚めたばかりの本能が暴走してしまう。
屋上の扉を勢い良く開け放ち、転がり込んだ。
「ハッ・・・ハァッ」
呼吸が荒い。
その場に座り込み、深呼吸した。
落ち着いたら、またアイツが話し掛けてきた。
『何故逃げる?お前は目覚めたばかりで、一番血を欲する時なのに』
「黙れ」
『本能に逆らうなよ。オレを外に出せ』
「出たきゃ出れば良い」
『そうも行かないから出せって言ってんだよ。オレは血が体内に入ってこなきゃ、自力ではどうにも出来ない』
「そうか・・・そりゃいい事聞いたよ」
絶対に血を吸わなけりゃ良いんだろ?
簡単じゃないか。
「血を吸わなくても死なねぇなら、オレは絶対吸わねえよ」
『まぁ、せいぜい頑張れば良いさ』
“抗う事は不可能だからな”と言い残して、アイツは静かになった。
今、予鈴が鳴った。
「行かなきゃ・・・」
立ち上がった途端、視界がブレた。
「あ・・・れ?」
何かが倒れる音。
「くそっ・・・体が動かねぇ・・・・・!」
またアイツが出て来やがった。
『血を吸わなくても死なねえけど、どんどん弱ってくんだぜ?』
「んだよ・・・・それ・・・」
『不便なもんでよぉ。死なねぇのに弱ってくんだぜ?最悪だと思わねぇ?お前は目覚めたばかりだから、余計弱りやすい。血を吸わねぇと動けねぇよ。尤も、血を吸ったらオレも力を得ちまう。どうするよぉ?』
良いさ。
やってやるよ。
オレはお前に勝ってやる。
オレは自分の手首に牙を突き立てた。
「痛ってェ!」
体全体に激痛が走る。
『クククッ・・・・』
痛みに藻掻くオレを、アイツは笑った。
『バァーカ。そんな弱った体、取ったところで自由に動けもしねぇ。今日は眠る。』
だったら最初から出て来るなよ。
ふらつく体は再び倒れ込み、オレは意識を失った。